廻屋渉はAクラスの座を重要視していない。
こともなげにそう言い放った渉自身に、困惑と疑念の視線が集まる。
Aクラスを目指すのは、クラス全員が共通認識だと思っていたからだ。
「理由を聞いていいかな、廻屋くん」
「いいですよ」
一之瀬帆波の静かな問いに頷いた渉は教壇に立ち、クラスメイト達を見回した。
渉をリーダーに推す一之瀬と彼女をリーダーに推す渉――おそらく現在坂柳派と葛城派に二分されているであろうAクラスとは真逆の現状だとどこかおかしく思いつつ、困惑から不審に変わりつつある彼らの視線を受け、渉は口を開いた。
「まずは誤解を解いておきましょう。私はAクラスに執着していないとは言いましたが、クラスの方針に逆らってまでそれを通すつもりもありません。しかし、その上で言いますが、Aクラス卒業の報酬である進路保証は私にとって大して魅力的なものではないのです」
そもそも、渉がこの学校を進学先に選んだのは進路保証を目的としたからではない。
学費免除という身も蓋もない理由もあるが、外界から隔絶された空間に身を置くことで考える時間を得たかったからだ。
「自慢ではないですが、私は進路保証などなくとも望んだ未来を実現する自信があります。しかし、人生は進路を勝ち取った後も続いていくものです。希望する進路に進むより、その先をどう維持して発展していくかが重要と考えているのです」
現状のクラスは授業をはじめとした生活態度、つまり学生として当たり前のことができているかが反映された結果でしかない。
しかし、大学や企業で必要とされるスキルは、高校生に必要とされるスキルだけでは不十分だ。
何も考えずに待つだけではDクラスのように痛い目を見る、というこの学校の特性を鑑みれば、今後のクラス対抗戦でそういった技能が試される可能性はある。
与えられるばかりでは、望む未来を実現することなどできるはずもない。
自分の人生に責任を持てるのは自分だけなのだから。
「Aクラスで卒業できれば進路が保証される。クラスを上げるためには今のAクラスより自分たちの実力が上だと学校に証明しなければならない。つまり、実力があれば進路が保証される……これはおかしな話です。結果を出す力が実力であると定義するなら、未来を実現する力も実力と言えます。ならば、実力者に外からの保証など余計なお世話でしかない」
各々の理想とする未来を実現するために渉がリーダーになるという選択肢もなくはない。
しかし、そのためにはクラスメイトそれぞれ個別の賛同と協力が必要であり、助言程度ならまだしもリーダーとして対抗戦に臨みながらそこまでする義理はない。
渉が持つ個人主義ゆえの辞退だった。
クラスメイト達の反応は概ね疑念から納得に代わっていたが、一方で難しい問題にあたったような苦い表情の生徒もいた。
「もちろん、全員が全員そうなれるわけではないと理解していますし、クラスの方針とリーダーの考えに齟齬があるのはクラスにとって良い事ではないでしょう。私は独裁者になるつもりはありませんから。……納得していただけましたか、一之瀬さん」
凡人の下につくのは演技であってもプライドが許さない――先日の坂柳有栖はそう言っていたが、自身の能力に自信があるなら、それもいいだろう。
神崎の『一番能力がある者がリーダーになるべき』という考えも、一理ある。
しかし、最大の実力者が組織のトップに立たなければいけないという必然はないはずだ。
乗り越えなければならない壁はあるが、一之瀬帆波という少女にはリーダーの素質は十分ある、と渉は感じていた。
「うん、廻屋くんの言うことは分かったよ。学校を卒業した後のことを考えればすごく大事なことだけど、ハードルが高くてついていけない人が出るのは良くないと思う。じゃあ、他に推薦ある人はいるかな?」
渉の翻意は難しいと悟ったのか、一之瀬が他薦を求めると当然のように彼女の名前が挙がり、一之瀬がそれを受け入れると、クラスメイトは拍手で迎えた。
「ありがとう。みんなの期待を裏切らないよう頑張るから、よろしくお願いします。廻屋くんも、何かあったら助けて欲しい。それはいいよね?」
「もちろん。クラスの方針が変わらない限りは、このクラスの一員として微力を尽くしましょう」
そのまま流れで渉はチョークを手に取り、話し合いで決まったクラスの方針や今後の大まかな流れを黒板に書き込む。
「とりあえず、直近の中間試験対策で勉強会を開こう。小テストの成績が良かった廻屋くん、神崎くん、浜口くんが持ち回りで講師役をお願いしようかなと思うんだけど、いいかな? もちろん私も講師役として参加するよ」
中間試験まで3週間。
一般の学校と同じく、テストの1週間前は部活動禁止が課せられているが、この4人の中で影響があるのは水泳部の渉だけだった。
「(そういえば、一之瀬さんは生徒会志望だったはずですが)」
その後の続報がないことに思い至った渉は一瞬意識を向けるが、今は会議の途中だと後回しにして、講師を引き受ける。
今更高校の範囲程度で躓くような頭脳ではないため、大した負担ではなかった。
「講師は私を抜いて3人だし、頻度は週3回ってところかな。参加は強制じゃないけど、学力に不安がある人もそうじゃない人も、無理のない範囲でいいからぜひ参加して欲しい。場所は教室でやるとして、細かい曜日や時間はまた決めよう。……勉強会についてはこんなものかな?」
「一之瀬さんは毎回参加するつもりですか?」
「勉強会? そのつもりだよ。退学者を出さないために、やれることはやるつもり」
一之瀬の方針としては、やはり退学者を出さないというのが大前提にあるようだ。
その滅私奉公の精神に感銘を受けたのか、改めてクラス中の尊敬の視線が彼女に集まる。
「であれば、次の議題は退学者を出さないために何をするべきか、にしましょうか」
「勉強会じゃ足りない?」
「通常の学力試験ならそれで充分です。小テストの結果を見る限りでは、このクラスで学力不足による退学になる人は出ないでしょう。しかし、上級生にはAクラスでも退学者が出ている以上、退学条件は単なる学力試験による足切りのみとは考えにくい。学力以外にも総合的な実力を測る特殊な試験がある、と考えた方が自然でしょう」
「そうだね。それに優秀な人がAクラスに配属されて、かつ学力試験だけでクラスポイントが決まるなら、下位クラスの逆転はほぼ不可能になるからね。でも星之宮先生の口ぶりだと逆転は可能みたいだし、特殊な試験はあると思う」
特殊な試験と聞き、不安の声がポツポツと挙がり始める。
特に体力に不安がある者の表情は暗い。
身体能力は一朝一夕で身につくものではないため、有効な対策をとるのが難しいからだ。
「……プライベートポイントが使えないか?」
不安の声が木霊する教室の後ろの方で、声が挙がった。
静かだが意思の籠ったその声に、その主――神崎隆二へと視線が集まる。
「プライベートポイントは学校の敷地にあるものなら何にでも使える。それこそ情報や権利だって例外じゃない。お前から聞いたことだぞ、廻屋」
「否定はしませんが、声を挙げることが大事なのですよ。一之瀬さんや私が気づいていないことが無いとは限りませんから」
「まあまあ、2人とも。でもプライベートポイントによる退学の救済は、十分あり得ると思う。問題はどのくらい掛かるか、だけど……」
「具体的な数値は先生に聞いてみないと分かりませんが、生半可な額ではないでしょう。机の数から察するに、上級生の退学者は2年生が15人、3年生は11人です。救済額がよほど高いか、プライベートポイントだけで不可能なのか、或いはその両方と考えるのが自然です」
考えられるのは今日その概念が公開されたクラスポイントが関わってくるのではないかという点。
クラスの序列にも関わる重要なファクターであるため、たとえ退学者の救済目的であってもおいそれと払えなかったのが、退学者の大量発生につながったのだろう。
そこまで推測の議論が進んだところで、一之瀬がぽつりと呟いた。
「2年生の方が退学者が多い……?」
零された疑問の意味に気付けた者は表情思わず表情を強張らせた。
3年生の方が1年長く対抗戦に身を置いているはずなのに、退学者は2年生の方が多いという事実から感じる違和感は、無視できるものではない。
現状、導き出される推測は――。
「単純に3年生の方が優秀だからか、2年生に何らかの思惑で同級生をあえて退学させたのか、単純に不幸な偶然か、ですかね。3年生の堀北生徒会長は一角の人物でしたが、他の2点も可能性としては否定できません」
偶然はともかく、意図的な退学が真実なら、何者かの思惑で15人もの人間が失意のままに学校を去ったことになる。
退学を避けたいBクラスにとってこの事実は無視できるものではない。
上級生に対する情報収集を今後の方針として黒板に書き加えた。
「部活とかで上級生と関わる人が多いと思うから、その方向でお願いしようかな」
「任せとけ、一之瀬!」
元気よく返事をしたのはサッカー部の柴田颯。
運動部は文化部に比べて上下関係に厳しい傾向があるが、クラスのムードメーカーとしてコミュニケーション能力に長ける彼なら情報源として期待できるだろう。
「あとは……何かある人いる?」
最後に出たのはプライベートポイントを積立金として1箇所まとめるという案だが、これは渉が反対した。
厳密にイコールではないがポイントは金銭と同価値であり、その管理は各々がするべきだと主張した。
「クラス対抗戦とは無関係ですが、金銭管理の経験は卒業後も決して無駄になることはありません。まとまったポイントが必要ならその都度集めれば済む話です」
「そうだね。みんなのことを考えるなら、その方が良いと思う。お金は大事だから」
一之瀬に推されたリーダーを断った件は一応の納得を得ており、クラス運営にも積極的だったが、カリスマ性と信頼度という観点から一之瀬と比べれば相対的に疑念の目を向けられやすい渉。
一部から疑念が再燃しかけたが、当の一之瀬が渉に同調することでこれを鎮静。
勉強会の日程を詰め、1年Bクラスの最初の会議はお開きとなった。
= = =
まさかのクラスポイント0という事態になった1年Dクラスは平田洋介や櫛田桔梗を中心に話し合いを行おうとしていた。
綾小路清隆も平田に参加するように頼まれるも、彼はこれを辞して寮に帰ろうとしていたのだが、校内放送で担任教師の茶柱佐枝から呼び出されてしまう。
クラスメイト達からの好機と疑念の視線をよそに職員室に来たものの茶柱は不在だったため廊下で待とうとしていた彼は、代わりにと言わんばかりにBクラス担任の星之宮に絡まれていた。
「ね、サエちゃんにどういう理由で呼び出されたの?」
「さあ、オレにはさっぱりで」
「ふーん……ねえ、君名前は?」
「綾小路、ですけど」
嫌そうに答えた綾小路に構わず頭から爪先まで視線を動かす星之宮。
「綾小路くん、かなり格好いいじゃない。モテるでしょ~? ウチの廻屋くんも負けてないけどね」
「はあ……廻屋、ですか?」
綾小路の頭に浮かぶのは入学式の新入生挨拶をしていた後ろ姿。
顔はちらりとしか見ていないが整っており佇まいも堂々としたものだったが、どこか陰気な雰囲気を拭えず、失礼ながらモテると言われても首を捻らざるを得なかった。
「あ、信じてないでしょ? 確かに分かりやすいイケメンとはちょっと趣が違うけど、刺さる人には刺さる感じで……」
「そういうものですか」
「何をしている、星之宮」
怜悧な声色と共に星之宮の頭にクリップボードが振り下ろされて軽快な音を立てる。
下手人は茶柱佐枝――綾小路を職員室に呼び出したDクラスの担任教師だ。
「いったーい! サエちゃん、なにするの!?」
「お前がウチの生徒にくだらん話をしているからだ。ほら、お前に客だぞ」
大げさに抗議した星之宮に茶柱は手にしたクリップボードで自身の背後を指し示しす。
そこにいたのはピンクの長髪の美少女と黒髪の中性的な少年。
少女の方は初対面だが、少年の方はちょうど今話題になっていた廻屋だ、と綾小路は思い至った。
「あら、廻屋くんに一之瀬さんじゃない。どうしたの?」
「すみません、星之宮先生。生徒会の件で少しお聞きしたいことがあるのですが」
「私も似たような用事です」
「あら、そう? じゃあ職員室で聞こうかな。2人とも、それでいい?」
「大丈夫です」
一之瀬と呼ばれた少女は星之宮の提案を肯定すると、チラリと綾小路の方を見てから職員室へと入っていく。
廻屋もそれに続き――。
「では失礼します。茶柱先生、そして綾小路清隆さん」
一礼と共に告げられた言葉に、茶柱は目を細めたが、綾小路は反応を返すことなく諸君室に入っていく廻屋を見送った。
「……廻屋と知り合いか、綾小路?」
「いえ、初対面です」
「ならばなぜ廻屋はお前の名前を知っていた?」
「校内放送で茶柱先生に呼び出されましたから。職員室前で先生を待っていたオレがそうだと考えたのでは?」
「なるほど、そういうことにしておこう」
「そういうこともなにも、初対面なのは事実ですけどね」
綾小路は茶柱と話しながらも生徒指導室に入り、備え付けの給湯室で待つように言われ、程なく指導室を訪れた
しかし、頭の中では先ほど邂逅した廻屋渉の姿と声が薄まることなく反響していた。
「(……Bクラスで、新入生代表か。しかしあの目は……)」
優秀な生徒はAクラスに配属されるというが、入学生の首席たる廻屋はBクラスに配属されている。
無論、Dクラスにも平田陽介や櫛田桔梗など不良品のレッテルを貼られるとは思えない生徒がいることを考えれば、何らかの事情があるのかもしれない。
しかし、綾小路の思考から離れないのはそんなことではなかった。
穏やかな声音と表情でコーティングされているが、綾小路は廻屋の目の中に隠されている暗いものを直感的に感じ取っていた。
他の生徒は一見しただけでは分からないだろうが、虚無の闇を抱えながらも普通の高校生活を求めて入学して、自分が思う『普通の男子高校生』を演じている自分だからこそ、分かったのかもしれないと分析しつつも、綾小路は頭を振った。
自分には関係のないことだ、と無意識に鳥肌が立っていた腕を摩りながら。
= = =
一之瀬の用事である生徒会についての質問――面接で落とされたが、もうチャンスはないのか、という問いだった――は星之宮が制度上の答えを返すことで一旦の決着となった。
次は渉の番となるはずだったのだが、その前にと星之宮は渉に問いかける。
「綾小路くんと知り合いなの、廻屋くん?」
星之宮に掛けられた問いに渉は首を横に振った。
「いえ、初対面です。茶柱先生を待っていたようでしたので、校内放送で呼び出された彼だと思ったまでですよ」
「なるほど……どう思った?」
「そうですね……何かを隠している、と感じました。校内放送で呼び出されたにしては落ち着いていたのでジャブを放ってみましたが、それでも反応なしでしたので、相当隠すのが上手いですね。となれば、なぜ茶柱先生が呼び出したのかも気になるところです」
コールドリーディングという技術がある。
初対面やそれに近しい相手に対して事前情報や下調べなく心を読んだと思わせることで心理的優位に立ち、信頼を勝ち取ったり情報を引き出したりするテクニックだ。
逆に事前に調べた相手に対する技術はホットリーディングと呼ばれる。
『~ではないですよね?』というYES、NOどちらとも取れる質問、複数の解釈ができる曖昧な問いかけ。
その他にも美点を褒めたり、現状の不満を指摘したりするなどがあるが、渉のしたことは綾小路の名前を言い当てたのみでコールドリーディングに当てはまる技術ではない。
しかし、相手が自分に興味を持つ切っ掛けにはなる。
相手に興味を持った時、その相手に対する心の扉は多少なりとも開かれるものだ。
呼び出されながら平然としている綾小路が問題を起こすだけの不良生徒には見えなかった。
ならば呼び出されるだけの何かがあると思い仕掛け、そこからコールドリーディングに繋げていく心算だったが、結果は暖簾に腕押しもいいところだった。
傍らの茶柱が僅かとはいえ反応していたので、釣果ゼロというわけではないのが幸いか。
「ふーん、サエちゃん下剋上でも狙ってるのかな。まだ、諦めてないんだ」
「サエちゃんって、茶柱先生のことですよね。仲良いんですか?」
「お2人とAクラスの真嶋先生はこの学校の卒業生でしたね」
「え、そうなんですか?」
「そうだよ。だから、君たちは私の生徒であるのと同時に後輩ってことだね。私とサエちゃんはDクラスで卒業したから、サエちゃんはそのリベンジを狙ってるんじゃないかって思ってるの」
笑っちゃうよね、そんなことしても過去が変わるわけじゃないのに――星之宮はそう笑っていたが、嘲笑と呼ぶには温かく、心配と呼ぶには冷たい複雑な感情が籠められていた。
名前で呼んでいる辺り友人関係ではあるのだろうが、どうやら複雑な因縁が2人の間には横たわっているらしい。
しかし、当人たちで解決するべき問題だろう、と渉と一之瀬は2人の関係にそれ以上踏み込むことはなかった。
「星之宮先生もAクラスを狙ってるんですか?」
「んー、まあ上がれたら嬉しいかな。担当クラスの序列はボーナス査定に関わるし、Aクラスで卒業させると特別ボーナスが出るから」
どうもこの学校は生徒だけではなく教師にも実力主義を敷いているらしい。
とはいえ、生徒への過度な肩入れは禁止されており、処罰の対象になっているとのことだったため、結局は生徒次第のところが大きいのだろう。
最も、抜け道が無いと考えるのは時期尚早だろうが。
「だから、君たちには期待してるんだよ。リーダーは廻屋くんじゃなくて一之瀬さんなんだよね?」
「はい、クラスで話し合って決めました」
「他ならぬ先生の願いだから、というわけではありませんが、Aクラスを目指すことは私も尽力しますよ」
「ならいいよ。どうするかは生徒たちの自主性に任せるのがこの学校の基本的な方針だからね」
では、とようやく渉が質問する番になった。
「クラスの方針として退学者を出さないことが第一となったのですが、もし退学者が出てしまった場合、その救済策はあるのですか?」
「あるよ」
「プライベートポイントだけでは足りないと思っているのですが、他に何がどれぐらい要るのかは教えてもらえますか?」
「まず、2,000万プライベートポイント。これは共通なんだけど、他にクラスポイントが必要になってくるよ。こっちがどれぐらいになるのかは教えられないけど」
「退学理由によって変わる、と見た方が良いですね」
「おお、優秀だねー。じゃあおまけにもう1つ。2,000万プライベートポイントは退学救済にも使えるけど、クラス移動にも使えるよ。対象は1人だけだけど、好きなクラスに移れる」
クラス移動の権利。
3年間クラス替えがないとは聞いていたが、そんなものまであるのか、と渉が半ば呆れながら感心していると、一之瀬からの視線に気づいた。
誰1人欠けることなくAクラスに上がりたい彼女にとってクラス移動の権利は興味を惹かれるようなものではないだろうが、この学校のシステムを貫通する裏技ではあるため驚いているだろうと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
「廻屋くん、なんか星之宮先生と仲が良い、というか気安いね?」
「あら、あらあら一之瀬さん、気になるの? 安心してよ、廻屋くんは確かにイケメンだけど流石に高校生は対象外だから、取ったりしないわよ」
「と、取る……?」
星之宮がニヤニヤと愉しむように笑い、一之瀬が困惑する。
いつかの休憩室の出来事の焼き増しだったが、渉は気にせず口を開いた。
「まあ、私の兄もこの学校のOBですから。星之宮先生の1年先輩だったそうですよ」
渉が事もなしに告げた補足に、星之宮のニヤニヤ笑いは凍り付いた。