15話 閑話-1
1.廻屋渉、歪める
「なあ、廻屋。お前は告白されたことないの?」
事の発端は何だっただろうか。
中間試験を無事赤点なしで通過したBクラスの面々は『中間テストお疲れ様会』なるものを計画して、ファミレスを団体で予約してささやかな催しが開かれた。
廻屋渉と同席しているのは神崎隆二、柴田颯、渡辺紀仁の3人。
男だけの気楽な空間ということもあり、好きな女子のタイプや過去の武勇伝など、普段より幾分か俗な話題が回される中、渉は柴田からその話を向けられた。
ちなみに柴田の方はと言えば、中学時代にサッカー部で花形ポジションであるフォワードのレギュラーとして活躍しており、その俊足をいかんなく発揮して女子人気も高かったそうだ。
自己申告だが、クラスでのムードメーカー的な振る舞いを見れば、あながち誇大とは言い切れない、というのが渉の分析だった。
「ありますよ」
「……え、マジで?」
「マジです。告白されたことならありますよ」
渉の肯定に一同はフリーズした。
あらかじめ団体の予約を入れていたとはいえ、休日のファミレスは利用客で賑わっている。
そのため渉の答えを聞いていた者は同席の3人、そして隣のテーブルで談笑に興じていた一之瀬帆波、白波千尋、網倉麻子、小橋夢の4人のみだった。
「えっ」
無意識に零れたような、そんな空白を孕んだ一之瀬の呟きに目を光らせたのは水色の髪をショートカットにした小橋夢。
豊かな社交性と強い積極性を持つ小橋はいそいそと自分たちのテーブルを動かして、渉たちのテーブルに近づけ始めた。
「なにしてるの、夢ちゃん?」
「なにって麻子ちゃん、気になるでしょ? 廻屋くんの恋愛遍歴――ね、帆波ちゃん」
「ちょ、私はそういうアレじゃ……」
「いいからいいから。ね、ね、ちょっと男子、面白そうな話してるじゃん。私たちも混ぜてよ」
半ば強引にテーブルをくっ付けた小橋の勢いに押され、諦めたように観念した一之瀬は遠慮がちに渉の隣に座り、さらにその隣には興味深そうな表情の白波が腰を下ろした。
「あ、あはは……お邪魔するね、廻屋くん」
「廻屋くんって、告白されたことあるんですか?」
「そう、その話だよ! どういうことだよ廻屋、お前が告白されたことがあるって!?」
「柴田、それは少し失礼では……? まあ俺も気になるが」
女子勢の乱入を受け入れて、改めて詰問した柴田をたしなめる神崎だが、普段は異性や恋愛に興味ない風の彼も意外そうな表情を隠せていない。
「そうだよ柴田くん。廻屋くんかっこいいんだから、告白されてたっておかしくないよ。こう……陰のあるイケメンって感じ? 刺さる人には刺さりそうだよね~。ね、帆波ちゃん?」
「な、なんで私に聞くの……?」
小橋からの圧のある聞き方に一之瀬は押されっぱなしになりながらもどことなく挙動不審で、白波は彼女と渉を交互に見ながら黙って観察している。
一歩引いた位置にいる渡辺と網倉はドリンクのグラスを傾けながら成り行きを見つめていた。
「期待しているところすみませんが、そんなに面白い話ではありませんよ」
「まあまあそう勿体ぶらず! 洗いざらい吐いちゃいなさい!」
「もう、夢ちゃん……廻屋くん、言いたくなかったら無理しなくていいんだからね?」
テーブルに乗り出すようにして、インタビュアーのように丸めたおしぼりをマイクに見立てて突き付ける小橋のテンションに珍しく押されながら、渉は口を開いた。
「中学の時、文化祭で私のクラスは劇をしたのですが、間の悪いことに当日になって役者に欠員が出てしまったのです。代役を私が務めたのですが、それを見た後輩が後日告白してきたというわけです」
「へえ、そんな漫画みたいなことあるんだ! ちなみにどんな子だったの?」
「そうですね、柴田さんのようなスポーツマンでしたよ」
「ほうほうスポーツマン……え、今マンって言った?」
好奇心のままに突き進んでいた小橋が冷や水を掛けられたように呟くと、その場の空気がピシリと凍り付いた。
「はい。私が代役を務めたのがヒロイン役でしたので、どうも女性と勘違いさせてしまったようで」
「あの……確認させて欲しいんだけど、告白してきたその後輩って、男の子?」
一歩引いたところで見ていたがゆえに立ち直りの早かった網倉が恐る恐る聞いた。
「あれ、言ってませんでしたか? 後輩の男子ですよ」
本人からの確定情報に小橋頭を抱えた。
一之瀬が渉に時折視線を送っているのを何度か見ていた彼女なりの一之瀬への援護射撃のつもりだったのだが、どうやら流れ弾がとんでもない火薬庫に被弾してしまったのかもしれなかった。
「……まあ、宝塚の男役みたいなものだろう。廻屋はその後輩を受け入れたのか?」
「まさか。よく知らない人とは付き合えないと丁重に断りました」
神崎の質問を否定した渉に、小橋はそっと胸をなでおろした。
……知っててかつ付き合うに値すると判断したら同性でも付き合うのか、とはいかに小橋といえど問うことはできなかったが。
「男でもいいから付き合ってくださいと言われたのは流石に困惑しましたが」
「あれだな、性癖歪めちゃったんだな」
「言ってやるなよ、柴田。しかし気になるな、廻屋の演技」
渡辺の言葉を皮切りに、改めて渉へ視線が集中する。
線が細く、顔立ちは端正。
およそ彫の濃い男らしさとは縁遠く、喉仏を隠すなどの細工や多少のメイクを施せばスレンダーな長身の女性に見えなくもないだろう。
ふと、渉の心に悪戯心が沸き上がる。
打ち上げという緩んだ雰囲気がそうさせるのかもしれないが、時には良いだろう。
渉はそのノリに身を任せることにした。
俯き、両手で顔を覆うと、数秒掛けて脳内のスイッチを切り替える。
「――はじめまして、
『!?』
目の開き具合、セットを変えた髪型、なによりその声色。
全体的な印象が大きく変わったわけではないはずなのに、顔を上げた渉をその場にいた誰もが『ダウナーで皮肉げな女性』と錯覚した。
「――調査員の福来あざみです、よろしくお願いします!」
『!?!?』
そして次の一瞬で無垢そうな少女へと変貌し、周囲を大混乱の渦に叩き込んだ。
「え、なに? 廻屋くんは廻屋さんだったの?」
「落ち着いて、夢ちゃん! 水泳の授業を思い出して!」
「わあ……」
「……文化祭の出し物は決まったな」
「神崎!? 戻ってこい、神崎!? うちに文化祭はないぞ!」
性別を勘違いする小橋を宥める一之瀬を他所に目を輝かせる白波。
一見冷静そうだが混乱の極致にいた神崎の肩を揺らす柴田。
みな一様に混乱していたが、反応することすらできずに圧倒されている渡辺や網倉も含めて彼らの心境は一致していた。
『誰か助けてくれ……』
まるである物語の衝撃的な結末を目の当たりにしてしまい、周囲にネタバレを晒すわけにはいかないが誰かに分かって欲しい、という異次元の叫びを受信したかのようだった。
話は変わるが1年後、高育初の文化祭が開催されると決まってTS喫茶なるものが提案されたのだが、それはまた別のお話。
= = =
2.坂柳有栖の憂鬱
6月のとある放課後。
梅雨真っ盛りの雨模様の空を、坂柳有栖は1年Aクラスの教室から見上げていた。
日常的な歩行に杖を手放せないため、必然的に傘で両手が塞がってしまうこの時期は単独での外出を避けねばならず、身の回りの世話を頼んでいる神室真澄の用事が終わるのを待っているのだ。
プライドの高い彼女のことだから、主人を待たせている神室に対して悪だくみをしていると思われたかもしれないが――事実、神室自身は何をやらされるやらと憂鬱になっていた――どうやらそうではないようで。
「そういえば、あの日もこんな雨でしたか」
物憂げに窓に手を当てて雨音に耳を傾ける坂柳は、過去を想起していた。
廻屋渉――否、如月渉との出会いの日を。
同じ天才と出会い、認め、競い合う――退屈とは縁遠い、刺激的で充実していた日々を。
☆
今を遡ること6年前。
9歳の坂柳有栖は父親に連れられて彼がパトロンをしている聖ニコラス教会に訪れていた。
なんでも教会に併設されている養護施設に『面白い子がいる』とのことだったが、有栖自身あまり期待していなかった。
大好きな父が狭い交友関係の有栖を心配してくれた手前断るようなことはしなかったが、窓を叩く雨音に生まれつき体の不自由な彼女の気分は降下の一途をたどるばかりだった。
「おや、君は……人違いなら申し訳ないが、如月くんでは?」
「はい? 確かに僕は如月ですが……」
養護施設の責任者に連れられて施設を回っていると父・成守がある青年に声が掛けた。
ペレ―帽と眼鏡が印象的な、大学生と思わしき青年だ。
「お父様、彼は?」
「いや、僕が一方的に知っているだけなんだ。彼は僕が理事をしている学校の卒業生でね。もっとも、僕が父から理事を引き継ぐ前の卒業生だから直接の面識はないんだが、大学生ながら本を出版したと当時彼の担任だった先生から聞いて教職陣の中で話題になったんだよ」
事情を話すと納得したのか、その青年は人当たりのよさそうな笑みを浮かべた。
「ああ、あの先生ですか。彼には奨学金のことなどで相談に乗ってもらい、大変お世話になりました。しかし連絡を取ろうにも色々と特殊な学校ですから叶いませんし、よければよろしくと伝えていただいても?」
「構わないよ。もう大学は出たのかい?」
「大学院に入って研究を続けています。このままいけば教授職も視野に入りそうでして」
「へえ、それは凄い! 卒業生が優秀で、僕も鼻が高いよ。それにしても、なぜここに?」
「僕と弟はこの施設の出身なんです。高育を出て大学に進学するにあたって施設は出た*1のですが、今日は弟の様子を見に来たんですよ。パトロンが来ているとは聞いていたのですが、まさか高育の理事長だったとは、世間は狭いですね……そちらは娘さんですか?」
物おじせず、しかし物腰柔らかに父と談笑していた男性の視線が有栖に向く。
「娘の有栖だ。有栖、こちらは如月努くん。さっきも言ったが、僕の学校の卒業生だ」
「初めまして、坂柳有栖です」
「ああ、これはどうもご丁寧に。如月努です。よろしくね、有栖ちゃん。歳はいくつかな?」
ペレ―帽を取って膝を折り、小柄な有栖と視線を合わせて穏やかにほほ笑む努。
20代男性が10歳前後の小柄な少女に向ける態度としては満点と言っていいが、当時の有栖はそのあからさまな子ども扱いに反発心を覚えていた。
「9歳です。如月さんは大学で何を学んでいるのですか?」
その質問は下手な回答をすればお父様の顔に泥を塗らない範囲でこき下ろしてやろう、という子ども扱いへの意趣返しであり、如月努の驚いた顔は有栖の幼い自尊心を満たすものだった。
今思えばこの反発こそが自分が子供であるという喧伝そのものであり、自覚はなかったが無自覚の甘えでもあった。
「簡単に言えば、歴史だよ。といっても、大きな出来事をまとめた歴史じゃない。民間伝承とか、地域の風習とか、そういう小さな歴史を集めているんだ」
「いわゆる民俗学ですね。19世紀の欧米で誕生した、比較的新しい学問です」
およそ9歳の子供が口にする内容ではなかったが、努の方に有栖が期待するような度肝を抜かれたような様子は見られない。
それどころか努の方は何か思い当たる節があるようで、彼は成守の方に向き直った。
「とても賢いお嬢さんですね。まるで僕の弟と話しているかのような錯覚を覚えます」
「弟というと、さっき話に出たこの施設にいる君の弟のことかい?」
「はい。有栖ちゃんと同い年なのですが、非公式ながらギフテッドの判定を受けまして。自慢の弟なのですが、周囲と話が合わなくて孤立気味のようです。僕も大学があっていつも面倒を見られるわけではありませんし、何より同年代の友人がいないというのは兄として心配でして」
「ふむ。察するに、有栖にその子と友達になって欲しい、と?」
「そうです。もちろん有栖ちゃん次第ですし、無理強いするわけではありません」
ギフテッド。
その定義は様々だが、総じて突出した知性と精神性を兼ね備えた子供を指す、いわゆる天才児。
案内していた施設職員の顔色から察するに今回の訪問目的の子であることに疑いはなく、そうでなくとも有栖の答えは決まっていた。
「会います。その子は何処に?」
案内されて見えた努の弟は、施設の一角で静かに本を読んでいた。
くたびれた白いシャツにところどころ補修の跡が見られるズボン――高価で瀟洒なワンピースの有栖とは対照的だが、彼の集中力と瞳から伺える知性の光に比べれば、そのようなみすぼらしさなど気にもならなかった。
「こんにちは」
「……僕に話しかけているのですか? 施設の人ではないようですが」
それが、坂柳有栖と如月渉のファーストコンタクト。
まだ『僕』と名乗っていた頃の渉に対する第一印象は『白』――であるならば、有栖が最初にすることは決まっているようなものだった。
「チェスセット?」
「如月渉くんですね。私は坂柳有栖といいます。お近付きの印に、一局お願いできますか?」
折り畳み式のチェス盤を開いて白のキングを差し出す有栖を訝しげに見返す渉。
雨音が2人の間に木霊していた。
有栖の父と渉の兄は遠巻きに様子を見ており、そちらを一瞥した渉は大体の事情を把握したようだった。
「……まあ、いいですけど。チェスなんてやったことありませんし、駒の動かし方を知っているくらいですよ」
「構いません。勝敗を競い合いたいわけではありませんから」
有栖がチェスを始めたのは2年前、あの白い施設で他を圧倒した茶髪の少年に影響を受けてのものだ。
2年間研鑽を積み、今では大人顔負けの腕前になっている。
例え目の前の少年が自身に匹敵する、あるいは凌駕する天才だったとしても、経験面から有栖の優位は揺るがなかった。
「先手は譲りましょう」
生来からの負けず嫌いの有栖だがここで大人げなく負かそうとは思っておらず、チェスにおいて有利とされる
指し方を見て、如月渉という少年がどんな考え方をするのか、本当に自分に比肩しうる天才なのかを確かめるための誘いだった。
「「よろしくお願いします」」
対局が始まって数手で有栖は理解した。
それは渉がチェスにおいては素人であること。
いくら天才とはいえ、触れてこなかったものを知ることはできないのだから仕方ないだろう。
しかし油断できる相手でもない。
それを理解したのは中盤に差し掛かったあたりだが、結果的にそれでは手遅れだった。
「……チェックメイト」
「参りました」
疲労困憊といった有様の渉の詰み宣言に対する有栖の言葉は静かなものだったが、その内心は嵐の如く荒れ狂っていた。
勝ったのは渉だが、それは素人ながらに有栖の盤面に食らいついき続けた結果ではない。
有栖の思考を読むのではなく、有栖が取り得る手を全てシミュレートしたのだ。
チェスにおいて、プレイヤーは8×8の盤に16個の駒を操って相手のキングに対する詰みを狙う。
その16個がどこに動くことができるかを全て把握して、一手毎の何千、何万通りの未来の可能性を全て網羅することができれば、結果的に相手の戦術を丸裸にできる。
純然たる指し手の腕前では勝てないと踏んだが故の強引な手法だが、人力でスパコンの如き演算を行えば疲労困憊になるのは当然だった。
言うは難し行うはより難しという荒業だが、敗北は敗北。
初めから勝つ気はなかった、本当の狙いは別にあった、というのは言い訳にしかならない。
それに戦術も何もない馬鹿げた勝ち方だが、実行できればそれは紛れもなく渉の実力――天才の証明に他ならない。
初めて土をつけられた屈辱、同類と巡り会えた歓喜。
胸中で荒れ狂う感情がそのどちらかだとしても、疲労のあまり机に突っ伏して寝息を立てているこの少年への執着が灯るのは、きっと必然だったのだろう。
雨上がりに差し込んだ陽光に目を細めながら、『今度は私がチェスを教えます』と書置きを残して、有栖は父のもとに向かうのだった。
☆
「結局、チェスは私が勝ち越したまま、渉くんは努さんに引き取られたんでしたね」
時は戻って現在、15歳の坂柳有栖が1年Aクラスの教室で独り言ちる。
渉と出会ってから、使命に焦がれるばかりであった有栖の人生に両親以外の色彩が宿った。
チェスの対局だけでなく、天才がどうあるべきかという弁論や、渉の兄・努を交えての都市伝説論、努の大学の研究室に訪れて様々な研究成果に圧倒されたこともあった。
しかし、そんな時間は永遠には続かない。
中学進学を機に渉は努に引き取られて施設を出て、有栖もまた持病の治療もあって色々と便宜が図れる私立中学に進学して、高育で再開するまで渉と有栖が出会うことはなかった。
そして努とも今生の別れとなったのだ。
現役の大学教授の自殺ということもあって彼の死は大々的に報道され、その時に有栖は彼の訃報を知ることになった。
その時に胸に飛来した喪失感は筆舌に尽くしがいものがあり、有栖は自分が渉だけでなくその兄・努も大切に思っていたのだと自覚した。
ペレ―帽という努と共通のファッションは、有栖なりに彼との思い出を形あるものとして残したいというせめてもの抵抗だった。
そして――兄を喪った渉の絶望と奪った者たちへの憎悪を、有栖は誰よりも共感できるという自負があった。
その一方で、風向きが変わる予感もまた存在している。
「一之瀬帆波さん。貴女は彼を救えますか?」
Bクラスのリーダー、一之瀬帆波。
どうやら渉は彼女のことを気にしているらしい。
与太話の類かと思っていたが、遠巻きに観察してみればそれは真実だった。
如月渉の絶望と憎悪は、浅いものではない。
彼にとっての復讐はもはや宿命と化していることに疑いはない。
有栖が自身に掲げる『打倒・ホワイトルームの最高傑作』と遜色ないものだろう。
有栖が自身の望みを撤廃することが無いように、そう簡単に渉が復讐を諦めるとは思えない。
愛する父・坂柳成守が如月努と同じ目にあうなど、考えるだけで恐ろしい――そんな心理的な近さもあって、有栖は自分が渉の復讐を止めることはできないと分析していた。
もとより彼の大衆への失望は有栖も共感するところだったため、そのつもりもないのだが。
「貴女が彼を救えるなら、きっとそれが最善なのでしょう」
一之瀬の善性は有名で、他クラスである有栖も噂として聞き及んでいる。
どうやってかは有栖であっても想像できないが、渉がその身を焼く憎悪から解放されるなら、それが一番いい結果なのだろう。
有栖自身がその解放者になれないという分析には、忸怩たるものがあったが。
「しかし……もし、中途半端に歩み寄り、彼の優秀さに寄生するだけの愚物であった場合は」
Aクラス争奪戦などというお遊びに興じるあまり、彼の心を蔑ろにした場合は。
クラスという大勢を優先するのは自然な事ではあるが、同じクラスに配属されたというだけで彼の近くに居続けるというならば。
「――私が、直々に鉄槌を下しましょう」
その強烈な独占欲の発露を聞いていた者はいない。
「用事は終わったのですか、真澄さん」
「ええ。待たせたわね」
「構いません。雨を見て、思い出したこともありますから」
「思い出したこと? ……アンタ、なんか嬉しそうね」
「そうですか?」
ほどなく神室真澄が有栖を迎えに来てもなお、窓の外では雨が降り続けていた。