よう実×都市伝説解体センター   作:Shu@cosmos

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2話 説明と入学式

「うん、原稿も段取りも問題ないね。よしよし」

 

 原稿の添削は元の完成度が高かったため数箇所に留まり、段取りの打ち合わせは軽い説明をしただけで済み、予行演習も一発オーケー。

 予定時間より大幅に短く挨拶の準備が終わったことに満足気に笑って頷きながら、星之宮知恵は原稿を片付けている廻屋渉を眺めた。

 

 豊かな黒髪、大きな黄色の瞳、整った鼻筋に白い肌。

 表情が少し暗いのが気にかかるが、大きな瞳の奥には時折不思議な光が垣間見えるようで、線の細さも相まって中性的な印象も受ける。

 仕事柄か性格故か男子生徒と関わる回数が多く、付き合いなどで合コンにしばしば参加しているため星之宮は己の目が肥えている自覚があったが、それでも妖しい魅力のミステリアスな指折りのイケメンと評していいだろう。

 

 恋愛事が大好物な星之宮にとってはそちらの意味でも楽しみな少年だったが、脳内で廻屋渉の入学試験情報や今しがたのやり取りを思い返しながら思案する。

 

 入試において頭脳明晰という言葉では足りないほどの結果を出し、面接でも物怖じしない滑らかなやり取りを見せ、コミュニケーション能力も十分。

 本来は5月1日をもって1年生に伝えられる内容なのだが、新入生が所属するA~Dの4つのクラスはAに近いほど優秀でDに至っては不良品の烙印を押される。

 この高度育成高等学校は実力主義を掲げており、生徒たちは進路保証を餌としたAクラス争奪戦への参加を余儀なくされる。

 優秀な生徒は否応なく目立つことになるこの学校において、廻屋渉はクラスの中心人物となることを期待させる人材だった。

 

 とはいえ、懸念はある。

 優秀な生徒ほどAクラスに配属されるルールを鑑みれば、入試において完璧な結果を見せた廻屋渉はAクラスに配属されるのが妥当なのだが、結果はBクラス。

 担任である星之宮にしてみれば望外の掘り出し物だが、当然理由あってのものだ。

 

『――前略――廻屋の情報は暗号化されており、解読は断念。情報を秘匿する能力や背景の存在があると思われるが、略歴の不透明さからAクラスへの配属は危ぶまれる。以降も調査は要継続』

 

 これは入学試験や面接官の評価コメントに付属された、いわゆる別途資料の一部を抜粋したものである。

 高度育成高等学校に入学するには中学からの推薦が必要であり、推薦された生徒は国によって極秘に調査される。

 国立の高校である以上、その調査は国からの調査と評してもいいだろう。

 

 その調査をもってしても、廻屋渉のパーソナリティは殆どが謎に包まれているのだ。

 

 この異色の新入生は当然教師陣にとっても注目の的であり、それは星之宮も変わらない。

 しかし――――星之宮知恵には、廻屋渉の秘匿情報について心当たり(・・・・)があった。

 

「ねえ、廻屋くん。まだ時間の余裕はあるし、ちょっと話そうよ」

 

 星之宮はにこやかに渉に話しかけた。

 いうなれば渉に踏み込むことで探る目的だったのだが……。

 

「じゃあ、好みのタイプ……は後の楽しみに取っておくとして、定番から聞こうかな。趣味は?」

「オカルト分野全般、特に都市伝説には強く興味を惹かれますね」

「またマイナーな趣味だねえ。でも図書室に行けば何かあるかもね、この学校のは蔵書凄いし」

「それは楽しみですね。後で向かうとします」

「そうしなよ。それにしても都市伝説か……怪談とかも都市伝説なの?」

 

 星之宮知恵という女性は男性との交際について深い関係になると飽きてしまい、すぐに別れてしまうことが多々あるのだが、それは裏を返せば交際の経験自体は豊富であるということ。

 そのため『趣味の否定は爆速で関係の悪化を招く』ということを心得ており、自クラスの生徒である渉との関係は良好であるに越したことはない。

 

 そういう考えから、軽いジャブとして渉の趣味に興味を示したのが……それが運のツキ。

 キラリと光った眼光に嫌な予感と覚えるも、止める間もなく興奮吟味に繰り出されるマシンガントークにタイムリミットギリギリまで圧倒され、半ば追い立てる形で渉を生徒指導室から退室させた星之宮は疲弊して机に突っ伏しながら渉の評価に『重度のオカルトオタク』と加えるのだった。

 

 久しぶりに味わった、膨大なインプット情報に間に合っていないアウトプット、俗に言うオタク特有の早口に、懐かしさを滲ませながら。

 

 

   =   =   =

 

 

 足早に1年Bクラスの教室に辿り着いた渉は教室に入出すると、室内を見渡した。

 時間が迫っているということもあって教師が来たと思ったのか、周囲との談笑に興じていた生徒は渉の方を見たが、自分たちと同じ真新しい赤いブレザーに気付く幾人かは談笑を再開した。

 

「(また監視カメラ、教室には2箇所。死角は……なさそうですね)」

 

 渉は教室の天井に設置されている監視カメラを発見すると目を細めて思案する。

 足早の移動だったため全て把握しているとは到底言えないが、生徒指導室から教室までの間にいくつもの監視カメラを発見していたのだ。

 昇降口付近をはじめとした限定的な場所にのみ設置しているだけならまだしも、廊下や階段などにも複数設置されており、高校に設置する数としては常軌を逸していると言わざるを得ない。

 

 まるで生徒が気づくのも想定している配置だとすら感じたが、結論付けるにはもっと情報が必要だと判断を下していると――。

 

「おーい、廻屋くん。こっちだよ」

 

 全員が初対面のはずのクラスメイト達から自分の名前が聞き覚えのある声で呼ばれた。

声の出所に顔を向けると、渉はエントランスで出会ったストロベリーブロンドの少女・一之瀬帆波が嬉しそうに笑いながら手を振っているのを見つけた。

 

 見れば彼女の隣の席に『廻屋渉』と入ったネームプレートが置かれている。

 一之瀬が自分を呼んだ理由に納得した渉はその席に向かい、机にスクールバッグを置くと朗らかな笑顔の彼女に向き直った。

 

「どうも、一之瀬さん」

「にゃはは、やっと来たね。用事は終わったの?」

「はい、滞りなく」

「それは良かった。……ねえ、何の用事だったの?」

 

 呼び出されたかどうかは定かではないが、入学初日に職員室に行く用事。

 それもそこそこ時間のかかる用事というものに心当たりがなかったからのだろう。

 

「見た感じ服装しっかりしてるし、不良には見えないんだよね。落とし物とかなら30分も時間かかるとは思えないし」

 

 一之瀬が改めて渉の頭から足まで視線を動かし、教室の時計を見て、再び渉の顔に視線を合わせる。

 確かに渉の制服はボタンが外れているわけでもなし、ネクタイも硬く真っ直ぐに結ばれており、模範的な学生そのもの。

 時間がかかったのは渉の都市伝説論が炸裂したからなのだが、一之瀬にそれを知る由はない。

 

 とはいえ小首を傾げながら尋ねた一之瀬の表情に悪意は見えず、渉を探るというよりも純粋な興味からの問いなのだろう、と渉は判断した。

 

「ふむ……正直隠す意味はあまりないのですが、今は答えないでおきましょうか」

「今は?」

「ええ。今は、です」

 

 人差し指を顔の前で立てて片目を閉じ、渉は薄く笑う。

 見ようによっては胡散臭く気取った所作だが、一之瀬帆波は自身の善性からそうは受け取らなかった。

 

「……なんか絵になるね、廻屋くんがやると」

「おや、ありがとうございます。立ち振る舞いには一定の心得があるつもりです」

 

 メラビアンの法則と呼ばれる心理学上の法則がある。

 視覚・聴覚・言語において情報が矛盾している場合、伝わる内容は視覚が55%、聴覚が38%、言語が7%である、という法則だ。

 例えば、楽しいという顔で、悲しそうな声で、怒っていると伝えた場合、伝わるのは前述の割合になる、というものである。

 誤解されやすいが、『コミュニケーションにおいて見た目が最も重要』という話ではない。

 

 コミュニケーションにおいて重要なのは、表情や声色を伝えたい内容と一致させる、ということ。

 背筋を伸ばし、自然な笑顔で、落ち着いた声音で――説得力のある振る舞いとは、そういうものが大事なのだ。

 

「ともあれ、これからよろしくお願いします、一之瀬さん」

「うん! こちらこそよろしくね、廻屋くん」

 

 渉が右手を差し出すと、一之瀬は笑顔で握手に応じる。

 学校で最初にあった人と同じクラスになり、良好な関係を築けそうで安心した――一之瀬の反応を見るに、互いにそう思っているようだ、と渉は穏やかな心持ちだった。

 

「はーい、みんな席についてー」

 

 そうこうしていると時間になったようで、星之宮知恵が教室の扉を開いて入ってきた。

 思い思いに談笑に興じていた生徒たちが席に着き、空席がないのを確認した彼女は教壇で口を開く。

 

「まずはみんな、入学おめでとう! 私はこの1年Bクラスを担当する星之宮知恵。普段は保健医だから他の担任の先生に比べると会える頻度は低いけど、何かあったら保健室に来てくれれば会えるよ。好きなものはお酒と恋愛相談。お酒はまだみんなには早いけど、恋愛相談はいつでもウェルカムだよ」

 

 柔和な笑顔で紹介する美人教師が担任となり、クラスの(主に男子生徒を中心に)緊張が和らぐ。

 

「じゃあここから真面目な話ね。1時間後には入学式が控えてるからさっさと行くけど、ちゃんと聞くこと――いいね?」

 

 しかしそれも星之宮は真面目な顔を作ると、浮足立っていたクラスの雰囲気が引き締まった。

 そして資料と携帯端末を配り始める。

 

「まず、入学案内の資料でみんな知ってると思うけど、この高度育成高等学校は全寮制で、外部との接触や連絡はよほどのことがない限り原則禁止ね。それからこの学校は進級時のクラス替えがないから、そのつもりで。それからこの端末についてだけど」

 

 スマートフォンを思わせる携帯端末を掲げると、過不足なくクラスメイトに行き渡っているのを確認した星之宮は説明を続ける。

 

「これは学生証端末。文字通り学生証代わりになる端末なんだけど、この学校独自の『Sシステム』の根幹をなす重要な端末だから、破損したり紛失したらすぐに届け出ること。普通のスマホと同じくチャットや電話もできるから猶更ね」

 

 スマホを1人1台支給したようなものだ、と高育の豪勢さに渉が内心で思っていると、それを過去にするようなとんでもない内容が語られる。

 

「じゃあ『Sシステム』について説明するね。学校や敷地内の施設を利用するには専用のポイントが必要で、そのポイントが端末に登録されているの。電子マネーみたいなものと思っていいよ。レートは1円=1ポイントで、敷地内の物なら何でも買えるけど、卒業時に回収されるから、遠慮なく使っていいよ。端末に10万ポイントが入っているはずだから、各自確認して」

 

 その言葉を皮切りに生徒たちが一斉に端末を操作すると、驚愕と困惑の渦が発生した。

 10万円という額が義務教育を終えたばかりの少年少女にいきなり渡されれば無理もない。

 渉が隣を見れば一之瀬もそれは同様だったようで、食い入るように端末を見つめていた。

 

「振り込まれていない人はいないみたいだから、説明を続けるね。この高度育成高等学校は実力で生徒を測るんだよ。この学校に入学できた君たちはその可能性と価値を見込まれて10万ポイントが与えられた――いうなれば入学祝だね。ポイントは毎月1日に振り込まれるから、遠慮なく使うといいよ」

 

 教室を支配していた驚愕と困惑はクラスメイト達が説明を飲み込んでいくにつれて喜悦と興奮に変わっていく。

 星之宮の言葉の節々から感じ取った違和感を記憶しながら、渉はそっと周囲を見渡した。

 もちろん見ただけで彼らの内心まで見通せるわけもないが、その場の熱狂に飲み込まれていない人間を数人インプットしていく。

 

「ポイントは他人に譲渡できるけど、言うまでもなく恫喝やカツアゲは駄目だよ。学校はいじめ問題に敏感だからね。……質問はない? 10時になったら入学式が始まるから、それまでに体育館に来ること。じゃあみんな、良いスクールライフを」

 

 真面目な表情から再び柔和な笑顔になってウインクすると、星之宮は教室を去っていき、残されたクラスメイトたちは周囲の生徒と興奮気味に話し始める。

 やはり10万ポイントの使い道が本線のようで、カラオケやショッピングなど学生らしい話題が飛び交っていたが、ふと隣の一之瀬が立ち上がり、教卓まで進むと振り返った。

 

「はーい、みんなちょっといいかな? 歓談を中断させてごめんね。私たちは3年間同じクラスらしいし、入学式までのこの時間を使ってお互いに自己紹介しようかなと思うんだけど、どうかな?」

 

 パンパンと両手を叩く乾いた音と共に通りの良い声で並べられた言葉に、教室の喧騒が静まり返ると、生徒たちは次々に賛成の意を示す。

 彼女の美貌はもはや言うに及ばないが、それを差し引いても一之瀬帆波という少女には人を惹きつけるカリスマがあるのだろう、と渉は感心した。

 

「みんな、ありがとう。じゃあ言い出しっぺの私から――私の名前は一之瀬帆波。中学では陸上部で生徒会にも所属していました。この学校でも生徒会に入りたいと思っています。みんなと仲良くなるのが今の目標です。みんな、よろしくね!」

 

 丁寧ながらハキハキとした意志の強そうな声と朗らかな笑顔で締められた一之瀬の挨拶は拍手で迎えられた。

 渉は彼女と初対面の時にクラスの中心的存在になるだろうと感じたが、それは間違いではなかったと男女問わず受け入れられている彼女を見て確信を深めた。

 

 そして席順に自己紹介が行われていき、渉の番になると前の生徒と交代するように教卓に立って、口を開く。

 

「はじめまして、廻屋渉といいます。趣味はオカルト全般、特に都市伝説には強い興味を持っています。将来は民俗学の専攻を志しており、大学への進学を目標にして高育に入学しました。これから3年間よろしくお願いします」

 

 本当は星之宮にしたように都市伝説論を論じたかった渉だったが、時間が限られていることもあり断念して無難な紹介に落ち着いた。

 渉が掲げた趣味はジャンルとしてはマイナーだが、それも中性的に見える容貌も相まってミステリアスな魅力として映ったのか、概ね受け入れられたようだった。

 

 

   =   =   =

 

 

 そして入学式。

 在校生代表として生徒会長の堀北学の挨拶が終わると、新入生代表挨拶に際し廻屋渉の名前が呼ばれる。

 付近のクラスメイト達の驚愕の視線をどこか可笑しく思いながら、渉は迷いのない足取りで壇上に登りった。

 

「桜が舞う輝かしき春の今日、私たちは高度育成高等学校の新入生として、この入学式に臨むことができました」

 

 一之瀬帆波は代表挨拶に呼ばれた廻屋渉に驚き、淀みない挨拶に疑問の氷解と新たな予感を覚えた。

 やはり廻屋くんは凄い人なのかもしれない、と。

 

「このように盛大な式を開いてくださった校長先生をはじめ、坂柳理事長、先生方に心より感謝申し上げます。」

 

 坂柳有栖は廻屋渉の立ち振る舞いを見て目を見開き、そして笑みを浮かべた。

 どうやらこの高育は自分を退屈させることはないようだ、と攻撃的な本心を隠して。

 

「これからの三年間では、勉強だけでなく、部活動や学校行事に誠心誠意打ち込みながら、自分の実力を高めていきたいと思います」

 

 龍園翔は廻屋渉の挨拶に対して挑発的な笑みを隠さない。

 この実力主義を謳う学校で入学早々目立ったお前は、一体どんな力を持っているのか、と。

 

「私たちは、先生方のご指導のもとで学び、輝かしい先達に続くため、仲間たちと前向きに努力を重ねていくことをここに誓います」

 

 堀北鈴音は廻屋渉の落ち着いた挨拶に、先ほど在校生挨拶を終えた兄・学を想起せずにいられない。

 自身の至らなさ、そしてなぜ敬愛する兄がこの男子に重なるのか――困惑と不甲斐なさに改めて身を焦がす。

 

「最後に、この入学の機会を与えてくださった全ての方々に感謝を申し上げるとともに、これから始まる三年間を実りあるものにすることを誓い、私の挨拶といたします」

 

 綾小路清隆は茫洋とした眼差しを崩さない。

 凪いだ海のような内心に隠れたものは、自分自身にすら測れなかった。

 

 

 

 

 かくして始まる学園黙示録。

 廻屋渉と彼を取り巻く者たちが歩む先は、光か闇か。

 

 それは――――まだ、誰にも分からない。

 

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