聖園ミカが空崎ヒナのスタンドみたいな守護霊になった世界線   作:レイトウカイトウ

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※ジョジョ要素はほとんど無し

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聖園ミカが空崎ヒナのスタンドみたいな守護霊になった世界線~前編~

 朝、目が覚めて横を見ると、知らない誰かが浮いていた。

 

「……誰?」

「それはこっちのセリフ」

 

 私、空崎ヒナの問いかけに、誰かは目を細めながら答えた。

 ピンク色の長い髪に白い制服、そして背中にある一対の純白な羽、おそらくトリニティの生徒であるのだろう。唯一他の生徒と違う所は、頭上に浮かんでいるヘイローがはっきりと見える所だ。まるで銀河を表しているかのようなピンク色で立体的なヘイローに、思わず見惚れてしまう。

 

「どうして私の部屋にいるの?」

 

 ヘイローから視線を相手の顔に移して、目が覚めて率直に思った事を訊く。

 

「……」

「訊いているの?」

「……わかんない」

 

 私の問いに少し間を開けて、状況が理解できていない様子の彼女が答えた。

 

「そう」

 

 わからないものは仕方ない。とりあえず、私は登校する準備をする。

 

「いや、そっけないね」

「忙しいの。あなたはトリニティの生徒でしょう? 速やかに戻りなさい」

「わかってるよ」

 

 淡々と相手に声をかけると、ぶっきらぼうに返された。

 どうして彼女が私の部屋にいるのか謎だ。しかし、風紀委員の仕事があるため、深追いはできない。

 

「でも、君から離れられないの」

「どういう意味?」

 

 変な事を言い出す彼女に困惑する。

 着替えて登校する準備をしながら、返事を促した。しかし、返事を待たずに、その意図を理解する事になる。

 

「きゃ!」

 

 悲鳴をあげながら、彼女は私に近づいてきた。正確には、私に引っ張られたかのように、宙ぶらりんでこちらにやってきた。

 何が起こったのか、理解ができない。私が少し距離を、大体二メートルくらい離したら、引っ張られるように近づいてくる。別に私は彼女を引っ張ったつもりはない。だけど、その感覚はある。

 

「……?」

「こんな感じで、君から離れても引っ張られるの」

 

 口を尖らせながら、相手が不満を吐き出す。

 

「それは困ったわね」

「本当に、どうして私がゲヘナと……」

「まあ良いわ。時間がないし、同行しなさい。丁度制服だし」

「……まあ、仕方ないよね」

 

 渋々と言った感じで、相手は私の提案を飲む。

 どうやら、彼女は相当なゲヘナ嫌いらしい。もし自分がトリニティ嫌いだとしたらこの状況はとても嫌なので、同情できる。

 

「私は空崎ヒナ。あなたは?」

「聖園ミカだよ」

「ティーパーティーの?」

「うん。君は風紀委員長だよね?」

「そうよ」

 

 しばらくは一緒にいる事になりそうだったから、軽く自己紹介をした。

 

「あなた、壁をすり抜けられるのね」

「うん。なんか、実体がないみたいなの」

「どういう事?」

「そのまんまの意味だよ」

 

 壁をすり抜けながら、聖園ミカは言う。

 正直な話、状況がまったく飲み込めていない。しかし、気にしている暇がないので、理解をせずに状況を飲み込んだ。

 

「そう。そろそろ行くわよ」

「はーい」

 

 準備を終えて、部屋を出る。

 

 この日から、私の日常は変貌を遂げる事になった。

 

◇◇◇◇◇

 

「暇だなー」

 

 風紀委員の執務室で、宙に浮きながら寝そべった状態でいる聖園ミカが、退屈そうにしていた。

 

「まさか、誰もあなたの事を認識できないなんて。驚いたわ」

 

 誰も、聖園ミカがいるという事に気づいていない。それどころか、私以外はいつも通りだ。

 アコに聞いてみても、イオリに聞いてみても、もちろんチナツや他の風紀委員に聞いてみても、私の後ろには誰もいないと返事が返ってきた。それどころか、幻覚が見えていると心配されて、あやうく帰される所だった。

 聖園ミカが試しに触ろうとしても、すり抜けるだけで誰も気づいている様子がない。

 

「携帯がないから誰にも連絡できないし、そもそも実体がないし、何もやる事がないじゃんね☆」

「暇なら私の仕事を手伝ってほしいのだけれど」

「できないよ?」

 

 淡い希望を抱いてみたが、すぐに粉砕される。

 

「はぁ……」

「疲れてるね」

「毎日が激務だから、仕方ないわ」

 

 山のように積み重なっている書類を見ながらため息をつくと、面白そうなものを見たように聖園ミカが言ってきた。

 私にしかできない仕事だし、仕方のない事なのだけれど、最近は徹夜続きで眠れていないのも事実で、調子が悪い。

 

「役割分担をするべきって感じの量だけど」

「私にしかできない事だから」

「ワンオペすぎない……?」

 

 先程まで悪い笑みを浮かべていた聖園ミカが、引いたように言った。

 

「他のみんなも忙しいの。私だけがこうじゃないわ」

「だとしても問題はあると思うんだけど」

「あなたが私に扮して手伝ってくれるなら、楽できるのだけれどね」

「うーん……」

 

 望み薄な願望を言って、集中する。聖園ミカは唸り、何も言ってこなくなった。

 不意に、着信音が鳴った。アコからの電話だ。

 

「もしもし」

『委員長! 救援をお願いします!』

 

 必死になっているアコの声が聞こえる。

 まただ。今日は一段と仕事が多いのに、テロは普段通りに起こる。

 一通り要件を聞いた後、電話が切れる。

 

「どうしたの?」

「出動よ」

 

 興味津々で訊いてきた聖園ミカに対して簡潔に返しながら、私はテロの鎮圧に向かう準備をした。

 

「退屈しなさそうだね」

「おかげで忙しさが増すわ」

 

 皮肉めいた口ぶりで言ってきた聖園ミカに、少し不満をぶつけるように言葉を吐く。

 

「楽しみだなー☆」

「本当にね」

 

 楽観的な彼女に毒を吐きながら、急いで目的の場所に向かった。

 

◇◇◇◇◇

 

「うわーお……」

 

 現場の惨状を見て、聖園ミカはドン引きしていた。

 

「また温泉開発部ね」

「どうなってるの、これ?」

 

 辺り一面温泉になった、元々が道路の場所を見る。目を点にして、聖園ミカは温泉を見ている。

 

「はぁ……」

「部長! 委員長が来てる!」

「ひぇぇ!」

 

 私が来るなり撤収していく温泉開発部を見て、臨戦態勢に入る。

 そんな温泉開発部に対して、攻撃の()()を向けて、銃を乱射した。

 

「私も加勢しよっと……あれ、銃弾が出ない」

「ひぃぃ!」

 

 一目散で逃げていく温泉開発部、私には勝てないというのをしっかりと理解している。

 私の後ろでは、聖園ミカも銃を構えていた。しかし、引き金を引いているのに銃弾が発射されないらしい。弾倉を入れ替えても、不発で終わっている。

 そもそも実体がないのなら攻撃しても意味ないと思うのだが。

 

「まあ良いや、隕石落とそう」

「え?」

 

 聖園ミカがそう言った瞬間、大きめの隕石が落ちてきた。威力は絶大で、温泉開発部よりも被害が甚大に出る程のもので、近くにいた温泉開発部や風紀委員、民間住民まで巻き込まれている。それによる悲鳴が聞こえてきて、いたたまれなくなった。

 しかし、自分はノーダメージで、特に被害がない。

 

「やったー!」

「やったーじゃない! 事後処理が大変になるわ!」

「私がやるわけじゃないし」

 

 他人事(ひとごと)みたいに言う彼女に、初めて怒りの感情が湧いた。

 

「人目を気にせずにゲヘナを殴る機会なんてそうそうないから、そこの温泉開発部員を殴っておこうっと」

「話を聞きなさい!」

 

 私を無視して、聖園ミカは拳を倒れている()()()()()()に向けて放つ。

 ものの見事に()()したそれは、周りに衝撃波を発生させて、周りの地面を抉り取った。あまりの威力に、私は言葉を発する事ができない。

 

「調子良いなー、もっと殴っちゃおう☆」

 

 そう言って、悪気もなく聖園ミカは温泉開発部に()()拳を振るっていた。特にカスミに対しては、残像が見えてしまうくらいのスピードで、ラッシュをお見舞いしている。

 

「……もう良いわ、やめなさい」

 

 これ以上惨状を広げないために、言葉を絞り出す。既に、私の中には攻撃の()()はなかった。

 

「そっかー」

 

 私の言葉に、案外素直に彼女は言って、拳を止めた。

 てっきりバーサーク状態であると思っていたから、驚いた。

 

「……どうやって攻撃を当てたの?」

「うーん、よくわからない」

「……そう」

 

 小首を傾げて、聖園ミカが言う。直接攻撃を当てていたような気がするのだが、本人はどうやってやったのか理解していない。

 壁はおろか、人に対してもすり抜けるはずの聖園ミカが、どうやって温泉開発部を殴ったのか、考えても結論は出てこなかった。

 

「……明日、先生に相談してみようかしら」

「えー?」

 

 先生ならこの状況をどうにかしてくれるかもしれない、そんな期待を抱く。

 

「先生なら、認識してくれるかもしれないわ」

「だと良いなー」

 

 事後処理について頭を抱えながら、携帯を取り出して先生に連絡した。

 

◇◇◇◇◇

 

「いっらしゃい、ヒナ」

 

 翌日シャーレに来ると、先生が笑顔で出迎えてくれた。

 

「私もいるのになー」

 

 やはり先生にも認識されていないらしく、不満気に聖園ミカは嘆く。

 

「ごめんなさい、先生。急に来る事になっちゃって」

「大丈夫だよ」

 

 笑顔を絶やさず、優しい声色で語り掛けてくる先生。

 

「それで、どうかしたの?」

「……信じてもらえるかわからないけど、聞いて」

 

 きっと先生なら、信じてくれなくても話は聞いてくれる。そういう先生への無条件な信頼が、私を安心させてくれる。

 だから淀みなく、今の私に起こっている事を包み隠さずに説明できた。

 

「……つまり、ヒナの後ろにはミカがいるの?」

「いるよ! 気づいて、先生!」

 

 先生が私の後ろを見る。しかし、その視線は聖園ミカの方に向いていない。

 今、彼女は私の隣で宙に浮いている。手を振ったり足を動かしたりする努力も虚しく、やはり先生さえも聖園ミカを認識できないらしい。彼女を認識できるのは、現状私だけのようだ。

 

「うーん、声も聞こえないし、姿形が見えないんじゃ……そうだ」

「先生?」

 

 いかにも閃いたという感じで、先生は左手で作った受け皿を右手で叩く。

 

「これは仮説でしかないんだけど……私に触るっていう()()を持って」

「えーと……」

 

 先生の言っている事が理解できなかったが、とりあえず先生の言う通り、今から先生を触ろうと考える。

 

「それで、ミカが本当にいるなら、私に触ってみて」

「こう?」

 

 聖園ミカが先生の肩に向かって手を伸ばす。すると、手が先生の肩に乗り、止まった。

 彼女が先生に触れたと、不思議とそんな感覚を受け取った。

 

「おっと、びっくりしたぁ……」

「触れた! やった!」

「うん、これでミカがいるって確信が持てたよ」

 

 急に触れられて先生は驚いていたが、すぐにいつもの調子を取り戻す。先生らしいと言えばいいのか、意味不明な状況にもすぐに対応している。

 先生に触れる事ができ、更にはいるという事を信じてもらえたミカの喜びが伝わってきた。

 

「とりあえず、ミカはヒナの幽波紋(スタンド)みたいなものになってるんだね。昨日からミカが行方不明だって聞いてたから、とりあえず安心したよ」

「スタンド……?」

「スタンドってどういう事?」

 

 ほっと胸を撫でおろしながら言った先生の『スタンド』という単語、どういう意味で言っているのだろう。聖園ミカも理解できていないらしく、疑問を言葉にした。

 

「とりあえずナギサに連絡しよう。とても心配している様子だったからね、状況を信じてくれるかわからないけど」

「ちょっと待って!」

「え、ちょ」

 

 先生が桐藤ナギサに連絡しようとして、それを聖園ミカが阻止するように手を取った。

 

「どうしたの?」

「えっと、ナギちゃんとセイアちゃんにはまだ言わないでほしいな☆」

「……意図を訊かせてもらえるかしら」

「?」

 

 どこか焦った様子で言う聖園ミカは、何か考え事をしている。先生も状況がよくわかっていないらしくて、狐につままれたように呆けた表情を浮かべていた。

 

「うーん、この状況を言っても信じてくれないと思うし、何より私がゲヘナに魂を売ったみたいな状況だから」

「……聖園ミカが、ゲヘナに魂を売るような状況を他の誰にも話したくないって」

「そっかぁ……」

 

 まだ何か隠しているらしい聖園ミカの苦しい言い訳を、とりあえず先生に言った。先生は、よくわからないという感じで呟いた。

 

「ミカの所在がわかったっていう連絡くらいはして良い?」

「それくらいなら」

「良いらしいわ」

「オッケー、そういう感じで連絡しとくよ」

 

 そう言って、聖園ミカが手を放すと先生はどこかに連絡をする。

 

「……先生が言うなら、信じてくれるのだと思うのだけれど」

 

 聖園ミカをじっと見つめながら、真意を問いただすように訊く。

 

「……いや、この状況が少しおもしろくって、もう少しこのままでも良いかなーって」

「先生にも認識されてないのに何を言っているの?」

「そうだけど! でも先生は私の事を認識してくれてるし……」

「……」

「それに、空崎ヒナの中にいれば合法的にゲヘナの問題児を殴れるし」

「はぁ……」

 

 両手の人差し指の先っぽをちょんちょんとぶつけながら、聖園ミカは悪気もなく言葉を並べる。その態度に、思わず小さな溜息をついた。

 はっきり言うと、バカバカしい。そのためによくわからない理由をでっちあげ、先生を騙すような行動をするなんて、少しは怒られた方が良いと思う。

 

「別に私だって、普段は誰彼構わず殴らないよ。でも、誰にも見られてない状況なら話は別ってわけ」

「私が見ているのだけれど」

「空崎ヒナが言っても心配されるだけじゃんね☆」

「それもそうね」

 

 わざわざフルネームで名前を呼んで、悪い笑みを浮かべながらこちらを煽ってくる聖園ミカ。一発殴っても許されるかもしれない。

 

「お待たせ」

「先生、どうだった?」

「もの凄く問い詰められたけど、ミカが言うのを拒んでるって言ったら渋々了承してくれたよ」

「すっごい誤解を招きそうな言い方!」

「実際拒んでるじゃない」

「そうだけど……」

 

 合点がいかないといった感じで抗議してくる聖園ミカを黙らせる。

 

「それで、元に戻る方法を探してるって事で大丈夫だよね?」

「そうだけど……もっと楽しみたいなー」

「この子、もっと楽しみたいって言ってるのだけれど」

「言わないでよ!」

「すっごくわかる!」

「!?」

 

 呆れるような事を言った彼女に対して不満を呈すると、先生が別人のように言い出した。

 最初は言ってほしくなさそうにしていた聖園ミカも、驚いたように目をぱちくりと開けている。

 

「スタンドとはちょっと違うかもだけど! 要するにヒナがスタンド化したミカをほとんど操ってるんでしょ! スタンド能力が欲しい身としてはとても羨ましいよ!!」

「えーと、スタンドってどういう事なのかしら」

「スタンドとは! 持ち主の傍に出現して様々な超常的能力を引き起こす、守護霊みたいなやつだよ! そばに現れ立つというところからその(ヴィジョン)を名づけて幽波紋(スタンド)! 私も持ってみたいって思ってるんだよね!」

「何を言っているのかわからないわ」

「えーと、セイアちゃんより何を言っているのかわからない」

 

 一人で興奮し始めた先生の様子を見て、私も聖園ミカも困惑していた。

 

「スタンド能力名は……『大天使ミカエル』とか!」

「普通に『聖園ミカ』で良いと思うわ」

「『ミカ』で良いと思う」

「でもロマンが……叫ぶのに!」

「『聖園ミカ』の方が呼びやすいわ」

「『ミカ』って叫んだ方が良いと思う」

「うぐぐ……」

 

 私の言う事に納得していない様子の先生、しかし、二対一であるのでこちらが優勢だ、先生には聖園ミカの声が聞こえていないのだけれど。

 

「……まあ、その様子だとミカもヒナに賛成らしいし、それで良いとして……まだ諦めないけど」

「先生……」

 

 諦めきれない様子で、それでも一区切りつけて、先生は言葉を吐いた。

 先生も、こういう変な所がある。こういう状況は普通の人なら飲み込めないはず。それなのに、受け入れるどころか興奮してしまう所、それが先生を先生たらしめているのかもしれない。

 

「……スタンドだって言ったけど、まだよくわかってない所が多いよね」

「えぇ、わかっている事は、聖園ミカのヘイローがくっきりと見える、彼女と私は一定距離以上は離れられない、普段は実体がないけど私の意志によって実体が持てる事がある……って感じかしらね」

「なるほど……これは本格的にスタンド能力っぽいね!」

 

 説明をすると、先生はまたしても興奮気味に言った。

 やっぱり、先生は変な人だ。でも、楽しそうにしてる。そんな様子が、少しだけかわいらしいと思った。

 

「ミカ」

「え?」

 

 先生の事を見ていたら、唐突に聖園ミカから声をかけられた。

 

「私の事をフルネームで呼ぶのはやめて。私もヒナって呼ぶから」

「……わかった」

 

 何か気が障ったのか、不機嫌そうに言った聖園ミカ。

 呼び方はあまりこだわっていなかったのだけれど、そうした方が良いのならそうするべきだ。

 

「私もスタンド能力が欲しいなー」

「……とりあえず、先生には頼りっぱなしになると思うけど、良いかしら?」

「大丈夫だよ。いつでも頼ってくれて良いからね」

「私の姿形も認識してくれれば良かったんだけどなー」

「今日はもう帰るわ」

「うん、またね」

 

 不満そうなミカを引き連れて、ゲヘナに帰った。

 

◇◇◇◇◇

 

「私が仕事をするっていう意志を持てば、ミカにもさせる事ができるのかしらね」

「怖い事言わないで」

「あら、めんどくさい事後処理が発生したのは誰のせいかしら」

「うぐぐ……」

 

 いかにも嫌そうに、ミカは顔を引きつらせる。

 先日の隕石については、謎の現象として処理された。不運な事故で、仕方ない事であったという結論だ。

 本当はミカがやった事なのだけれど、言っても先生以外は信じてくれないから特に何も言わなかった。というか、言ったところで逆に心配されてしまうだけだから、めんどくさくて黙っていた。

 

「ほら、仕事をやるっていう意志はある。だから、手を動かしなさい」

「はーい……」

 

 心底やりたくなさそうに、ミカは顔を歪ませていた。だけど、渋々と書類に手をつけ始めた。

 

 やっぱり、意志を持っているとミカもそれを実行できるらしい。

 私が温泉開発部を鎮圧するために攻撃する意志を持てば、ミカも温泉開発部に対して攻撃できる。

 私が書類仕事をする意志を持てば、ミカも書類仕事を遂行できる。

 

「……だとすると、あの隕石は何だったのかしら」

 

 あの隕石によって、温泉開発部や風紀委員だけではなく、近くの生徒や一般人までもが大怪我を負ってしまっていた。私には温泉開発部を鎮圧する意志しかなくて、その他については特に危害を加えようとしていない。地面が抉られて、半径二十メートルくらいのクレーターができていた。

 それに、ミカが温泉開発部を殴ったときには衝撃波が発生したり、これも地面を抉っていたはず。

 

「いくら何でも多すぎない?」

「いいからやりなさい」

「やっぱり楽しくないかも……」

 

 先程の悪い笑みはどこへ行ったのやら、冷や汗をかきながらまずい事をしたような表情で、ミカは小さく言葉を吐く。

 ミカがいる事によって、業務の効率が上がった。所々質問されたから二倍とはいかなかったけど、それでも普段よりは早く仕事が終わっていく。

 

「ふぅ、喉が渇いたわね」

「もしかして、私をこき使おうとしてない?」

「そんな事はしないわ。手伝ってくれてるし、飲み物くらいあげるわ」

 

 仕事で疲れてそうなミカに、感謝の印として飲み物を譲ろうと思った。

 

「うーん、確かに喉は乾いてるけど……」

「どうかしたの?」

「なんか、別に飲み物を飲もうっていう気にはならないっていうか」

「どういう事?」

「えっと、例えるなら、熱い飲み物を暑い夏の日に飲もうって誘われた気分?」

「例えがわかりづらいわ」

 

 困ったように、ミカは目を泳がせている。

 

「そう。なら良いわ、飲み物は買いに行くけど」

「私の分は大丈夫だよ」

 

 椅子から立って、伸びをする。私に釣られて、ミカも手を組んで伸びている。

 

「ふぅ……」

 

 用意してあるコーヒーメーカーで、カップにコーヒーを淹れる。

 コーヒーを口に含むと、ほんのりと苦みが伝わってきた。これが適度に眠気を吹き飛ばしてくれて、もう一度仕事を頑張れるようになる。

 

「にがっ!?」

 

 不意に、ミカが顔を苦しそうに歪めた。

 

「どうしたの?」

「えっと、急に口の中が苦くなって……」

「……?」

 

 おろおろと困惑しているミカに、一度コーヒーを飲む手を止める。

 

「なんだか私、おかしくなっちゃったのかも」

「この状況になっている時点でおかしいと思うわ」

「それもそっか」

 

 納得したような様子なミカを横目に、私は再度コーヒーを飲む。

 

「……うん、多分ヒナがコーヒーを飲むと私にも苦みが来るね。実際、喉の渇きも潤ってる気がする」

「……そういう事なの?」

 

 合点がいったといった表情をして私が持っているカップを見てくるミカ、まるで感覚が共有されているみたいだ。

 コーヒーを一気に飲み干して、ミカの言った事について考える。

 

「つまり、私とあなたは味覚を共有しているっていう事になるのかしら」

「あと、喉の渇きとかも共有してるっぽいね」

「……今あなたは、お腹が空いていたりするの?」

「うん」

「なるほど」

 

 私の問いにミカが頷く。

 昨日から今日にかけては特に忙しかったため、ご飯を食べる時間がまともに取れず、何も食べていない。

 仕事が忙しくて空腹である事を忘れていたけど、そろそろ何かを食べないと仕事に集中できない。そう思って、携帯食をポケットから出して食べる。

 

「味気ないね、美味しくない」

「悪かったわね」

 

 私の味覚が伝わっているらしく、味に対してミカは文句を言ってきた。

 私とミカは、感覚を共有しているらしい。考えると、どこか気持ち悪くなってくる。

 

「あなたと一心同体になったって考えると、どこか気持ち悪いわね」

「それ私も思った」

 

 私の軽口に、ミカは大袈裟に反応してきた。

 

「そろそろ仕事に戻るわ」

「はーい」

 

 新たにわかった事、感覚の共有について頭の隅で考えながら、仕事に戻った。

 

◇◇◇◇◇

 

「……吐きそう」

 

 深夜の二時、溜まった仕事を片付けていたら、ミカが溜息をつきながら言った。

 

「ねぇ、良い子はもう寝る時間だよ? 寝ようよ」

「まだ仕事が残っているの。寝ている暇はないわ」

「うぅ……」

 

 弱音を吐くように言うミカを一蹴して、私は手を動かす。

 

「いやさ、テロリストが暴動を起こさなかったらもう終わってるよね」

「深夜でも起こる事はあるわ」

「はぁ、常識ないのかな」

 

 手を止めずに、それでいて疲れたように、ミカが言う。

 テロリストはいつでも湧いてくる。こんな深夜でも、空気を読まずにテロ行為を行ってくる。

 

「もう眠いよ。ヒナも眠いでしょ?」

「だけど、寝るわけにはいかないわ」

「……」

 

 みるみる内に顔を歪めていくミカに、無意識ではあるが同情してしまった。

 

 今の彼女には、意志というものが存在しない。自我はあるけど、意志がついてきていない。ミカの意志は全て私の意志に置き換わっている。

 自我と意志が乖離している感覚、それがミカを苦しめている。

 

「もうさ、ゲヘナを破壊した方が良くない?」

「極端な結論を出さないで」

「むぐぐ……」

 

 納得していなさそうに、ミカは呻き声を出す。

 苦しい、そんな感情が伝わってくる。聖園ミカは今とても苦しんでいる。それとも、私の苦しいという感情が彼女に移っているだけなのか、そこまではっきりとしていない。

 不意に、爆発音が聞こえた。

 

「……また?」

 

 呆れたような声と、それに付随して苛立ちのような物が伝わってきた。

 

「出動よ」

「……」

 

 深夜にも活発なゲヘナで、私はいつも通り出動する。だけどミカは、今にも吐きそうな所を抑えて、無理矢理平気そうな状態を演じている。

 

「ミカだけでも休めたら良いのに」

「それだとヒナが休めないじゃん」

「私は別に良いの」

 

 慣れている私にとっては日常の一瞬でしかない事も、慣れていないミカにとっては非日常の夜だ。本当なら眠りについている時間、私に合わせるしかない彼女にとって、苦痛を感じざるを得ない。

 だから、私は休息の意志を持つ。そうすれば、きっとミカは休める。

 

「あ~れ~~!?」

 

 すると、ミカが私の体の中に吸い込まれた。

 

「……え?」

 

 何が起こったのか理解できず、困惑する。

 まるで渦巻に巻き込まれた如く、ミカは周りながら私の中に入った。そして、彼女からの感覚が一切遮断された。

 

「……まあ良いわ、後で確認しましょう」

 

 何が起こったのかを理解する前に、私は爆発音がした方向へ行く。

 確かにミカは消えた。しかし、私の中にいる事はわかる。多分、クマの越冬みたいに活動を停止している。

 暇があったら、先生に確認してみよう。そう考えながら、私は風紀委員として出動した。

 

◇◇◇◇◇

 

「……はぁ」

 

 思わずため息をつかずにはいられなかった。

 結局、テロリストの鎮圧に想定以上の時間がかかってしまって、仕事に戻るのが遅れてしまった。その結果、一睡もできず、体に疲れがのしかかってくる。

 

「今日はミレニアムで用事があるというのに、こんなんじゃダメね」

 

 目をこすりながら、今日の予定を思い出す。

 朝、ミレニアムに向かう。そして、ゲヘナの生徒がミレニアムで暴れて捕まったのを引き取りに行く。外交については既に万魔殿が済ましてくれたらしいから、ただ引き取るだけ。

 そして午後から、万魔殿との定例会議があったはず。

 

「……なんか、変ね」

 

 私の中で誰かが暴れているような気がして、違和感を覚える。

 そういえば、ミカが私の中に吸い込まれていた。しかし、どうやって外に出すのかはわかっていない。

 

「……適当に、起きる意志でも持てば良いのかしら」

 

 既に起きている状態でそう考えるのはおかしいけど、そう考える。

 だけど、ミカが外に出てくる様子がない。

 

「……どうすれば出てくるの?」

 

 眠くて回らない頭をフル回転させて、考える。しかし、いくら思考をしても思いつく事がない。

 こういう現象に詳しそうな先生だったら、何か知っているかも。そう思って、先生に電話した。

 

『ヒナ、どうしたの?』

「先生、ミカが私の中に入ったまま出てこないのだけれど、どうすれば出てくるかわかる?」

『うーん、多分だけど『ミカ』って叫んだら出てくると思うよ』

「そう、ありがとう」

 

 電話を切り、先生のアドバイスを実践する事にした。

 

「……『ミカ』!」

 

 大きく息を吸って、普段はあまり出さないような声で叫ぶ。

 

「はーい!」

 

 すると、私の中からミカが元気よく出てきた。表情は元気で、しっかりと休めたみたいで良かった。

 

「……って何これ、気持ち悪い……」

 

 と思いきや、出てきた瞬間にミカは胸を抑える。相当気持ち悪いらしく、息が乱れている。

 

「ごめんなさい、徹夜したから一睡もしてないの」

「そっか……って、これじゃあ私が休んでも意味ないよね!?」

 

 苦しそうな表情を抑えながら、今にも胃液を吐き出しそうなのを我慢して、ミカは叫ぶ。

 胃液を吐き出しそうなのは私の方だ。ミカは苦しそうにしているだけで、それによって引き起こされるような行動は全て私が代わりに引き受けるらしい。

 徐々に、この状況に対して理解が進んできた。

 

「……今日は頑張って寝るわ。でないと、吐きそうで……おぇ」

「吐き気はするけど吐く気はしないって、代わりにヒナが吐く気の方を引き受けてるって事?」

「どうやらそうみたいね……今日はまずミレニアムに行くわ」

 

 手で口を抑えながら、絞り出すように言葉を並べる。

 先程までの疲労に、ミカの吐き気を引き受けて、今の私は限界に近い状態だ。下手したら不意打ちでやられてしまうかもしれない。

 

「そうなんだ」

「今の私は満身創痍だから……あなたは私を守りなさい……」

「はーい」

 

 私自身を守るという意志を持って、風紀委員の外に出る。既にセナが車を用意して待っていた。

 その車に、重々しく乗り込む。

 

「……委員長、大丈夫ですか?」

「大丈夫、平気よ……おぇ」

「……無理はしない方が――」

「心配はいらないわ……早く行って……」

「……」

 

 まるで小鳥遊ホシノに挑むときのように覚悟を決めて、助手席に座る。その瞬間、物凄い眠気に襲われた。

 私が乗ってシートベルトをつけた後、セナは車を出す。

 

「……」

 

 強い眠気に抗えず、私は夢の中へと誘われた。

 

 いつの間にか、私はお花畑の真ん中に立っていた。

 

『……?』

『キレイだなー』

 

 ミカは後ろで感銘を受けたように言葉を発している。

 

『ヒナ、ミカ、こっちだよ』

『先生?』

『え、見えるの?』

 

 視線の先で、先生が私とミカを手招くように手を振っている。

 なぜかはわからないけど、あの人は純白なタキシード姿。そして、私とミカは純白でキレイなドレスを着ている。

 ここ最近、状況を直感的に理解できないような事ばっかりだ。でも、今はとても心地よくて、身を委ねていたい。

 

『早く、私のお姫様』

『……ふふ』

『照れるなー……』

 

 心地よい言葉、耳障りの良い声、楽園というに相応しい場所で、照れ笑いが出てしまった。

 

『……ミカ、あなたはここで待機よ』

『は? ヒナがここで待機するべきじゃんね☆』

 

 この楽園で唯一邪魔な存在といえば、聖園ミカだ。彼女も、私が一番邪魔だと思っている。

 

『二人とも……?』

『どっちが先生に相応しいか、勝負よ』

『望むところだよ』

 

 これは戦争だ。どちらが先生に相応しいのか、示す必要がある。

 ミカの事はあまり知らない、彼女も私の事をあまり知らない、でも、先生に対する思いだけはわかる。

 

『待って、二人が戦ったら洒落にならないから』

『覚悟を決めなさい』

『歯を食いしばってね』

 

 先生の制止を無視して、私とミカは向かい合った。

 

「――い……て……い――」

『……?』

『誰?』

 

 急に声が聞こえて、視界がぐらついてくる。

 

 夢から、現実へと戻された。

 

「起きてください」

「……ごめん、寝ていたわ」

 

 セナの声に、意識を覚醒させる。

 若干の眠気は残っている。それでも、さっき感じていた吐き気のようなものは収まった。

 

「やはり、無理しない方が良いかと」

「大丈夫。でも、今日はしっかりと寝るわ」

「そうですか」

 

 表情を変えずに、私に声をかけてくれるセナ。その好意を無碍にしないように、言葉を選びながら返す。

 ミカの事もあって、この状況ではしっかりと休息を取るべきだと実感させられた。

 そんな事を考えながら、私は車から降りた。

 

「うーん……目覚めが悪いなぁ……」

「今日はしっかりと休息を取るから、頑張りなさい」

「うん……」

 

 元気がなさそうに、ミカは頷いた。

 

「ミカ、さっきまでお花畑の中にいた?」

「うん。先生とヒナもいたよね」

「……多分先生は幻覚だけど、私とあなたは同じ夢の中に存在できるらしいわね」

「そうだね」

 

 同じ夢を見た事を互いに確認して、ミレニアムの学区に一歩踏み出した。

 

◇◇◇◇◇

 

 無事にテロリストを引き取って、風紀委員に戻って来た。そして、テロリストを牢屋にぶち込んで、執務室に戻る。

 

「仕事がもう少し残っているわ」

「うん。それが終わったら寝ようね」

「えぇ」

「それにしても、どこか静かね」

「そうだね。昨日はもう少しうるさかったんだけど」

 

 執務室に戻る途中、まるで万魔殿に理不尽な要求を通されたみたいに、お通夜みたいな雰囲気が広がっていた。

 

「……嫌な予感がするわ」

「うん。すっごく伝わってくるよ」

 

 カラスが大量発生したときみたいに、絶望的な状況になっている。そんな考えが頭を支配する。

 急いで、執務室に戻った。

 

「委員長!」

「アコ、何があったの?」

 

 そこには、酷く困った様子のアコがいた。

 

「いえ、先程――」

 

 何があったのか、アコが詳しく説明してくれる。

 概要としては、万魔殿がまた会計監査などという嫌がらせをして、予算をゼロにしたという事だ。

 ケチをつけるなどという次元ではなく、もはや言いがかりであったらしい。

 

「――って事がありまして」

「……また?」

「はい……」

 

 恐る恐る、アコは私を見る。

 一度ではなく二度までも、議長は本当に何を考えているのだろうか。

 

「……行ってくる」

「は、はい!」

 

 困り果てているアコを置いて、私は万魔殿の本部に向かった。

 

「あはは、すっごい怒ってるね、ヒナ」

「……」

「大丈夫、私も怒ってるから」

 

 軽い口を叩きながら、ミカは右手に作った拳を左手に当てる。やる気満々だ。(はらわた)が煮えかえる程の怒りが伝わってくる。

 都合が良い。もしかしたら、説明せずとも私のやりたい事が伝わっているかもしれない。

 万魔殿の本部に着いた。

 

「風紀委員長、何の……ごふぅ!?」

「え、ちょ!?」

「邪魔よ」

「やっほー☆」

 

 万魔殿に対して攻撃する意志を持つ。そうするだけで、ミカが殴ってくれる。しかも、誰にも見えていない。

 マコトがいるであろう部屋に着いた。

 

「『ミカ』!」

「オッケー!」

 

 私の問いかけに、ミカが快活に返事をした。

 部屋の前の扉を殴る意志を持つ。それに合わせて、ミカが扉を殴りつけると、手に扉の感触が伝わってきた。そして、爆音とともに扉が粉砕される。

 

「ひぇ!?」

「な、何!?」

 

 部屋の中に入ると、怖がっているチアキとサツキが目に入ってきた。

 

「い、今何が?」

「?」

 

 別の方向を向くと、イロハがイブキを庇うように抱き寄せていた。

 

「なんだ!?」

 

 一方で、びっくりしたような表情で、マコトは私を生意気にも見ている。チアキ、サツキ、イロハは私の事をトラのように見てくれているのに、その目が気に食わない。

 いつもは何とも思わない顔、だけど今はこちらを見下してくるようなサルよりも(たち)の悪い顔に見えるマコト。今すぐ殴りたくて仕方ない。

 部屋には他のメンバーもいるけど、マコト以外は特に興味がない。

 

「私の後ろに何か見える?」

 

 後ろに待機しているミカが見えるか確認しながら、チアキとサツキを睨みつける。

 

「な、何も見えないです……」

「と、特には……」

「……あなた達は?」

 

 今度は、イロハとイブキを睨みつけた。

 

「な、何も……」

「見えないよー?」

「……マコトは?」

 

 最後に、未だに余裕そうにしているマコトを睨みつける。

 

「何を言っているのかわからないが」

「そう、なら好都合ね」

 

 素っ頓狂にも聞こえるような声を上げて、マコトはバカ真面目に答えた。

 こいつがアホで本当に良かった。これで、私の思惑は簡単に達成されそうだ。

 

「マコト、今から私はあなたに近づくけど、何もしないわ」

「ど、どういう意味だ?」

 

 狐につままれたような表情をするマコトに、私は近づいた。

 近づけば近づく程、地獄の業火の如くに燃え上がる怒りが湧いてくる。この炎が向かう先は、目の前にいる議長だ。アコ風に言うなら、アホなタヌキの住処を燃やし尽くす、みたいな感じ。

 

「そう。私はここに立つだけで、何もしない」

「な、何を言って――」

「『ミカ』!」

「行っくよー!」

「ぐほぉわ!?」

 

 名前を叫ぶと、ミカはこの議長の間抜け面に拳を振りかざす。

 凄まじい轟音と共に、大きくて重いソファを吹き飛ばすような風が吹いた。

 

「まだまだこんなものじゃないよ?」

「ぐえぷっ!?!?」

 

 言いながらミカが、残像が現れるくらいの速さで、両手でボコボコにマコトを殴る。私の手にも、マコトを殴った感触が伝わってきた。

 私から見れば、マコトはミカに殴られて続けている。だけど、マコトはミカが見えていない。マコトだけではなく、ここにいる四人の万魔殿メンバーも、だ。ならば、これはただの超常現象。

 一度、攻撃の意志を止める。同時に、ミカの拳ラッシュも止まった。

 

「あら、急に殴られたってみたいにして、良い事でもあった?」

「お、お前……お前の仕業だな!?」

「証拠でもあるの?」

「こ、こんな事をして、タダで済むとは思うな!」

 

 痛々しい表情をしながら、マコトは私を睨む。

 

「イロハ」

「は、はい?」

 

 何が起こっているのか理解できず、ただ震えてイブキを抱きしめていたイロハに問いかける。彼女は怯えながら返事をした。

 

「私は何もしていないわよね?」

「し、してません!」

「おい!?」

「だそうよ、マコト」

「そ、そんなこ「オラァ!」ぎえぴっ!?」

 

 マコトが話している途中で攻撃の意志を再び持つと、ミカが待ってましたといわんばかりにもう一度殴り始めた。

 痛々しい悲鳴が聞こえる。その音はとても気持ちよくて、ずっと聞いていたい程だ。

 だが、この程度では怒りは収まらない。今まで散々好き勝手やってきて、よく耐えていたものだ。これは私だけの怒りではない、ミカの理不尽な憎悪も合わさっている。

 

「『ミカ』!」

「任せて!」

「あぺびっ!?」

 

 まるで私が操っていると錯覚するほど、意志がミカに伝わっている。彼女は右手で、マコトの顔を鷲掴みにして、窓の外に放り投げた。

 ハヤブサの如くのスピードでぶつかり、窓ガラスが割れる。それでも勢いは止まらず、マコトは外に出て自由落下を始めた。

 私も続いて窓から飛び降りる。

 

「『ミカ』!」

「トドメ、行っくよー!」

「あばばばばばばばば――」

 

 空中でも関係なく、ミカはマコトにラッシュを食らわせる。自由落下をしているとは思えない程、ミカの体感がブレない。

 残像が見えるを超えて、もはやミカの腕が十本あるような錯覚さえ覚える。マコトが殴られる事によって発される鈍い音、所々聞こえる骨の(きし)む音、耳を(つんざ)くような風の音、録音したら誰かが買い取ってくれるかもしれない。

 そうして、マコトが地面に落下するまでに、否、気が済むまで殴り続ける。

 

「ぐへぁ!?」

 

 遂に、マコトが地面に激突した。

 激突したというのに、怒りが全く収まらない。それどころか、更に殴りたくて仕方ない。ヘイローが壊れる直前までに収まってくれる事を願う。

 拳に伝わってくる快感、脳に溢れるアドレナリン、生を実感する程の悲鳴、全てが私を狂わせる。

 

「あははははははははは☆」

「マコト、この程度で私の怒りは収まらないわ!!」

 

 高ぶる感情を抑える事ができなくて、思わず叫んだ。

 

「あ、あ、あぁ……ガクッ」

「あ、気絶しちゃったね☆」

「『ミカ』!」

「もちろん!」

 

 そうして、私は気が済むまで、マコトに敵意を向けていた。

 この後にアコが率いる風紀委員が来るまで、ミカに殴られるマコトを見つめていた。

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