まずこの村にやってきて、キョウヘイが驚いたことがある。
「な、なんじゃこりゃ?!」
キョウヘイの足に生じた違和感である。雪のような感触で、だけど雪にしては少し白が濁って見えたそれはキョウヘイにとっては未知との遭遇であったのだ。
「これは……火山灰ね」
「火山灰?」
「簡単なことよ。火山から降り注いだ灰のこと。こうして大地に積もるの。これを使って南の方ではビードロを作ったりしてるの」
「なるほど……」
キョウヘイはそう言って積もっていた火山灰を眺めて――ひとつ溜め息をついた。
「ところでどうするんです?」
「どうする……とは?」
「ほら、さっき見えたあの家は探索するのかな、と思って」
キョウヘイの言葉に博士は思い出したのか、大袈裟に何度も頷いていた。
「……そうね、そうよね! あの家はいったいどうなっているのかしら? 探索の余地はあるわ!」
「えぇ〜っ、ほんとに探索するんですか?」
「だってそうじゃないと面白くないじゃない!」アララギ博士は声高々にそう言った。
「ベルにキョウヘイくん、二人でそこへ向かうこと。……これは命令よ?」
その言葉にキョウヘイとベルは頷くことしか出来なかった。
ストレンジャーハウスは村から少し離れた所にある古い民家だ。何故ここがそう呼ばれるのか、それはキョウヘイに解ることではない。
「ううっ……なんだか不気味な雰囲気しか漂ってないですよ……」
「そんなこと俺に言われても……あと引っ付かれても俺頼りになりませんからね?! だって俺も怖いですし!」
ベルとキョウヘイは意外にもいい化学反応を起こしたらしい。二人とも怖いものが苦手らしく、ストレンジャーハウスに入る前からもうそれを拒んでいた。
「なんだか不気味な雰囲気だねぇ……」
「ですね」
キョウヘイとベルは怖さを少しでも減らすためにそれぞれに話しかけた。しかし、そんな単純なもので軽減するとは……到底思えない。
「……なんというか、中を見れば見るたび、“出そう”ですよね」
「そんなこと高らかに宣言されても……」
「高らかに宣言した覚えはないんですけど……」
なんだろうこのボケとツッコミみたいな感じは、とキョウヘイはツッコミそうになったがそんなことを言ってはベルの機嫌を損ねてしまいそうなので言わないことにしておいた。今が自分の苦手な場所だから、無駄なエネルギーを消費したくないというのもあるのだろう。
「……でもゴースとかうようよいますよ?」
「ポケモンと解ってれば怖くないの……」
都合のいいひとである。
「まぁ、解らなくはないですけど……あんまり引っ付かれると歩きづらいというか、」
「ふぇ?! あ、ご、ごめんなさい……」
「いや、別に誰が悪いって訳じゃ……あれ?」
そこでキョウヘイの視界に何かが写り込んだのに気が付いた。それはまるで……
「小さな女の子が今、居たような……」
「えっ、ど、何処に?!」
そこに、とキョウヘイが指を差そうとしたのだが、
もうそこには女の子の姿はなかった。
「あれ……さっきそこに居たような、」
「お、脅かさないでよ!」
「おかしいなぁ……でも確かにさっき彼処に……」
「と、キョウヘイくん……あなたの後ろ……!!」
「え?」
ベルがあまりにも恐ろしい表情(モノを怖がりすぎて、むしろ自分の顔が恐ろしいものになる、それだ)になっているのを見て、キョウヘイは驚きつつも、ゆっくりと振り返った。
そこには――なにもなかった。
「……なにも居ないですよ?」
「い、居たのよ! 小さな女の子がそこに!」
その言葉を聞いてキョウヘイはひとつの可能性を確信へと導いた。
「もしかして、幽霊はほんとにいる?」
しかし、そうであるとするとこの二人は幽霊から何をされるか正直解らないところにある。早く逃げてしまった方が身のためなのだが……。
「……あれ? ここから来たはずなのに塞がってる……?」
「え?! ほ、ほんとだ……」
二人が来たはずの道は家具や何やらで埋まっていて、とてもそこを通れそうにはなかった。
「と、キョウヘイくん……どうしよう?」
「どうしようと言われましても……!!」
キョウヘイとベルがどうしようかあたふたしていると、
「こんなところでなにしてるの?」
明らかに二人のものではない幼い声が響いた。
その声を最後に――ベルの意識は遠退いた。
「……ですか」
「……大丈夫ですか!」
「……うーん、あれ? ここは?」
ベルが目を覚まし、キョウヘイが安堵の表情を示した。
「よかった……。あんまり目を覚まさないものだからどうしたものかと……」
「ありがとう。ところでここは……?」
「ここは一番奥にある部屋ですよ。彼女がここまで連れてきたんですよ」
「彼女?」
ベルはその言葉を聞き、ふと周りを見渡すと……。
「うにゃー」
「で……出たぁっ!!」
ベルは思わず後ずさろうとしたがそれを直ぐにキョウヘイに止められた。
「ベルさん。彼女は確かに幽霊です。……だけど、ここにいるには何かの理由があるみたいですよ」
キョウヘイはそう言ってゆっくりとベルの肩から手を離した。
「……私はある病気にかかってました」
「病気?」
「そう。……悪夢を見続ける病気」
その言葉を聞き、キョウヘイは顔を歪めた。
「まさか……ダークライ」
「えぇ。シンオウでもそれで知られるポケモンです。そしてそれに対抗する手段こそが……」
「クレセリアの落とすみかづきのはねを用いること……」
「その通りです。しかしそれはクレセリアを呼ぶためのレプリカでは駄目なのです。クレセリアがその気紛れで落とす気持ちの籠ったはねでなくてはなりません。だから、我が家もそのはねを手にするためにレプリカを手に、よく目撃されたケースの多いワンダーブリッジへ向かったのです。……しかし、どれくらいの年月を経ても、クレセリアが私たちの目の前に現れることはなく……そのままと……」
「……そんなことが……」
ベルは少女の言葉を聞いて、自然に涙が溢れ落ちていた。
「キョウヘイ、でしたね」
「あぁ」
「……もし、クレセリアに会ったら伝えてはくれないでしょうか。……クレセリアのはねを待つ者はこうして今も待っている……と」
気付けば、少女も涙を流していた。だが、大地に落ちればそれも『まるで存在すら許されないように』霧散することもなく消え去った。
「……行きましょうか」
「ええ」
こうして二人はストレンジャーハウスを後にした。
「……遅かったわね」
「ア、アララギ博士……?」
「私はあなたたちが居なくてはソウリュウに行けないのよ……。出来ればそれを解ってもらいたいんだけど」
「すいません」
「……まぁ、いいわ。とりあえず行きましょう。リバースマウンテンへ」
その言葉を聞いて、二人はそれぞれ頷いた。