キョウヘイは街の南にあるというポケモンジムに向かっていた。
「えぇと……、確かこの辺だったはずなんだけどなぁ」
キョウヘイはそう言って地図を見る。線と矢印でしか表現されていない幾何学的な地図だ。それもこれも先程のポケモン強奪事件を解決した後にあのギタリストが書いてくれたものだ。しかし……そういうセンスはないのか、少しばかり人に伝わりづらいものになってしまっている。
「……まさかここじゃあるまいな」
そう言ってキョウヘイは顔を上げる。その場所は割れたガラスの目立つ雑居ビルだった。ゴミもあちこちに捨てられ、異臭さえ漂う。まさかこんな場所にあるわけがない、そう思ってふと一階の唯一シャッターの開いている場所を見てみると――
そこにこじんまりと掲げられた『イッシュ地方公式ジム』の証があった。その入口の脇には『ザ・ドガース ライブ会場』とも書かれている。
「おいおい、ほんとにここなんだろうな……。けど、公式ジムの証があるなら本当なんだろうな……」
そうぶつぶつと呟きながら、キョウヘイはそこに足を踏み入れた。
ライブ会場もといジムの中は閑散としていた。しかしながら部屋の中は散々な光景だった。一言で言うなら、ゴミが散らかり放題ということだ。
「すいませーん……、誰かいませんか……?」
キョウヘイは恐る恐る中へと足を踏み入れた。しかし、誰かが出てくる様子も見られなかった。
「なんだ? ……こんなに静かだと、よく解らない……」
キョウヘイがもう一歩足を踏み出した、その時だった。
奥にあった扉が不意に開かれた。
「……あら? もしかして挑戦者?」
出てきたのはギターを持った女性だった。暑いのだろう、半袖の肌着を着ていた。しかしサイズが小さすぎるのか(もしくは意図的にそうしているのか、キョウヘイには解らない)臍が出ている。よく見れば痩せてるようでも肉体は豊満であり、ちゃんと出る場所は出ている。
「……なにをじろじろ見ている? それに、お前挑戦者なんだろうな?」
「はい!」
「どーすっかな……。まぁ、お前ならなんとかなりそうだ」
「? 何がです?」
キョウヘイの疑問に、ギタリストは答えた。
「ちょっとうちのジムリーダーに気合い入れ直してくんない?」
ギタリストは一瞬の間も開けずに答えた。
「え? つまりどういうことで?」
キョウヘイはギタリストから言われたことがあまりよく解らなかった。
「……え? 結構噛み砕いて言ったつもりなんだけど」
「どこがですか」
「……まあ、いいや。とりあえず戦ってくれよ、いいだろ?」
「別にジムリーダーと戦えるなら構いませんけど……」
「それならいいのさ。頼むよ。なんだか生気を奪い取られちゃってるみたいで」
キョウヘイはその言葉を聞いて、少しだけ眉を顰めた。
「……それってほんとですか」
「ああ。ほんとだよ。それだからライブもできないし。ホミカのヴォーカルじゃないといいのができないんだよねえ」
「……わかりました」
そして――キョウヘイはしっかりと頷いた。
ひとまずキョウヘイは奥の楽屋に居るとされるホミカに会いにいった。勿論ギタリスト同伴で、という形ではある。
扉を開けると、眠ったままで顔色が至極悪い少女がベッドに横たわっていた。締め切られた部屋(もともとこのジム自体が地下にあるので仕方ないと言えば仕方ないのだが)で電気もついていなかった。ただ、掃除だけはきちんと為されているようで、埃一つも部屋にはなかった。
「……むむ……、」
「何か解りそうかい? ホミカはいつも寝ているから起こすのにも一苦労……」
「それって嘘じゃないですか?」
キョウヘイの発言にギタリストは眉を潜める。
「最初は僕はこれをヒトモシの仕業だと思ってました。ヒトモシは人間の生気を吸い取るとも言い伝えられてますからね。……でも、これは違う。もっと違う何かです。たぶん……“悪夢”とか」
「悪夢……」
「聞いたことがあります。シンオウ地方には子供に悪夢を見せるポケモンが居る、と。もしかしたら……いや、恐らくそのポケモンの仕業……かと」
「なら、どうすればいいんだ!」
ギタリストは短気な性格らしく、感情を爆発させキョウヘイにとってかかってきた。
「……とりあえず一回外に出ましょう。ジムリーダーに家族は?」
「船長をやってる父親がいるよ。けれど彼は情報集めに躍起になってる。私がここに付きっきりでいるのもそれが原因さ」
「ちょっとだけ外に出てもいいですかね?」
「まぁ……そうだな。閉めきってるから頭も考えが回らないだろーし」
そう言って二人は外に出た。街は夜になると暗く、コンビナートの夜景とのバランスがよくとれてもいた。
「……どうするか……」
ギタリストとキョウヘイが空を見つめ、考えていたその時だった。
空から、光輝く何かが落ちてくるのをキョウヘイは発見した。
「なんだ……、あれは?」
キョウヘイはふわふわとゆっくり落ちてくるそれを見つめながら――そしてそれを受け取った。
それは三日月の形をした、仄かに輝く羽根だった。
その羽根を見て、キョウヘイは何かを思い出した。
「もしかして……これは『みかづきのはね』……?」
「みかづきのはね?」
「なんか本を読んだ、うろ覚えの記憶に過ぎないんですけど、みかづきのはねはクレセリアっていうポケモンの羽根らしいんです。そして、それを使うと悪夢に苦しんでた子供は回復するんだとか……」
「それを早く言えよ!」ギタリストはキョウヘイの持つ羽根を鷲掴みにした。「これを使えば、いいんだな? ……にしてもどうすれば?」
「羽根を身体に翳すようにすればいいと思いましたけど……?」
「そうか! ちょっと中に入ってゆっくりとしていってくれ。アタシは羽根をホミカに使ってみるからさ」
ギタリストの言葉を聞き、キョウヘイはゆっくりと頷いた。
結果は直ぐに訪れた。意外にも回復は早く、羽根を翳して一時間もしない内に回復したという。
「……ホミカがあんたに話したいことがあるそうだよ」
ギタリストがそう言って、キョウヘイはそれに従い奥にあるホミカの部屋へ足を踏み入れた。
そこにいたのは、先程までまるで石のように動かない、ずっと眠ったままでいた少女が元気に笑っている姿だった。
「あんたに迷惑かけたみたいだね」
「礼ならクレセリアに言ってください」
「クレセリア?」
「あなたが起きたのはそれが理由です」
「……でも、あんたがやってくれたんだろ? バトルしてやりたいとこだけど病み上がりにそれはまずいだろーし。今回助けてくれたお礼、ってわけでバッジじゃダメかな?」
「いいんですか?」
「それくらいいいさ。助けてくれたお礼には安いもんあげるわけにもいかないし」
そう言ってホミカはバッジを差し出した。
「これがトキシックバッジ。……ってことはバッジは二個目か。勿論、リーグ制覇は狙ってるんでしょ?」
「そりゃまあ」
「じゃあ、次はヒウンだな。次の日、船に乗っていけばいい。今日はここに泊まっていきなよ」
ホミカの御好意に甘えるカタチで、キョウヘイは隣の部屋に向かった。
次の日はベズの声で起こされた。
「……なんでベズが?」
「ジムに行ってるらしいって聞いたからな! ……じゃなかった。それよりも急げ。ヒウンに向かうぞ」
「早くね?」
「うるさい。プラズマ団がヒウンに逃げたらしいんだよ。絶対なにかあるに決まってる。……だから行くんだ」
「……わかった」
キョウヘイは頷いた。そして二人は一路ヒウンシティへと向かうことにした。