キョウヘイはベズと別れて、ヒウンシティのジムへとやってきた。ジムは一番西端のストリートにあり、そのストリートは他のストリートに比べて、人の数が少なかった。
「ほんとにこんなとこにジムがあるのか……?」
キョウヘイは驚いていたが、とりあえず行かねばならない。ベズが言うのだから、ほんとなんだろう。
「……もしかして、ここか?」
そうして、キョウヘイはストリートの一角にあるビルを発見した。確かにそこには『イッシュ地方公式ジム』の証があるのだが……、よく見ると少しおかしい。
「アトリエ、ヒウン……?」
そのシンボルよりも立派にドア横に掲げられているそれはここの場所を示しているようだった。
「まぁ、入るに越したことはないんだろうが……」
そう言ってキョウヘイは中に入った。
中はなんだか煙たかった。しかし、その原因は煙ではなかった。
──大量の蜘蛛の糸。真ん中と角にはそれで作られたであろう繭がいくつかあり、そこからも蜘蛛の糸がふわふわと浮いていた。
「……なんだ、これ……。繭……?」
キョウヘイはこれを見て、初めは理解こそ出来なかった。だが、キョウヘイの後に続いて、キョウヘイと同年代であろう少年が繭の中に入っていった。
そして、繭の中に入っていった少年はまるでエレベーターのように上層にある細い繭で繋がった繭へと上昇し、出てきた。
「この繭に……入っていけってわけか。変な仕組みを作るもんだ」
そしてキョウヘイは走り出し、思い切りその繭へと突入していった。
繭のエレベーターは確実かつゆっくりと彼の体力を蝕んでいった。理由は単純明解、そのエレベーター自身だ。エレベーターは、上下左右に動き回り何処へ向かうのか、そこへ辿り着かない事には判明しない。
つまりは、彼の中では知らず知らずのうちに平衡感覚が麻痺しつつあったのだ。
「……いったいここはどこだ……。何処に着いたっていうんだ……?」
「……えぇい、こっちだ!」
がむしゃらに挑めば、更にそれは昇華する。平衡感覚が麻痺していった人間が行き着く先は――目を失ったに等しい。
しかし――それでも彼はやめなかった。
「……ここだ!」
そして――彼はそこへ突入した。
無機質な繭の中――白に原色のペンキ――赤、青、緑が作り出す不思議な空間にアーティという人間はいた。
彼は何かを考えているのか、じっと目を閉じていた。それが気にかかったのか、手持ちのイワパレスが彼のもとに近づいてきた。
彼はそれに気付き、そして目を開けてポケモンを撫でた。
「……心配してくれているのかい?」
その言葉に、イワパレスは笑って答える。
「大丈夫だ。君が心配しなくても……。きっと、彼はここに来るんだから」
キョウヘイが彼の空間に現れたのは、彼がその言葉を言ったのと同時だった。
「……辿り着いたようだね」
アーティの一言目は、純粋にキョウヘイを称賛する言葉だった。
「……なに?」
「いやぁ、何しろ改造してから初めての挑戦者だからね。……手をかけすぎちゃったのか、挑戦者が来なくなっちゃったというか、迷って来れなくなったんだろうね。いやはや、どうしようもないさ」
キョウヘイはアーティの言葉を聞いて、少し愕然としていた。自分が初めての挑戦者だからなどという訳ではない。ジムリーダーのあまりにもやる気のない(といえば語弊がありそうだが)性格に、だ。
「ジムリーダー……は僕だけど、僕は今“戦いたくない”んだ」
アーティから告げられた事実に、キョウヘイは驚くことも出来なかった。
「二年前のイッシュ大災害は知っているだろう。プラズマ団が伝説のポケモンゼクロムを用いて世界を征服しようとしていた、あれだ。あれに僕は戦った。でも……力不足だったのさ。そして終わって考えたよ。『僕にとってポケモンは何なのか』、そのことに。考えたよ、二年間。だが、まだ解らない。……ジムはこのアトラクション形式になっていて、ここまで辿り着けば、賞品としてバッジをあげる仕組みだ。それでよくイッシュポケモン協会が認めてくれたと思うよ」
「……、」
キョウヘイは何も言えなかった。
そして無言でバッジを受け取った。
一先ずキョウヘイは次の街ライモンシティに向かうため、北に向かった。
「……北はライモンか……。何か面白いことでもあればいいなぁ〜!」
しかし、彼の足は直ぐに止められることになる。理由は簡単、イワパレスの群れが道路を塞いでいたからだった。
「……な、なんだよこれ?!」
キョウヘイは一先ずモンスターボールを取り出しそちらに向けて投げようとして――一人の男が居ることに気がついた。
「……確か、アクロマさんでしたっけ?」
「覚えて頂けるとは有難い。毎回説明する手間が省けます」
アクロマは俯瞰した様子でポケモンの群れを眺めた。
「このポケモンたち……感じからして恐らくここに自生するポケモンではなさそうですね」
「……まさかあんたが呼んだのか?」
「たしかに私はポケモンの研究をしています。だがしかし! そんなことは一切しません! カミサマの名に誓ってね!」
「カミサマねぇ……」
アクロマの言葉に、キョウヘイは訝しげに呟いた。
「……私の研究はポケモンの力を引き出すものでしてね。カントー・トキワには『感情を昂らせたことによりポケモンの力が増大した』ケースを持つ少女だっているのですよ」
アクロマの言葉に、キョウヘイはただ「ふーん」としか言えなかった。興味も無かったし、かといってこれから興味を持つような話題とは思えなかったからである。
「……あ、そうだ。じゃああんたならこれを退かせるのか?」
キョウヘイはイワパレスの群れを指差して言った。
「えぇ、出来ますとも。……この機械を用いて、ね」
そう言ってアクロマはポケットからリモコンのようなものを出した。
「その名もアクロママシーン! これを使えば……」
アクロマはリモコンにあるボタンの一つを押した。
すると、イワパレスたちは今まで何も無かったかのように何処かへ離散、消えていった。
「……まぁ、ざっとこんなものですよ」
キョウヘイはアクロマのしたことに純粋に驚いてもいたが、少し不安もあった。
「すごいな。こんな簡単にポケモンを操ってしまうなんて……、軍隊なんて簡単に作れてしまうんじゃないか?」
「アハッハハハ! 軍隊、私の命令のままに動く絶対なるポケモン軍隊ですか! 確かに出来ますとも、それは!」
「……、」
「しかし、私はそれはしようとは思いませんね。私はあくまでも研究者。その研究のために生きているのですから、どうせ操ったとしてもその力量はたかが知れてます。全てをコントロールしたとしても、ポケモンは知らず知らずのうちにストレスを抱え込む。それが大きな負担となり、最大限力を発揮出来ない研究結果も出てますからね。それを知ってるのに使おうとするものは馬鹿しかいないんですよ」
「……なるほど」
キョウヘイはアクロマの話のアウトラインは理解出来たが、その深層に関しては理解し難いものもあった。研究者は自らの得意分野に関して、それを誇示するように専門用語を多用して会話することがある。アクロマもその例には漏れず、ある程度の専門用語もあったためか、理解に乏しい普通のポケモントレーナーでは、解らない所もあるのだった。
「……ところで、次の街へ向かうのでは? 急がないと日が暮れてしまいますよ。いくら二年間で整備されたとはいえ、この辺りの気候は未だに二年前と同じ、砂漠気候っていうやつです。朝はひたすら暑いですが、夜になればそれを忘れてしまうほど寒くなります。……気をつけて」
「……ありがとう」
キョウヘイはアクロマに一礼して、ライモンシティへと向かった。
キョウヘイが居なくなり、アクロマはどうしようかと途方に暮れていたところだった。
不意に彼のライブキャスターが鳴り出し、着信に出た。画面には『SOUND ONLY』の文字が浮かび上がる。
「はい、もしもし。えぇ、順調に進んでいます。……わかりました。ではヒウンのサムピアで……」
そう言って着信を切り、アクロマはヒウンの方へ歩いていった。