️風の女神は我慢できない ~お供え物だけじゃ足りないので、分御霊になって直食いしに来ました~ 作:月影 流詩亜
◇ 神界からの「追い込み」 ◇
深夜。カレリーナの街が静まり返る中、宿の一室では、ニンニンが脂汗を浮かべて虚空と対峙していた。
彼女の脳内には、昨日の「仕送り」でさらに調子に乗った三女神の声、特に火の女神アグニの野太い……もとい、荒々しい念話が響き渡っている。
『――おい、ニンリル! 昨日のあの黄金の酒……「びーる」っつったか? あれ、最高じゃねえか! 喉ごしがたまんねえな!』
「ア、アグニ! お主、もう全部飲んだのか!? 三ダースもあったのじゃぞ!」
『あんなもん、俺の火照った体には打ち水にもなりゃしねえよ! つーわけで、追加だ。今すぐ、もっと強烈な酒を寄こせ。あと、あのカリカリした芋の菓子もだ。……おい、黙ってねえで返事しろよ。デミ様に報告されたくねえだろ?』
「……うぐぅ。……わ、わかったのじゃ。ムコーダに……ムコーダに相談してみるから、その殺気(念話)を止めよ!」
ニンニンは泣きそうな顔で、隣の部屋で寝ているはずのムコーダを呼びに行こうとした。だが、扉を開ける前に、ムコーダが深刻な面持ちで立っていた。
◇ 聖者ムコーダの決意 ◇
「……ニンニンちゃん。起きてたんだね」
「ム、ムコーダ!? なぜここに……」
「いや、隣の部屋まで君のうなされる声が聞こえてきて……。また、あの『悪い親戚』から連絡があったんだろ?」
ムコーダの目には、受肉して震えるニンニンが、借金取りに追われる薄幸の美少女に見えていた。ニンニンからおおよその概要を聞いたムコーダにかけられた認識阻害の権能は、アグニの「俺様」な要求を、ムコーダの脳内で「酒乱の荒くれ親父の怒号」へと勝手に変換していた。
(……なんてことだ。「もっと強い酒を寄こせ」だって? この小さな子を窓口にして、自分たちは村で朝から酒浸りか。許せない……絶対に許せない!)
ムコーダの中で、かつてないほどの「怒り」の炎が静かに燃え上がった。しかし、それはニンニンへの怒りではなく、彼女を搾取する(と思い込んでいる)架空の親戚への怒りだった。
「……ニンニンちゃん、もういいよ。何も言わなくていい。俺が、あいつらを黙らせるだけの『極上の酒』を用意してやる」
「え? ……あ、うむ。助かるのじゃが、お主、なんだか顔が怖いのじゃが……」
◇ 禁断の「一升瓶」転送 ◇
ムコーダはすぐさまネットスーパーを起動した。
「ビールじゃ足りないって言うなら、これだ! 日本の誇る最強のアルコール……大吟醸の一升瓶、それと、ガツンとくる本格芋焼酎! ついでに、おつまみは『乾き物セット』の特大袋だ!」
画面を叩く指に力がこもる。ムコーダは、ニンニンの「親戚」をアルコールで完全に沈黙させるつもりだった。
「ほら、ニンニンちゃん。これを送って。……これでしばらくは、あいつらも静かになるはずだ」
目の前に現れた、重厚な箱に入った一升瓶の数々。
ニンニンはそれを受け取り、神界へ転送した。
『――おっ、来たな! おお……なんだこの透明な液体は。……グビッ……。……ッ、うおおおおおお!! なんだこれ! 喉が焼けるぜ! だけど、後味がスッと消えて……最高じゃねえか! ニンリル、お前、いい「カモ」を持ってんなぁ!』
アグニの歓喜の咆哮がニンニンの脳内を揺らす。
「……喜んでおるようじゃ。……よかったのじゃな、ムコーダ」
「……よかった。……でも、ニンニンちゃん」
ムコーダは彼女の肩に手を置いた。
「あんな奴らのために、君が涙を流す必要はないんだ。もし、どうしても辛くなったら……俺が、その『故郷』ごと買い取ってあげるからね」
(……故郷ごと買い取る? 神界をか? ムコーダ、お主、時折とんでもないことを言うのう……)
◇ 誤解の果て、深まる絆 ◇
翌朝、昨夜の「密輸」が成功したおかげで、ニンニンの脳内は平穏を取り戻していた。
彼女はフェルのふかふかの腹で、昨日のおこぼれのチョコを食べながら、幸せそうに二度寝をしている。
それを見つめるムコーダは、昨夜の怒りをどこかへやり、深い慈愛の眼差しを向けていた。
「……よし。あいつらが二日酔いで寝てる間に、ニンニンちゃんには特製のアサイーボウルと、贅沢なエッグベネディクトを作ってあげよう。栄養、全然足りてないみたいだし」
『……主よ。我の肉はどうした。酒飲みの女神の話より、我の朝食だ』
「わかってるよ、フェル。……でも、ニンニンちゃんは俺が守らなきゃいけない気がするんだ。あんな過酷な環境にいたんだから……」
ムコーダの「聖なる誤解」という名の財布の紐は、ついに完全に引き千切られた。
一方、神界……
「――カーッ! この焼酎ってやつ、ロックで飲むと最高だな! ニンリルの奴、なかなか気が利くじゃねえか。なあ、ルカ、キシャール!」
『……アグニ。……飲みすぎ。……でも、美味しい』
『ちょっとアグニ! 私の分まで飲まないでよ! さあ、次はあの「しゅーくりーむ」の、さらにデカいやつを要求するわよ!』
酒の力で勢いづいた女神たちと、彼女たちを「救うべき被害者」として支え続けるムコーダ。
この盛大なすれ違いは、カレリーナの街を舞台に、さらに加速していくのであった。