️風の女神は我慢できない ~お供え物だけじゃ足りないので、分御霊になって直食いしに来ました~ 作:月影 流詩亜
◇ 資金難と灼熱の予感 ◇
「……ムコーダよ。余の勘違いでなければ、今日の朝食、少しばかり『質』が落ちてはおらぬか?」
カレリーナの街の宿。朝の光が差し込むテーブルで、ニンニンは不満げに皿を見つめていた。そこにあるのは、いつもの豪華な厚切りベーコンではなく、ネットスーパーでも安価な「業務用ソーセージ」であった。
「……気づいちゃった? いや、ほら、ニンニンちゃんの『故郷』への仕送りが最近凄まじいことになってるでしょ。一升瓶に箱買いのチョコ……俺の金貨、滝のように流れていってるんだよ」
ムコーダは、げっそりと頬を落としながら通帳を突き出した。
「このままだと、次の街に着く前に路頭に迷うよ。……というわけで、今日はカレリーナ近郊のダンジョンへ行って、一気に資金調達をしてこようと思うんだ」
『……フン。妥当な判断だ。我も、そろそろ「オーク」くらいの歯応えのある肉を喰らいたかったところだ』
「……ダンジョンか。肉と、金貨が手に入るのじゃな? よかろう、余も加勢してやる。……全ては、故郷の飢えた家族のためじゃ(※酒飲みの女神共のためじゃ)!」
(……やっぱり。自分の食事を削ってでも、あの酒飲みの親戚にお酒を送りたいんだな。なんて健気な……!)
ムコーダの目頭が熱くなる。だが、そんな彼女の脳内に、火の女神アグニの野太い声が響いた。
『――おい、ニンリル! 昨日のあの強い酒、もうねえぞ! 俺はもっと「燃えるような熱さ」が欲しいんだよ! 刺激が足りねえんだよ!』
(……わかっておる! 今から稼ぎに行くのじゃ、黙っておれ!)
ニンリルは苛立ちながら念話を切ったが、これがアグニの「逆鱗」に触れたことを、彼女はまだ知らなかった。
◇ 変貌した「常緑の迷宮」 ◇
カレリーナから数時間の距離にある『常緑の迷宮』は、本来は緑豊かな初心者向けのダンジョンである。
「よし、サクッと10階層まで行って、素材を回収しよう」
だが、入り口を抜けた瞬間、一行を襲ったのは、常緑の迷宮らしからぬ「熱気」だった。壁の蔦は乾燥してひび割れ、通路の奥からはゆらゆらと陽炎が立ち上っている。
『……おかしい。植物の匂いがせぬ。代わりに、鼻が曲がるような硫黄の臭いがするぞ』
「ギギギィーッ!!」
曲がり角から現れたのは、本来ここにいないはずの魔物、『フレイム・コング』の群れだ。
「えええっ!? 1階層にBランクモンスター!? 生態系、どうなってるんだよ!」
ムコーダが悲鳴を上げる中、ニンニンの脳内にアグニの勝ち誇ったような笑い声が響いた。
『ヒャッハッハッハ! ニンリル、聞こえるか? 俺、お供えの質が上がるまで、そのダンジョンの属性をちょっとだけ「俺好み」に調整してやったぜ! 刺激が足りねえって言ってたもんなぁ!』
(……お、お主! なんという余計なことを! ムコーダが死んだら、酒は二度と届かぬぞ!)
『大丈夫だろ、フェンリルがいんだからよ! さあ、もっと熱く、激しく戦って、俺を満足させろよ!』
◇ フライパンの中の戦場 ◇
「……あの、アグニめ。……余の、優雅なピクニックを、サウナに変えおって……」
ニンニンのこめかみに青筋が浮かぶ。次々と現れる火炎属性の魔物たちが、ムコーダの土魔法で作った防壁を叩き、周囲の温度を上げ続けている。
「熱い……。もうダメだ、アイス……アイス食べたい……」
ムコーダがバテ始めたその時、ニンニンの堪忍袋が完全に弾けた。
「……
ニンリルが右手を一振りする。
「断絶の極光(アブソリュート・ゼロ)」
凄まじい極寒の旋風が吹き荒れ、通路を満たしていた炎が一瞬で鎮火する。フレイム・コングたちは、火を消された衝撃で石像のように固まった。
「フェル! さっさと片付けるのじゃ! 余は今、猛烈に『辛い肉』が食べたくなったわ!」
『……うむ。
ニンリルは風を操り、ドロップした肉を宙に浮かせると、アグニが残していった「余熱」を利用して強引に調理を始めた。
「ムコーダ! ネットスーパーを開け! 激辛のソースと、あの赤い粉を出すのじゃ!」
「あっ、はい! 今すぐ!」
ムコーダは慌てて、『エブラ・黄金の味(激辛)』と『一味唐辛子』を購入。ニンリルは肉に切り込みを入れると、ソースを豪快に塗りたくった。
「アグニよ、見ておれ! お主の嫌がらせを、そのまま『最高のスパイス』に変えてやるわ!」
◇ 煽りのバーベキュー ◇
「メニューは、アグニの熱で焼き上げた『フレイム・ボアの激辛ガーリックステーキ』なのじゃ !
……はふ、ハフッ!! 辛い! 痛い! じゃが、美味い!!」
ニンリルは顔を赤くし、汗を流しながら肉に食らいついた。アグニの魔力がこもった炎で焼かれた肉は、不思議なほど柔らかく、脂の甘みが激辛ソースと完璧に調和している。
「ムコーダ! この『プレミヤム・マルツ』を寄越せ! 辛さをこの黄金の泡で流し込むのじゃ!」
「はい、どうぞ! ……俺も一本……くはぁーっ、効くぅ!!」
(……アグニ、聞こえるか? お前が送った炎で、今、最高に美味い肉を食べてるぞ。お前には、この『残り香』だけを転送してやろう)
ニンリルは、神界への通信を開くと、肉の焼ける匂いとビールを飲む「イメージ」だけを送りつけた。
『……っ!? な、何だよそれ! ズルいぞ! 俺もその肉食いてぇ! 酒も! 今すぐ送りやがれぇぇぇ!!』
アグニの絶叫が脳内に響くが、ニンリルは鼻で笑って念話を遮断した。
◇ 勝利の戦利品 ◇
結局、魔物の質が上がったおかげで、手に入った魔石や素材は、通常の数倍の価値を持つものばかりだった。
「すごいよ、ニンニンちゃん。これだけで金貨50枚分はある。しばらくは安泰だ!」
「ふふん、当然じゃ。……さて、ムコーダ。約束通り、余には『ポリポリ君・ソーダ味』……それと、アグニを黙らせるための『激辛カラムーチャ』を五箱、発注するのじゃ」
「わかったよ。今日は特別だ」
(……ああ。ニンニンちゃん、故郷の親戚が仕組んだ『熱血特訓(嫌がらせ)』に耐えて、あんなに必死に肉を焼いて……。本当に、家族思いの良い子だよなぁ。よし、今夜は奮発して、もっといいビールを『故郷』に送ってあげよう)
ムコーダの「聖なる誤解」が、ニンリルのパシリ業務を加速させていく。
カレリーナの街へ戻る一行の影は、いつになく長く、そして満腹感に満ちていた。