️風の女神は我慢できない ~お供え物だけじゃ足りないので、分御霊になって直食いしに来ました~   作:月影 流詩亜

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第14話 :絶望の咆哮、邪竜降臨

 

 ◇ 神界の焦燥と女神の憤怒 ◇

 

 神界、常に赤熱した雲が渦巻く「劫火の聖域」。その中心で、火の女神アグニは荒れ狂っていた。

 彼女の愛用する戦斧が床を叩くたび、火花が散り、周囲の精霊たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。

 

 

「ちょっと待てよ! 何だよ、あの不潔な骨の塊は! 俺たちの『バーベキュー会場(下界)』を、あんな腐った瘴気で汚すんじゃねえよ!」

 

 アグニは水鏡に映る『腐食の邪竜(カース・ドラゴン)』の姿を見て、はち切れんばかりの怒りに肩を震わせていた。

 

「せっかくニンリルが、あのムコーダから『激辛カラムーチャ』を箱買いする約束を取り付けたってのによぉ! あんな骨にムコーダが喰われたら、俺の激辛ライフはどうなるんだよ! ……というか、あんな腐った臭いが漂う場所で焼いた肉なんて、不味くて食えたもんじゃねえぞ!」

 

 アグニにとって、ムコーダの生存は「美食の供給ライン」の維持そのもの。彼女は今すぐ降臨して邪竜を灰にしたい衝動に駆られたが、神界の法がそれを阻む。

 

「……ニンリルの野郎、しくじりやがったら承知しねえぞ……!」

 

 

 ◇ 腐食の吐息と、震える背中 ◇

 

 

「……ひっ、あ、あああ……」

 

 ムコーダは、地面に膝をついた。

 目の前に現れた邪竜。その圧倒的な質量と、魂を凍りつかせるような死の圧迫感。これまでに遭遇したどんな魔物とも違う。これは、生ける者が決して抗ってはならない「終焉」そのものだった。

 

 

『……主よ、下がれと言ったはずだ! スイ、主を包んで守れ!』

 

 フェルが鋭い咆哮と共に前へ出る。その巨体が黄金の雷光を纏って邪竜へと突っ込んだ。

 

『はあああああああッ!!』

 

 フェルの爪が邪竜の肋骨を激しく引き裂く。だが、手応えがない。斬り裂かれた骨の隙間からどろりとした黒い液体が溢れ出し、瞬時に傷口を塞いでいく。

 

 

『ギギ……フェンリル……。古キ……神ノ犬ヨ……。貴様ノ肉モ……腐ラセテ……クレヨウ……』

 

 邪竜がその巨大な(あぎと)を開いた。放たれたのは、全てを腐らせ、無へと帰す黒い霧――『腐食のブレス』

 

 

『くっ……!!』

 

 フェルが多重結界を展開する。だが、伝説の魔獣の防御魔法ですら、邪竜の瘴気に触れた瞬間、腐った果実のようにボロボロと崩れ落ちていく。

 

 

「フェ、フェル!?」

 

 ムコーダが叫ぶ。フェルの美しい黄金の毛並みが、ブレスの余波を受けて黒く変色し、煙を上げている。最強の従魔が、防戦一方に追い込まれていた。

 

 

 ◇ 標的は「飯使い」 ◇

 

 

 邪竜は、フェルとの正面衝突を避けるかのように、その空洞の眼窩をムコーダへと向けた。

 この化身は知っていた。風の女神が今、最も守ろうとしているものが何かを。

 

 

『……先ズハ……其処ノ……小サイ……餌カラダ……』

 

 邪竜の背中から、黒い瘴気で形成された無数の槍が生成された。逃げ場を塞ぐように展開され、一斉にムコーダへと照準を合わせる。

 

「……あっ」

 

 ムコーダは、死を確信した。

 

 腰が抜けて指一本動かせない。フェルはブレスの相殺で手一杯だ。スイは自分を庇って震えている。

 

(……死ぬのか。……嫌だ。まだ、まだニンニンちゃんに、あの新作の『ハーゲンダッツ』を食べさせてないのに……っ!)

 

 極限の恐怖の中で、ムコーダが口にしたのは、そんなあまりにも俗世的な後悔だった。

黒い槍が、音を置いて飛来する。ムコーダの「完全防御」の光の壁には、パリン、という脆い音と共に、致命的な亀裂が入った。

 

 

 ◇ ニンリルの静かなる激怒 ◇

 

 

「……お主。……今、何と言った?」

 

 その時、全てを凍りつかせるような冷たい声が、戦場に響き渡った。

 ムコーダの目の前。黒い槍が着弾する寸前で、一人の少女が立ちはだかっていた。

 

 ニンニンである。

 

 彼女の周囲には、目に見えないほど薄く、しかし絶対的な「真空の壁」が展開されていた。邪竜の放った黒い槍は、彼女に触れることすらできず、真空の渦に巻き込まれて塵へと変わっていく。

 

 

「……ムコーダを、餌と言ったか? ……(わらわ)の、大事な大事な、この世で唯一の『飯使い』を、喰らうと言ったか?」

 

 ニンリルがゆっくりと振り返る。認識阻害の権能が解けかかっているのか、その瞳から「残念な家出少女」の面影が消え失せていた。

エメラルド色の瞳は激怒によって白熱し、背後には巨大な嵐の幻影が立ち昇っている。

 

 (……ニンニンちゃん……? なんだ、その姿……。まるで、本物の……)

 

 ムコーダの目には、消え入りそうだった少女が、世界を統べる王のように大きく見えた。

 

「……フェル、ムコーダを連れて下がれ。……これより先は、神の処刑場じゃ」

 

 

『……ニンリル様! そのお姿……! 受肉した器が持たんぞ!』

 

 フェルが焦燥に駆られた声を出す。今のニンニンの身体は、神力を解放すれば一瞬で崩壊するほど脆弱なのだ。

 

「構わぬ ! ……あそこの骨にムコーダを渡すくらいなら、(わらわ)は神としての全てを賭けて、この『不浄』を根絶やしにするまでよ」

 

 銀色の髪が、重力を無視して逆立ち、天へと向かって神々しい光を放ち始める。

 

 ムコーダは、初めて見たその「本当の姿」に、恐怖すら忘れて見入っていた。

 

「……さあ、始めようか。お主のその腐った骨、二度と再生できぬよう、一欠片の塵に至るまで刻んでくれるわ!!」

 

 女神の覚醒。

 

それは、ムコーダの安寧を守るための、慈悲なき嵐の始まりであった。

 

 

 

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