️風の女神は我慢できない ~お供え物だけじゃ足りないので、分御霊になって直食いしに来ました~   作:月影 流詩亜

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第16話:サヨナラは言わない(言わせない)

 

 ◇ 【三女神の共闘と落胆】 ◇

 

 神界。ニンリルの神殿で水鏡を覗き込んでいた三女神は、邪竜が消滅した瞬間、一斉に立ち上がって歓喜の声を上げた。

 

 

「やったわ! 見た!? ニンリルちゃんの身体、もう透け透けよ! 器が壊れたのね!」

 

「……ふふ、チャンス。……次は私の番。……チョコの山、独り占めする」

 

『……おい待てよルカ! 次は俺が「火の用心棒」として交代するって決まってんだろ! 焼き立ての肉をキンキンに冷えた酒で流し込む権利は、俺にあるんだよ!』

 

 キシャール、ルカ、アグニの三人は、既に誰が次に降臨するかで掴み合いの喧嘩を始めていた。ニンリルが消滅すれば、下界へのパスが開く。彼女たちの目的は、もはや友神の心配などではなく、ムコーダのネットスーパーという名の「至宝の蔵」であった。

 

 だが、キシャールがふと、水鏡の異変に気づいて動きを止めた。

 

「……あら? ちょっと待って。あの異世界人くん、何をしてるの……?」

 

 三女神が鏡に顔を寄せると、そこには消えゆくニンリルを前に、絶望……ではなく、何やら猛烈な勢いで「光り輝く窓」を操作するムコーダの姿があった。

 

 

 ◇ 感動の別れ(?) ◇

 

 

「……ムコーダよ。……泣くでない。……(わらわ)は、少しばかり、故郷へ帰るだけじゃ……」

 

 月明かりの下、ニンリルの身体は美しく透き通り、指先からゆっくりと光の粒子となって夜風に舞っていた。ムコーダは、彼女の透ける手を掴もうとして、何度も空を切る。その瞳には、今にも零れ落ちそうな涙が溜まっていた。

 

「嫌だ……嫌だよ、ニンニンちゃん! せっかく仲良くなれたのに! まだ、まだ一緒に美味しいものをたくさん食べるって、約束したじゃないか!」

 

「……うむ。……(わらわ)も、心残りはある。……お主の出す、あの『不三家』の……濃厚な生クリームを……もう一度だけ、心ゆくまで……」

 

 ニンリルは、力なく微笑みながら目を閉じた。認識阻害のフィルターは、彼女のこの言葉を「死の間際、一度でいいから贅沢をしてみたかったという、少女の切実な最期の願い」としてムコーダの脳に叩きつけた。

 

「……あ、あの……最後にお願いがある。ムコーダ……」

 

「何!? 何でも言って! 俺にできることなら何でもするから!」

 

「……(わらわ)が消えた後、あそこの鞄の中に……『不三家』のモンブランが一個、残っておる。……それを、(わらわ)だと思って食べてくれ……。あと、……新作のアイスも……」

 

 

(……なんて健気なんだ……! 死ぬ間際まで、俺に食べ物の心配をさせないように、明るく振る舞って……!)

 

 ムコーダは、その「明るい食い意地」を、あえて「聖なる自己犠牲」だと解釈し、絶叫した。

 

 

 ◇ ネットスーパーという名のAED ◇

 

 

「ダメだ! 諦めるのはまだ早い! 栄養だ、栄養が足りないんだ!」

 

 ムコーダは、超高速でネットスーパーのウィンドウを展開した。その指捌きは、プロのゲーマーすら凌駕する神速であった。

 

 

(……ニンニンちゃんは、故郷のために自分の食べる量を極限まで削ってきた。だから、今こそ……今まで送った以上の栄養を、彼女に注ぎ込むんだ!!)

 

 

「食え! 食って生きろ、ニンニンちゃん!!」

 

 ムコーダが叫ぶと同時に、虚空から次々と「供物」が出現した。

 

『不三家・特選デコレーションケーキ(ホール)』

 

『カトレーゼ・至高の和菓子詰め合わせ』

 

『完熟・宮崎県産高級マンゴー』

 

『大吟醸・一升瓶(三本セット)』

 

『黄金の味・激辛(業務用ボトル)』

 

 

「……な、なんじゃ!? (わらわ)の周りが、宝の山に……っ!」

 

「ニンニンちゃん、それを意識して『食べて』くれ! 君の家族に送る分なんて、後でいくらでも買ってあげるから! 今は君の命を……君の胃袋を救うんだ!!」

 

 ムコーダは、さらに追撃を加えた。

 

「これを見てくれ! 今週の期間限定メニューだ! 『濃厚ピスタチオのアイスクリーム』! 君が生き残らないと、これを食べる人がいなくなっちゃうんだぞ!!」

 

 

 ◇ 強引な解決と、女神の帰還 ◇

 

 

「……ピ、ピスタチオ……だと……!?」

 

 その単語が出た瞬間、消えかかっていたニンリルの瞳に、凄まじい「生への執着」が宿った。彼女の透けていた身体が、周囲に散乱する供物から発せられる「美味のオーラ」を吸収し始める。

 

 

「……食いたい。……(わらわ)は、そのアイスを食わねば、神としても死んでも死にきれぬぅぅぅ!!」

 

 ピカーッ!!

 

 凄まじい閃光が野営地を包み込んだ。

 

 光が収まった後、そこには「儚く消えゆく少女」の姿はなかった。

 

 口いっぱいにホールケーキを詰め込み、両手に大吟醸の瓶とマンゴーを持った、肌艶の良すぎるニンリルが、地面にどっしりと座っていた。

 

 

「……ぷはぁっ!! 生き返ったのじゃ! 今のマンゴー、糖度が異常じゃったぞ!」

 

 

「…………」

 

 ムコーダは、膝から崩れ落ちた。

 

 先ほどの感動を返してほしい。流した涙を返してほしい。

 そして何より、今の「一括購入」で、ダンジョンで稼いだ金貨が半分以上消し飛んだという事実に、彼は白目を剥いた。

 

 

『……やれやれ。主よ。言ったであろう、こやつはただの食い意地の張った阿呆だと』

 

 フェルが呆れ果てたように溜息をつく。スイは『おねーちゃん、なおったー! ぷるぷるー! おかし、おいしー?』と、一緒にケーキの端っこを突いている。

 

 

 ◇ 旅は続く(請求書と共に) ◇

 

 

「……ムコーダ。何をしておる、へたり込んで。……ほら、早くその『激辛』のタレで、残った鶏を焼き直すのじゃ。栄養が必要なのじゃ」

 

「……ニンニンちゃん。君、さっきまで『サヨナラ』って言ってたよね……?」

 

「……サヨナラ? 何のことじゃ。余は『さあ、次は肉を食うぞ』と言ったつもりじゃが?」

 

 ニンリルは、悪びれずにVサインを作ってみせた。彼女の身体は、供物の過剰摂取により、以前よりも実体としての強度を増し、健康そのものの輝きを放っている。

 

 ムコーダは、空になった財布を思い出し、夜空を見上げて天を仰いだ。

 

(……でも、よかった。生きててくれて、本当によかった……。また明日から、頑張って稼げばいいんだよね……)

 

 ムコーダの「聖なる誤解」は、ニンリルの復活劇さえも「奇跡の生命力」として美化し、彼は再び財布の紐を緩める決意をするのであった。

 

 

 一方、神界……

 

 

「……ああああ!? 何だよ今の復活劇! ズルい! ズルすぎるぞニンリル!!」

 

「……ピスタチオ。……ずるい。……私も、ピスタチオ。……追加要求」

 

 女神たちの嫉妬の炎は、ムコーダの購入履歴と共に、さらなる地獄へと向かっていく。

 

 

 

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