️風の女神は我慢できない ~お供え物だけじゃ足りないので、分御霊になって直食いしに来ました~ 作:月影 流詩亜
◇ 【三女神の共闘と落胆】 ◇
神界。ニンリルの神殿で水鏡を覗き込んでいた三女神は、邪竜が消滅した瞬間、一斉に立ち上がって歓喜の声を上げた。
「やったわ! 見た!? ニンリルちゃんの身体、もう透け透けよ! 器が壊れたのね!」
「……ふふ、チャンス。……次は私の番。……チョコの山、独り占めする」
『……おい待てよルカ! 次は俺が「火の用心棒」として交代するって決まってんだろ! 焼き立ての肉をキンキンに冷えた酒で流し込む権利は、俺にあるんだよ!』
キシャール、ルカ、アグニの三人は、既に誰が次に降臨するかで掴み合いの喧嘩を始めていた。ニンリルが消滅すれば、下界へのパスが開く。彼女たちの目的は、もはや友神の心配などではなく、ムコーダのネットスーパーという名の「至宝の蔵」であった。
だが、キシャールがふと、水鏡の異変に気づいて動きを止めた。
「……あら? ちょっと待って。あの異世界人くん、何をしてるの……?」
三女神が鏡に顔を寄せると、そこには消えゆくニンリルを前に、絶望……ではなく、何やら猛烈な勢いで「光り輝く窓」を操作するムコーダの姿があった。
◇ 感動の別れ(?) ◇
「……ムコーダよ。……泣くでない。……
月明かりの下、ニンリルの身体は美しく透き通り、指先からゆっくりと光の粒子となって夜風に舞っていた。ムコーダは、彼女の透ける手を掴もうとして、何度も空を切る。その瞳には、今にも零れ落ちそうな涙が溜まっていた。
「嫌だ……嫌だよ、ニンニンちゃん! せっかく仲良くなれたのに! まだ、まだ一緒に美味しいものをたくさん食べるって、約束したじゃないか!」
「……うむ。……
ニンリルは、力なく微笑みながら目を閉じた。認識阻害のフィルターは、彼女のこの言葉を「死の間際、一度でいいから贅沢をしてみたかったという、少女の切実な最期の願い」としてムコーダの脳に叩きつけた。
「……あ、あの……最後にお願いがある。ムコーダ……」
「何!? 何でも言って! 俺にできることなら何でもするから!」
「……
(……なんて健気なんだ……! 死ぬ間際まで、俺に食べ物の心配をさせないように、明るく振る舞って……!)
ムコーダは、その「明るい食い意地」を、あえて「聖なる自己犠牲」だと解釈し、絶叫した。
◇ ネットスーパーという名のAED ◇
「ダメだ! 諦めるのはまだ早い! 栄養だ、栄養が足りないんだ!」
ムコーダは、超高速でネットスーパーのウィンドウを展開した。その指捌きは、プロのゲーマーすら凌駕する神速であった。
(……ニンニンちゃんは、故郷のために自分の食べる量を極限まで削ってきた。だから、今こそ……今まで送った以上の栄養を、彼女に注ぎ込むんだ!!)
「食え! 食って生きろ、ニンニンちゃん!!」
ムコーダが叫ぶと同時に、虚空から次々と「供物」が出現した。
『不三家・特選デコレーションケーキ(ホール)』
『カトレーゼ・至高の和菓子詰め合わせ』
『完熟・宮崎県産高級マンゴー』
『大吟醸・一升瓶(三本セット)』
『黄金の味・激辛(業務用ボトル)』
「……な、なんじゃ!?
「ニンニンちゃん、それを意識して『食べて』くれ! 君の家族に送る分なんて、後でいくらでも買ってあげるから! 今は君の命を……君の胃袋を救うんだ!!」
ムコーダは、さらに追撃を加えた。
「これを見てくれ! 今週の期間限定メニューだ! 『濃厚ピスタチオのアイスクリーム』! 君が生き残らないと、これを食べる人がいなくなっちゃうんだぞ!!」
◇ 強引な解決と、女神の帰還 ◇
「……ピ、ピスタチオ……だと……!?」
その単語が出た瞬間、消えかかっていたニンリルの瞳に、凄まじい「生への執着」が宿った。彼女の透けていた身体が、周囲に散乱する供物から発せられる「美味のオーラ」を吸収し始める。
「……食いたい。……
ピカーッ!!
凄まじい閃光が野営地を包み込んだ。
光が収まった後、そこには「儚く消えゆく少女」の姿はなかった。
口いっぱいにホールケーキを詰め込み、両手に大吟醸の瓶とマンゴーを持った、肌艶の良すぎるニンリルが、地面にどっしりと座っていた。
「……ぷはぁっ!! 生き返ったのじゃ! 今のマンゴー、糖度が異常じゃったぞ!」
「…………」
ムコーダは、膝から崩れ落ちた。
先ほどの感動を返してほしい。流した涙を返してほしい。
そして何より、今の「一括購入」で、ダンジョンで稼いだ金貨が半分以上消し飛んだという事実に、彼は白目を剥いた。
『……やれやれ。主よ。言ったであろう、こやつはただの食い意地の張った阿呆だと』
フェルが呆れ果てたように溜息をつく。スイは『おねーちゃん、なおったー! ぷるぷるー! おかし、おいしー?』と、一緒にケーキの端っこを突いている。
◇ 旅は続く(請求書と共に) ◇
「……ムコーダ。何をしておる、へたり込んで。……ほら、早くその『激辛』のタレで、残った鶏を焼き直すのじゃ。栄養が必要なのじゃ」
「……ニンニンちゃん。君、さっきまで『サヨナラ』って言ってたよね……?」
「……サヨナラ? 何のことじゃ。余は『さあ、次は肉を食うぞ』と言ったつもりじゃが?」
ニンリルは、悪びれずにVサインを作ってみせた。彼女の身体は、供物の過剰摂取により、以前よりも実体としての強度を増し、健康そのものの輝きを放っている。
ムコーダは、空になった財布を思い出し、夜空を見上げて天を仰いだ。
(……でも、よかった。生きててくれて、本当によかった……。また明日から、頑張って稼げばいいんだよね……)
ムコーダの「聖なる誤解」は、ニンリルの復活劇さえも「奇跡の生命力」として美化し、彼は再び財布の紐を緩める決意をするのであった。
一方、神界……
「……ああああ!? 何だよ今の復活劇! ズルい! ズルすぎるぞニンリル!!」
「……ピスタチオ。……ずるい。……私も、ピスタチオ。……追加要求」
女神たちの嫉妬の炎は、ムコーダの購入履歴と共に、さらなる地獄へと向かっていく。