️風の女神は我慢できない ~お供え物だけじゃ足りないので、分御霊になって直食いしに来ました~ 作:月影 流詩亜
◇ 優雅ならざる朝の目覚め ◇
異世界の朝は早い。木々の隙間から差し込む鋭い日差しと、小鳥たちの喧しい囀りが、街道沿いの野営地に朝を告げる。
ムコーダは薄い毛布を跳ね除け、大きく伸びをした。
「……ふわぁ。よく寝た。やっぱりネットスーパーで買ったこの羽毛枕は最高だな」
周囲を見渡すと、そこにはいつもの、そして新しく加わった光景があった。
巨大な体躯を丸め、鼻提灯を膨らませて眠る伝説の魔獣フェル。そして、そのふかふかの腹の毛に埋もれるようにして、銀髪を乱して爆睡している少女、ニンニンがいた。
「おーい、二人とも。朝だぞ。いつまで寝てるんだ」
『……むう。主か。朝から騒々しいぞ。我の眠りを妨げるな』
フェルが片目を開け、不機嫌そうに尻尾を振った。その衝撃で、フェルの腹の上で幸せそうにヨダレを垂らしていたニンニンが「ひゃぅっ!?」と変な声を上げて転げ落ちる。
「……なんじゃ。天変地異か? 敵襲か? 妾の『生クリームどら焼き』は無事か!?」
「どら焼きなら昨日の夜に全部食べたろ。ほら、顔を洗ってきな。朝飯にするから」
「あさめし……ッ!」
その単語を聞いた瞬間、ニンニンの瞳に「風の女神」としての神々しい……というよりは、飢えた獣のような光が宿った。
「ムコーダよ、今日は何を作るのじゃ? 昨日言っていた『ほっとどっぐ』という、細長い肉を挟んだパンか!?」
「はいはい。火を起こすから少し待ってて」
(……本当に、まともな食事を与えられずに育ったんだな。朝食のメニューを聞いただけで、あんなに目がキラキラするなんて……)
ムコーダの脳内では、ニンニンの不遇な生い立ちエピソードが勝手に更新されていた。
◇ ホットドッグと、鞄の中の住人 ◇
今日の朝食は、手軽に食べられる『ホットドッグ』だ。ムコーダはネットスーパーで、少し高価な『あらびきポークソーセージ』とロールパン、そして新鮮なレタスを注文した。
「まずはソーセージを焼いて……。よし、いい音だ」
フライパンの上で、ソーセージがパチパチとはぜる音を立てる。脂が浮き出し、ニンニクと香辛料の香ばしい匂いが周囲に漂い始める。
ニンニンは、フライパンのすぐ横で膝を抱えて座り込み、その様子を食い入るように見つめていた。
「ムコーダ……。そのソーセージという肉の塊、なぜそんなに魅力的な音を出すのじゃ。余の胃袋が、まるで戦の太鼓のように鳴っておるぞ」
『……主よ。我の分は、パン抜きで肉を十倍にせよ』
「フェル、それはもうホットドッグじゃないだろ。ちゃんとパンも食べなさい」
そんな賑やかな調理の最中だった。ムコーダの足元に置いてあったマジックバッグが「もぞり」と動いた。
「……あ、あるじー。いいにおーい。スイも、おなかすいたー」
バッグの口から、プルプルと震えながら出てきたのは、透明感のあるエメラルドグリーンの小さなスライム――スイだった。
「あ、スイ。おはよう。今ちょうど出来たところだよ」
それを見た瞬間、ニンニンの動きが止まった。
「……な、なんじゃ、その軟体生物は。ムコーダ、お主、魔物に襲われておるのか!? 待て、今すぐ余が風の刃で細切れにして――」
「待った待った! ニンニンちゃん、ダメだって!」
ムコーダが慌てて割って入る。
「この子はスイ。俺の従魔のスライムなんだ。すごくいい子なんだから、攻撃しちゃダメだよ」
「従魔……? この、ただのプルプルした塊がか? ふん、ムコーダもお人好しじゃな。このような弱そうな魔物を連れ歩いて、何になるのじゃ」
ニンニンは鼻を鳴らし、ムコーダから差し出されたホットドッグをひったくるように受け取った。
◇ チョロい女神と、無垢なるスライム ◇
ニンニンは、出来立てのホットドッグを豪快に一口齧った。
「……っ!!」
パリッ、ジュワッ
天然羊腸を使用したソーセージが弾け、中から暴力的なまでの肉汁と塩気が溢れ出す。
「……んんんんん~~~~!! なんじゃこの食感は! 皮が弾けた瞬間、肉の奔流が押し寄せてくるではないか! ムコーダ、お主、やはり天才か!?」
「喜んでもらえて何よりだよ。……ほら、スイの分も出来たよ」
ムコーダがスイの前に、一口サイズに切ったホットドッグを並べる。スイは触手を伸ばし、幸せそうにそれを包み込んだ。
『わあー、おいしー! あるじの、あさごはん、だーいすきー!』
スイの念話は、周囲にいる全員に伝わる。それを聞いたニンニンは、ホットドッグを頬張ったまま、まじまじとスイを見つめた。
「……ほう。このスライム、念話を使うのか」
スイはニンニンの視線に気づくと、プルプルと彼女の足元に寄っていった。
『わあー! このおねーちゃん、きれい! キラキラしてるー! 優しい風のにおいがするー!』
「……えっ?」
ニンニンは思わず、持っていたホットドッグを落としそうになった。
『おねーちゃん、強そう! スイ、キラキラなおねーちゃん、だいすきー!』
スイは無邪気にニンニンの足に擦り寄り、スライム特有のひんやりとした感触を伝えた。
「……い、今、何と言った? き、綺麗? 余がか?」
『うん! きれいー! お花さんみたいー!』
「…………ッ!!」
ニンニンの顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「ふ、ふん! 当然じゃ! 妾は……妾は、家柄も作法も完璧なのじゃからな! 綺麗で作法も完璧なのは当たり前……あ、当たり前なのじゃ!」
そう言いながらも、ニンニンの口元はだらしなく緩み、スイを撫でようとして手が空を切っている。
『あるじー、このおねーちゃん、やさしーねー。スイ、いっしょに、あそびたーい!』
「よ、よかろう。このスイとやら、見る目があるではないか。……特別じゃぞ。余の隣で食べることを許してやろう」
ニンニンは、自分のホットドッグを小さくちぎり、スイに差し出した。
それを見たフェルが、呆れたようにため息をつく。
『……チョロい。チョロすぎるぞ。スライムの一言でそこまで骨抜きになるとは。最高位の女神の矜持はどこへ行ったのだ……(ボソッ)』
「うるさいぞ、毛玉! これは……教育じゃ! 有望な魔物に、余の気高さを教えてやっておるのじゃ!」
ムコーダは、その光景を見て「これなら仲良くやっていけそうだな」と胸を撫で下ろした。
(……ニンニンちゃん、本当はすごく寂しかったんだろうな。スイに褒められただけで、あんなに顔を真っ赤にして。故郷じゃ、誰にも優しくされなかったのかな……)
ムコーダの「認識阻害」された脳内で、ニンニンの悲劇的な過去がまた一頁、勝手に書き加えられた。
「さあ、出発しようか。今日も街を目指して進むよ」
馬車は、新たな小さな家族を加え、賑やかに街道を走り出した。ムコーダの背後では、スイを抱っこしてデレデレになっているニンニンの姿があった。
物語は、胃袋の欲望と神界の喧騒を乗せて、さらなるカオスへと加速していく――。