️風の女神は我慢できない ~お供え物だけじゃ足りないので、分御霊になって直食いしに来ました~   作:月影 流詩亜

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第7話 賊と肉汁、そして鋼の胃袋

 

 ◇ 街道の不速之客 ◇

 

 

 馬車が森の深い場所へと差し掛かった時、フェルが足を止めて喉の奥で唸った。

 

『……ムコーダ、止まれ。前方に汚らわしい気配が二十ほどある』

 

「えっ、魔物!?」

 

『いや、人間だ。……それも、血の匂いを好む手合いだな』

 

 ムコーダが慌てて周囲を見渡すと、茂みから薄汚れた鎧を着た男たちが次々と現れた。手にしているのは、手入れの行き届いていない剣や斧だ。

 

 

「ヒャッハァ! 運がいいぜ、カモがネギ背負ってやってきやがった!」

 

「おい、見ろよ。あの馬車の隣にいるデカい犬……ありゃ高級な毛皮になりそうだぜ」

 

 フェルを「デカい犬」呼ばわりした時点で、彼らの運命は決まったようなものだったが、ムコーダは震えながらニンニンを振り返った。

 

「ニ、ニンニンちゃん! どうしよう、盗賊だよ! 隠れてて!」

 

「……ムコーダよ」

 

 ニンニンは、膝の上で大切に抱えていた『ポテトチップス(コンソメ味)』の最後の一片を口に放り込み、静かに立ち上がった。その瞳には、神の威厳……ではなく、「食事を邪魔された怒り」が満ちていた。

 

「妾は今、非常に機嫌が悪い。この繊細なコンソメの余韻を楽しんでおるところを、なぜこのような不潔な輩の声で汚されねばならぬのか」

 

 

 ◇ 風の女神の「教育」 ◇

 

 

「おい、そこの小娘! 命が惜しければその食い物を置いて……」

 

「黙れ、下界の塵め。その口、永遠に閉じさせてやろう」

 

 ニンニンが軽く指を弾いた。

 

「断絶の突風(シュトローム・バースト)」

 

 瞬間、目に見えぬ空気の刃が盗賊たちの周囲を旋回した。悲鳴を上げる暇もなく、男たちの持っていた武器は粉々に砕け、着ていた服だけがズタズタに切り裂かれた。

 

「ひ、ひぃぃぃぃ!! 魔法使いだ! バケモノだぁぁ!!」

 

「騒ぐなと言っておる。……去れ。さもなくば、次はお主らを薄切りのポテトチップスにしてくれるわ」

 

 盗賊たちは、文字通り脱兎の如く森の奥へと逃げ去っていった。ニンニンは「ふん」と鼻を鳴らして馬車に戻る。

 

(……すごい。あんなに小さいのに、あんなに強いなんて。きっと、故郷で山賊や魔物に囲まれながら、食べ物を守るために必死に戦ってきたんだな。あんなに怒るなんて、よっぽどお腹が空いてたんだ……)

 

 ムコーダの「認識阻害」フィルターは、彼女の神罰を「貧困ゆえの防衛本能」へと変換していた。

 

 

 ◇ 鉄板の上のオーケストラ(ハンバーグ) ◇

 

 

「ニンニンちゃん、怖かったよね。……ごめん、すぐにお昼にするから。今日は特別に、元気が出る肉料理を作るよ」

 

 「……肉……肉か……よし、許そう」

 

 ムコーダがネットスーパーで召喚したのは、大量の「牛豚合挽き肉」と「玉ねぎ」。そして、隠し味の「牛脂」だ。

 

 玉ねぎを細かく刻み、飴色になるまで炒める。それをひき肉と合わせ、パン粉、卵、牛乳、そして秘密のスパイスと共に、粘りが出るまで手早く練り上げていく。

 

 

 ペチッ、ペチッ

 

 空気を抜く音がリズムよく響く。

 

 

「……ムコーダ、お主、肉を虐めておるのか?」

 

 

「これは『ハンバーグ』を美味しくするための儀式だよ。こうすることで、中に旨味を閉じ込めるんだ」

 

 フライパンに火をかけ、成形した肉を並べる。

 

 ジュゥゥゥゥゥッ!!

 

 肉が焼ける官能的な音が響き、脂の焦げる香ばしい匂いがニンニンの鼻腔を直撃した。

 

「な……ッ!? この音、この香り! 昨日の肉とは、また違う種類の殺傷力があるぞ!」

 

「まだだよ。ここで赤ワインを投入して……蒸し焼きにするんだ」

 

 蓋をしたフライパンの中で、ハンバーグがふっくらと膨らんでいく。仕上げにケチャップとウスターソース、バターを合わせた特製ソースを絡めれば完成だ。

 

 

 ◇ 肉汁の洪水と、深まる誤解 ◇

 

 

「はい、お待たせ。ハンバーグだよ。スイもフェルも、たっぷりあるからね」

 

『うむ、待っていたぞ』

 

『わーい! にくー! おにくー!』

 

 ニンニンは、震える手でフォークを握り、黄金色に輝くソースがたっぷりかかった肉の塊に突き立てた。

 

 その瞬間……ドバァッ!!

 

 裂け目から、透明な肉汁がダムの決壊のように溢れ出した。

 

 

「なっ……!? 肉の中に、スープが隠されておったのか!? なんという贅沢……! お主、肉を魔道具にでも作り替えたのか!」

 

 彼女が一口、その肉を口に運ぶ。

 

 ふんわりとした食感、玉ねぎの甘み、そして噛むほどに溢れ出す肉のダイナミズム。

 

「……はふッ、んんんんん!! 美味い! 柔らかい! 暴力的なまでに美味いぞ、これは!!」

 

 ニンニンは、もはや言葉にならない声を上げながら、ハンバーグを口に詰め込んだ。口の周りにソースがついても気にせず、一心不乱に食べる姿は、まさに飢えた小動物のようだった。

 

 

「……美味しかったかえ? 故郷では、こんなに柔らかいお肉、食べたことなかったでしょ?」

 

 

「……うむ……肉といえば、干からびたトカゲの燻製か、硬い魔物の足を齧るくらいじゃったからな……(※神界のお供え物の話)」

 

 

(トカゲ!? ……ああ、やっぱり。そんなものまで食べて生き延びてきたんだな、この子は……よし、今日はデザートに『プリン』もつけてあげよう)

 

 ムコーダは、さらにプリンを召喚し、ニンニンの前に置いた。

 

 

「ニンニンちゃん、これもお食べ。卵とミルクの甘いやつだよ」

 

「……ムコーダ。お主、やはり妾の『使徒』になるか? 妾の力、全てお主に預けてもよいぞ(※おかわりが欲しいだけ)」

 

「あはは、光栄だな。……さあ、しっかり食べて、また明日から頑張ろうね」

 

 ムコーダの目には、ニンニンが「救われるべき健気な少女」として、より一層輝いて見えていた。

 

 

 …… 一方、神界

 

 

「ハンバーグ! あの肉汁! 俺たち、トカゲなんて食べてないぞ! なんであんな嘘ついて同情買ってんだ、あのダメ女神!!」

 

「……ずるい……肉汁の海で、泳ぎたい」

 

 女神たちの怨査の声は、もはや天災に近いレベルに達していた。

 

 

 

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