️風の女神は我慢できない ~お供え物だけじゃ足りないので、分御霊になって直食いしに来ました~   作:月影 流詩亜

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第8話 街の活気と、女神の着せ替え人形

 

 ◇ 交易都市カレリーナの門 ◇

 

 

 数日の街道旅を経て、ついに目の前に巨大な石造りの城壁が姿を現した。交易都市「カレリーナ」

 

 高くそびえ立つ門の前には、商人の馬車や旅人の長い列ができており、喧騒がここまで届いてくる。

 

「おお……あんなに高い壁、お主の魔法か?」

 

 御者台で身を乗り出したニンニンが、エメラルド色の瞳を輝かせて呟いた。

 

「いや、あれは人間が作ったものだよ。……ニンニンちゃん、身を乗り出すと危ないって。あっ、フェル! 街の中では威嚇しちゃダメだよ。スイもバッグの中に隠れててね」

 

『……ふん。我を犬扱いする無作法者がいなければ、牙を剥くこともない』

 

『あるじー、スイ、お外見たいけど我慢するねー!』

 

 一行は、関所の衛兵に通行料を払い(ここでもムコーダは「袖の下」として不三家のクッキーを渡した)、無事に街の中へと足を踏み入れた。

 

 

 ◇ 認識阻害の副作用 ◇

 

 街に入ると、ニンニンは「おおっ!」「あれは何じゃ!?」と、道の両脇に並ぶ屋台へ突進しようとした。だが、ムコーダの目は別の場所に釘付けになっていた。

 

(……やっぱり、街の女の子たちと比べると、ニンニンちゃんの格好、目立つよなぁ)

 

 ムコーダの目に見えているニンニンは、「かつては豪華だったかもしれないが、今や継ぎ接ぎだらけで、旅の汚れが染み付いたボロボロのドレスを着た少女」であった。

 

 本当の彼女は、神の魔力で編まれた汚れ一つない聖衣を纏っている。しかし、強力な認識阻害は、ムコーダに「彼女がいかに不遇な家出少女か」を強調して見せていたのだ。

 

 

「ニンニンちゃん、おやつもいいけど、まずはあっちのお店に行こう」

 

「なんじゃ、あっちとは? あの香ばしい粉ものの匂いではないのか?」

 

「いいから、おいで」

 

 ムコーダが手を引くと、ニンニンは「……っ、お、お主、不敬であるぞ!」と顔を赤くしながらも、素直に従った。

 

 

 ◇ 女神、既製服を纏う ◇

 

 

 たどり着いたのは、街でも評判の仕立て屋だった。

 

「いらっしゃいませ……おや、そちらのお嬢さんに、ですか?」

 

 店主の女性がニンニンを見て、少し困惑したような表情を浮かべた。彼女にはニンニンが「とんでもない美少女」に見えているが、ムコーダの必死な様子に押されている。

 

「この子に、一番丈夫で、でも可愛らしい服をいくつか選んであげてください。動きやすいやつで!」

 

「ちょ、ムコーダ! 妾にこのような布切れを纏えと言うのか? 余のこの衣は、風の精霊が……」

 

「わかってる、わかってるから。それは大事な『形見』なんだよね。でも、旅の間はもっと楽な格好の方がいいよ。ね?」

 

 ムコーダの慈愛に満ちた(勘違いの)瞳に見つめられ、ニンニンは「……うぐ。……よ、よかろう。お主がそこまで言うなら、試してやらぬこともない」と、試着室へ押し込まれた。

 

 

 三十分後……カーテンが開くと、そこには見違えるような少女が立っていた。

 

 生成りのブラウスに、深い青色のジャンパースカート。足元には動きやすい革のブーツ。

 神々しさは薄れたが、代わりに「少し背伸びをした年相応の美少女」という雰囲気が際立っている。

 

「……ど、どうじゃ。変ではないか? 体が軽すぎて、落ち着かぬのじゃが……」

 

 ニンニンは、慣れないスカートの裾をいじりながら、不安げにムコーダを見上げた。

 

(……ああ。やっぱり、ちゃんとした服を着るとこんなに可愛いんだ。今までボロボロの服で我慢してたんだね……)

 

 ムコーダは、感動のあまり目頭を押さえた。

 

「すごく似合ってるよ、ニンニンちゃん! これも、あと替えの分も全部買うからね」

 

「……お主、金は大丈夫なのか? 妾を飾るより、肉を……」

 

「いいんだ。女の子はお洒落も楽しまなきゃ」

 

 店を出る頃には、ニンニンの両手には新しい服の包みが抱えられていた。彼女は、ムコーダの横顔を盗み見ながら、小さく呟いた。

 

 

「……まったく。お節介な男じゃのう。……じゃが、この『ぶーつ』とやらは、案外歩きやすいの。礼を言うぞ、ムコーダ」

 

 

 ◇ ギルドでの「水晶玉粉砕」事件 ◇

 

 

 服を新調した一行は、次に冒険者ギルドへと向かった。

 ニンニンの仮登録を行うためだ。

 

「では、そちらのお嬢さん。この水晶玉に手をかざして、魔力を少しだけ流してください」

 

「ふむ、これか。簡単じゃな」

 

 ニンニンは、爪の先ほどの神気を込めようとした。だが、彼女は忘れていた。受肉しているとはいえ、その魂は最高位の女神であることを。

 

 ピキッ、ピキピキピキッ!!

 

「えっ……?」

 

 受付嬢が固まった瞬間、水晶玉が太陽のような眩い光を放ち……

 

 パァァァン!!

 

 と、派手な音を立てて粉々に砕け散った。

 

 

「「「…………!!!」」」

 

 

 ギルド中が静まり返る。ムコーダは真っ青になった。

 

(……嘘だろ。ニンニンちゃん、空腹すぎて魔力が暴走したのか!? それとも、やっぱり今まで溜め込んできたストレスが……!)

 

『……おい、加減せよと言っただろうが』

 

 フェルが念話で呆れる。

 

「あ、あの! すみません! この子、ちょっと力が有り余ってて! 弁償します! 弁償しますから!」

 

 ムコーダは慌てて、ネットスーパーで召喚した『不三家』の最高級ギフトセット(本来は王族への贈答用のような見栄えの箱)を受付嬢の前に差し出した。

 

 

「こ、これは……なんという甘く高貴な香り……! い、いえ、水晶玉が壊れるなんて、滅多にないことですが……。わかりました、登録は完了です! 弁償はこれで……相殺ということで!」

 

 甘味の魔力により、ギルドの崩壊危機は免れた。

 夕暮れ、宿へと向かう道すがら、ムコーダはニンニンの手をしっかりと握り締めた。

 

 

「ニンニンちゃん、お腹空いてたんだよね。ごめんね、すぐに宿で美味しいもの作ってあげるから」

 

「……う、うむ。……そうじゃな。余の魔力が暴走したのは、間違いなく糖分が足りなかったせいじゃ!」

 

(……本当は、ただ力が強すぎるだけなんだけど。まあ、おやつが増えるならそれでいいのじゃ)

 

 ニンニンは、ムコーダの繋いだ手の温かさに、少しだけ胸が温かくなるのを感じていた。

 ムコーダの財布は軽くなったが、新しい服を着て嬉しそうに屋台を眺めるニンニンの姿に、彼は「次はハンバーグを二枚にしてあげよう」と、心に決めるのであった。

 

 

 一方、神界……

 

「新しい服!? 似合ってるじゃないか、ニンリルの奴! おい、ルカ、キシャール! 俺たち、神殿の奥にある『供物の在庫』を全部投げつけてでも、あの街へ降りるぞ!!」

 

「……ずるい……着せ替え。……私も、青いスカート、穿きたい」

 

 

 女神たちの嫉妬は、今や次元の壁を歪めるほどの重圧となっていた。

 

 

 

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