️風の女神は我慢できない ~お供え物だけじゃ足りないので、分御霊になって直食いしに来ました~ 作:月影 流詩亜
◇ 交易都市カレリーナの門 ◇
数日の街道旅を経て、ついに目の前に巨大な石造りの城壁が姿を現した。交易都市「カレリーナ」
高くそびえ立つ門の前には、商人の馬車や旅人の長い列ができており、喧騒がここまで届いてくる。
「おお……あんなに高い壁、お主の魔法か?」
御者台で身を乗り出したニンニンが、エメラルド色の瞳を輝かせて呟いた。
「いや、あれは人間が作ったものだよ。……ニンニンちゃん、身を乗り出すと危ないって。あっ、フェル! 街の中では威嚇しちゃダメだよ。スイもバッグの中に隠れててね」
『……ふん。我を犬扱いする無作法者がいなければ、牙を剥くこともない』
『あるじー、スイ、お外見たいけど我慢するねー!』
一行は、関所の衛兵に通行料を払い(ここでもムコーダは「袖の下」として不三家のクッキーを渡した)、無事に街の中へと足を踏み入れた。
◇ 認識阻害の副作用 ◇
街に入ると、ニンニンは「おおっ!」「あれは何じゃ!?」と、道の両脇に並ぶ屋台へ突進しようとした。だが、ムコーダの目は別の場所に釘付けになっていた。
(……やっぱり、街の女の子たちと比べると、ニンニンちゃんの格好、目立つよなぁ)
ムコーダの目に見えているニンニンは、「かつては豪華だったかもしれないが、今や継ぎ接ぎだらけで、旅の汚れが染み付いたボロボロのドレスを着た少女」であった。
本当の彼女は、神の魔力で編まれた汚れ一つない聖衣を纏っている。しかし、強力な認識阻害は、ムコーダに「彼女がいかに不遇な家出少女か」を強調して見せていたのだ。
「ニンニンちゃん、おやつもいいけど、まずはあっちのお店に行こう」
「なんじゃ、あっちとは? あの香ばしい粉ものの匂いではないのか?」
「いいから、おいで」
ムコーダが手を引くと、ニンニンは「……っ、お、お主、不敬であるぞ!」と顔を赤くしながらも、素直に従った。
◇ 女神、既製服を纏う ◇
たどり着いたのは、街でも評判の仕立て屋だった。
「いらっしゃいませ……おや、そちらのお嬢さんに、ですか?」
店主の女性がニンニンを見て、少し困惑したような表情を浮かべた。彼女にはニンニンが「とんでもない美少女」に見えているが、ムコーダの必死な様子に押されている。
「この子に、一番丈夫で、でも可愛らしい服をいくつか選んであげてください。動きやすいやつで!」
「ちょ、ムコーダ! 妾にこのような布切れを纏えと言うのか? 余のこの衣は、風の精霊が……」
「わかってる、わかってるから。それは大事な『形見』なんだよね。でも、旅の間はもっと楽な格好の方がいいよ。ね?」
ムコーダの慈愛に満ちた(勘違いの)瞳に見つめられ、ニンニンは「……うぐ。……よ、よかろう。お主がそこまで言うなら、試してやらぬこともない」と、試着室へ押し込まれた。
三十分後……カーテンが開くと、そこには見違えるような少女が立っていた。
生成りのブラウスに、深い青色のジャンパースカート。足元には動きやすい革のブーツ。
神々しさは薄れたが、代わりに「少し背伸びをした年相応の美少女」という雰囲気が際立っている。
「……ど、どうじゃ。変ではないか? 体が軽すぎて、落ち着かぬのじゃが……」
ニンニンは、慣れないスカートの裾をいじりながら、不安げにムコーダを見上げた。
(……ああ。やっぱり、ちゃんとした服を着るとこんなに可愛いんだ。今までボロボロの服で我慢してたんだね……)
ムコーダは、感動のあまり目頭を押さえた。
「すごく似合ってるよ、ニンニンちゃん! これも、あと替えの分も全部買うからね」
「……お主、金は大丈夫なのか? 妾を飾るより、肉を……」
「いいんだ。女の子はお洒落も楽しまなきゃ」
店を出る頃には、ニンニンの両手には新しい服の包みが抱えられていた。彼女は、ムコーダの横顔を盗み見ながら、小さく呟いた。
「……まったく。お節介な男じゃのう。……じゃが、この『ぶーつ』とやらは、案外歩きやすいの。礼を言うぞ、ムコーダ」
◇ ギルドでの「水晶玉粉砕」事件 ◇
服を新調した一行は、次に冒険者ギルドへと向かった。
ニンニンの仮登録を行うためだ。
「では、そちらのお嬢さん。この水晶玉に手をかざして、魔力を少しだけ流してください」
「ふむ、これか。簡単じゃな」
ニンニンは、爪の先ほどの神気を込めようとした。だが、彼女は忘れていた。受肉しているとはいえ、その魂は最高位の女神であることを。
ピキッ、ピキピキピキッ!!
「えっ……?」
受付嬢が固まった瞬間、水晶玉が太陽のような眩い光を放ち……
パァァァン!!
と、派手な音を立てて粉々に砕け散った。
「「「…………!!!」」」
ギルド中が静まり返る。ムコーダは真っ青になった。
(……嘘だろ。ニンニンちゃん、空腹すぎて魔力が暴走したのか!? それとも、やっぱり今まで溜め込んできたストレスが……!)
『……おい、加減せよと言っただろうが』
フェルが念話で呆れる。
「あ、あの! すみません! この子、ちょっと力が有り余ってて! 弁償します! 弁償しますから!」
ムコーダは慌てて、ネットスーパーで召喚した『不三家』の最高級ギフトセット(本来は王族への贈答用のような見栄えの箱)を受付嬢の前に差し出した。
「こ、これは……なんという甘く高貴な香り……! い、いえ、水晶玉が壊れるなんて、滅多にないことですが……。わかりました、登録は完了です! 弁償はこれで……相殺ということで!」
甘味の魔力により、ギルドの崩壊危機は免れた。
夕暮れ、宿へと向かう道すがら、ムコーダはニンニンの手をしっかりと握り締めた。
「ニンニンちゃん、お腹空いてたんだよね。ごめんね、すぐに宿で美味しいもの作ってあげるから」
「……う、うむ。……そうじゃな。余の魔力が暴走したのは、間違いなく糖分が足りなかったせいじゃ!」
(……本当は、ただ力が強すぎるだけなんだけど。まあ、おやつが増えるならそれでいいのじゃ)
ニンニンは、ムコーダの繋いだ手の温かさに、少しだけ胸が温かくなるのを感じていた。
ムコーダの財布は軽くなったが、新しい服を着て嬉しそうに屋台を眺めるニンニンの姿に、彼は「次はハンバーグを二枚にしてあげよう」と、心に決めるのであった。
一方、神界……
「新しい服!? 似合ってるじゃないか、ニンリルの奴! おい、ルカ、キシャール! 俺たち、神殿の奥にある『供物の在庫』を全部投げつけてでも、あの街へ降りるぞ!!」
「……ずるい……着せ替え。……私も、青いスカート、穿きたい」
女神たちの嫉妬は、今や次元の壁を歪めるほどの重圧となっていた。