️風の女神は我慢できない ~お供え物だけじゃ足りないので、分御霊になって直食いしに来ました~ 作:月影 流詩亜
◇ 宿屋の平和と、シュークリームの衝撃 ◇
カレリーナの街に到着し、冒険者ギルドでの騒動を(お菓子で)揉み消した翌日。ムコーダ一行は、街でも評判の高級宿の一室で、束の間の休息を楽しんでいた。
「……んんんッ!! なんじゃ、この『しゅーくりーむ』という食べ物は! 噛んだ瞬間に、溢れんばかりの黄金の蜜が溢れ出してくるではないか!」
ニンニンは、新しく買い与えられた青いスカートを揺らしながら、ベッドの上で
「
「気に入ってくれたなら良かったよ。でもニンニンちゃん、鼻の頭にクリームがついてるよ」
ムコーダは苦笑しながら、自分用のコーヒーを啜った。
(……本当に、あんなに美味しそうに食べるなんて。よっぽど故郷じゃ、お菓子なんて夢のまた夢だったんだろうな。こうして幸せそうにしてるのを見ると、こっちまで嬉しくなるよ)
だが、そんな平穏は、唐突にニンニンの脳内を駆け抜けた「ノイズ」によって打ち砕かれた。
◇ 神界緊急通信(ホラー風味) ◇
「……うぐっ!?」
突如、ニンニンが手に持っていたシュークリームを落とし、頭を抱えてのけ反った。
「ど、どうしたの、ニンニンちゃん!? 頭痛!?」
「……き、来た。……来てしまったのじゃ……。脳内に、直接、余を罵倒する悪魔の声が……!」
ニンニンの瞳が激しく泳ぐ。彼女の脳内には今、凄まじいハウリングと共に「聞き慣れた、しかし今は一番聞きたくない声」が響き渡っていた。
『――リル! ニンリル! 聞こえているんだろう!?』
『ちょっと、あなただけズルいわよ! さっき食べてたあの「白いふわふわ」は何!? 私にも寄越しなさいよ!』
『……チョコ。……ニンリル、チョコ独り占め、許さない。……死刑』
「ひぃぃっ! アグニ! キシャール! ルカまで! お主ら、なぜここがわかったのじゃ!」
ニンニンが虚空に向かって叫ぶ。ムコーダにはその声は聞こえないが、彼女の怯えようは尋常ではない。
(……悪魔の声!? もしかして、ニンニンちゃんを追い出唆した『悪い親戚』が、魔法か何かで彼女を監視してるのか!?)
ムコーダの「認識阻害」脳が、恐ろしい陰謀論を組み立て始めた。
◇ パシリの契約と、深まる誤解 ◇
『ニンリル、いいか? 俺たちは心が広いからよ。おまえが「パシリ」として、定期的にあちらの品を神界へ送るなら、デミ様には黙っておいてやる。……さあ、選べ。協力するか、消滅するか!』
脳内に響くアグニたちの高笑い。ニンニンに選択の余地はなかった。
「……わ、わかった。約束する。ムコーダに頼んで、お主らの分の供物……もとい、仕送りも確保させよう。じゃから、デミ様には絶対に……絶対にな!」
ニンニンは涙目になりながら、三女神との「闇の契約」を交わした。通信が途切れ、彼女は深い溜息をついてベッドに沈み込んだ。
「……ムコーダよ。余は、とんでもない業を背負ってしまった」
「……ニンニンちゃん。大丈夫、俺は全部見てたから(※見えてない)。……君の故郷には、君を脅して食べ物を取り上げるような、悪い親戚がいるんだね?」
「……は? あ、いや……まあ、ある意味ではその通りじゃな。あやつら、食い意地だけは一人前で、余が少しでも良い思いをすると、すぐにこうして……」
(……なんてことだ。この小さな子に、街で手に入れた食べ物を横流しさせようとするなんて! きっと、酒浸りの親父や、欲張りな叔母さんたちが村で待ち構えてるんだ……!)
ムコーダの目には、ニンニンが「家族のために自分を犠牲にする、健気な少女」として、聖母のように輝いて見えた。
◇ 聖なる仕送りの箱 ◇
「わかったよ、ニンニンちゃん。俺が力になる。……段ボールに詰めて、どこに置けばいい?」
「え? ……あ、ああ。部屋の隅でよい。余の魔力で、故郷へ転送する……」
ムコーダは決意の表情でネットスーパーを起動した。
「プレミアムなビール三ダース! それに高級チョコ、ポテトチップスの箱買い! ……これなら文句ないだろ! 待ってろ、ニンニンちゃんの悪い親戚ども!」
(……お、お主、なぜそんなに気合が入っておるのじゃ?)
ニンニンは引き気味だったが、届いた大量の物資を段ボールに詰め、神界への転送魔法陣を展開した。
段ボールが光に包まれ、空間に消えていく。
直後、ニンニンの脳内に三女神の歓喜の声が響いた。
『来たぜぇぇぇ! ビール、キンキンに冷えてやがる!』
『……チョコ。……美味しい。……許す。少しだけ』
「……ふぅ。これで、当座の危機は去ったな」
「よかったね、ニンニンちゃん。……でも、無理しちゃダメだよ。君の分は、俺が絶対に守るから」
ムコーダが優しくニンニンの頭を撫でた。
(……この子、自分の分を削ってまで親戚に送ろうとしたんだ。なんて不憫な……。よし、明日の朝はもっと豪華な卵料理にしてあげよう)
ムコーダの財布は、かつてないスピードで軽くなり始めていた。
しかし、本人は「不遇な少女の家族愛」を支えているという充実感に満ち溢れていた。
一方、神界……届いたビールを煽り、チョコを貪る三女神。
「ゴクゴクゴク、プハァー旨めぇぇぇ~生き返るぜ !」
「ふふ、ニンリルちゃん、いいパシリを見つけたわね。次はあの『しゅーくりーむ』を十箱くらい頼みましょうか」
「……賛成。……もっと、太らせる」
女神たちの欲望という名の嵐は、ムコーダの「聖なる誤解」を燃料にして、さらに激しく燃え上がろうとしていた。