此処は死者が集う場所…即ち冥府。冥府王と十二の王が治めるこの場所の治世は、安定とは程遠かった。
天国住民への犯罪行為、種族間の格差、地獄住民による犯罪行為の数々、そんな問題を解決するのは、華々しく活躍する部署とは程遠く。泥臭く駆けずり回る影の傑物。
冥府王と十二の王の間を駆けずり回り、時には天国から地獄へと赴くその姿から、こう言われていた。
〈冥府の雑用王〉と。
豪華絢爛な建物の最奥で、一人の男が座っていた。机には多数の書類を抱え、周りには彼に起きた問題を解決してもらわんと問う者たちが居た。
腰まで伸びる黒と白の長髪を背に流した男が、静かに椅子へ腰掛けている。身長は190㎝ほどの大柄な体格だが、無駄な贅肉は一切なく、細身で引き締まった筋肉が服の上からでも分かる。
背筋をまっすぐ伸ばして椅子に深く座るその姿からは静かな威圧感で包み込まれている。顔立ちは鋭く整い、目筋の通った端正なイケメン。右と左で色の異なる白と黒のオッドアイが、静かに前方を見据えている。
身に纏うのは黒と白が混ざり合ったロングコート。長い裾は椅子の側面から床へと流れ落ち、色の対比が彼の存在をより際立たせていた。静かに椅子へ腰掛けるその姿は、まるで陰と陽、その二つを同時に体現する存在のように落ち着き払っている。
「冥府王様…天国から予算の増額を検討してくれとの書類が」「怠惰地獄で自分を神と名乗っている奴が暴れています」「人王殿が亡者で溢れそうです」
多くの者が居た。各々が自己の問題を解決せんと私に問う声が聞こえた。
「静粛に…天国の問題に関して私から言うべきことは無い。そう伝えておけ。怠惰地獄に関しては監察官ジェシカに。人王殿の問題については人王本人に伝えておきなさい。彼女の力量ならば裁くことも容易だ。」
地獄には多数の治世がある。それによって地獄の景色は変容する。そして、此処は地獄にとって最もスタンダードな人類圏の地獄である。そこでは冥府監察官が今日も問題を解決していた
地獄とは対照的な、背中の部分に陰陽玉が書かれている。真っ白いチャイナドレスを着た少女が、数人の男性と共に歩いていた。それは冥府に置いて天国と地獄を司っている基本的なマークだった。
腰まで伸びる深紅の髪に、真っ黒い瞳孔は地獄を表している。それと対照的な真っ白い肌は、背中に描かれた陰陽玉を象徴している様だった。彼女と数人の男は、何枚かの紙束を持って話し合っていた。
「傲慢地獄の人員不足問題…ですか。」
「はい…他の地獄もそうなんですが、傲慢地獄は特に酷く…早急に一名でも欲しいと言うのが正直な所です。」
地獄は常に人員不足に嘆いている。世界は争いに満ちていた。だが、仮初の平和が齎された事による人員増加とそれに付随した死者の増加。それにより地獄は常に人員不足。
「はぁ~…どこかに良い人材でも転がっていませんかね?」
「ジェシカ様~すみません。」
監察官のジェシカとは、冥府に置いて冥府王と十二の王の間で起こる数々の問題を解決する冥府監察官…ジェシカ・トーラルである。
「おや?何かあったのですか?」
「俺の方の問題が先だぞ!」
「それが…怠惰地獄で、自分を神とか名乗っている奴が出て…それに便乗して亡者が暴れ出して…兎に角来てください」
ところ変わって怠惰地獄…此処では変わった光景が溢れていた。亡者が獄卒に対して暴力を振るうと言う通常とは真逆の光景…そして、最奥で数人の獄卒と怒鳴りあっているのは、一人の男だった。
「だから、困りますよ。こんな事を引き起こされたら。兎に角…警察呼びますよ。」
「呼べ呼べ。我こそは復讐の神…この程度で復讐は果たされぬわ。」
「おい…誰かジェシカ様を呼べ。亡者が溢れ出して叶わん」
そのまま引っ張られた先の光景は正に地獄絵図と言う他無かった。亡者が暴れ獄卒に暴力を振るうと言う何時もと真逆の光景…全く。冥府の獄卒がだらしない。
「それで、件の神と言うのは何処の奴ですか?こんな事態を引き起こしたんです。一発や二発では終わりませんよ。」
「ジェシカ様…来てくださったのですね。さっきから自分を復讐の神とか名乗っている奴が暴れて居まして、それに乗じて亡者も暴れ出して。もう収集がつかなくって。」
獄卒と怒鳴りあっていた男がこちらを向いた。その姿は真っ黒い和服に身を包んでいる美丈夫だった。だが、その額からは禍々しい角が生えていた。それに加えて和服に刺しゅうされている〈復讐最高〉の文字…。
「それで?貴方の名前は?そして、どうしてこんな事を引き起こしたんですか?」
「おっ?漸く話の分かる奴が来たようだな。…我こそは復讐の神、天豪鱗である。我が望んでいるのは人類への復讐…その為に、我を生き返らせろ」
天豪鱗…その名には聞き覚えがありますね。確か1000年前に死んだ神霊…確か復讐を司っていると聞きましたが…その神が冥府で亡者を率いて暴走ですか。
「全く…それで?言い訳はそれだけですか?」
「言い訳?ちゃんとした道理だ。我は人類への復讐が具現した者。すなわち神である。故に、人類へ再び復讐する事を望む」
道理と出ましたか…全く、これだから神は御しにくい。神は己が道理で生きている。人間の倫理に当てはめる事こそが不可能…ですが、それゆえに逆に御しやすい。
「でしたら、私と言う人間に復讐してみて下さい。それが果たせたのであれば生き返りを認めましょう。ですが、果たせなかったら私の下に付きなさい。それが此処の道理です」
「そうか…お前も道理を説くのだな。分かった。我が復讐の炎。見るが良い」
瞬間…天豪鱗の内部から発せられたのは高温の炎。それを回避して即座に空間魔術を使い道具を取り出す。それは、己の身長程の超重量の金棒だった。
「…ふん」
取り出した金棒を超高速で投げ飛ばす。隙だらけのその顔面を正確にとらえていた金棒は、神の顔面にめり込んだ。
「これで貴方は私に従う…そういう事で良いですね。」
「あっ…あぁ、不服だが仕方ない。復讐の神、天豪鱗はお前に従おう。」
神は己が道理で生きている。だからこそ、逆に相手の道理に逆らえない。…これこそが神の唯一の欠点であり、唯一人間が勝っている部分。
それから数日の時が過ぎた。彼は今、傲慢地獄で働いている。彼の復讐の炎…あれは余程人間に効くらしいですし、それを拷問に使えないかと思っていましたが。
「これで傲慢地獄の人員不足問題は解決しましたね。」
「はい…有難うございます。ジェシカ様」