東方亡霊侍   作:泥の魅夜行

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白蓮さん、過去を想う

 今でも悔いている。

 自身の行いに悔いは無い。

 報いだと自分の事は納得できている。

 でも、あの子を殺したのは私だ。

 良い子だった。

 ずっと、慕ってくれた。

 先生と呼んでくれた。

 真面目で己の罪と向き合い、背負って贖おうとした。

 私のせいだ。

 私の優しさがあの子を殺した。

 この罪は、生きる限り死ぬまで背負わなければいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初は死を恐れたから。

 最愛の弟が死んで、死ぬことが怖くなって、魔道と外道に落ちてまで若さを求めた。

 妖怪を退治する。その一方で、妖怪を助けて妖力を貰い若さ保っていた。

 あの時も同じだった。

 山に童の姿をした妖怪が現れたと聞いた。

 何人も殺されたらしい。

 山へ赴き、そして山中であの子を見つけた。

 ボロボロの服、伸び切った髪。

 小さな五つも超えていないような子。

 その背には刃こぼれが激しい身の丈に似合わない大太刀が背負われていた。

 

「君……なのかしら?」

 

 獣のように川の水を飲み、近づけば唸る。

 飢餓と飢饉で親を亡くして生きる幼子など珍しくも無い。

 だけど、この子は何故ここまで暗い、まるで死者のような暗い瞳をしているのか。

 何よりも、怒り、憎悪、悲哀、あらゆる負の感情が髪の間から除く瞳より感じられた。

 手を伸ばしたの何故?

 同情? 憐れみ? 何とでも言えば良い。

 ただ、救いたい。

 その一心で手を伸ばしていた。

 獣の如き叫びをあの子は上げた。

 刀を回し私に斬り掛かる。

 私はそれをあえて受けた。

 私の肉体をやすやすと切り裂く斬撃。

 憎しみが、彼の受けた痛みが籠っているように感じる。

 だが、魔の力で強化した骨で刀を止める。

 そして、そのままあの子を抱きしめた。

 

「―――――――――――――!!!!!!」

 

 悲鳴。だけど、離すことはしない。

 でないと、この子を救えないから。

 ああ、大丈夫。私は君を傷つけない。

 君の悲鳴が消えるまで抱きしめてあげる。

 頭を撫でた。

 優しく何度も撫でて上げた。

 その度にあの子は激しく暴れ放せ放せと訴えて来た。

 その行動が先程の刀傷が響いた。

 力が一瞬弱り、あの子は凄まじい速度で山の奥へ消えて行った。

 ただ、一度私を見て。

 傷を癒し、もう一度あの子の元へ行く。

 

「……」

 

 飛び掛かれることは無く、じっと警戒した目で私との距離を保っていた。

 野犬と同じ行動、人から獣へと変わった姿。

 いや、獣にならなければ生きていけなかったのだ。

 

「大丈夫。私は君を救います」

 

 それからは、根競べ。

 山に赴き、あの子に会ってご飯を食べさせてたり、少しずつあの子から警戒を解いていった。

 

「う……あうーーー」

 

 犬のように懐き始めたあの子の手を引いて寺へ連れて帰った。

 言葉を教え、意思疎通を覚えさせる。

 この子に自分を獣では無く、人だと教える為に。

 

「ぇ……ん」

 

 髪を切り、ご飯を食べさせた。

 体を洗い、服を着せ四つん這いでは無く、足で歩く練習をさせた。

 身なりを整えると、思っていた以上に整った顔立ちだった。

 

「ばくれーん……」

 

 挨拶を、常識を、服の着方まで一つ一つ覚えさせていく。

 苦では無かった。

 日々のこの子の成長が嬉しくて、子供がいたらこんな感じなのだろうかと、考えたことも一度や二度では無い。

 

「おはようございまーす。白蓮先生」

 

 童であり、獣だった子は人へ、少年へ、と成長し、笑顔の挨拶に私は不覚にも涙を流してしまった。

 それが、私とあの子、加持丸の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人里の混乱を慧音さんと納めると、一度帰った方がいいと彼女から言われた。

 

『彼と何があったのかは聞かない。だけど、酷い顔だ。一度、気分を落ち着かせた方が良い。彼を探すのはその後だ』

 

 後、慧音さんは何か言っていたようだったけれど私は聞くことが出来ず、フラフラと言葉に従って帰った。

 どうやって寺へ戻ったか、定かでは無い。

 気が付けば、寺の門の前へ座っていた。

 

「加持丸……」

 

 人里の方角を見た。

 見間違う筈がない。

 髪の色も違った。痩せてもいた。

 でも、あの子だ。絶対に間違えない。

 あの時、伸ばした手は届かず、あの子は黒い煙を纏いながら何処かへ消えていった。

 

「生きては……いないのよね?」

 

 加持丸は人。私のように魔法を使ってもいない。

 寺の皆のように妖怪でもない。

 寿命は五十そこらで尽きてしまう、唯の人。

 

「亡霊……」

 

 恐らくそうだろう。

 未練を持った亡霊。

 このうちに渦巻く感情を何と表現すればいいのだろう?

 禅定すら、今の私では出来ない。

 喜び? 罪悪感? 考えれば考えるほどに底なしの沼に嵌って行くのが分かる。

 

「どうすれば」

 

 途方に暮れていると、背後から足音がした。

 

「聖、帰っていたのか」

 

「ナズーリン……」

 

 古参の皆は知っている。加持丸と皆が仲が良かった。

 ナズーリンとは、軽口を言い合っていた。

 星は、あの子の名付け親。

 村紗とは兄妹のようで。

 一輪とは、互いを想い合っていた。

 最も、あの子はそれを表に出さなかったけど。

 皆が仲が良かった。

 私が、村紗達が封印されるまで。

 地上に残されたのは、ナズーリン、星、そして加持丸。

 追われる最中、加持丸とはぐれあの子の最期はナズーリンが看取ったと聞いている。

 一輪は、まだ立ち直れていない。

 あの子の形見である刀を何時も持っている。

 人前では明るく振舞って、寝静まれば独り泣いているのだ。

 雲山は言っていた。

 自分ではどうしようも出来ない。一輪の悲しみは取り除けない、と。

 星もだ。

 封印が解かれた日。何度も何度も彼女は謝り泣いていた。

 許しを請う子供のようだった。叱ってくれと懇願しているようでもあった。

 ナズーリンの話では、まだ良くなったほうで、最初は飲まず食わずも多く、無気力な時期もあったと。

 そして、人里での奇跡とも言える出会い。

 何て……言えばいいのかしら。

 この子や、村紗。

 そして、星。

 なによりも一輪に。

 

「どうした? 顔色が悪い。顔色が悪いのはご主人と一輪だけにして貰いたいよ。これ以上寺が暗くなって欲しくないしね。いや、ご主人も一輪も立ち直ろうと努力してるのは――――」

 

「加持丸に会いました」

 

 ナズーリンの声が途切れた。

 

「聖、言っていい冗談と悪い冗談がある。貴女は一番それをよく分かっている筈だ」

 

 言葉の節々から怒気が発せられているのが分かる。

 私もその言葉には同意するだろう。

 そんな事を聞かされたらまず、怒るだろう。

 だけど、本当の事だから。

 伝えなければいけない。 

 

「人里で、髪も白髪で痩せこけてもしました。でも、加持丸でした」

 

「白髪に、痩せている……だっ…………て?」

 

 ナズーリンの声が震えていました。

 振り向けば顔を蒼白にした、普段の彼女には凡そ考えれない程深刻な顔。

 

「聖。本当なんですね? 本当に見間違いとかじゃなくて、本当に! 加持丸だったんですね!?」

 

 語彙が荒い。

 でも、はっきりと私は頷いた。

 ナズーリンが手で顔を隠し、天を仰いだ。

 

「ああ、そうか……加持丸か、何故此処に……? 考えられるとすれば亡霊かその辺りか。ああ、ご主人と一輪に何てい言えば良い? ああ、糞!! でも、居たのか。また、会えるのか……ははッ! あのバカ野郎が!!」

 

「ナズーリン?」

 

「聖。歩きながら話しましょう。皆にも伝えます。そして、私が今まで嘘を付いていたことを言わなければならない」

 

 速足のナズーリンに引っ張れるように私の足も命蓮寺へと向かう。

 

「嘘を付いていた……事?」

 

 一度の沈黙。

 ナズーリンは俯き、震える息を整えながらゆっくりと言葉を吐き出した。

 

「あいつの……最期ですよ」

 

 私の、自分自身の心臓が一際跳ねるを感じた。

 

「皆には隠していた。聖や皆が……特にご主人や一輪が知れば本当に立ち直れなくなってしまうから」

 

「前に話してくれましたよね? ……病死、だと。私達を追放した者達から追い掛けれられて、矢を受けた。その傷がもとで息を引き取った、と」

 

「違うんです。あいつの……死因は、し、いんは――――っ!」

 

 尊大な態度の多いナズーリンが体を震わせ、表情を歪ませた。

 泣きそうな声で、後悔しているような声で、それでも言わなければと必死に嗚咽を堪え、手を握り絞めながら、彼女は自らの嘘を告白した。

 

「打ち…………首、なんで……す……」

 

 

 

 

 

 

 

「――――!!」

 

 歓喜。ああ、何と表現すればいいのかしら!?

 自身の分身が殺された。

 粉々に、微塵の容赦も無く、一切合財の躊躇無く寸刻みのバラバラに。

 

「思い出しのですか? 亡霊さん。いえ、加持丸さん」

 

 加持丸、加持丸と口に出してその名を記憶に刻んでいく。

 

「ああ!! 熟しているのですね? もう我慢しなくていいのですね?」

 

 彼が何処にかなど分かっている。

 戦うたびに彼は何を思い出したり、変化している。

 一度目は、力。

 二度目は剣技。

 芳香ちゃんを両断する技。

 様子見として、加持丸さんを吹き飛ばした時に分身に変えていてよかった。

 

「斬り刻まれたたら、復活が遅くなって加持丸さんに会うのが遅れてしまいますからねー」

 

 斬り刻まれた程度では、死ぬほど私は弱くない。

 でも、今は一分一秒だって惜しいのだ。

 芳香ちゃんを復活させつつ、加持丸さんが逃げた方角へ進む。

 

「ふふふ、ようやく知れる! 貴方の過去! 未練! その最期まで!! ああ、楽しいですわ楽しいですわ。愉快で痛快なのでしょう? 楽しくて辛くて嬉しくて悲しいのでしょう? 痛くて気持ちよくて憎くて愛しいのでしょう? 私は全て受け入れます。私が受け入れますわ。そうして、壊して直して犯して侵して冒して、全部私のモノになるのですわ!!!!」

 

 心が踊る。謳う。

 

「見ーえた」

 

 彼がいる。

 全身から黒い煙を噴き出しながら、蹲る加持丸さんが居た。

 周囲の草木に生気と言うモノが存在しない。

 何もかもが枯れ果てて死んでいた。

 

「すごぉい。加持丸さんの力なのですね」

 

 答えは無い。

 

「ふふ、少しは返答を期待してなのですけど、そんなにショックなのですかぁ? あの女、聖白蓮に会ったのが」

 

 反応した。

 聖白蓮と言う言葉に確かに反応した。

 

「駄目ですわよ? 忘れましょう? 貴方は何も考えなくていいの。全て私にくださいな」

 

 毒を一つ入れる。

 真水に毒を入れればそれはもう真水に戻れない。

 ただの一滴だけでいい。

 取り返しがつかなくなればいい。手遅れにすればいい。

 誰の声も届かない。()の声だけが届けばいいのだ。

 

「さあさ、加持丸さんの人生を辿りましょうか?」

 

 私は手を加持丸さんの胸と頭に沈ませる。

 前は邪魔が入ったけど、気配はしない。誰も来ない。

 

「ふふふ、あははははははは!!」

 

 流れ来る、加持丸さんの全てが。

 気持ち悪い、悲しい、苦しい、痛い。

 気持ち良い、嬉しい、心地いい、暖かい。

 なにこれ? なにこれ!? なにこれ!!

 

「私、可笑しくなっちゃいそう……!!」




「…………」

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