東方亡霊侍   作:泥の魅夜行

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亡霊さん、香霖堂に帰宅する

小野塚殿が帰り、私と華仙殿は壊された壁を潜って部屋の中に戻っていた。

 

「華仙殿、この壁なのだが」

 

「ああ、元々は私が貴方を試す事をしたから壊れてしまったのです。気にしなくていいですよ」

 

「そうなのか? しかし……」

 

「良いと言っているでしょう。お茶を持ってくるので待っていて下さい」

 

 そう言って華仙殿は部屋から出て行ってしまった。

 お茶?

 何か頭の中で引っかかった。

 お茶関連の事だと……霖之助殿。

 

「…………」

 

 気づいた。気づいてしまった。

 昨晩、私に寝室を提供してくれたのは誰だ?

 霖之助殿だ!! いかん、朝起きたら居なくなっていたなど、失礼にも程がある!!

 華仙殿足音が廊下から聞こえるので、まだ遠くへは言ってない。

 私は立ち上がり、障子を開けて左右を見ると、歩いている華仙殿を見つけた。

 

「華仙殿ォォォォォォ!!!!」

 

 焦りのあまり、本気で走ると逆に華仙殿を越してしまった。

 足を止めて体勢が僅かに崩れるも速度を落とす。

 

「ど、どうしました? 亡霊殿」

 

 慌てる華仙殿に詰め寄り私は事情を説明した。

 

「成程。それは早急に戻らなければいけませんね。分かりました。私と久米が送りましょう」

 

 久米と言うのは昨夜、青娥から逃げた時乗った大きな鳥の名だったな。

 

「ですが、廊下は走ってはいけません。先程、転びかけたのですから」

 

「申し訳ない」

 

 走る訳にはいかないが、早歩きで華仙殿と玄関まで移動し、外へ出る。

 

「久米ー!!」

 

 華仙殿が名を呼ぶと空から大きな鳥が羽ばたいて降りて来る。

 うむ、昨夜助けてくれた鳥である。

 

「さあ、乗ってください」

 

 飛び乗った華仙殿から声が掛かる。

 私は頷くが、乗るその前に鳥、久米殿へ頭を下げた。

 

「昨夜は助けて頂き誠に感謝する」

 

 頭を下げると久米殿が一鳴きして、私の頬へ顔を擦り付けた。

 

「む、羽でくすぐったい」

 

「久米に気に入られたみたいですね。さあ、背に」

 

「うむ」

 

 私が久米殿の背に登ると、勢いよく久米殿が羽を羽ばたかせ、空へと上昇する。

 

「凄いな。大空を飛ぶと言うのは、やはりいい」

 

「やはり? 亡霊殿は一度の空を飛んでいるのですか?」

 

 華仙殿が振り向き聞いて来るが、私も経った今首を傾げていた。

 

「……いや、始めてなのだが何故か、そう思ってしまったのだ」

 

「もしかすると、記憶が戻ったのでは?」

 

 確かに、先程小野塚殿へ言い返した時に、私の頭に人影が過った。

 黒く顔すら見えなかったが、髪の影を見ると女性の様であった。

 

「一瞬だけなら戻ったのだが、駄目なようだ。まだ、思い出せない」

 

「ふむ、無意識に呟いたと言う事でしょうか? 飛ぶ事など普通の人間ではありえぬ行為ですからね。もしかしたら生前、亡霊殿は空を飛ぶ経験をしていて、今のこの飛行により記憶が刺激されたのかもしれません」

 

 確かに、この空から見下ろす山の風景を見ると初めてでは無いような気がしてくる。

 幻想郷を見下ろしていると、突然視界が揺れた。頭痛によって頭を強く叩かれる感覚共に、視界に映ったのは幻想郷では無く、木の板だった。

 だが、その光景は一瞬で消え去った。

 

「ッ!! 今……のは」

 

 頭痛の余韻に頭を押さえながら私はふら付いた。

 

「亡霊殿!」

 

 華仙殿が、肩を掴み体を支えてくれたが、結構な高度があったのか突風が私を押して華仙殿の方へ倒れてしまった。華仙殿も突然だったのか、二人して久米殿背に倒れたてしまった。

 

「いたた。華仙殿、申し訳ない」

 

 目を開けると、顔を真っ赤にした華仙殿が飛び込んできた。

 

「どうされた華仙殿? 顔が真っ赤だが」

 

「い、いえ……取り敢えず退いて下さい。私の拳が暴走しないうちに!!」

 

 そう言われ、自分が華仙殿に覆い被さっているという事実に気付いた。

 

「すまぬ、すぐに」

 

 退く、と言いながら起き上がろうとすると、背後から何やら聞きなれない音がした。

 

「……」

 

「華仙殿、何故そんなに顔を青くさせているのだ?」

 

 華仙殿も起き上がるが、様子が変だ。先程の音と関係があるかもしれない。

 私が音がした背後を向くと、小さな四角い箱を持った、黒髪女性が浮いていた。

 背中に見えている黒い翼からするに人間でないことは確かだ。

 

「あやや~お気になさらず。さっ! 続きをどうぞどうぞ。次の一面は『真面目仙人に白髪の殿方の影? 空の逢引』、って所ですね」

 

「そこを動くな烏天狗ゥゥゥゥゥゥ!!!!」

 

顔を真っ赤にした華仙殿は右手を烏天狗の女性に向けると、勢いよく右手が飛んだ。

 仙人とは手が飛ぶのか……。

 

「おお、危ない危ない」

 

 それを女性は右へ体を傾けると、一瞬で私達の背後へ周っていた。

 

「速いな、これが烏天狗の速度なのか」

 

「感心している場合ですか!? 烏天狗からあのカメラを取り返さないと……ッ!!」

 

「かめら?」

 

 女性が手に持っている黒色の小さいな箱、成程あれが、「かめら」か。だが、用途が解らぬ。先程の音もかめらが音を発したのだろうか。だが、何故華仙殿はこれ程に慌てているのだ。

 

「もし、天狗殿。そのかめら? とは何なのだ?」

 

「あやや? カメラを知らない? 幻想郷でも下級妖怪か妖精くらいな物ですよ? 人間にしては……そのあやや? その髪に張り付く御札は……あなた人間ですか? むむむ、これは面白い。よろしい!!」

 

 矢継ぎ早に繰り出される言葉の嵐に少々面喰ってしまった。と言うか、一気に詰め寄られた。

 

「おっと、これは失礼。私、こういう者です」

 

 そう言って差し出されたのは小さな紙。

 

「『文々。新聞 記者 射命丸文』?」

 

「ええ、そうです。清く正しい射命丸で御座います。以後よしなに」

 

「先程のまでの行為の何処に清く正しいが含まれているのか、しっかりと確認したいのですがね!!」

 

 凄まじい剣幕の華仙殿を、まあまあと射命丸殿は抑える。

 

「実はですねー。そこの殿方に興味が湧きまして、取材を受けてくれれば先程の写真は忘れてあげますよー」

 

「是非、受けさせていただきます!!」

 

「華仙殿……私はまだ受けるとは言ってないのだが」

 

「良いですか? これはとても大変な事態なのです。今後、幻想郷を歩く上でこの天狗の新聞が出回ればどうなると思いますか?」

 

 分からぬと言う意味で私は首を傾げた。

 

「うわー、あの方よー。やだー、仙人と逢瀬ー? 爛れてるわー。など!! 貴方は謂れのない誤解を受ける!!」

 

「事情を話せば良いのでは?」

 

「ダメです!! 幻想郷では噂好きの者、それを曲解して面白可笑しくさせる者が多数います。そんな風に楽観的な思考は敗北を意味する!!」

 

 突き付けれた人差し指から思わず仰け反った。

 

「そ、そうなのか」

 

「そうです。ですから、ここは取材を受けるのです」

 

「わかった」

 

「話は纏まったようですね。やれやれ、すっかり尻に引かれてますね。亭主さんは。駄目ですよー? 益荒男の威厳くらい見せてどうですかー? まあ、痩せた体型では無理かもしれませんが」

 

「誰が亭主ですか!? この亡霊殿はつい昨日会ったばかりです!!」

 

「何!? 亡霊殿!? この人間が亡霊!?」

 

 驚きの顔の射命丸殿としまった、と言う表情の華仙殿の事は、眼中になかった。

 私が痩せている? 体を見下ろせば確かに力強いと言う印象から離れた痩せていると言う表現が合っている姿だ。心がざわついた。何処かへ引っ張られる感覚がする。

 脳裏に突如映る風景は、土、土、土。どこまでも痩せ細った土地と村が見える。生命が感じられないその場所は世界から色を落としてしまったようだ。

 死んだ土地にあるのは死の痕だ。

 肉のある死体、腐った死体、骨だけの死体。様々だ。

 朽ちた廃墟、空っぽの水釜、痩せて獰猛な瞳の狂犬、枯れきった木に捕まり獲物を探す烏。

 私は知っている。この風景を知っている。何故なら、私が体験したのだから――――。

 

「……殿? 霊…………殿……! 亡霊殿っっっ!!」

 

 耳元で華仙殿の声が聞こえた。

 水底から引き揚げれるように、私は虚像の風景が目の前から消えていく。

 視界は、過去から現実へ。二人が蒼空の下、此方を見ている。

 

「どうしました? 突然黙ってしまって」

 

「なーんか、心ここにあらずと言う感じでしたが、正気に戻れました?」

 

「うむ……華仙殿、少し己の過去を思い出した」

 

 華仙殿は驚き顔だ。だが、その中に少し喜色の表情がある。とはいえ、思い出した内容が内容だけに話し辛い。

 

「それはよかった。ようやく手掛かりが掴めたのですね」

 

「おやおや? これは中々面白い話の予感」

 

「言っておきますけど、貴女に話す気はありませんよ。人の事情に踏み込み過ぎるのは見過ごせません」

 

「おお、こわいこわい。では、気を取り直して取材させて貰います」

 

「うむ、分かった」

 

 射命丸殿は小さな手帳に棒の先端を付けて、手を動かしだした。

 この時代の筆なのか? 後で聞いてみるか。

 

「ああ、今から香霖堂へ向かいますので、移動しながらにしてください」

 

「了解です。えーっと、まずは――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、面白いネタが出来ましたよ。これは久々にヒットの予感です。ありがとうございます、亡霊さん」

 

「よく解らぬが、どういたしまして」

 

 射命丸殿の質問に答え、ようやく取材が終わった。

 

「亡霊殿、香霖堂が見えましたよ」

 

「む、そうか。華仙殿、送っていただき有難う」

 

「いえ、お気になされずに」

 

 久米殿が停止してゆっくりと下降して、地面へと降りる。

 一度、久米殿が鳴いて羽を畳み私達は久米殿の背から降りた。

 

「久米殿、送っていただき有難う」

 

 答える様に久米殿が一声上げた。

 

「鳥に礼を言うとは律儀な方ですね」

 

「ええ、そうね。何処かの不誠実な烏天狗と違って好感が持てるわ」

 

「なんと、そんな礼儀知らずな天狗が居るとは!! 同じ烏天狗として許せません」

 

「鏡見なさい」

 

「外が騒がしいと思ったら君か。大勢での御帰宅かい?」

 

「霖之助殿!!」

 

 香霖堂の扉が開き、霖之助殿が出て来た。すぐさま、地面を滑りながら、正座、一度背筋を伸ばし、ゆっくり頭を地面まで降ろす。所謂土下座だ。

 

「何と言う、美しいフォーム。取り損ねたのが悔やまれますね」

 

後ろから、カメラの音がするが無視した。

 

「申し訳ない!! 昨夜は邪仙が魂を掴んで華仙殿が吹き飛ばし起きたら朝で死神殿と問答していたのだ」

 

「ごめん、僕も読解力はある方だと思うけど、全然解らない。取り敢えず、中でも入ってゆっくり話してくれ。御飯も作ってあるから」

 

「霖之助殿ぉぉぉぉぉぉ!! 感謝する!!!!」

 

「分かった。分かった落ち着いて」

 

 御飯! 生前は食べてたであろうが、記憶の無い今、初めての食事!! 心が自然と踊ってしまうのだ。

 恥ずかしい事に霖之助殿を待たずに香霖堂へ入ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさぁい、亡霊さん。貴方の青娥娘々がお出迎え」




「いつでもどこでも貴方の隣に即参上の娘々だにゃん♪ ってね」 

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