スリルジャンキーな狂剣士、ギリギリの戦いを楽しんでいるだけなのに何故かヒロインたちをどんどん病ませてしまう 作:嵐山田
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
息が苦しい。
酸素が足りていない。
もうどのくらい走り続けたのだろうか?
行きでは、一日長い一本道と一部屋のみの攻略に留めていたと言うのに、ほんの十数分程度の体感時間で俺は少なくとも四部屋は部屋を超えていた。
だが、止まるわけにはいかない。
足取りが重くなっているせいもあるが、それ以上に、止まれば死ぬという感覚が俺を突き動かしていた。
「……トージ、次はそこをまっすぐ」
「あ、ああ、わか……った」
陸に打ち上げられた魚のようにパクパクと口呼吸をして入れば、なんだかじんわりと背中の辺りが温かくなっていく。
「効果は低いけど、回復魔法には体力回復効果もあるわ。こんなことしかできなくてごめんなさい」
スウォメルの回復魔法が疲れ切った身体に染み渡る。
だが、今はスウォメルにお礼を言っている体力も、自虐を否定してやる体力も惜しい。
悪いとは思うが、俺は反応はせず、代わりにスピードのギアを一段戻して走り続けた。
ジャラジャラ、ガラガラと先ほどスウォメルが言っていたような鎖を引き摺るような音が聞こえる。
この音が何を示しているのかは分からない。
だが、俺のスリルセンサーはギンギンに反応していた。
今止まれば、確実に死ぬ。
そんな感覚は変わらない。
背後から感じる不穏過ぎる圧から逃げ続ける。
すると……!
「階、段……!?」
部屋のサイズ、掛けられた松明そして他の部屋にはなかった謎の台座。
間違いなく俺が目を覚まし、『狂剣士の執念』を手に入れ、骸骨剣士センパイと戦ったその部屋の中心には下層へと続くだろう階段が伸びていた。
「……もう、隣りからしか、トージの匂い、しない」
ウルルがそう言って首を振る。
つまり、ここからはどこへ進んでも接敵の可能性があるという訳だ。
ジャラ、ジャラ……。
鎖を引き摺る音が近づいてくる。
もう時間はない。
「下に行こう」
俺はそう提案した。
これは俺がスリルジャンキーだからと言う訳ではない。
こう言う追跡型の相手は階層を超えて追跡してくることは少ない。
そろそろ俺の体力も限界だ。
これ以上走って逃げるくらいなら、ワンチャンスにかけて接敵を切って、下で番人と戦った方がいい。
「分かったわ」
「……ん」
ガラ、ガラ……。
「行くぞ! 走れっ!」
さすがに階段は二人を抱えたままでは逆に危なそうだったため、俺はそこで二人を降ろし、その背中を軽く押した。
そして、自分も走り出す前に一瞬だけ、後ろを振り返ってみる。
すると――
「縺昴�鬲ゅr蟇�%縺幢シ√縺雁燕繧よ�繧峨�荳驛ィ縺ォ縺励※繧�k��」
理解のできないおぞましい声が直接脳に響き渡る。
逃れたいのに、どうしても視線を逸らすことが出来ない。
「ぐはぁっ!!」
それは恐怖を超えた何か。
表現のできない感情に体の全てを支配され、咄嗟に脳が身体機能を全てシャットアウトしたかのような錯覚に囚われる。
「トウジ!」
「トージ!」
低いところから声が聞こえる。
どうやら二人は階段に間に合ったようだ。
あとは俺が……。
勝手に閉じようとする目をなんとかこじ開ければ、ウルルに徘徊型と呼ばれたその無貌の死神が俺の方へと手を伸ばしていた。
クソッ!
なんで振り向いたりしたんだ。
死んだらスリルも元も子もないって分かってたはずなのに!
ありえないほどにひっ迫した状況に一瞬だけ、理性のタガがバグっちまった。
ああ、まだまだ、スリルを味わえるはずだったのに。
せっかく楽しい世界に来れたと思ったのに……。
俺の脳内をここで過ごした今日までの記憶が流れていく。
……と、その時だった。
ガンッ! と金属同士がぶつかり合うような鈍い音が俺の眼前で響いた。
驚きに目を開けば、死神の手と俺の間に一振りの剣が伸ばされている。
……この剣は、まさか!
そう思って、俺が剣の持ち主の方へ目を向けようとすれば――
「カハッ!」
勢いよく背中を蹴られ、俺はバランスを崩して階段へ転がり落ちる。
……骸骨剣士センパイ。
一体どうやって?
だが、せっかくセンパイが作ってくれた機会だ。
無駄にするわけにはいかない。
「……この恩はいつか必ずこの剣で!」
俺は全身が下階に入るまで一気に階段を駆け下りながら、背後にそう叫んだ。
カラカラと骨の崩れるような音がする。
俺はその音を、敗北の音ではなく、センパイからの返事だったと受け取った。
◇◇◇
長い長い階段を必死で下っていれば、先ほどまで感じていた死と隣り合わせにされているような感覚からは解放された。
意を決してもう一度振り返ってみれば、もうそこには、あの恐ろしい死神の姿はなかった。
どうやら俺の推測通り、あの死神は階層を超えて来れないようだ。
「トウジ!」
「トージ!」
すると、そんな俺の顔を必死に下へ向けさせようとスウォメルとウルルが頭を押さえつけてくる。
二人も上を見ている以上、もう安全は確保されているだろうに……。
「二人とも、もう大丈夫だ。あいつはどうやらあの階層だけにしか来られないみたいだな」
良かった良かったと笑って見せる。
いやはや、死ぬ思いってのはああいうことを言うんだな。
一瞬走馬灯なんかも見えかけた気がしたけど、終わってみればいい経験だったかもしれない。
なんて、暢気に考えていれば……。
「そうじゃないでしょ!」
「……怖かった。トージ、いなくなる……いやぁ」
鼻声で目元には涙をにじませるスウォメルと、幼い子供のようにギュっとしがみついて離れようとしないウルルの姿。
どうやら、想像以上に心配をかけてしまったらしい。
「どうして、どうしてあんなところで立ち止まったりしたのよ! あなたが死ぬかもしれないと思ったら私……私……!」
ギュゥゥっとすばらし……凄まじい圧力が顔面にかかる。
ぽつぽつと頭上に降る雨粒はほんのり温かくて、その温かさが俺に罪悪感を生んだ。
「わ、悪かったよ二人とも」
一瞬だけ脳裏をよぎりかけた邪な感情も吹き飛んでしまうほどの罪悪感に包まれて、俺は恐る恐る二人の背へ手を回した。
なぜか、手が震えてしまう。
……そう言えば、こうして自ら人の温もりも求めようとしたのはいつ以来だろうか?
胸の奥がジンと熱くなる。
あれ……なんで、俺……。
「――っ」
今更になって体が震えはじめる。
頭上に感じていた雨粒がなぜか頭を通り越して、階段に座り込んだ俺の太ももにまで零れてくる。
おかしい。
俺はスリルが好きで、死の瀬戸際、ギリギリの戦いを欲していたはずなのに。
あの徘徊型……無貌の死神。
アレから二人を抱えて逃走を図った時でさえ、俺の内側はスリルを味わう喜びに震えていたはずだ。
なのに……なんで、今更……。
「……そうか、俺は――」
跡がついてしまうんじゃないかと言うほどに、二人の背中を強く抱きしめながら、俺は自分に言い聞かせる。
「スリルを……死を実感することで、生きている証明が欲しかったんだ」
吐き出されたのはそんな言葉。
俺の頭上で泣いている二人には聞こえていないだろう。
そんな、小さな、小さな、自己理解の一言だった。
スリルを求め始めたのは一人になってからだ。
くだらない人間関係、醜い人間性、そんなものに辟易して、自ら関係性を絶ったのに、周りに誰もいない人生はあまりに退屈だった。
飯は食うし、寝るし、真っ昼間から一人で盛るし、トイレは行くし、体調も崩す。
でも、音の鳴らなくなったスマホを見る機会は減った。
積んでいたゲームも漫画も小説も、見たかった映画もアニメも全部見たのに生きている実感がなくなっていた。
そんな俺が行きついたのがスリルだった。
スリルは凄い。
心が、感情と言うものが、全く知らない動き方をする。
初めて競馬で10万円が溶けたときは、それはそれは嬉しかったものだ。
たった2分程度のレースで、こんなに感情が動くのか、と。
俺もまだ、ちゃんと生きていたんだと、何かに夢中になって、熱中して、興奮して、感情が動くさまを何より実感できたから。
そうして、俺の生活はスリルを中心とした生活に変わっていったのだ。
「ハハ……情けねぇや」
ようやく乾き始めた目元を拭い、天を仰ぐ。
ここは全く天が見えないのに、何なら今見えるものなんて、二人の泣き顔くらいなのに……すごく明るい。
死ななくて、本当に良かった。
冷静になった思考で、一番最初に考えたのはそんなことだった。
◇◇◇
――スウォメル視点――
「ハハ……情けねぇや」
涙の跡が見えるトウジが不意に呟いた。
その表情と声音に、私は咄嗟に口から出かけた「そんなことない」と言う言葉を飲み込んだ。
軽々しく言っていい言葉ではないと思った。
今のトウジの言葉には、私にとってのみじめな過去のような、簡単に触れてはいけない部分への感傷が含まれていたように感じられたから。
本当は今すぐにでも伝えたい。
あなたは情けなくなんてない、と。
私たち二人を担ぎ上げて、体力もそして、あの状況で死の恐怖に耐えられず後ろを振り向いてしまうくらいに疲弊していたあなたが情けないはずがない、と。
でも、でも……痛みが、過去の辛さが分かるこそ、簡単には触れられない。
……だけど、今後もずっと一緒に居ると誓った仲だ。
触れはせずとも、少し近づくくらいなら許されるはずだ。
私は涙を拭って、天を仰ぐトウジの隣へ腰かける。
いつか、いつかでいい。
私にあなたを教えてね?
だって私は、もう……あなたと全てを共にするって決めているんだから。
そっと、首飾りに触れる。
先ほどまで私の背に回されていた、頼れるトウジの手を優しく握り、天を見上げる彼の横顔を見つめながら、私は決意を強くした。
◇◇◇
――ウルル視点――
「ハハ……情けねぇや」
ただ、道案内をしていただけの私の隣で、トージはそう呟いた。
きっとトージは本当にそう思っているのだろう。
ずっと人の顔色を窺ってきた私には分かる。
トージはすごい人だ。
私の出会ってきた嫌いで思い出したくない人たちとは比べるまでもなく、呪いや呪法なんかについて隠れて調べ回っている頃に読んだ本に出て来た人物たちよりもすごいと私は思う。
だって、トージは私の呪いを一瞬で解いてしまったんだから。
どんなに有名な学者も、魔法使いも私の調べた限りでは、私の呪いを肯定することは出来なかった。
なのに、なのにトージは、私の力を聞くや否や、目の色を変えて私の呪いの有用性を説いてきた。
終いには、私の呪いを実戦で使い、その有用性を私の目にこれでもかと見せつけてくれた。
あの瞬間、私の呪いは解けた。
でも、そんなトージが自分を本気で情けないと思っている。
この事実を前に、私はかける言葉を見つけることが出来なかった。
……トージ。
スウォメルがトージの隣に座りその手を握った。
きっと、スウォメルも言葉が出ずに、それでもなにかトージに出来ることはないか、と考えたのだろう。
なら、私も。
こんなことでトージの力になれるかは分からないけど。
私はトージが求めるならなんだってやるから。
だって、トージは私の全てだから。
そっと、耳飾りに触れる。
そして、そんな思いを強く、強く抱きながら、私たちを守ってくれた優しい手をそっと握った。
感動的な勘違い回でした!
ヒロインたちが病み病みくもくもして来て、お気に入りの回!