スリルジャンキーな狂剣士、ギリギリの戦いを楽しんでいるだけなのに何故かヒロインたちをどんどん病ませてしまう 作:嵐山田
ガシャン!
と、ガラスが割れるような音を立てて、二人の前の見えない壁が崩れる。
それと同時に、二人は足元も見ずに、ただ一心不乱に駆け出した。
「――トウジっ!!!」
「トージ、トージ、トージ!!!」
スウォメルは自分に出来る最大の回復魔法を準備するも、焦りで集中力が続かずにうまく発動しない。
「なんでっ! どうしてよっ! 待って、待っててね、トウジ。すぐ、すぐなんだから!!」
魔法は便利だが、その分繊細なものだ。
感情の揺れ、冷静ではない状態、そのすべてが結果に如実に表れてしまう。
「わたしっ、私には……これしかないのにっ! これも出来なくなったら、ほんとに私……っ!」
考えれば考えるほど、スウォメルの脳内は苦く辛い記憶に占拠されていき、トウジを欠いたことによる精神的なダメージがこれでもかと現れていた。
一方、ウルルは、獣人特有の五感の良さを用いて、トウジの状態を確認しようとしていた。
「……トージっ! 心臓……動いて、ない?」
しかし、いつもは繊細な五感も焦りと恐怖に感情を支配された現在ではまともな機能を失っていた。
鋭い聴覚へ聞こえてくるのは雑音ばかり。
聞き取りたくてたまらない、肝心の心音は一向に聞こえてこない。
「……嘘、違う、こんな、違う、いや、いやいやいやいやいやいやいやいやぁぁぁぁ!!!」
それはウルルの人生でも初めての絶叫だった。
そもそもウルルはトウジと分断された時点で、かなり取り乱していたのだ。
一緒に居たスウォメルが何とか落ち着けてくれていたから良かったものの、今はそのスウォメルも冷静さを欠き、涙を流しながら半狂乱に魔法を行使し続けている状態。
ウルルを安心させてくれる要素は、現時点で全て失われてしまっていた。
暗い、暗すぎるほどの深淵奈落に二人の少女の泣き声……いや、絶叫、絶望が木霊する。
木霊したその声は深く広い奈落の壁に反響して、彼女たちを嘲笑っているかのようだった。
だが、そんな彼女たちの元へ一筋の光明が差す。
トウジが片手に握ったままの『剣の萌芽』が僅かに光を放ったのだ。
「「……え?」」
二人の声がシンクロする。
その声の中には、トウジが起き上がるかもしれないという期待が多く含まれている様だったが、残念ながら、そううまく行くほど現実が甘くないことは何より彼女たち自身が良く知っていた。
しかし、何かが起きているのは事実。
二人は意を決して、刃のほとんどないその剣に手を伸ばした。
すると――
ポン!
と、いつもはトウジにしか聞こえていないあの音が二人の耳に響いた。
明瞭でどこか快活ささえ感じられるその場違いな音は、冷静さを欠き、本来の能力を発揮しきれない二人の耳にもしっかりと届く。
そして、音と同時にトウジがお節介コンソールと呼ぶその表記が二人の目にも映った。
――――――
『剣の萌芽』が成長しました。
特殊能力を獲得。
・生命譲渡:この剣で斬りつけた相手の生命力を奪い、自身を回復する。
――――――
「……なに、これ?」
「……こんなもの、見たことないわ。……でもっ!」
二人が再び『剣の萌芽』に目を向けたとき、その剣の刃が確かに少し伸びているのが分かった。
そして、二人は確信する。
これなら、間違いなくトウジを助けられる、と。
「ウルル」
「……スウォメル」
二人は同時に名前を呼び、お互いを見合う。
そこには先ほどまでの絶望も涙に枯れた声も見られない。
あるのは覚悟の決まった目をしたお互いの顔だけ。
「こんな、唐突な文言、信じる方が馬鹿げてるわよ?」
「……でも、スウォメル、止める気、ない、でしょ?」
「当たり前ね。無能な私よりはよっぽど信じられるわ」
「……ウルルも。トージの剣だから、信じられる」
お互いの意思を確認すると、二人は一緒に剣の元へ手首を這わせる。
「トウジのためなら、私は何だって出来るわ」
「……トージ、ウルルを、使って」
そして二人は、目を閉じ呼吸も定かではない当時の顔をジッと見つめた。
スウォメルの目に映るトウジは誰より愛しい人、いつも自分のために身体を張ってくれる、そんなスウォメルの全て。
ウルルの目に映るトウジは救世主、暗い世界を変えてくれた神にも等しい存在、そんなウルルの全て。
その顔を見ていれば、一度決めた覚悟はより強固なものとなり――二人は手首をスッと引き、傷一つなかったその柔肌に一筋の傷をつけた。
すると――
「――っ!」
「……うぅっ」
二人は感じたことのない脱力感を覚える。
一種の酩酊感にも似たようなふらつきと共に、身体から力が抜けていく。
「トウ、ジ……あなたに私を捧げるわ」
「……トージ、大丈夫、離れない」
そして、二人は倒れたトウジに寄り添うように……いや、絡みつくように倒れ伏すのだった。
◇◇◇
青い空、白い雲、燦々と照り付ける太陽。
街ゆく車は一定間隔を保ちながら、秩序ある走行をし、目の前の信号の切り替わりと共に停止した。
間違いようの無い見慣れた日本の光景。
そんな街を、俺は俯瞰している。
まるで、空を飛ぶ鳥のように、上空から街を見下ろしていた。
……ああ、夢か。
明晰夢、と言うやつだろう。
そう言えば、
そんなことを考えていれば、俯瞰視点だった光景が突如として切り替わる。
今度は普段の景色、つまり一人称視点だ。
「……? 動けるのか?」
右へ左へと首を振ってみれば、視界はグルグルと動き回る。
……明晰夢ってこんなに自由なのか。
久しぶりに戻って来た元の世界で、俺は歩行者信号を待っていた。
車両信号が赤へと変わり、目の前の信号は青へと変わる。
すると、刷り込まれた行動なのか、俺の足は意識する前に動き出した。
信号を渡るのは俺ただ一人、特に何を考えるでもなく、歩いていればあっという間に渡り終えてしまう。
だが、その瞬間だった。
俺が、信号を渡り切り、反対側の歩道へたどり着いた瞬間、明るくのどかだった天候が急激に悪くなっていく。
晴れ渡る空模様はどんどんと漆黒に染められていき、それどころかまるで血が滲んでくるように赤みを帯びていく。
「……なんだ? 変な夢だな」
空を見上げながら、俺が呟けば、その言葉に反応したかのように雨が降り始めた。
ゲリラ豪雨のような突発的に起こる激しい雨が、俺を濡らしていく。
ふと、手の平で雨を受けてみれば、それは普通の雨ではなく、正に血のように若干の粘性と温かさを持った液体だった。
「うおっ……なんだ、これ? ――っ!」
そんな不可思議な雨に驚き、雨宿りが出来る場所はないかと辺りを見回したときだった。
まるで倒れた人を受け止めたかのような、そう簡単に支えることのできない重さが全身にかかり、俺はその場に膝を付いてしまう。
「……おいおい、ほんとに、なんなんだよ」
俺はスリルが好きだ。
スリルを味わうためならば、ギリギリまで命を差し出すし、色々な苦痛にだって受けてたとう。
だが、よくわからない重さや、気味の悪い雨に濡らされるのは別に好きではない。
こんな明晰夢なら、別に見たくないな……。
さっさと覚めて、俺を奈落のスリルに戻してくれ。
冗談半分、本気半分でそんなことを願いながら、顔も上げられないほどの重さに耐える。
……しばらくして、身体が重さに慣れてくると、不思議と気味の悪い感覚もなくなり顔を上げた。
すると、先ほどまで現実世界だった光景は――いつもの奈落へ切り替わっていた。
「――ハッ!」
そして、目が覚める。
身体の上に感じる、何とか身をよじって体勢を変え、温かな重みに目を向ければ、目元を腫らした二人が覆いかぶさるように眠っていた。
「……ああ、そう言えば、あの梟を倒した後、倒れたんだっけ?」
段々と状況に整理がついて行く。
おそらく俺があの梟を倒したことで、二人との分断は解けたのだろう。
それで、二人は俺の看病……もとい治療をしてくれている間に力尽きた感じかな?
……二人には迷惑をかけちゃったかな。
奈落は暗すぎて時間の感覚が全く分からない。
俺としては大した時間を眠っていた自覚はないのだが、こうして二人がすうすうと寝息を立てながら倒れている以上、かなりの時間を眠ってしまっていたのだろう。
それに、気のせいだろうか?
ただでさえ白く透き通るような二人の肌が、今日はいつにもまして白い気がする。
二人の身体を必要以上に動かさないように、この状態からの脱出を試みれば、それぞれの手にまだ何かを握っていることに気が付いた。
「……右手は『剣の萌芽』だろ? ……ん? お前、なんか刃が長くなってないか?」
仰向けのまま手だけを引っ張り出し、剣を頭上に掲げてみれば、そこには明らかにあの情けないほどに短い刃しかなかった『剣の萌芽』の姿はなく、かなり根元に近い辺りで折れてしまった程度の『剣の萌芽』が握られていた。
心なしか刃も若干、赤みを帯びている気がする。
「……また成長したのか? まあ、あの梟ボスっぽかったし、あいつにとどめを刺したのもこの剣だもんな」
思い出されるのは最後の一撃。
眼前に迫る鍵爪との隙間を縫うように放った「散華『命』」。
あれは痺れたなぁ……。
まあ、今は物理的に左腕が痺れてるんですが……。
なんてことを思いながら、俺は『剣の萌芽』を一度亜空間収納へとしまい、二人の枕になっている左手をそっと動かした。
ジンと痺れて、重く、予防接種後のようなだるさのある左手を先の右手と同じように掲げてみれば、その手の中には一本の鍵が握られていた。
――――――
『帰還の鍵』
深淵奈落より脱出するために必要な蒼い鍵。
この鍵が何で出来ているかは誰にも分からない。
・所持者の精神攻撃への抵抗を高める。
――――――
「お、二本目の鍵か! 今回は青いんだな」
スリル的な面から言えば、別段特に嬉しい訳ではないのだが、いっぱしのゲーマーとしてはゲームが進んだ感覚があって嬉しい。
でも、一体あと何本この鍵を入手すれば脱出できるのだろうか?
正直俺としては脱出は出来なくても良いのだが、二人には外で普通に幸せに暮らしてほしいし……難しいところだな。
ただ、今は……。
「二人とも、そろそろ一回起きてくれ~。膝で良ければ、いくらでも貸すから、体勢を変えさせてくれ~」
軽いとはいえ、人二人分。
スリルによって昂ったバフもない今は結構しんどい。
俺は余計なところに触れないようにだけ注意しながら、二人の背中をさすり、スウォメルとウルルが早く目を覚ましてくれることを願った。
いい具合にすれ違い、勘違いが起きてますね~。
ヒロインたちはどんどん重くなって行くのに、トウジはいつ気が付くのでしょう?(笑)