スリルジャンキーな狂剣士、ギリギリの戦いを楽しんでいるだけなのに何故かヒロインたちをどんどん病ませてしまう 作:嵐山田
体勢を低く、全身の力を足に込めて飛び出せば、自身を矢と勘違いしてしまいそうなほどに俺の身体は加速する。
風を切りながら、振りかぶった二刀に身体を回転させることで遠心力も乗せて斬り払う。
一刀目は『狂剣士の執念』で切り口を作り、二刀目の『剣の萌芽』で押し切るような形だ。
しかし、これで簡単に斬られるほど、俺の足を一度止めた無貌の死神は弱くない。
全身に巻き付いた不気味な鎖が、俺の斬りかかった肩口へジャラジャラと集まり、まるで盾にでもなるかのように死神の本体をガードした。
ガキンと硬く重たい感覚が手を伝い、俺の剣は弾かれた。
「まあ、そうだよなっ!」
俺は剣を弾かれた反動を利用して、一度大きく飛び退くと、さらに二歩三歩と距離を取る。
ウルルの魔法があれば、また手応えは違ったかもしれないが、あの鎖はおそらく本気の一刀でも斬れるかどうかと言ったところ。
さて、どう攻略したものか……と、思考を巡らせていれば――瞬間、俺のスリルセンサーが急に強い警報を響かせる。
すると、目の前に居たはずの無貌の死神の姿が忽然と消えていた。
「……どこに行った?」
全神経を研ぎ澄ませる。
あいつが逃げるはずはない。
だとすれば……瞬間移動か?
だが……。
「――っ!?」
全神経を張り巡らせながら、無貌の死神の急な消失を考察していれば、不意に背後から濃密な殺気を覚えた。
ほぼ反射的に身体を縮めてその場を離脱すると、先ほどまで俺のいた位置に鎖の束が振り下ろされていた。
まるで俺の剣を模したかのような形状の鎖には鋭さこそないが、死神の膂力から振り下ろされるそれは、受ければ間違いなく即死。
「ィヒッ! ああっ! さいっこうじゃねぇか!!」
気配ごと姿を消して、防御不能の一撃必殺を放ってくる、そんな強敵。
これ以上ない、スリルの塊。
「いいぜ、攻略してやるよ!」
このあと、もし現実に帰ることになったとしても、コイツと戦って勝った後だと言うなら、納得できる気がする。
最後を飾るにふさわしい、最高の相手だ。
ふわりと、再び全貌が明らかになる。
ボロボロで所々穴の開いた黒い外套から伸びる不気味なほど長い腕とその全身に纏わりつく鎖。
足の代わりに垂れ下がった鎖を引き摺るせいで、あの耳に障るジャラジャラと言う音が鳴っているようだ。
顔は呼び名の通り無貌。目や鼻、口は見当たらず、だと言うのにこちらを見つめ捉えられている感覚は拭えない。
そんな恐怖の象徴とも呼べるような死神との一騎打ち。
全力で、楽しんでやる!
普段の戦闘時以上に思考は回り、守る二人もいない分、俺の行動は大胆になって行く。
出し惜しみをしている余裕はない。
ふぅっ、と強く息を吐き、両手の剣を持ち替える。
右手に持った『剣の萌芽』を一瞥すれば、何だか剣も俺の目線に応えてくれているような気がした。
「散華『命』!」
放つのは当然『剣の萌芽』に宿りし、遠隔斬撃のスキル。
一瞬体温が下がるような感覚が全身を襲い、俺の中から熱が抜けていく。
だが、まだ一発目。
動けなくなるような影響はない。
そして、無貌の死神を目掛けて、青く光る閃光の刃が飛んでいく。
と、ここで終わりではないのが、今日の俺だ。
飛ばした斬撃を追い抜くほどの速さで、スタートを切り、遠隔斬撃と共に二刀での物理攻撃も叩き込む。
一人二役ならぬ、一人三刀の攻撃。
とは言え、いくら速さに自信があっても相手は瞬間移動を扱う。
避けられるのも織り込み済みの攻撃だった。
だがしかし、そんな俺の予測はまるで外れ、無貌の死神は俺の放った遠隔斬撃に釘付けにされていた。
「逡ー荳也阜縺ョ鬲ゑシ∝ッ?%縺幢シ∝ッ?%縺帙∞縺?∞??シ」
そしてさらに、あろうことか無貌の死神はあの恐ろしい声で叫び、その青く光る遠隔斬撃へと手を伸ばす。
反対側から仕掛ける俺への対応、防御もない。
「二刀・閃光二連」
その隙を逃すはずもなく、二刀での高速の剣技が死神に叩き込まれた。
一撃目とは違い、確かな手ごたえ。
どうやらあの鎖ガードも自動防御と言う訳ではないらしい。
すると、『剣の萌芽』伝いに何かが俺の中へと流れ込んでくるような感覚があった。
……これが生命吸奪か。
何となくスウォメルに回復してもらった時の感覚に似ているな。
だが、あくまで微量。「散華『命』」で失った生命力を回復しきるには全く足りていない。
そして俺の最速の剣技に一瞬ほど遅れて「散華『命』」が死神を捉える。
防御もクソもない死神の無防備な右腕に俺の遠隔斬撃が刻まれる。
すると――先ほどはまるで断ち切れそうな手応えのなかった鎖を死神の右腕ごとバッサリ斬り落とした。
「……あ? どうなってる?」
既にヒットアンドアウェイの要領で距離を取る体勢に入っていた俺は、思わずそんな光景に目を見開く。
遠隔斬撃「散華『命』」は確かに強力なスキルだが、威力はそこまで高くないはずだと思っていた。
初めて放った梟への攻撃は不意打ちとして完璧に決まっていたが、見えない足場のようなところから梟を落とさせる程度で、完全に落ちる前には既に体勢復帰していた程度だ。
最後の決め手にはなったが、あの時だって『狂剣士の執念』での蓄積ダメージがあってこそだろう。
だと言うのに、二刀で放った俺の『閃光二連』よりも、死神にダメージを?
疑問は深まるばかり。
だが、そんな思考に一瞬集中力が削がれた途端、再び、死神の姿は消えていた。
「……クヒッ」
脳が焼き切れそうなほどにスリルセンサーが鳴り響く。
そうだ。
余計な思考は必要ない。
一つでも選択をミスれば、恐らくあっさり殺される。
『命がけの狂気』の食いしばりスキルがあったとて、おそらく生命力の25パーセントほどを消費して発動する「散華『命』」三発で俺は意識を失った。
まず間違いなく生命力を全損させる死神の攻撃は、食いしばりによって耐えられても、次の瞬間には意識を失っているはずだ。
つまり、食いしばりに頼れるのは確実に決め手になる瞬間だけ。
集中を欠いている暇は文字通り一瞬もない。
すぐに思考のスイッチを切り替えた俺は、止まって消えた死神の気配を捉えようとするのを止め、全速力で走り出した。
どこかから襲ってくる攻撃に待ちの姿勢では必ず後手を取ってしまう。
だったら、常に移動を続けてこの瞬間移動……いや、消失移動とでも呼べるような死神の能力を攻略する手段を探したほうがいい。
俺は規則性なく縦横無尽に部屋の中を駆け回り、次に死神が姿を現す瞬間を待った。
1,2,3……8,9――!
駆けまわりながら、頭の中で死神が消えていられる時間を確かめれば、丁度10秒程度の頃合いに視界の端の方がまるでノイズが走ったかのようにブレた。
そこはつい一瞬前まで俺のいた位置の丁度後ろ当たり。
そして、次の瞬間には再び、金棒のようにまとめられた鎖の束が振り下ろされ、頑丈で広大な奈落を揺らす。
「10秒……いや、9秒と少しと言ったところか?」
分析をしながら、俺は空振りの隙に合わせて、二発目の「散華『命』」を死神に放つ。
するとやはり、死神は避ける素振りを見せず、むしろ斬撃に向かって行こうとしていた。
「……もしかして、生命力に反応しているのか?」
思い付きが言葉に出た程度の気付き。だが俺はその気付きに妙な確信を覚えた。
と、すれば……!
もしこの考察が当たっているならば、死神の消失移動を攻略できるかもしれない。
俺の遠隔斬撃が無貌の死神を捉え、先ほどの腕が落ちると言うような視覚的なダメージは見られないものの、確実に効いているであろうという手応えを感じる。
……次、あいつが消失移動をしようとした瞬間がチャンスだ。
のろのろと斬撃を浴びた死神が起き上がる。
そんな死神との距離を詰めるように俺はまっすぐ突っ込んだ。
「二刀・穿岩貫」
スピードを全て乗せた一点突破の一撃を仕掛ける。
狙いは死神を仕留めること、ではない。
この攻撃は最後の確認だった。
すると、俺の予想通り、鎖が渦を巻くようにして俺と死神の間を遮るように盾を展開し俺の一点集中の、恐らく点撃においては最高火力の一撃も易々と受けられてしまう。
死神が左腕の金棒のような形状の鎖束を振り上げる。
だが、その攻撃も予測済みだ。
俺は腕を斬り落とした死神の右側へ身体を捻り、空中で横に一回転をするように振り下ろされる必殺の一撃を躱した。
そして――一回転の間、俺の視線が一瞬よりも短い時間だが、死神から離れた瞬間だった。
振り下ろされる鎖束の金棒はそのままに、本体の死神は再度、姿を消した。
「来た!」
この状況こそ、俺の作りたかった状況。
すぐに着地し、スピードを上げるため『狂剣士の執念』を納刀すると、すぐにスタートを切り、もう一度部屋中を駆け回る。
そして、十分かく乱できたであろう時点、時間にすれば、死神が姿を消してから6秒程度が経過した頃合い。
俺は一瞬だけ立ち止まり、部屋の中心へ向けて『剣の萌芽』を構え、三度目の「散華『命』」を放った。
一見すれば、自暴自棄のギャンブル攻撃でしかないこの選択。
だが、俺には確証があった。
いや、確証と言うより、これに賭けたいというスリルジャンキー的欲求があったのだ。
そして、部屋の中心目掛けて飛んでいく遠隔斬撃を追い越すように全力で俺も部屋の中心に向けて、少し膨らみながら駆け出す。
すると――!
俺の予想……いや、欲求に従った賭けの通り、部屋の中心で斬撃の方を向いた状態の無貌の死神が姿を現した。
完璧だ。
現在の状態としては遠隔斬撃と俺で無貌の死神を挟んでいるような状況。
無防備な状態で特攻性のあるであろう攻撃を二発も浴びれば、間違いなく倒せる。
根拠はない。だが、俺の中のスリルセンサーがその心のままに動けと言っている。
これで四発目の「散華『命』」を放てば、俺の生命力は空っぽ、だが、俺には『命がけの狂気』の食いしばりスキルがある。
しばらく倒れることにはなるだろうが、いつかは起きることが出来るだろう。
「さぁ、死神。これで決着だ!」
飛び掛かりながら、『剣の萌芽』で最後の「散華『命』」を放った。
それは先にはなった「散華『命』」が死神に命中するのと、同時のことだった。
俺の中から、ほぼすべての熱が消えていく。
急に氷河にでも閉じ込められたかのような寒気が俺の全身を襲い、視界は赤く、そして霞んでいく。
だが――四発目が命中すると思われたその瞬間だった。
たった今、ダメージを受けていたはずの死神が不意に姿を消した。
視線は逸らしていない。前回の発動からほぼ時間も経っていない。
つまり、それは予想外の、分析外の連続消失移動。
俺の予想を上回る行動。
「……チッ、まじか、よ……」
諦観の滲む声が漏れる。
薄れゆく意識の中、だが、俺の中の狂剣士は死んでいなかった。
もう身体を動かす体力何て欠片も残っていないはずなのに、まるで誰かが俺を支えてくれているような感覚があった。
無意識に左手が納刀してある『狂剣士の執念』へと伸びる。
背後に感じるのは明確な死の気配。
逃れようのない、確実な死がもう、寸でのところまで迫っている。
だが、奇しくもそれは俺が最も好むスリルに満ちた瞬間だった。
この瞬間を味わえずして、何がスリル好きだ。
もう、躱すだけの力はない。
だが、最後までギリギリまで抗ってこそ、最上のスリルを味わえると言うもの。
俺は背面にいるであろう無貌の死神に向けて、逆手に引き抜いた『狂剣士の執念』を渾身の力で振るいあげる。
「背水の……一刀」
確かな手ごたえと同時に感じる、耐えられるはずのない圧倒的な死が俺の頭へ叩きつけられる。
「まぁ、こんな最後は……悪くない、かもな」
スローモーションで近づいて行く地面を見つめながら、俺は呟いた。
………………
………………
………………
手から剣が離れ、地面にぶつかって金属音が響く。
そう言えば、死ぬときって聴覚は最後まで残るんだったっけ?
もう、身体のどこにも力が入らない。
おそらく倒れているのだろうが、自分がどんな体勢なのかすら分からない。
しかし何となく、頭上の方で何かが光っているような気がする。
……背後に感じていた濃密な死の気配はいつの間にか感じなくなっている。
また、消失移動したのか、それとも相打ちか。
まあ、どちらにせよ、最後のは、これまでにない、最高のスリルだった。
いや、実際にダメージを喰らっちまったんだから、スリルってより、もう明確な死、か。
だが、あの瞬間以上に生を実感したこともないだろう。
……意外と死ぬまでって猶予があるんだな。
結構時間が経っていそうなのに、まだ意識が無くならない。
それとも、もしかしてもう死んだ後なのか?
なんて、考えていた時だった。
ポン!
と、聞き覚えのあるあの音が聞こえて来た。
そして、何も映していないはずの俺の視界にいつものお節介コンソールが表示される。
――――――
『命がけの狂気』
の食いしばりスキルが発動しました。
致死攻撃を生命力の1パーセントで食いしばります。
――――――
……?
どういうことだ?
俺の生命力は死神の攻撃を受ける前に放った四発目の「散華『命』」でなくなり、食いしばりはそこで発動していたはず。
あ……!
死にかけで、ボロボロの思考。
だが、一つだけ思い当たる節があった。
『生命吸奪』
そう言えば、今の戦闘でも一度だけ無貌の死神から生命力を奪っていたっけ。
ってことは、それのおかげで食いしばりの発動タイミングがずれて――?
「勝った……のか?」
最後の力で呟けば、抗いようのない眠気のようなものが全身を覆っていく。
ああ、さっきは悪くない最後なんて思ったけど……。
これは間違いなく、最上の最後だ。
楽しかったぜ、異世界!
微かに聞こえていた空気の流れも聞こえなくなる。
そうして俺は、全ての感覚と意識を手放した。