スリルジャンキーな狂剣士、ギリギリの戦いを楽しんでいるだけなのに何故かヒロインたちをどんどん病ませてしまう 作:嵐山田
――スウォメル&ウルル視点――
黒い渦がほどけていく。
視界が晴れて、慣れ親しんだ空間がスウォメルとウルルの目に飛び込んで来た。
少しの間離れていただけでも、目の前が見えなくなるほどの暗闇。
こんな中で何日も過ごしていたなんて考えられない、と、普通なら思うことだろう。
だが、今の彼女たちにはそんな余計なことに割く思考能力は、全くと言っていいほど残っていなかった。
いくら視界が闇に閉ざされようと見失うことのない相手。
もう見失わない、離れないと誓った相手が二人の眼前で力尽きているのだから。
「トウジ!」
「トージ!」
剣を手放し、力なく倒れ込むその姿は、あの日、闇潜の梟を討伐した時よりも間違いなく重傷であることが見てうかがえる。
駆け寄り、その体に手を触れた二人の表情から温度が消えた。
「冷……たい?」
「……トー、ジ?」
スウォメルは急ぎ、トージを仰向けに寝かせて、心音を確認した。
だが……。
「……嘘、嘘よね?」
「……スウォメル? トージは? 大丈夫、なんだよ、ね?」
スウォメルは呆然自失としたまま固まり、動かなくなってしまう。
その表情に嫌なものを感じながらも、自分で確認するまでは認めないとウルルもまたスウォメルの反対側からトウジの胸に耳を当てた。
「……いや」
小さな悲鳴にも似た声。
「……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
そこから、現実を認めないと言わんばかりの絶叫が奈落内に木霊した。
ウルルは獣人だ。
獣人の五感は他のそれよりも数段優れている。
人の耳には届かないごくわずかな音でも聞き逃さないほどには高い性能を誇っていた。
だが、そんな獣人のウルルがトウジの胸に耳を当てても、そこから響いているはずの拍動は少しも聞こえてこない。
つまり、トウジは……死んでいた。
冷たい身体、聞こえない拍動、そして、あの最後の笑顔。
少なくとも、現在彼女たちがトウジが死んでいると捉えるだけの根拠は揃ってしまっていた。
ただでさえ色の宿さない瞳がさらに虚ろへと変わって行く。
「違う。こんなこと、あり得ない。そう、あり得ないのよ!」
「……ん。そう、そうだ、ね。トージが死ぬはず、ない」
そして、虚ろになった少女たちは自己防衛のために静かに狂気へと落ちていく。
二人の視線の先には刃の折れた不完全な剣が力なく横たわっている。
まだ完全にトウジの手からは離れていないその剣は、あの日もトウジを救ってくれた剣だった。
「そうよ。まだ、この剣があるじゃない」
「……ん。トージに、あげる。ウルルの全部」
「私も、私の全てをトウジに」
二人の目にはもう、お互いさえ映っていない。
そして二人は何のためらいもなく剣を、『剣の萌芽』を手に取ると――どちらからともなく、それを自らの心臓へ突き立てた。
不完全で剣先は折れた切れ味の悪い剣だ。
実際に心臓を貫通するような結果にはならないが、二人の胸から熱い液体が溢れだす。
「……はやく、起きて、ね? トージ」
「もう、二度と離れないんだから。これからは、ずっと一緒よトウジ」
二人の身体から熱が抜けていく。
そしてその熱は、『剣の萌芽』を媒介してトウジの方へと流れて行った。
――――――
『生命譲渡』
により、不足分の生命力を対象へと譲渡します。
――――――
半分の熱を失い、赤く染まりだす視界。
そこに映るトウジはブレて、複数に見えるようになる。
だが、二人は最後の力を振り絞り、身体を動かす。
ウルルはトウジの冷たい左手を持ち上げた。
そしてその手をスウォメルの方へ差し向ける。
そして向けられたトウジの左手にスウォメルは先の空間、報酬の間で手に入れたそれ――二匹の蛇が片翼の羽に絡みついたような装飾の施された指輪をトウジの左手薬指へ嵌めた。
そして、注ぎ込んだ
すぐにウルルもスウォメルに手を重ね、同じようにトウジの手を握り込んだ。
「「私たちで満たされて」」
座っていることすら覚束ない、トウジの手を握る力も段々と弱くなっていく、そんな中で本能から紡がれた祈りにも似た言葉。
「愛してるわトウジ」
「トージ愛してる」
そして二人はトウジと沿うようにその場へと倒れ込んだ。
◇◇◇
トウジの残り1パーセントの生命力に、99パーセント分の二人の生命力が譲渡され、注ぎ込まれる。
生命力とは魂の熱量。
地球の魂1パーセントに対して99パーセントの異世界の魂が加えられる……。
そんなあり得ない状況が、奇跡を呼んだ。
◇◇◇
何かが、流れ込んでくるような感覚があった。
回復魔法のそれとは違う、もっと根本的な何かが腕から頭を回り、足先までを満たすように伝っていく。
優しい温かさの中に、何かドロドロとした不吉なものを感じさせるそれは感覚以上の熱を持っているようで冷え切った俺に再び熱を与えてくれる。
その熱は俺の中心で混ざり合うように溶け込んで浸透していき……。
段々と、俺そのものすら飲み込んでしまいそうなほどに巨大に成長していった。
……死んだわけじゃないと思うけど、妙な気分だな。
これが帰還の感覚なのだろうか?
身体は動かない。
だが、どういう訳か一度手放したはずの意識が徐々に戻りつつあるのを俺は感じていた。
一体今はどういう状況なんだ?
最後の記憶は……おそらく食いしばりスキルによって無貌の死神に勝利し、俺もそのまま残り生命力が1パーセントになった影響で奈落で気を失っていたはずだ。
自然治癒で回復するほどの時間が経ったのだろうか?
いや、それにしては急激に何かで満たされたような感覚があった。
と、すると、やはり俺は現実に世界に帰還してしまったのだろうか?
ああ……目さえ開けばすぐに状況確認が出来るのに。
一体どうなってるんだ!
声にならない叫びを自身の中で響かせていたその時。
イヤホンジャックを差したときに聞こえるようなバチバチと言う音が俺の耳を打ち、外の音が聞こえるようになった。
「……スウォメル、回復魔法、毎日、大丈夫?」
「ええ、もちろん。ウルルも悪いわね色々な雑務を任せちゃって」
「……んん。それこそ、大丈夫。トージのためなら、なんでもできる」
「フフッ、そうね。それじゃあ、今日も回復魔法をかけるわよ」
そんな話し声が聞こえてくる。
スウォメル? ウルル?
あれ?
二人がいる?
いや、そんなはずはないだろう。
二人のことはあの時確実に外へと送り届けたはず。
つまりこれは夢、もしくは……。
「なんだ、やっぱり死んじまったのか。食いしばりスキルさん、頑張ってくれよ」
悪態を吐きながらも、あの最後の最高のスリルを思い出せば、それ以上の憎まれ口は出てこない。
………………ん?
今の声って……?
「「――っ!!!!」」
「……トージ?」
恐る恐る、だが、期待に満ちた声が聞こえる。
「トウジ? ……のこと、分かっているわよね?」
距離があったのか完全には聞き取れなかったが、何かを確かめるような声も聞こえて来た。
あれ?
もしかして……?
パチッと音を立てるようにして目が開けば、見たこともないほどに明るい世界。
奈落とは違い、見える天井があり、しっかりとした木組みの作りの建物であることが窺えた。
そして、見慣れた、だがいつ見ても可愛いと思える美少女が二人、視界に飛び込んでくる。
「……スウォメル? ……ウルル?」
二人の名前を呼ぶ。
信じられないが、どういう訳か二人が俺の前に立ってこちらを見下ろしていた。
「トウジ!」
「トージ!」
すると、二人はまるでたった一つの願い事が叶ったかのような顔をしてこちらへ飛びついてくる。
まだ力の入らない腕が抱き上げられ、優しい温かみが二つ伝わってくる。
「俺は、死んでない、のか?」
そんな二人の体温を感じながらも、俺は未だこの状況が呑み込みに切れずに呟いた。
すると――
「当然よ。だって、トウジ、約束したでしょう? ずっと一緒にいるって」
「……ん。ウルルもずっと離れないって」
左右からそんな言葉がすぐに返って来た。
「あ、ああ。そうだな」
段々、世界の明るさにも慣れてきて、自分の置かれた状況も見えてくる。
どうやら俺はベッドに寝かされているらしい。
ここまではまあ、一先ずいいとしよう。
だが、問題はこの――魅力的で特徴的な美少女たちに囲まれるという、全男子が一度は夢に見る状況。
しかし、どういう訳かスウォメルの目もウルルの目も据わっており、その中に色を宿しているようには見えない。
なぜか背筋をドッと汗が伝うような感覚があった。
「トウジ、あなたのお世話は私たちに任せてね」
「……ん。ウルルたち、ずっと一緒。これからは全部ウルルたちがやる」
……彼女たちの様子が明らかにおかしい。
俺は普通にこの世界を楽しんでいただけなのに!
一体、何がどうしてこうなったんだ!
「大丈夫。何の心配もいらないわ。あなたが動けるようになるまで一秒たりとも離れるつもりはないから」
「……ん。ウルルも、必要なものを取ってくる以外は、ずっと一緒、だよ」
左手の中指では『剣鬼の未練』が力なく光り、その隣の薬指では見覚えのない指輪が妖しげな光を放っている。
――――――
『剣鬼の未練』(祝)
精神攻撃への抵抗に失敗しました。
――――――
――――――
「歪んだ愛情」(呪)
依存の呪いが発動しました。
妄信の呪いが発動しました。
――――――
「ハ、ハハ……」
随分久しぶりに見たコンソールがそんな表示を出してくる。
なんか知らないうちに呪いの装備を手に入れていたらしい。
だが、どうしてだろうか?
スリル好きのはずの俺が、この二つの呪いには恐怖を感じている。
「あ、トウジ、その指輪気付いてくれた?」
するとスウォメルが俺の視線に気づいたようで、声を弾ませて抱いていた俺の手を置き、自身の左手を見せてくる。
すると、同じようにウルルもその左手を見せて来た。
「私たちがずっと一緒で離れないように同じ指に嵌めてみたの」
「……ん。これがあれば、ウルルたちは、絶対に、離れない」
二人の左手薬指にはそれぞれ似たような色の意匠が違った指輪が嵌められていた。
それを見て、さらに滝のような汗が流れる。
……ここはおそらく奈落なんかとは比べ物にならないほどに安全な場所のはずだ。
だと言うのに、俺のスリルセンサーはあの無貌の死神と戦った時と同じほどに最大限の警報を鳴らしていた。
どうやら、俺の異世界生活はまだ終わらないらしい。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
本作は一先ずここで完結となります。
本作は人の業をテーマに執筆してきました。
スリル好き、金への執着、性欲、排斥、依存、嫉妬、妄信など一見すれば、そんなに良いものに見えないこれらですが、かと言ってそんな業無くして人は生きられないとも私は思っています。
そして書きながらWeb小説にこんなテーマを持たせることこそ私の業なんだろうなと思わされました(苦笑)。
と、私情はさておき、そんな三人の物語はいかがでしたでしょうか。
面白いと思っていただけたり、何か心に残るようなことがあれば作者冥利に尽きます。
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