スリルジャンキーな狂剣士、ギリギリの戦いを楽しんでいるだけなのに何故かヒロインたちをどんどん病ませてしまう 作:嵐山田
長い、長い一本道を適宜休憩を挟みながら歩いて行く。
この道も相変わらずの無機質な代り映えのしない道のりで、流石に一人では精神をやられてしまいそうに思えた。
「長いわね」
「だな」
こんな会話ももう何度目になるか。
お互いのことを詮索し過ぎないという俺たちの間にある暗黙の了解のせいで話題も膨らみずらく、そろそろきつくなってきた。
唯一、空腹に襲われないことだけが救いだろう。
ここに来てから戦闘を二回、一度目は怪我もしていたと言うのに身体に疲労はあっても空腹は覚えない。
そのおかげでこんな物陰もない空間で排泄をしなくてはならないという、俺はともかくスウォメルにとってはかなり厳しい現実を突きつけられずに済んでいた。
しかし、冷汗はかくと言うのに不思議なものだ。
もしかして、食事の概念が存在しないのだろうか?
ここまでよくできたゲームでそうなることは考えにくいのだが……。
なんて、一人思考を巡らせていた時だった。
――!
俺のスリルセンサーが何かの気配を捉える。
「スウォメル……何か、聞こえないか?」
「え? ……私には何も」
俺に言われて耳をそばだてるスウォメルだが、どうやら彼女には聞こえていないらしい。
だが、俺の耳には確かに何かが大きく動くような、聞き覚えのない音が聞こえたのだ。
これは……行くしかないよなぁ!
「ちょっと走っても良いか?」
「え、ええ。でも、音がしたなら注意した方がいいんじゃないかしら?」
逸る気持ちを抑える俺にスウォメルが至極真っ当なことを言ってくる。
視界すら不明瞭な未開の地、奈落。
先の骸骨剣士のような敵が待っているかもしれないため、慎重になるのはまさに当然と言ってもいい事項だ。
しかし、俺の結論は――当然断る!
「いや、もしさっきみたいに長射程攻撃持ちの魔物とかがいるなら早いうちに距離を詰めておきたい。その方がスウォメルのことも守りやすいからな」
「はうっ!?」
「……はう?」
それっぽい理屈を並び立てて、説得を試みた所、脇腹みたいに弱いところをつつかれた人のような反応を見せるスウォメル。
面白い返事だなぁ。
「な、何でもないわ。ええ、分かった。私もすぐに追いつくから、走って行っていいわよ」
「本当か! じゃあ、ちょっと行ってくる!」
スウォメルの許可を取り付けた俺は直前のスウォメルのおかしな反応などすっかり忘れて、音のした方へ一目散に駆け出した。
「……やっぱり私のことを守ってくれて……ふ、ふふっ」
そのため、背後でその美人な顔がどこか危うげに歪むことに気付くこともないのだった。
◇◇◇
走る、走る。
ひたすらに続く一本道を脇目も振らずに駆け抜ける。
先に俺の感覚が捉えた気配はどんどんと濃いものに変わっている。
しかし……なんだ?
スリルはスリルなんだろうが……高揚感以上に何か嫌なものを感じる。
何故なんだろうか? おかしい。
ただ、ここまで飛び出してきてしまった以上、引き返す選択肢はない。
「――いやぁ!」
「!」
今のは間違いなく人の声だ。
いや、もしかしたら人の声で他人をおびき寄せて殺そうとして来る魔物かもしれない。
もし仮に本物の人だったとしても、声の感じからピンチであることに間違いはなさそうだ。
と言うことは……!
スリルだ。
特大のスリルの予感がするっ!!!
より一層足を速めれば、自身が風を切って行く音がしてくるような気がする。
そうして数秒もしないうちに俺は開けた空間へ飛び出した。
そこに待ち構えるは……スウォメルも戦っていた奈落の番人と呼ばれるゴーレム。
ただ、まだ起動しているようには見えない。
「……なんだ?」
不思議に思って辺りを見回したその時だった。
横以上に深い闇しか見えていなかった奈落の上部から微かな光が差し込んで来ている。
「光? ……それにあれは?」
そんな光につられて上の方へ目を向けてみれば――
「――っ!」
反射的にその光の真下へと駆け寄り、跳び上がる。
俺が見つけたのは、まさに今、この瞬間に奈落へと落とされたであろう少女だった。
「――グッゥ!」
遥か上空から落ちてくる少女はいくら少女とは言え、かなりの衝撃で、飛び上がったせいもあって、足へかなりの負担がかかる。
衝撃に続き、鈍い痺れが足から伝う。
「――ぇ?」
腕の中の少女は状況に戸惑っているようで、何が起きたか分かり切っていなさそうな表情でこちらを見上げていた。
だが、話はまだ終わらない。
ここでようやく俺のスリルセンサーが感度を最大に、警鐘を鳴らし始める。
そんな警鐘を受けて俺は――
「ケヒッ」
滲み出る笑いを抑えることが出来なかった。
後ろ手に迫る強い殺意。
振り向けば、いつの間にか起動状態の奈落の番人が、あの時のようにこちらへ拳を振り下ろさんとしていた。
対象は俺ではなく、恐らくこの少女だ。
ただ、申し訳ないが、この
「掴まってられるか?」
腕の中の少女に向けて声を掛ければ、よくわからないながらに必死に頷いてくる。
……では、今回は重り付き戦闘と洒落込みましょうか!
俺の首へ手を回した少女から片手を離し抜刀。
先の着地の衝撃が残ったままの足で奈落の番人の拳を受け止める。
さらに重たい衝撃が全身を駆け巡るが、この状況のスリルによってハイになっている今の俺からしてみれば大した問題ではなかった。
少女の身体をしっかりと抱きしめて、落とさないようにしながら大きく跳び上がる。
少し高い視線から確認してみて一つ気が付いた。
この奈落の番人、さっき戦ったやつと色が違う。
全体的に黒っぽい印象なことに変わりはないが、若干赤み掛かっているような、そんな気がする。
「さて、お前はさっきのやつとどんな違いがあるんだ?」
俺と少女分の体重を乗せた一刀を振り下ろしながら呟く。
すると……予想以上にあっさりと刃が通ってしまった。
「……は?」
まるでハサミで紙を切ったかのように、大した衝撃もなく俺の剣は奈落の番人を両断した。
「どういうことだ?」
異常な事態に俺は両断した奈落の番人を見ながら立ち尽くす。
最初の一撃を受けたときは、しっかりと重たい一撃だったはずだ。
だと言うのに、今は円柱を重ねたようなゴーレムの断面がしっかり見えてしまっている……。
拍子抜けもいいところだ。
俺はこんな奴にスリルを感じていたのか?
そう思うと途端に虚無感に襲われてくる。
せっかくスウォメルを置いて飛び出して来て、恐らくたった今奈落に落とされてきたのであろう少女を受け止め、足にかなりの負担を掛けた中、満を持して始まった最高のスリルある戦闘だと思ったのに。
こんなにあっさり終わるとなると……。
と、俺が一人考えていれば、腕の中で少女が呟いた。
「……な、なに?」
その声はどこか怯えや恐怖を孕んでいるようで、番人を倒した後とは思えない声音に聞こえる。
「……くっつこうとしてる?」
だが、そんな声音は恐怖や怯えと言った感情から理解できないと言ったものへと変わった。
咄嗟に俺も彼女の視線の先へと目を向けてみれば、そこでは確かに先ほど両断したばかりの奈落の番人が再び、一つに戻ろうとまるでスライムのように蠢いていた。
「……クハッ! なるほど、そう言うギミックか!」
一瞬、その見た目の悪さに意識を持って行かれそうになったが、次の瞬間には理解した。
コイツは核かなんかを壊さないと無限に再生するタイプの奈落の番人なんだ、と。
足元でも蠢いていた奈落の番人の欠片から離れるように飛び退き、もう一度『狂剣士の執念』を握りなおすとしっかりと観察する。
ものの数秒ほどで再生してみせた奈落の番人だが、その形は先ほどのように完全な円柱の重なったゴーレムの姿と言うよりは、さらに自然的な岩石の重なったゴーレムのようになっている。
突然、奈落の番人の目に当たるであろう部分が妖し気に光った。
「ひゃっ!」
少女はそれに驚き、ギュッときつく俺へ抱き着く。
「いいだろう。第二ラウンドと行こうじゃねぇか!」
一方で俺の闘志には完全に火が戻っていた。
◇◇◇
「……死ぬ」
咄嗟に逃げ込んだ先の見えない穴に落ちたとき、私はそう思った。
少し身を隠せればいい、そんな認識で、ここがこんなに深いところだとは思っていなかった。
視界の先には延々と続く闇、いつまでも続くような落下の感覚。
最悪な人生にはお似合いの最後かもしれないと半ば諦めかけていた。
けど、どうやら天運は私を見捨てた訳ではなかったらしい。
落下中の私に向かって、何かがすごい速度で接近してきたかと思えば、それは驚くほどやさしく私の身体を抱き留めるとそのまま一緒に落下をしていき、あろうことか着地をして見せた。
私は訳が分からなくて、そんな人の顔を見つめたまま声にならない音を上げていた。
「――ぇ?」
しかし、私を受け止めてくれた彼はそんな私を安心させるようにこちらを向いて笑いかけてくれた。
赤い髪に何かに燃えるような瞳。
そして私を抱き留めたままの手から伝わる彼の体温が何より心地よかった。
だが、残念なことにやっぱり私は不運なようで、見たこともないほどに巨大な岩の巨人が今にも振り下ろさんと拳を掲げていた。
でも、彼は尚も笑顔のままで――
「掴まってられるか?」
私にそう聞いてきた。
その一言で私はもう、全てがどうでもよくなってしまった。
この人は私を、急に空から降ってきたような見ず知らずの女を助けてくれようとしているんだと理解させられてしまったから。
私がただコクコクと頷けば、彼はまるで私を抱いている重さなど全く気にならないとでも言うように大きく跳び上がり、鋭い一閃で岩の巨人を斬りつけた。
すると、まるで紙でも切ったかのように音もなく刃が通って行き、あっという間に岩の巨人を両断してしまった。
しかし……彼は神妙な面持ちで剣を下げずに立ち尽くしていた。
まるで、まだ戦いは終わっていないとでも言うかのように。
そして、そんな彼の予感はピタリと的中し、
「ひゃっ!」
私が情けない声で悲鳴を上げてしまうような気味の悪い動きで岩の巨人は再生して行っていた。
だが、彼は再び私を安心させるように笑みを浮かべると……
「いいだろう! 第二ラウンドと行こうじゃねぇか!」
私をしっかりと抱きしめたまま、岩の巨人に目掛けて突っ込んでいった。
まるで飛んでいるかのようなスピードで肌で風を切る感覚と言う物を私は初めて味わった。
その時、私はいつの間にか、自分の中から諦めや絶望の感情が消えていることを悟った。
一時は死すら覚悟して……いや、生を諦めていたと言うのに。
今の私はこの安心出来る熱の中で、状況を楽しんでいる。
楽しんでしまっていた。
彼の声が空虚な闇に木霊する。
「……そこか! 穿岩刃」
その一刀は切るのではなく貫くような一撃だった。
片手に持った剣を岩の巨人へ彼が突き立てれば……その剣は確かに何かを捉えたような音を立てる。
すると……目の前の岩の巨人が今度は身体の端から塵になって行った。
「ふぅ……ああいう魔物もいるのか。おっと、そう言えば、キミは大丈夫?」
そんな岩の巨人のなれの果てを見ていれば、彼が私を立たせ、そう言う。
「……うん。ありがと。……その、名前」
「ん? 名前か? 俺はトウジだ」
「……トージ」
トージ、トージ……私を助けてくれた人の名前。
私は彼の名前を自身の最も奥深くに刻み込むように、何度も何度も反芻した。
「……私は、ウルル。トージ、ありがと」
そして、本能の求めるがままに、全身で感謝を伝えるために、もう一度トージの首に思いっきり抱き着いた。