スリルジャンキーな狂剣士、ギリギリの戦いを楽しんでいるだけなのに何故かヒロインたちをどんどん病ませてしまう 作:嵐山田
「……トージ。いい匂い」
先に戦った奈落の番人とは違い、核を持ったタイプの奈落の番人を倒した後で、スリルのために抱いたまま戦わせてもらった少女に、俺は今、何故か抱き着かれていた。
「えーっと、う、ウルル? だったか?」
「……うん。ウルルはウルル」
……何というか独特な雰囲気の子だ。
今になって気が付いたが、この子は普通の人間じゃなさそうだ。
頭の上からぴょこんと可愛い耳が見えている。
いわゆるケモ耳ってやつだ。
「そっか。じゃあ、ウルル一旦離れ――」
その時だった。
「トウジ早すぎ、って……は???」
スリル特有のひりついた感覚……ではない。
もっと、ドロドロと纏わりついて逃れられなくなるかのような、そう、これは言うならば……恐怖っ!?
久しく忘れていた感情に身体を固くしながら振り返れば、そこにいたのは――。
「そいつ……なに? ねぇ、教えて? トウジ?」
あの大きすぎる大槌を片手にハイライトのない瞳でこちらを見るスウォメル。
灯りに乏しいこの奈落でも、彼女の瞳に宿る黒は存在感を示していた。
「あ、ああ。この子はウルルって言って、さっき奈落に落ちて来たところを助けたんだ」
余計な口を挟んではならないと、簡潔に分かりやすく伝える。
するとスウォメルは「落ちてきたところ」と言う部分に少し同情を覚えたのか、威圧的な態度をほんの少しだけ弱めた。
しかし、ここにいるのは彼女と俺だけではない。
当然、ウルルの方にも説明は必要なわけで……。
「……トージ、あの女、危ない」
ガルルと小さな犬歯をむき出しにして、相変わらず俺の首には抱き着いたままスウォメルに威嚇をしているウルル。
「い、いや、危なくないぞ? スウォメルは俺を治療してくれた優秀な回復魔法の使い手なんだ」
なぜだろうか?
鋭い歯が首元に迫っているこの状況。
いつもの俺ならそのスリルに果てしない興奮を覚えていそうなものなのだが、背中を流れる嫌な汗だけが増えていく。
「……回復、治療……そう」
かなり警戒心をむき出しにしていたウルルもスウォメルの魔法の話を聞いて、その警戒心を少しだけ緩めてくれたみたいだ。
「トウジ、これ、ドロップじゃない? 落ちてたわよ」
しばらく無言でお互いのことを見合っていた二人だが、それ以上は何か話し合うこともなくスウォメルが大槌をしまって先ほど倒した奈落の番人のドロップを拾って来てくれた。
「お、今回の番人からはドロップしたか。さんきゅ」
スウォメルから渡されたのは小さな鍵のような物だった。
なぜか渡されるときに手をギュッと握られたが、きっと落とさないように配慮してくれたのだろう。暗いからな。
そして、その小さな鍵に目を向ければ、お節介コンソールが自動で開かれ詳細を表示してくれる。
『帰還の鍵』
深淵奈落より脱出するために必要な紅い鍵。
この鍵が何で出来ているかは誰にも分からない。
所持者の精神攻撃への抵抗を高める。
「へぇ……どうやらこれが脱出に必要な鍵みたいだぞ?」
俺はコンソールに表示されたスリルもひったくれもない愚直なまでに分かりやすい説明文に若干テンションを下げながら伝えた。
それと、なんでこんなアイテムにも精神攻撃耐性が付いてるんだよ。
「えぇっ!? 凄いじゃない! やったわねトウジ!」
「……ん、よくわからないけど良かった。トージ」
しかし二人は俺の顔を見ていないのか、嬉しそうにしてくれている。
まあ、スウォメルはもともと奈落から出たそうにしていたし、ウルルだってこんな場所にずっと居たいと思うような奇特な少女ではないだろう。
俺としてはこのままここで死ぬまでハクスラ生活でも良いんだが……。
スウォメルには一緒に出ようとか勢いとノリで言っちゃったしな。
「ま、鍵が見つかっても出口がなければ意味ないけど、少し脱出に向けて前進できたな」
ここは二人に話を合わせておくとしよう。
◇◇◇
「それで、ウルル……だったわね。あなたはどうして奈落に? ……言いたくなければ、言わなくていいけど」
ウルルが落ちて来た部屋の壁際に固まり、腰を下ろすとスウォメルがウルルに声を掛ける。
相変わらず言葉の節々に刺々しさは感じるものの全てではなく、その言葉には一応の配慮が付け加えられていた。
「……ん。ウルルの魔法、呪いだから」
ウルルはウルルでマイペースを崩さない。
表情は少しムッとしているようだが、先ほどのように警戒心をむき出しにしているということはない。
「呪い? 呪法や弱体化魔法のことかしら?」
「……呪法、違う。でも、ウルルの魔法、狙えない」
呪法ではなく弱体化魔法……つまりはデバッファー的な職業って訳か。
ただ、狙えないってのはどういうことだ?
「……ウルルの魔法、皆巻き込む。だから、捨てられた」
そんな俺の内心に応えるようにウルルが続けた。
なるほど?
フレンドリーファイアありの広域魔法ってところか?
それは確かに……自分からしても味方からしても呪いになってもおかしくはないか。
ただ――
「最高の魔法じゃないかウルル!」
俺からしてみれば、棚から
「えっ?」
俺の答えが予想外だったのか、いつもの一拍置いた話し方も忘れて、こちらの顔を凝視して固まるウルル。
「……トージ、嘘、言わなくていい。でも、気持ちは嬉し――」
「いや、間違いなく最高の魔法だウルル! その魔法、守備能力を下げたりは出来るのか?」
俺の言葉を気休めと思ったのか、顔や体系から見て取れる年齢からはかけ離れたような儚げな表情を浮かべるウルル。
俺はその肩をしっかりと掴み、彼女の魔法の有用性を説く。
「……守備能力は、わからないけど、攻撃の通りは、良くできる」
「だろ? ってことは、だ。一撃の価値がおのずと高くなるし、俺は攻撃を受けるスタイルじゃなくて躱すスタイルだから守備力の低下は気にならない。な? 最高の魔法だろ?」
それにスリルも段違いだしな。
攻撃力ダウンでつまらない戦闘が長続きってのは勘弁願いたいところだが、敵味方の守備力を低下させるってんなら最高だ。
「トウジ、それはあまりに危険よ。ただでさえ、あなたの戦い方は……」
興奮する俺を諫めるようにスウォメルが口を挟んでくる。
だが……
「もしもの時はスウォメルが治してくれるだろ? 頼りにしてる」
「はうっ!?」
この短い間だが、スウォメルと関わって分かったことがある。
彼女は思い込みが激しいだけではなく、チョロい。
それもかなり。
「ま、任せて! もう! あんまり危ないことはしないでよ!」
「ああ、もちろん」
俺だって自殺志願者って訳じゃない。
それに死んだらスリルを味わえないからな。
死ぬような真似をするつもりはない。
ただ、追及できるスリルをとことん追求したいだけだ。
「ケヒッ」
「うふふっ」
「………………」
気味の悪い笑みを浮かべる男と身体をくねくねとよじり危険な笑みを浮かべている二人の男女を見てウルルは何とも言えない感情を抱いていた。
◇◇◇
時はしばらく経ち、一度休もうということになり目を閉じた後で、何やら頭上がうるさくて目が覚めてしまった。
「……それでね、トウジは奈落の番人に殺されそうになった私を庇ってくれて――」
「……ウルルは落ちてるところを、抱き留めてもらった。その後もウルルを抱いたまま戦って――」
どうやら、俺と出会った時の話をし合っているようだ。
うん、とても気まずい。
「あの時のトウジは本当に英雄や勇者様みたいで――」
「……トージは、ウルルの神様」
……英雄、勇者、神様。
なんだか俺は彼女たちの中でかなり大きな存在になってしまっているのかもしれない。
違うんだ、俺はただのスリルジャンキーな一般人なんだよ。
……あー、やめやめ。
現実に戻ると面倒で思い出したくないことが蘇ってくる気がする。
盗み聞きは良くないし、もう一回寝よう。
うん、それが良い。
こうして、俺は早く眠りなおせるように努めたのだった。
「ウルル、あなたこれからどうするつもり?」
トウジが再び眠りについてもなお、少女たちの会話は終わらなかった。
「……ウルルはトージについてく。スウォメルは?」
スウォメルはトウジの左手を握り締め、ウルルは右手を胸に抱いている。
「私はトウジとここを一緒に出ようって約束をしているから。当然トウジと一緒に行くわ」
余裕に溢れる視線でウルルを見下ろすスウォメルとムッとした表情で睨み返すウルル。
「……でも、トージ、ウルルの魔法、最高って言ってくれた」
「……っ! わ、私だって頼りにしてるって言ってもらったわ!」
ぐっすりと眠るトウジを挟んで、二人の少女たちはバチバチと火花を散らせる。
「……ウルル、トージと抱きしめ合った」
「私は膝枕もしたし、手も繋いだわ!」
一度始まってしまったマウント合戦は両者退くことなく平行線を辿る。
そして、そんな争いの行方は……。
「……トージと手をつないだ」
「なっ!?」
眠っているトウジの身体を使ってのマウント合戦へと発展していく。
「わ、私だって!」
指を重ねて手をつないで見せつけたウルルに反抗し、スウォメルは眠っているトウジに覆いかぶさった。
「私だって、トウジと抱きしめ合ったわ!」
そして掴んでいた腕を自分の腰へ回させて、ウルルに勝利宣言をして見せる。
「……むぅ、トージのこと、起こしたら悪いと思って、やらなかったのに」
スウォメルを恨めし気に睨むと、ウルルは繋いでいた右手を一度解き、小さい身体を上手く利用してトウジの傍らで丸くなると、その手を自分の首へ回させる。
「……ウルルはトージの腕の中で寝る」
「――っ!」
両者一歩も譲らない攻防は……
「……」
「……」
「「……すぅ」」
どちらともなく発せられた穏やかな寝息で終戦となった。
いや、もしかするとこれはただの停戦かもしれないが……少なくとも現在の彼女たちは満足そうにしている。
ただ、渦中の人物となったトウジだけは、ひたすらに寝苦しそうにしているのであった。