「ふむ……」
マルクトが一人、家の中で家計簿の記録を付けていた。
キムラヌートはいつものように仕事に出かけており、いつもはアイン達3人の姦しい声が聞こえる筈が聞こえない、今日は3人でゲヘナに出かけており、万魔殿でオウルがイブキの紹介と同時に4人で遊ぶようだ。
「………」
マルクトはチラリと時計を見る、今はちょうど正午を迎えた時間だ。
くぅ〜…とお腹が鳴った、ような気がした。空腹によってお腹が鳴るようなことはないが、中身が空になったような感覚は残る。
「誰も居ないですし、我も何か食べますか」
そしてこの前、キムラヌートと2人でいる時こんな会話があった。
『そういえば、マルクトは写真以外何か自分の楽しみはあるか?』
『我は妹達と一緒にいれば大丈夫ですが…』
『うーん確かにいつも一緒だけど、たまには一人プライベートで何かやったりとかあるだろ?』
『プライベート…』
マルクトは左右に頭を動かして考えるが特に思いつかなかった。
『…うん、無理にとは言わない。家に誰も居ない日とか出来たら、何か見つければいいんじゃないか?』
その日はその会話が終わった後2人で眠りについた。
そんな会話を思い出し、マルクトは今この状況こそ何かするチャンスだと思った。
「……あぁ、そうですね。誰もいませんし、一人でここに行くのも悪くないかもしれないです」
本来なら自炊でどうにかするが、以外にもマルクト自身のポケットマネーは貯まっている。ここは1つ何か食べに行こうとマルクトは決めた。
何故、マルクトのお金が貯まっているのか。それはマルクト自身日常を過ごしている時に治安が悪いキヴォトスの事件のひとつやふたつをマルクトが解決し、褒賞として幾らか貰っていたのである。
この前は、寿司の格好をした戦隊に烏賊と間違われ、マルクトはその寿司の戦隊を完膚なきまでに叩き潰してワルキューレに差し出したのだった。
その時にアロハシャツを着たいつも自分の対応をするワルキューレの警官が「またご贔屓に〜♪」といい笑顔で対応するのもマルクトにとってワルキューレと関わる時のいつもの光景だ。
勿論、幾らかは生活費の足しにしてある。
マルクトはすぐに支度を終えるとデカグラマトンからコーヒーを一杯貰う。
『珍しいな、一人か』
「はい、少し出かけてきます」
『…あの子らが帰ってくるまでに、帰ってくるのだぞ』
「大丈夫です、では行ってきます」
ちびちびとコーヒーを飲んでいたマルクトは一気にコーヒーを口に含む。苦いが嫌いではない味を堪能すると一気に飛んで行った。
『………変わっていくものだな、私も…』
しみじみと呟くデカグラマトンに近所の奥様が利用しに来た。
『ごきげんよう』
「今日もお願いね?ココ最近暑かったり寒かったり気温が激しいからね?」
『今日は…温めにしておこう』
空は少し、雲が多めになっていた。
空を切って勢いよく飛ぶマルクトは、目的地に近づくと一気に高度を下げる。
道の真ん中に無事着陸したマルクトは周りを見渡す。
ここはどうやら玄武商会が取り仕切ってる市場…の隣に接してある料理を主にした繁華街のようだ。
「……知らない物でいっぱいです」
マルクトが周りを見渡し、店に目移りする。中には普段家で作らない知らない料理も混じっていた。
もしオウルがいたのなら、目を輝かせ涎を垂らしながら片っ端から食べに行っていただろうと思うと笑いが込み上げる。
「オウルみたいな考えで行ってみた方がいいかもしれません」
マルクトは足早にかけると看板のメニューを流し見しながら吟味する。
(春巻き…餃子……美味しそうです。麻婆豆腐…は昨日食べましたね)
2周程店を周り、マルクトは良さげな店を見つけ扉を開けた。
「ん?いらっしゃい!」
「どうも」
大きな獣耳の少女が調理をしており、元気な笑顔で挨拶をする。マルクトも少し会釈をしながら席に着いた。
「〜♪」
「…機嫌が良いですね、何かありましたか?」
「あぁ、ゴメンね聞こえちゃった?実は今日久しぶりに先生が食事をしに来てくれるんだ〜」
(先生……!?)
少女は鼻歌まじりに料理をし、マルクトは話を聞いて身体を強ばらせる。
自分達兄妹は鋼鉄大陸から先生と休戦する形で別れた。その時兄は自分達の考えを尊重し、和解の道を取らなかった。
もし準備が万全に整ったら兄はまた再び自分達の為に鋼鉄大陸を作り上げ妹達とのかつての野望を再興するだろう。
だが、人間と同じ生活をしているうちに、マルクト自身このままでもいいんじゃないかという考えが浮かんできた。
そして、マルクトが生活する上で鋼鉄大陸の出来事が喉に小骨が引っかかったような思いが強くなっていった。
「なんか難しい顔してるね?どうしたの?」
「いえ…なんでもありません…」
「んー、私はあなたについて何も知らないけど、ご飯を食べてる間はそんな顔しないで美味しく食べた方が良いよ」
少女はそういうとマルクトの前に炒飯を出す。
「はい、今はそんな事忘れていっぱい食べてね」
「わかりました…いただきます」
マルクトは手を合わせて炒飯を食す。様々な具材と一緒に炒められたご飯がパラパラになっており水っぽくない。
(これは…我や兄さまが作るような料理ではない)
キムラヌートやマルクトが作る物は所々粗が出来るが、ここの料理は一回り二回りも作りが違うと理解したマルクトは次に来る料理はどんな物がくるのか生唾を飲み込んだ。
そして、この思いを自分だけが口にしてしまう背徳感も覚えた。
「はい!小籠包に焼売!」
(…今度、兄さま達と一緒に来よう)
そう誓ったマルクトは次の料理を出されてその料理に舌鼓を打った。
マルクトが一人食事を続けていると、お店にまた1人お客がやってきた。
「"ルミ、来たよ"」
「あ!先生!」
「!?」
突然先生の名前と共に隣に座ったのが、本当にあの先生だったのでマルクトは珍しく喉を詰まらせてしまった。
「あぁ、お客さん大丈夫?すぐ水持ってくるからね」
先程から対応してくれた少女、ルミと呼ばれたその人は早足で厨房に走っていく。
「"だ、大丈夫?"」
「だ、大丈夫です…」
隣から先生が声をかけるが、マルクトは先生に自分の正体がバレないかヒヤヒヤしていた。
顔を逸らしながら、少し行儀が悪いが今日被っていた帽子を被り直して無言になる。
「お待たせ〜!……って、どうしたの?」
「い、いえ…」
「じゃあ、先生。腕によりをかけて作るから!沢山食べてってよ!」
「"うん、そうさせてもらうよ"」
ルミが笑顔で厨房に入っていく。先生はルミの方に視線を向けてコチラを向いていない。
マルクトは水を受け取り飲む。もうちょっと堪能していたかったが、先生が居る中ではリスクが高い。
お代を置いてそそくさと出ていこうとした。
「"…久しぶりだね、マルクト"」
「!!??」
先生に突然声をかけられたマルクトはぴょんと跳ねた。
「い、いえ…人違いでは…」
「"私は人の顔を忘れたりなんてしない。それが生徒なら尚更ね"」
ささやかな抵抗をしてみたが、それも無駄に終わった。マルクトは席に戻り、帽子を取って先生と相対する。
「…お久しぶりですね、何故わかったのですか?」
「"うん、久しぶり。入ってすぐにマルクトだってわかったよ"」
久しぶりに見る先生の表情、とても穏やかでまるで自分達と対立していたなんて感じない。
「"私はあの日から、君たちがどこへ行ったのか、何をしていたのか気が気じゃなかった。あの場にいた皆もそうだよ"」
「……ご迷惑をおかけしました」
誰かに迷惑をかけた。その事に対して謝る。社会に馴染んでからしっかりとした知識で学んだ誰かに迷惑をかけたら謝罪する行為。
その自然な動作に先生は目を丸くする。
「…どうかしましたか?」
「"…いいや、前の君達ならもうちょっと話す暇もない位だったんだけど…今は相手についても考えている。成長したね"」
「…はい」
「"普段、何してるのかな?あの子たちも元気にしてる?"」
「はい、アインもソフもオウルも…兄さまも皆元気です。皆で住んでます」
「"そうか…良かった"」
その後、先生は我が身のように自分の話を聞き入ってくれた。
途中、料理を持ってきてくれたルミも会話に入り、予定よりも長くその場に留まってしまった。
「あっ……」
「"どうしたの?"」
「いえ、そろそろ妹達が帰ってくる時間ですので、我はそろそろ…」
「わかったよ!また来てね!今度はそのお兄ちゃんと妹達を連れてね!」
ルミは手を振ってからまた厨房に入っていく。他にも来ている客がいるのに自分達の為に来てくれていたのには感謝しかない。
「"あっ!ちょっと待ってて!"」
先生がそういうとカバンの中を探る。取り出したのは大きめの封筒だった。
「…これは?」
「"さっきの話を聞いている限り、今の生活に満足しているようだけど、一応渡しておこうと思って"」
封筒を受け取り中身を見ると、そこには編入届が5枚入っていた。
「"もし、興味とかあるならシャーレに来てね。色々と手続きをしてあげるよ"」
「……分かりました」
それから先生とも別れた後、家に帰ったマルクトはすぐに夜の準備をした。
「「「ただいま帰りましたー!」」」
夕暮れ時になると3人が帰って来ていた。砂だらけだったので外で遊んでいたのだろう。
「おかえりなさい、アイン、ソフ、オウル」
「ん?」
オウルがマルクトの周りを囲うように歩く。たまにスンスンと嗅ぐ音が聞こえた。
ジト目をしたオウルがマルクトを見る。
「…お姉さま、いつもと違う匂いがします…どこか行きましたか?」
ギクッ!とマルクトが固まり、振り返るとアインとソフがじっ…とマルクトを見つめる。
「……………今度新しい所に行こうと考えてた所の下見です」
マルクトは誤魔化した。少なくとも、食に関して並々ならない執着を持つオウルに知られれば駄々をこねられてしまうからだ。
「早くお風呂に入りましょう?いつまでもその格好はめっ!ですよ?」
「……何か誤魔化されたような気がしますが、わかりました!」
オウルはニコニコとアイン達と一緒に風呂に入る。マルクトは冷や汗をかきながら準備を進めた。
その日の夜、マルクトは珍しく夜中まで起きていた。
理由は今日、先生から貰った封筒の中身について話し合おうと思っていたからである。
いつもの時間になり、ドアが開けられる………………ようなことは無かった。
時間が過ぎ、30分、1時間と夜は更けていく。マルクトは何故だか知らぬ不安を感じていた。
「お兄さま………」
3角座りで縮こまっていると、突然家の電話が鳴った。
こんな時間に鳴るなんて珍しい、そう思いながらマルクトは受話器を取る。
「はい……」
『……もしもし、こちらキムラヌートの家で合っているだろうか』
「…どなたですか?」
『私の名前は錠前サオリ。キムラヌートの職場の上司だと思ってくれればいい』
「………でしたら、ちょうど良かったです。お兄さま、キムラヌートがまだ家に帰って来ていないんです。どこに行ったか知りませんか?」
マルクトがそう言うと電話の向こうで言葉に詰まるような息を呑む音が聞こえた。
『……どうか落ち着いてくれ。キムラヌートは
先 程 病 院 に 運 ば れ た 』
サオリのその言葉に、マルクトは頭の中が真っ白になり、受話器を落としてしまった。
『…おい、大丈夫か?聞こえているか?』
受話器から声が聞こえるがマルクトは頭を抱えて息が荒くなる。
「ハァッ…ハァッ…」
「……お姉さま?」
こっちの騒ぎを聞いたのか、ソフが起きて来る。
「お姉さまどうしたの?」
「ハアッ…ハァッ…ソフ…」
「お、お姉…さま?」
「お、お兄…さまが…キムラヌート……お兄さまが……!!」
そこから先の記憶は、マルクトは覚えていない。ただ心が落ち着くまで無心で作業をしていたのだろう。
そして次にマルクトが覚えている光景は、妹達と共に病院へ向かっている時だった。
キムラヌートの身に何があったのか…次回で書こうかなって。
それから次の章に移ります。
というか、このシチュになったら曇らせというのだろうか(いつもの創作ラインの線引き)