その日は、アインにとっては忘れられない日だった。
「んぅ……」
アインの朝は、お世辞にも早いとは言えない。
時刻は8時に差し掛かるくらいにアインは目が覚めた。いつもだったら兄は既に仕事に出ており、壁越しには姉が朝の料理を作っていたり、何か他の作業を行っている。
だが、その日は静かだった。
まず、人の気配が少ない。
自分と、左隣で涎を垂らして寝てるオウルしかいない。
兄がいないのはいつもの事だが、姉もいないといつも少し騒々しい朝も不気味と静かだった。
更に、ソフもいない。
アインの右隣でいつものように抱きついてきていたソフがいない。
昨日は、泊まったから居ないのはわかっていた。だが、二日連続でいないとどこに行ってしまったのかとても不安だ。
それだけで、異常事態だということがはっきりした。いや、これがこれからの日常になるのは目覚めてからあまり回転しない頭で何となく理解できた。
「…っ」
「ふはぁ〜〜……」
オウルも目が覚め、涎を袖で拭うとやけに静かな我が家にオウル自身も静かになった。
「オウル……」
「アイン、ソフは?」
「わかりません……起きたらもういなかったです…」
「お姉さまも……」
「多分……お兄さまのように働きに…」
「「……」」
ふたりでいつもの食卓覗くとそこにはおかずがラップをかけて置いてあった。隣には小さな置き手紙も置いてある。
『アイン、ソフ、オウル。我は兄様の代わりにならなければなりません。遅くならないうちに帰ります』
「……っ」
「アイン…食べよ?」
アインは悲しみに顔を歪め、オウルはそんなアインを引っ張って食卓に着かせる。
いつも賑やかだった時間が、2人もいないだけでこんなにも寂しい時間になる。
アインは思わず口に出した。
「今日は……お姉さまが帰ってくるまで出掛けます」
「……私もそうしようと思ってました」
オウルは否定する訳ではなく肯定した。それだけオウルも同じ気持ちなんだろうとアインは思った。
それはそうだ、自分はもう…こんな寂しい場所には居たくない。
大好きな家が、今は誰もいない牢獄のような気がして…
ふたりでせっせと食べ終わった食器を水に着けて急いで出かける準備をして家を飛び出す。
今は、この不幸な出来事から少し目を背けたかった。
「アイン、どこに行きます?」
「…………」
出かけると言っても、特に用もなく家を飛び出したのだ。アイン自身どこかに行きたい訳ではない。
ただ、やはり今の状況から逃げたいだけだ。
オウルは答えが帰ってこないアインにため息をつくと、アインとは別の道へ進もうとした。
「オ、オウル…どこに行くんです…?」
「お兄さまのお見舞い。アインは?」
「………ッ!」
アインは、病室のキムラヌートの姿を思い出す。あの姿はすっかりアインにとってはトラウマとなり、身体を強ばらせて立ち止まってしまった。
「……アイン」
「だ、大丈夫ですオウル…ただ、ちょっと…えへへ……」
「アイン………」
「だ、だからオウル…お願いします…」
アインの姿を見てオウルは意を決して言い放った。
「アイン、やっぱり家に戻りましょう?」
「……へ?」
オウルはアインの手を掴み、引っ張って元きた道へ帰ろうとする。
「今のアインははっきり言って不安定です、ソフもいない、お姉さまもいない、お兄さまは動_______」
「言わないでっ!」
アインはそんなオウルの手を拒絶と共に振り払った。
アインから手を振り払われ、呆然とするオウル。
「お兄さまが動かないなんて、そんな事言わないでください…っ!お、お兄さまはちょっと無茶しちゃっただけで…もうすぐ……」
「いつ、目覚めるんです?」
「…………っ」
「お兄さまが明日、もしくは明後日。いつか目覚めるとわかってるなら、喜んで耐えられます。でも、いつまであの状態か、私たちには分からない」
オウルの言葉にアインは耳を塞いで蹲る。オウルはアインを無理やり掴んで、立たせるためにアインと取っ組み合いになった。
「アイン!いい加減認めてください!私たちはいつまでも、こんなんじゃお姉さまにも_______」
「お兄さまは絶対いつものように目を覚ましますもん!オウルのバカ!!」
アインがオウルを逆に押し倒す、オウルは地面に倒れ込み、よろよろと立ち上がった。顔はわかりやすく怒りに歪んでいた。
「もういいです!そんなに認めたくないなら、二度とお兄さまに合わなければいいです!アインのバカ!!」
オウルはそう言うとアインを置いて走って行く。
「あっ………オ、オウル……!待って………!」
置いてかれたアインは急いでオウルを追いかけようとするが、足がもつれて転んでしまう。
オウルは見向きもせずにそのまま遠くに行ってしまう。
「待っ……待って……オウル!」
目に涙を溜めながらアインはオウルに手を伸ばす。
「1人にしないで……オウルぅ……」
そのまま力なく手を落とし、さめざめと泣いた。
アインは泣き疲れて道の隅で3角座りをしていた。目は虚ろで、動く気配はない。
「部品とは、自分の目で見て品質の善し悪しを見るに限りますね!」
「もうすぐ第二回アイドルイベント。今回は衣装も更に拘るしギミック盛り盛りで観客の心を掴むこと間違いなし」
そんなアインの前に、メガネをかけた少女と犬耳の少女が荷物を持って道を歩いていた。
そんなふたりがアインの前を通る。2人はチラリとアインを見たがやがて興味が無いのかそのまま通り過ぎ……
「ちょっと待ってください!?あなた、普通の人間ではありませんね!?」
メガネの少女が、凄い剣幕でアインに迫る。いつもであったらアインはワタワタと慌てていたが、アインはなんの反応もしない。
「あなたの尻尾、精巧に作られていながら、私たちも知らない技術が組み込まれている!?いや、あなた自身がそうなのでしょうか!?」
「ちょっとコトリ、落ち着いて」
犬耳の子がアインの前に屈む。
「君、大丈夫?」
ぺちぺちと頬を叩くが、アインは反応しない。
「うーん、反応なし、肌の質感は硬くない…寧ろ人に近い?」
「あっ!ヒビキずるいです!私も!」
メガネの子もアインの肌を撫でくりまわし、持ち上げ、尻尾の隅々まで観察を始めた。
「ゴム…とも違いますね…これは、やはり…」
「「部室に持って帰って、調べるしかない!」」
二人で担いで急いで部室へ走り出す。
その場に残ったのは、アインが流した涙だけ。
時期にその跡すらも、消えてなくなるだろう。
………
……
…
「アイン……どこ行ったんですか?アイン?」
少しして、オウルはアインがいた場所に戻ってきていた。
「アイン?冗談は面白くないですよ?隠れてるなら出てきてください?」
オウルが呼びかけても、アインは応えない。もう既にその場にはいないのだから
「アインーーーー!!どこ行ったんですかーー!!」
オウルは顔を真っ青にしてアインを探す。
「嘘……嘘嘘……き、きっと私の後を追ってすれ違いに…も、もしかしたら……!」
オウルはアインを探しに、来た道を戻った。
「おお、おかえ……なんだ?それは??」
「ウタハ先輩!道端に落ちてました!あまりにも珍しかったので持ってきちゃいました!」
「人…っぽいんだけどね、反応しないから、電源が入ってない可能性がある」
「ほう?少し見せてくれ」
ウタハと呼ばれた少女は机の上に置かれたアインを見る。
目は虚ろで涙を流しているが、ピクリとも動かない。
「ふむ、随分寂しそうな顔だな、それに年端もいかない子のような容姿。一体製作者はどんな気持ちで君を作ったんだろうね?」
手を身体に滑らせるように触る。すると微かにだがピクリと動いてるのが確認出来た。どうやら身体に触れると反応くらいには稼働してるようだ。
「君みたいな子は笑っていた方がいいのにね?こんな風に…」
アインのお腹をくすぐる程度に触る。するとアインがプルプルと震えているように見えた。
「ん?どうやら当たりのようだね?」
犬耳の子とメガネの子が顔を見合わせる。そうなるとやることは1つ。
反応する場所を、とことん刺激するだけだ。
3人は容赦のないくすぐり攻撃をアインに食らわせた。アインはプルプル震えていたが、やがて身を捩らせるくらいの反応を示した。
「おお!動き出した!どれもう少し……」
それでも辞めない3人にとうとうアインは声をあげて笑いだした。
「あひっ!あははははっ!!」
「ウタハ先輩!動きました!」
「先輩、これからどうする?」
「決まってるだろう?やり続けるんだ!」
「あひゃっ!あひゃひひひひひ!!!!な、なんっ!?や、やめぇっ!あははははっ!ひぃーーぅ!ひっひひひひ!!!」
アインは涙を流しながら笑い転げる。ただし、先程の悲しみの涙ではなく今度は笑いによる涙だが。
「さて、これくらいで充分だろう」
「あちゃあ…ちょっとこれはアウトではないですかね?」
机の上には服を着崩したアインの姿があった、身体が敏感になっており、少し触れるだけでビクンッ!と体を跳ねらせる。
完全に事後の姿だった。
「ひぅーーっ…ふぅーーーーっ……あ、あなた達…誰ですか?」
机の上から3人を見るアインが疑問を口にした。
「私達かい?私達はミレニアムのエンジニア部。私は部長の白石ウタハ」
「豊見コトリです!」
「猫塚ヒビキ」
「早速だけど、君…身体を少し見せてもらってもいいかい?」
「な?なんでですか?」
「まず、君のその尻尾。完全に機械でできているね?私達はそういうのに目がないんだ、ちょっと調べさせてもらう事は出来ないかい?」
「だ、ダメです!」
「今ならBluetooth機能付けるよ?」
「ダメです!!」
「では、あなたがどこ製なのか、どんな機能が詰め込まれてるのか!そういう細かい部分を教えて貰うくらいなら!!」
「絶対絶対ダメです!!」
アインは自分の尻尾を抱き部屋の隅にとてとてと逃げる。
エンジニア部はジリジリとアインに詰め寄っていた。完全に不審者のそれである。
「お願いだよ?この通り!大丈夫、ちょっと脱いでもらうだけだから!痛いことなんてしないから!ね?」
「ひぃん!!そう言うのを不審者ってお兄さまから習ったんです!あっち行って下さい!」
「お兄さま?君の他に似たような方達がいるのかい?是非紹介して欲しいな?」
「ダメです!だってお兄さまは………お兄さまは……」
アインは徐々に表情を暗くした。乗り気だったエンジニア部は何があったのか分からず不思議そうに顔を見合わせる。
「……ふむ、訳ありのようだね」
「…………」
「何があったのかは無理に聞かないよ。怖い思いをさせてしまってすまなかったね?」
アインの頭を撫でようとするが、怖がられてるのか頭を抑えて縮こまられる。
「コトリ、彼女を元の場所に連れて行ってあげてくれ」
「わかりました!」
コトリが手招きをする、アインは尻尾を抱いたままゆっくりとコトリの後をついて行く。
手を繋いで、一緒に出ていこうとするが、アインはある物を目にしてしまう。
小型の機械式電卓である。
「ん?あぁ、電卓ですか?一応私のなんですけど、初めて見ますか?」
コトリが電卓を手渡してくる。アインはじっ……と電卓を見つめ、次に棚にある工具、そしてゴミ箱とゴミ袋に捨てられたもう使われなさそうなパーツの数々を見つけた。
「あぁ、エンジニア部なので部品は結構取れちゃうんです。電卓もその分使っちゃうので、よく壊れちゃうんですよね」
そんなコトリのことは他所にアインは工具を使い慣れた手つきで電卓を分解していく。
ゴミ箱から使われなくなった部品を取り出し魔法のようにまるで元々そこに存在していたかのように取り付けていった。
「う、ウタハ先輩!」
「……」
ウタハはそんなアインを興味深く観察する。その視線すら気にならないのかアインの作業はそのまま何事もなく終わった。
「ふぅ……出来ました!量産型を最大限まで利用して出来た機械式電卓です!」
アインは出来栄えに満足して機械式電卓を抱きしめる。
「ん……?どうかしました?」
首を傾げウタハ達を見るアインにウタハは1歩踏み出した。
「君、ウチの部員に…いや、ミレニアム所属してないな彼女……とにかく、私達と一緒にエンジニア部やらないかい!?」
取り敢えず、この少女はミレニアムに所属してないのはわかる。だが、今ここで縁を切る訳にはいかないとウタハはどうにかしてアインを留めようとした。
「何か悩みがあるなら私達も協力する!君の腕を買ってるんだ!頼む!私達と一緒にエンジニア部しよう!?」
「…………」
アインは断ろうとした。だが、思い至ってしまったのだ。
『我々でもできる限りの事はしました。ですが彼に使われている物が一般とは一線を画しています。万全な状態になるのは不可能かと』
あの医者はそう言った、そしてここからはソフが出ていった後の話になるが…あの医者はこうも言ったのだった。
『正直、ここまで来ると医療ではなく修理の域に入ります。生命活動の維持は出来ますが、ここまでの損傷を修理ではなく治療として治すには相当の金額になりますかと…』
ならば、アインはこの出会いを利用しない手はない。
兄の事故によりバラバラになった家族。大好きな家族がまた1度集まるために…この出会いを使い、兄を元に戻す。
「……わかりました」
「おぉ!」
「でも、1つ条件があります」
アインはぽつぽつと話し出す。
「私…私達のお兄さま…兄が、今重症でいつ目を覚ますか分からない状況なんです。目を覚まさせるか、直してくれれば…」
「なら善は急げだな、早速行こう」
「はい!ウタハ先輩もう準備は完了です!」
「こっちも、物は全部詰め込んだ」
「!?」
アインがあまりの早さに目を白黒させる。ウタハは笑うとアインを肩車して歩き出した。
「「あ」」
そんなエンジニア部の部室から出てきたアインは、外でばったりオウルと出会うことになる。
「あっ!」
「ウタハ先輩その子って!」
「アリス知ってます!こういうのをフラグ回収って言うんです!」
ただし、オウルは何故か…見つかったらまずいとされるゲーム開発部と一緒だったが。
いつまでこの暗闇の中を彷徨っただろうか…
1時間?1日?それとも…もう既に外は悠久の時が流れているのだろうか……
だが、そんな自分の意識にはある光景が映し出された。
無茶をするマルクト
慣れないことをするソフ
泣き崩れたアイン
自分を攻めるオウル
これは夢だろう、夢を通して今あの子達がどうなっているのかを感じ取ってしまったのだ。
愛しの妹達が、自分の為に頑張っている。そして苦しんでしまっている。
こんなにも、自分の目覚めを待ってくれている人達がいる。
(あぁ…こんな顔をさせちゃ…兄失格だな)
キムラヌートは入らぬ力を入れ、夢から覚めようともがき始める。
まるで、鋼鉄大陸で自分が生まれた時のように、深海から海面まで浮かんでいくように、手足を前へ…上へと動かす。
だが、自分の身体だからわかる。今ここで無茶をしてまで起きてしまったら今後の身体に不調は生じるだろう。
(これからどうなるか、俺には分からない…だが)
「あの子らを!あのままにしておく訳にはいかないんだよ!」
必死に手足を動かすと、闇の中は徐々に光が溢れ_________
「…………ッはぁ!!?」
「!!?」
キムラヌートは目が覚め、周りを見渡す。
「し、知らない天井……」
「キムラヌート!?目が覚めたのか!!?」
「さ、サオリさん…?」
キムラヌートは隣を見ると驚愕するサオリを見て心底安堵した。
「へ、へへ…どうやら無茶しちゃったみたいで……」
「あぁ、本当に無茶のし過ぎだ…!」
キムラヌートは照れるようにポリポリと頬をかく……
が、頬をかくと顔にできてしまったヒビがボロボロと崩れていくのを確認したキムラヌートは手を引っこめて触るのをやめた。
「どうする?お前の家族に連絡はするか?」
「………えぇ、します」
サオリに電話を任せて、キムラヌートは妹達に心配をかけたことに対してどう詫びようか考えることにした。
そういえば、そろそろダアトのフィギュア発送時期ッスね(グッドスマイルカンパニーで購入済)
因みに自分は2体買いました。
安くねぇ買い物だったぜ(血涙)