二人の扱いがあんまりなもんで……キレた。
俺、吉良矜児の家はヤクザだ。
組の名前は『吉良連合会』という。
裏社会では独自の犯罪ルートを築いて巨大な資金を稼ぎ、巷では裏社会を支配しているなんて噂される程の暴力団。
俺はそんなヤクザの会長の直径。双子の片割れだ。
それだけに幼い頃からヤクザがどういうものか、骨の髄まで染み込んでいるのだが───はっきり言って俺は自分の家に嫌気が差していた。
ヤクザが称賛されるのはあくまで裏社会の話。表社会でヤクザとは厄介者、近寄りたくない犯罪者の巣窟でしかない。
そしてそれは直接犯罪に関わっていない血縁者でも同じ。
ヤクザの息子というだけで、まるで俺も犯罪者かのような扱いを何度もされてきた。それこそ一般社会でいう『普通の人生』なんて、俺は一生歩めないんだろうと思う程度には。
……だから今の環境は、これまでの人生を想えば有難いものだ。
俺の出自を知って尚『普通』に接してくれる友人がいる。それだけで俺には値千金の価値があった。
「矜・児・さーーん! しょげた顔してどうしたの?」
「元気、ないですよ……?」
聖桜学園・二階の廊下。
移動教室からの帰りに廊下を歩いていれば、二人組の女子から声を掛けられた。
彼女達は『千堂リナ』と『千堂リオ』。俺と一学年違う後輩だ。
苗字の通り姉妹であり、この娘達とは中学からの付き合いになる。
今の環境を得難いと感じる要因の一つ。俺にとって大切な隣人達だ。
「……そんな顔してたか?」
「はい。眉間に皺を寄せてて……何だか難しそうな顔をしてて」
「これからお昼休みなのに、そんな顔してちゃ心が疲れちゃいますよ?」
今日は登校してからそんな事、一度も言われなかったんだがな……
……いや、彼女達が珍しいだけで元から俺の扱いはそんなものか。
彼女達と話していると、つい昔からどういう扱われ方をしてきたか忘れそうになる。
「……午後の授業について考えててさ。英語は苦手科目だから」
「今から授業の事? 勉強の事ばかり考えてたら気が滅入っちゃいません?」
「そうもいかない。いくら家の稼業が稼業でも、成績が悪ければ家の者からの目線も厳しくなる」
ここは別の話題で二人の注意を逸らす。
ただ嘘を吐いている訳でもない。実際吉良連合会の存在は俺を悩ませる要因には違いないのだから。
「矜児さんの家もそこは皆と同じなんだ……」
「でも、お兄さんは……」
「英二は安定してるからな。心配しなくてもいいと思ってるのか、親父もとやかく言う気はないみたいだ」
双子の兄である『英二』は、組の連中から吉良連合会の後継者候補と目されている。
その評価に見合うよう英二も努力しており、少なくとも学業ではあいつが上の成績を維持していた。
ただそれで親父に評価されるかはまた別の話。
最も評価されたい人間からは見向きもされず。それにより様々な軋轢が生まれ、人間関係にも悪影響が出ているのが現状だった。
「なら雪斗さんに、相談するのはどうでしょう?」
かといってそれを正直に話す訳にもいくまい。
適当に話を逸らせば、リオは勉強なら雪斗に頼ればいいと進言してくる。
雪斗こと『哀沢雪斗』は俺達共通の知人だ。
俺にとっては同級生。リナとリオにとっては友達の兄という関係。成績は全国レベルの高さを有しており、こと勉強において俺達が世話になった回数は片手じゃ数えられないくらいだった。
「そうそう。琴美ちゃんもよく相談に乗って貰ってるって聞くし───あっ!!」
今回はまた違った悩みなので頼れそうにないが、二人の関心を逸らすには頷いておくのが良さそうだ。
しかしそれに返答する間もなく、今度はリナは突然慌てたように声を上げた。
「どうした。 何か用事でもあったか?」
「あたし達、琴美ちゃんからお弁当預かってるんです。矜児さんに会いに行く途中で渡して来るよって……」
どうやら件の雪斗へ弁当を渡しに行く途中だったらしい。大方家に忘れて琴美ちゃんが持ってきていたか。
「なら急ぐか。弁当が無いとなれば、今頃購買に行ってるかな」
「う、うん。ほら行くよ、リオ!」
一緒に渡しに行くよう促せば、二人は大慌てで俺に付いてくる。
「えっ!? 待ってよ、おねえちゃん……!」
するとワンテンポ遅れたリオは足を踏み外し、盛大に転んでしまう。
ズテーーン!と効果音の付きそうな転び方だ。リオは鼻を抑えて、痛いのか少し涙が滲んでいるようにも見える。
俺はリオに手を差し伸べようとするも、それより一歩先にリナが彼女の目の前にしゃがんでみせた。
「しょうがないなリオは……ほら、手を掴んで」
そうして溜息を吐きつつも、リナはリオへと手を差し伸べる。
俺はその光景を、何も言わずに見つめていた。
一回きりなら誰でも手を差し伸べる事はあるだろう。
けれどリオは少し……いやかなりドジな点がある。例えばこうして転ぶ事など日常茶飯事で、俺も何もない所で彼女が転ぶ様を何度も目撃した。
リナの場合はそういった場面に遭遇する事はもっと多いだろう。姉として、学校でも家でも顔を突き合わせるんだ。こうして手を差し伸べる機会はきっと数えきれない程あったに違いない。
だからこそこの光景が貴重に思えた。
何度も同じ相手を助け続けるというのは、純粋な善意だけでは成り立たない。
助けるというのは誰かの為に自分の労力を割くという事。それをずっと繰り返すとなれば、最悪は関係に罅が入ってもおかしくなかった。
その点リナは軽い文句を言う事はあったものの、あの時以来リオを見放した事は一度もない。
それが彼女の心を示していた。
今日までこの関係が続いているのは、偏にリオを大切に想っているからなのだと。
「ありがとう、おねえちゃん」
一方で助けられる側もそれが当たり前になれば卑屈になったり、尊大になってもおかしくなかった。
しかしリオにはそれが見られない。ただ純粋に感謝とリナへの好意を形に表している。
ここがリナが不満を抱かないポイントなのかもしれない。
混じり気のない素直な気持ちが、リオを支える事に抵抗を無くしているんだろう。
「慌てなくても落ち着いていけばいい」
「うっ、でも……」
「間に合わなかったら俺も一緒に謝るよ。だからここは落ち着いて雪斗を探そう」
微笑ましいものだが、弁当を渡すだけでこうも急ぐ必要はない。
二人に促して足取りを緩める。早足でなければリオも躓かずに歩ける筈だ。
そうして俺達は購買に向かって歩いた。
時折雑談も交えつつ、彼女達との時間を噛み締めるように───
俺には二人が眩しく見えていた。
助け合える関係も、互いを想い合える関係も、吉良組の中では決して見られないモノだから。
……『普通』の家庭では、あれが当たり前にあるものなんだろうか?
その答えは俺の中に無いし、きっと吉良の家に囚われる限り永遠に得られないんだろう。
だとしたら、羨ましい。
欲しくて堪らない。手に入れたい。
だけど俺一人の手では届かなくて。
いつも羨むだけで、そっと本音を心の底に仕舞い込んでいた。