そろそろ0時を回ろうと言う頃、あたしとリオは雑談に耽ってた。
「おねえちゃん……何で昼間に、好きだって言えなかったの?」
その理由というのも、昼間の件があったからだ。
PV用の映像を撮ってた時……口論になったあたしが、告白紛いな事を言ってしまったから。
その時何で誤魔化したんだと、リオは呆れたような視線をあたしに向けてくる。
「そ、それは…………あそこで言うつもりじゃなかったし、矜児さんも迷惑かなって」
「……ほんとは、怖かったんじゃないの? 断られるのが……」
リオの指摘に思わず言葉に詰まってしまう。
はっきり言って図星だった。
確かにあたしは矜児さんの答えを……自分の気持ちに決着をつけるのを躊躇ってる。
「それとも、まだ怖い? 矜児さんが……暴力団の家族だって事」
「ち、違う! そんなんじゃない!!」
ただ続く言葉には違うって叫んだ。
暴力団の事が怖くないって言えば嘘になる。
ただ昼間に答えを誤魔化したのは、矜児さんの答えを聞くのが怖かったから。
勿論受け入れてもらえたら嬉しい。
けれど、もし断られたら?
そうなったらもう、まともに顔を合わせられそうにないから……
「そんな調子じゃ、先に誰かとお付き合い……しちゃうかもしれないよ」
「ま、まさか……矜児さんに限ってそれはないよ」
「……暴力団の家族だから、有り得ない?」
そうして悩んでるあたしに、リオは急かすような言葉を投げ掛けてくる。
発破を掛けてくれてるのかもしれない。
けど、矜児さんの家を槍玉に挙げるのは流石に聞き流せなかった。
「いくらリオでも怒るよ。私はそんなつもりないって……」
「でも私達、英二さんに言い返せなかった。
……おねえちゃんは、あの時から謝ってないまま……でしょ?」
今更、矜児さんが暴力団の家族だって事に怖がってなんかない。
そう言い返そうとして、リオの言葉に二の句を告げるのを止められた。
……あの時、英二さんの話に怯えてしまったのは紛れもない事実だから。
矜児さんは明らかにあたし達の反応を見て傷ついてた。
なのにあたしは謝ってないままだ。
プールに放り込まれた上に、『
「なら私が、矜児さんに告白しても……何も、しないまま?」
プールの事も、自分の気持ちも、踏ん切りをつけなきゃいけない事ばかりだ。
そんな状況で足踏みするあたしに業を煮やしたのか……リオは思いもよらない事を口にした。
……矜児さんに、告白……する?
一瞬聞き間違いを疑った。
だってリオは今までそんな素振り、見せた事なかったから……
「こ、断られたら……どうする、の?」
「言ってみないと、分からないよ。私はまだ……矜児さんの気持ち、聞いてないから」
でもその言葉が嘘とは思えない。
じっとあたしを見据えた瞳は、何よりもリオの真剣さを物語ってるように感じられた。
「おねえちゃんは、どうするの? 何も言えないまま……矜児さんを、とられていいの?」
だからこそリオの言葉にどう返すべきか迷う。
あたしは今の関係が心地よかった。
毎日のように顔を合わせて、何でもない話をして、あたし達と矜児さんの三人で過ごす日々が……
あの頃から続くこの関係が、変わっていくだなんて考えてなかったんだ。
矜児さんという人を知った当初は、自分から近付こうだなんて思わなかった。
何せその頃から、あの人は暴力団の家族だからってある事ない事噂されてたから。
ある人は『あいつに近付くと連合会の連中に目を付けられる』。
またある人は『あいつは楯突いた奴を組の連中に始末させるんだ』……なんて囁いてたっけ。
全部を鵜呑みにしてた訳じゃない。
ただそういう危ない噂もある中で、自分から近付く事ないって遠巻きにしてたんだ。
実際、近付かなければ何かされる事もなかった。
今にして思えば噂は噂でしかない。寧ろ話通りなら陰口を叩いてる人達こそ、口の割に怖いもの知らずだと呆れるばかりだ。
そんなあたしが矜児さんと関わるようになった切っ掛けは、中学に上がったばかりの頃。
もう二度と仲直り出来ないかもしれない……それくらいの酷い事をリオにしてしまったんだ。
「今日は友達と約束あるから。先に帰ってて」
「……私も行っちゃ、ダメなの……?」
中学生に入った当初、リオは中々友達が出来なかった。
小学生の時にはいなかった子達。今までとは違う環境に、人見知りだったあの子は上手く馴染めずにいた。
最初こそあたしが間に入って、リオが一人にならないよう取りなして。
でもその結果も虚しく、リオは中々友達を作れずに時間だけが過ぎていく。
するとそんなあの子に構ってるあたしも、段々と周囲から距離が出来始めた。
『あの子と付き合うとリオも付いてくる』なんて……言葉にこそされなかったけど、みんなはあたし達をそういう目で見てきたんだ。
「……リオだって友達の1人くらい作ればいいじゃない! あたしはリオのお守り役じゃないんだから!!」
そんな扱いにあたしは根を上げてしまった。
あたしだって友達が欲しい。
昨日見たテレビの話で盛り上がったり、流行ってるファッションの話を共有したり……みんなの輪に入って、楽しい時間を過ごしたかった。
「おねえちゃん……」
だからあたしは、その日リオを置いて遊びに出た。
手を伸ばすリオを放って、自分だけ楽な道に逃げ出したんだ。
……それから間もない頃は、何も気にせずみんなと遊んでいられた。
ただ自分の事だけ考えればいいから、周囲に合わせるのはそう苦労しない。
すぐに友達も出来て、最初の遅れを取り戻すように楽しい日々を送れたんだ。
「リナってさ。同い年の妹いるよね」
そこから自分を省みられたのは、ある友達の一言が切っ掛け。
その子は、リオを邪見にしてたグループと関わりのない子だった。
多分あたしに話題を振ったのも、何気ない一言だったんだと思う。
「あの子と同じクラスなんだけど、ずっと暗い顔しててさ。誰が聞いても何も話してくれなくて……リナは何か聞いてない?」
……そんな話、あたしは何も知らなかった。
それもその筈。あたしはあの日以降、あまりリオと喋ってない。
またみんなに邪見にされるのが嫌で、もう相談されないように関わりを避けてた。
だからそこでようやくリオの状態に気付いたんだ。
そして今更焦って、その日の夜にリオの様子を探ろうとした。
「……わ、たし……もう、寝るから」
「り、リオ……待って……!」
けれどあたしを待ってたのは明確な拒絶。
散々あの子の声を遮った挙句、今度はリオからあたしは避けられるようになってしまったんだ。
……何様だって話だけど、あたしはそこで強いショックを受けた。
だってリオは、ずっと甘えん坊であたしから離れないような子だったから。
それが二人の間で当たり前だったし、この先もそれは変わらないと思ってた。
だからまさかあの子から拒絶されるなんて思いもせず……ここでやっと、あたしは自分の間違いに気付いたんだ。
あの日、自分が何を手放したのかを。
リオがあの日、あたしの行動でどれだけ傷ついたのかを。
これはその代償。
目先の楽しさに目が眩んで。あたしはずっと大事にしてきたモノを、自ら手放したんだ。
「……何やってんだろ、私……」
それから数日の間、あたしは何度もリオと話をしようとした。
でもダメだった……もうあの子はあたしの話なんて、まともに取り合ってくれない。
しょうがない、よね……同じ事を、あたしはしてきたんだから。
今更ちゃんと話がしたいなんて……そんなの、受け入れてもらえる訳ない。
「今更、なんて言えば…………」
それに話せたところで、何を言うべきかも決められずにいた。
何があったか話してほしい……そんなの、あたしが原因に決まってる。
仲直りがしたい……自分で離れておいて、虫のいい話だ。
何を考えても良い様に転ぶ気がしない。
やがて悩むのすら億劫になってその日、あたしは公園のベンチで独り蹲ってた。
もう何も考えたくなかった。
戻れるなら、あの日に戻ってやり直したい。
そうしてうじうじと悩んでたところに、誰かの座った重みがあたしの意識を浮上させる。
「えっ……あ、貴方は……吉良、の……」
「……ただ隣に座っただけだろ。何もする気はないよ」
────そこで座っていたのが、矜児さんだった。
「それとも一人で泣きたいから帰れ、とでも思ってるのか?」
彼はあたしの反応へ鬱陶し気に、嫌なものを見る目を向けてきて
「泣きたければ好きに泣けばいいだろ」
「人前でそんな……貴方には、関係ない事だし……」
「だから我慢するって? 泣きたい理由は人に知られたらマズい内容なのか?」
多分それは、あたしの反応が彼の噂をする人達とタブって見えたからだろう。
けれどあたしは謝るどころか、矜児さんにつっけんどんな態度をとってしまった。
対応の悪さでムキになった部分はある。
ただそれ以上に、あたしは早く矜児さんに帰ってほしかった。
あたしが帰ればいい話だけど、そうすればまたリオと顔を合わせる事になる。
謝れもせず、また自分のやってきた事を見せつけられて。
かといって考えないようにしても、頭の中はリオへの罪悪感でいっぱいで。
だからせめて独りになりたかった。
誰とも顔を合わせずにいたい。どうせ上手くいかないなら、早くこの時間が過ぎ去ればいいって……
なのにそこに割り込もうとする彼に、あたしはイラついてしまったんだと思う。
「そうじゃないなら気にしなければいい。他人が泣いてるからって、文句を言うつもりもないんだから」
とはいえ矜児さんからすればそんな事知らない。
あたしの我儘を聞いてくれる筈もなく、言うだけ言って何かの本を読み始める。
そうしてどれだけ時間が経ったか。
一向に相手はいなくならない。
頭の中はモヤモヤした気持ちのまま。
「……妹に、酷い事言っちゃったんです」
やがて耐え切れなくなったあたしは、自ずと話を切り出した。
「いいのか。俺が聞いても?」
「……どうせ居座る気なら、独り言くらい黙って聞いてください。何もする気はないんでしょ?」
何となくだけど、この人はあたしが帰るまでここから離れないような気がしたんだ。
だったらこの気持ちの捌け口になってもらおう。
独りじゃどうにもならない苦しみを、せめて言葉にして楽になりたかった。
「後悔してるのか、妹さんに言ってしまった事を」
だから何か返ってくる事なんて期待してない。
なのに矜児さんは、リオとの事を後悔してるのか尋ねてきたんだ。
「ならその気持ちを素直に言えばいい」
「っ、簡単に言わないでよ……!」
当然、後悔してるに決まってる。
そう正直に答えたら、彼はそれを伝えればいいなんて言い出したんだ。
「もうまともに口も聞いてもらえないのに!
それで今更許してほしいなんて……どんな顔して言えばいいの……っ」
それが出来ればどんなに良かったか。
でも出来ない……自分から酷い事しておいて。また自分勝手な気持ちを押し付けるなんて、あたしは……
「君から離れるまで、妹さんは好きで君と一緒にいたんだろ?」
それでも矜児さんは、あたしの怒り様なんて物ともしてなかった。
「多分……そう、だと思う」
「なら妹さんから君を嫌う理由なんてないんじゃないか? 寧ろ妹さんの方が、君に嫌われたと思ってるかもしれない」
只々冷静に、あたしとリオの関係について深掘りしてくる。
「でもリオは私を避けてた……そんなの、信じられる訳ない」
「けど直接、妹さんから訊いたんじゃないだろ?」
そしてあたしがリオに謝れるよう、言葉を尽くして説得しようとしてた。
「話をしたからって、もう会えなくなる訳じゃないんだ。
手遅れになる前に、妹さんの気持ちを確かめた方がいい」
なんでそこまでするのか分からなかった。
自分でも嫌な態度をとってたし、あたしとリオの事だってこの人には何の関係もないのに……
目の前の相手の事も、自分がどうするべきかも分からなくて。
ずっとうじうじしてたあたしに、矜児さんは一言告げて踵を返す。
「……迷ってるのなら、明日ここに来てくれ。きっと答えが見つかるモノが待ってる」
それはどういう意味なのか、問い返しても返事は無くて。
意味が分からず呆然とするあたしを置いて、矜児さんはその場から立ち去ってしまった。
これが最初の出会い。
この時は今みたいに、仲良くなれそうな雰囲気は微塵もない。
何考えてるか分からない人、としか考えてなかった。
それが変わる、人として興味が湧く切っ掛けはすぐ後。
一方的に交わされた、公園での約束から始まった。