正直、約束通りにしても悩みが解決するとは考えてなかった。
本当に答えが見つかる保証はない。
そもそも昨日初めて会った人の話で、信用すら出来ない。
……けど、他に方法がある訳でもなかった。
このまま何もせずにいても、また後悔で気持ちが落ち込むだけ。
だからあたしは期待しないよう肝に銘じながら、また公園へ向かったんだ。
「えっ……」
するとそこには、一人の待ち人がいた。
「り、リオ……」
あたしの妹は、こちらを見るや酷く怯えた表情を見せる。
なんでここに……と口にしかけて、声が掠れて言葉にならなかった。
いつも顔を合わせているのに。
何度も話そうとしたのに。
いざ対面すると、まるで久しぶりに会ったかのような緊張が胸の内を駆け巡る。
「……何の、用事なの?」
そして言葉を掛けられて、ドクンと心臓が跳ね上がった。
リオから話しかけてくれたのはいつぶりだろう……もう何年も前のように錯覚してしまう。
それだけあたし達の間には距離があったって事だ。
あたしが手放してしまったモノ。壊してしまったモノを示す、何よりの証明……
「そ、それは……」
……何て言葉を掛ければいいんだろう。
この期に及んで言葉が出ない。
もし本当に拒絶されてしまったら……そんな最悪の想像ばかり浮かんで、次の一歩が踏み出せずにいる。
……リオからの視線が、あたしを責め立てる圧のように感じた。
黙ってる間に口はどんどん重くなっていく。たった一言すら喉を通らずに奥へ引っ込んでしまう。
────けど直接、妹さんから訊いたんじゃないだろ?
やっぱりダメなんだ。もうリオとは昔みたいには……
そう諦めかけた時、あの人の言葉が脳裏に浮かび上がった。
────手遅れになる前に、妹さんの気持ちを確かめた方がいい。
手遅れ……あたしにとって手遅れってなんだろう。
リオと仲直り出来ない事?
それとも、リオに嫌われてしまう事?
……きっとどれも違う。
だったらもう、あたしはとうの昔に出来る事なんて無くなってる。
けれどあたしはここへ来た。
何も期待してないって言いながら、現在から何かを変えたくてこの場にいる。
それに理由があるとすれば、きっと────
「────ゴメン!」
ずっと怖くて言い出せなかった一言。
それをようやく、リオの前で曝け出す事が出来た。
「私、自分勝手で! 自分の事しか考えてなくて!
リオがいたら友達と自由に遊べないなんて……貴女の事、邪魔だって遠ざけた!」
我ながら最低だと思う。
だとしても言わなきゃ始まらないんだ。
たとえ嫌われてたとしても……謝りもせずに、平気な顔して生きていけないから。
「なのに今更、こんな事言うのはズルいけど……勝手な事言ってるって分かってるけど……っ」
その上で身勝手なお願いをリオに告げる。
拒絶されてもいい。
そうなったって当然の事。
それでも伝えなきゃ。
これがあたしの、本当の気持ちなんだって。
「もう一度、前みたいに。また一緒にいたい……
やっぱりリオがいないとダメなんだ。私、リオと一緒にいたい……!!」
……返事は、すぐに返ってこない。
それが十秒、二十秒と続いて……様子が気になったあたしは、恐る恐る顔を上げた。
「……いいの?」
視線の先には、顔を俯かせたリオが映る。
一目で泣いてるんだと分かった。
俯いた顔からはいくつもの雫が零れ落ちてる。
そして何かを堪えるように、リオは声を震わせていた。
「私と、一緒にいるの……迷惑じゃ、ないの……?」
「っ、迷惑じゃない……そんな事、考えなくていい……!」
どうしてリオが泣いてるんだ。
悪いのはあたしなのに……何でリオが、そんな風に泣かなきゃいけないの……?
「……おねえちゃんに、嫌われたんだって……思ってた。
私が甘えて、ばかりだから……迷惑なんだって……もう、一緒に……いてくれないんだってっっ!」
────その答えが示された時、あたしは気付けばリオを抱きしめていた。
「ごめん……ごめんね、リオっ!」
心の中は色んな気持ちが混ざってぐちゃぐちゃだ。
リオはこんな酷いお姉ちゃんでも、嫌わずにいてくれた。
こんなに想ってくれる妹を、あたしは悲しませた。
それが情けなくて、罪悪感でいっぱいで
……何より、嬉しくてしょうがなかったんだ。
だからこの時誓った。
もう絶対リオを裏切らない。
あたしはずっと、この子が好きでいてくれる『おねえちゃん』であり続けるんだって。
そして誓いと共に、あたしの心にはあの人の事が刻み込まれていた。
あたし達を繋ぎ止めてくれた恩人の姿が────
それからあたしは、矜児さんと関わるようになった。
あの公園での出来事で、噂通りの人じゃないのは理解してた。
とは言っても、最初は深く関わろうとは思ってなかったんだ。
それが何度も偶然が重なって。
偶然が当たり前に変わって。
その上で、関わる毎にその人柄へ触れていって……矜児さんといるのが心地よく感じるようになった。
「……何もしないまま、終わるのは……ヤダよ」
そんなあたしの居場所が、無くなってしまうかもしれない。
もう矜児さんに、振り向いてもらえないかもしれない。
それだけは、絶対にイヤだった。
「私、ちゃんと告白する。
ダメかもしれないけど、矜児さんに……この気持ちを、伝える」
気持ちを受け入れてもらえるとは限らない。
でも何もしないまま全部終わっちゃったら……リオの時と同じくらいに、あたしは後悔すると思うから。
「だから抜け駆けなんてさせないからね。相手がリオでも……この気持ちに、嘘は吐きたくないから」
「うん……お互い頑張ろう、ね」
リオと二人で笑い合う。
どうなるかなんて分からない。
それでも互いにとって、悔いのない結果になればいいと願いながら。
この時あたし達は、あんな事になるなんて思ってもみなかった。
ここ最近の矜児さんの態度。苦し気な表情の意味を、この身で味わう事になるなんて……
その始まりはもう深夜を回る頃。
そろそろ寝ようかという時、開かれた扉があたし達を連れ去ったんだ。
「おね、ぢゃ……」
「な、で……ごん、ぁ……うげっ!?」
そこからはもう、抵抗すら無駄できない。
無理矢理引き摺り出されたあたし達は、見た事もない部屋に連れてこられたんだ。
そこから服を脱がされて、手足を枷で縛られる。
そして互いの首にロープを巻かれて、天井の梁越しに吊るされてしまった。
そんな事したら首が締まっちゃうのに、さらにあたしとリオは台の上に乗せられた。
台は不安定で、少しの身じろぎで落ちてしまいそうだ。
ただでさえ苦しいのに……きっと床に落ちてしまえば、一気に首を絞められてあたし達は助からない。
「だず、ぅ、げぇ、で…………おね、が、あぁぁぁ……っ!」
それがとても怖かった。
なんでこんな目に遭ってるのか分からなくて。
どうしてあたし達なのかが分からなくて。
なによりあたし達をこんな目に遭わせてるのが……玲矢さんだって事が、何よりも信じられなかった。
「どうするかな。俺は双子という存在が嫌いでね、お前達は顔を見るのもイラつくぐらいだったんだ」
普段学校で見るような優しい目つきじゃない。
まるで害虫を見るような態度。本気であたし達の事を煙たがってるのが嫌でも伝わってくる。
「ふぐっ! が……ぶ、ぁ……!?」
それが怖くて、身じろぎしてしまったせいだ。
その揺れでロープまで動いて、対面に座らされたリオが苦し気に呻いていた。
「ご、めっ……リ、オ……!?」
「酷い姉だな。妹の首を絞めるなんて」
「……だ、ずげ、ぇ、ぶっ…………ぜ、ぜめで……リオ、だげっ、あぁぁ……」
何が何なのか分からないまま。
けれど一つだけ確かなのは、きっとこの人はあたし達が死んでも構わないって事……
もうなりふり構っていられなかった。
何をされるか分からない。きっと拷問を受けるんだろう。
それでもリオだけは……あたしの妹だけは、こんな狂った場所から逃がしてほしかった。
「なん、でぼぉ……ずるっ……なんでぉ、ずるが、ぐぁ……あっ!?」
「なんでもする、ねぇ……」
呂律の回らない中で必死にお願いする。
どんな拷問も受けます。あたしが殺されたって構いません。
だから、リオだけはどうか……!
「ならあいつの前で無様を晒してもらおうか。
お前達の一番大事な男に、あられもない姿を見られるんだ」
「えっ……」
お願いを聞いてくれたのか、玲矢さんは一つの命令をあたしに下す。
ただそれはとても残酷で……今のあたし達の心を抉る、何よりも酷い辱めだった。
部屋の扉が勢いよく開かれる。
────そこから現れたのは、あたし達が最も信頼する人。
「きょう……じ、さ……ん……」
「みな……いで……みな、いで……っ!」
今のあたし達は裸で、強制的に足を開かれた……要はM字開脚の姿だ。
こんな格好、好きな人に見せたい訳ない。
ロープに縛られてなければ、今すぐにでも逃げ出したい。
矜児さんに見られたという状況が辛くて……あたしもリオも、思わず涙が零れてしまった。
「呼び出す手間が省けたな。丁度お前にも手伝わせようと思ってたんだ」
「えっ……」
そこに追い打ちを掛けるように、玲矢さんはおかしな事を口走る。
……やめて
もう、聞きたくない。
ただでさえ、辛いのに。
ただでさえ、苦しいのに。
ずっと一緒だったのに……あの人が、そんな────
「まさかあいつがお前達を助けに来たと思ってたのか?
矜児は俺の手下さ。ここにいるのも、俺を手伝わせる為に呼んだんだよ」
そんな、否定したかった答えを玲矢さんは言葉にした。
嘘、ですよね……?
矜児さんが、あたし達を、苦しめるなんて……
けれど、矜児さんは何も答えてくれなくて
答えを示すかのように────無情にも、彼はあたし達から目を逸らした。