「ま、まにあった……」
「よかったです……」
歩き始めて五分程。購買に辿り着いた時、雪斗は丁度レジの行列に並んでいる只中だった。
「ありがとう。後で琴美にもお礼言っとかないとな」
「ホントになぁ。弁当を届けてくれる娘がいるのに感謝しないとさ?」
雪斗はリナから弁当を受け取りつつ、彼の友人である『犬飼裕明』から生暖かい視線を受けている。
裕明の性格上、恐らく「可愛い子から弁当受け取れてラッキーだな」といった意図だろう。
「琴美の人徳のお陰さ。リナ達にも感謝してるが、あくまで友達のお願いを聞いただけだろう?」
「そりゃそうだろうけどさ。そこはちょっとノッてくれてもいいじゃんかよーー」
ただ雪斗はそういった色恋沙汰には只一人を除いて興味が薄い。揶揄れても何食わぬ顔で裕明の文句をスルーした。
「矜児もありがとう。二人を案内してくれたんだろ?」
……もう少し他人に興味を持てば、奴に狙われる前に気付けただろうに。
こんなもの一方的な憐憫でしかない。
まずそんな風に思う資格もないのに…………随分と勝手な男だな、俺は。
「もののついでだよ。お昼の同伴を探してたところだったしな」
己の心情から目を背けるように、俺は皆を食事に誘う。
リナとリオは心なしか喜んでいるようにも見える。ただ雪斗と裕明はこの面子で食べるのに何か引っかかるようだ。
「玲矢はいいのか? お前と仲良かったろ?」
「…………あいつは俺がいなくても、相手なら選び放題だ。わざわざ探しに行かなくてもいいだろ」
「そんな言い寄られるみたいに言うなよ。それに許嫁がいるのに女漁りなんてしないだろ~~」
そうして「あいつを誘わないのか」と訊かれるも、俺は色よい返事は出来なかった。
……対外的には、俺とあの男は友人という事になっている。
だがその実態を考えると、必要な時以外は関わりたくないのが本音だった。
「親から決められた縁談だぞ。裏ではどう思ってるか分からない」
「流石にひどくない? 玲矢さんに限ってそういう事するとは思えないけどなぁ」
「うん。音羽さんとも仲が悪いようには見えないよ?」
奴は外面はいい。なので何故俺が奴を避けようとするのか、皆はまるで理解できない様子だった。
本性を知らないからそう言えるんだ。
こういった話題になる度に、そう口に出してしまいそうになる。
……いっその事、言ってしまった方が楽じゃないか?
後の事を思えば愚策でしかない。それでも犠牲者を見逃し続けるくらいなら、真実を────
「そうだなぁ。流石の俺でも傷つくよ」
衝動に任せた暴露は、寸でのところで止められる。
声の方へと振り向けば、そこには今一番会いたくない奴が顔を覗かせていた。
「玲矢……」
「まあ冗談だと聞き流しておくよ。今度の旅行に喧嘩は持ち込みたくないからね」
『伊能玲矢』
日本最大手の銀行の御曹司である男。文武両道でリーダーシップのある性格から、この聖桜学園で誰からも慕われている存在だ。
「旅行? どこか遊びに行くんですか?」
「夏休みの話になるが、うちの別荘へ行く事にしてね。友人にも声を掛けているんだが、矜児は最初から内約済みなんだ」
俺は玲矢に今年の夏、伊能家所有の別荘に来るよう言い渡されている。
夏に小旅行に行くとなれば楽しいモノを想像するだろう。裕明達も例に漏れず、俺を羨むように視線を送ってきた。
「へぇ、やっぱ昔馴染みって優遇されてんのなぁ」
「たまたま誘う順番が前後しただけだろう……お前達とそう違いはないさ」
……羨むどころか、実態は悍ましい時間になると知らないからそう言える。
しかし本人がいる前で余計な事は言えない。この場で言えたのは、当たり障りのない返事をする事だけだった。
せめて早く別の話題に移ってくれと願う。
そんなささやかな願いは、リナの言葉によって崩れ去った。
「────あ、あの! その旅行って雪斗さん達だけで行くんですか?」
…………今、なんて言った?
まさか、俺達に付いてきたいと思っているのか?
「お、おねえちゃん。急にどうしたの?」
「予定が合うなら自由に参加してもらって構わないけど、来たいのかい?」
……やめろ。
…………やめろ。
「は、はい! みんなが行くなら楽しそうだなって……」
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ……っっ!
「辺鄙な山奥だ。女の子が好き好むものはないと思うぞ」
「急に何言っているんだ、矜児。玲矢に失礼だろう」
「そうだよ矜児。お前だってその別荘に行くんだろ?」
止めなければ。拒絶しなければ。
あんな悍ましい場所に、彼女達を連れて行っちゃいけない!
「それでも来ない方がいい。あそこより楽しい場所なんて幾らでもある」
けれど拒絶すればする程リナとリオは悲しい顔をする。
俺の願いも虚しく、訴えるような目で二人は俺を見上げてきた。
「矜児さんは私達と行くの、イヤですか……?」
……何だってこの旅行に拘るんだ。
俺も彼女達を拒むのは心苦しい。この旅行で無ければ、喜んで二人も誘っていた。
「そうは言ってない。だが────」
けれどこれだけは譲る訳にはいかない。
この旅行に付いてきてしまえば、彼女達はきっと────
「矜児」
より強い言葉で二人を拒もうとした時、玲矢が俺の肩を叩く。
「あまり無体にするものじゃないよ」
────その顔は笑っていなかった。
外面は穏やかな表情に見える。
けれどこいつの裏を知っている俺には、容易にその意図が読み取れた。
『余計な事をするな』
俺の楽しみを奪うんじゃないと、玲矢は言外にそう告げている。
「矜児さん……?」
急に黙り込んだので、リオが訝しんでいた。
「……悪かった。今のは、忘れて……くれ……」
嘘を吐くしか……ない、のか……。
来ても構わない。伊能の別荘に、二人共来てほしいと。
「なら……!」
「ああ、是非来るといい。矜児もその方が楽しめるだろう」
「もう、おねえちゃんったら……」
どの口が、と文句を言いたくとも言えない。
まるで心臓を握られた気分だ。
無邪気に喜ぶリナの姿も、呆れつつも微笑むリオの姿も、全てが俺の心を抉る。
この旅行に来てしまえば、どんな目に遭うか知っているから。
……人殺しに協力しようなんて、考えたからこうなってしまったのか。
伊能家の別荘で行われるのは人殺しだ。
生き残れる人はごく僅か。その裏側を知る者以外、参加者は尊厳と命を奪われる。
リナとリオも、きっと犠牲者として名を連ねる事になると。
そう考えると、世界の全てが色褪せていく気がした。