俺の役割はアリバイ工作だった。山を登って通り魔がやって来たと思わせる為の準備役。
その為に夕食が終わった後、変装して一度外に出る。
そこから窓を割って屋敷へ入り、人目につかないよう厨房へと向かう。
「お待ちしておりました」
するとそこには玲矢に仕える老執事『ナイジェル』が待っていた。
……伊能家に仕える者はみな、奴の指示で動く道具だ。
彼はその中でも共犯者と言っていい。今回の計画の中で、奴と同じ実行犯の役割を与えられた殺人鬼なのだから。
「周辺には誰も?」
「はい、見張っておりましたが誰も近付いていません。問題なく作業を行えます」
ナイジェルからのGOサインを貰い、俺は作業を開始した。
冷蔵庫を漁り、適当な食糧を盗っては泥棒が来たように厨房の中を荒らしていく。
およそ時間にして十分だろうか。整理整頓されていた面影などまるでない荒らし様にして、ナイジェルに出来栄えを確認する。
「私の目から見ても問題ないかと。これで玲矢様の指示は熟せました」
「……あとはアイツが第一の被害者を襲うだけですか」
残るは実際に殺人を行うだけ。
俺は実行役じゃないが、最初に誰を殺すかは事前に訊いてある。
哀沢琴美───雪斗の妹である、リナとリオとも仲のいい少女。
「あとは琴美様をお呼びするだけです。今日の未明には彼女の死体が挙がるでしょう」
「そして愛する者を亡くした被害者のように嘯く、か……」
奴は琴美さんを呼び出しやすいよう、夕食後に彼女へ嘘の告白を行う。
音羽さんと恋愛関係になっていないが故の手だ。許嫁以外に好きな相手がいるように見せかけ、その相手の死によって哀れな被害者を装う。
そうして疑いの目を逸らすつもりなんだ。相も変わらず己を偽り、皆の気持ちを弄んで……
「失礼ながら、矜児様もそう為さるご予定では?」
奴の所業に怒りを覚えていると、ナイジェルがそう呟いた。
「玲矢様を非難する意図はないと承知しておりますが、口は閉ざした方がよいかと」
……それは警告なのか。或いは忠告なのか。
ただ彼の一言は、いまの俺の立場を認識させるには十分だった。
「……俺は俺の仕上げに向かう。食糧は適当に何処かへ埋めておけばいいんでしょう?」
逃げるようにその場から立ち去る。
漁った食糧を抱えて通り過ぎる際、ナイジェルは俺に告げた。
「逆らえば、貴方も死を待つのみです」
「お忘れなきよう」と添えて、ナイジェルは夜闇へと姿を消していく。
……どうやら彼も勘違いしているらしい。
俺が逆らえないのは、死を恐れているからこそなのだと。
そんなもの、俺にはどうでもよかった。
俺が求めているのは一つだけ。
途中で死んでしまっても、所詮はそんなものだと諦めがつく。
ただ生き永らえながら自由を得られない恐怖だけが、俺をこんな凶行に走らせていた。
「あれ、矜児さん? どうしたんですか?」
全ての支度を終え、俺は屋敷へと戻ってきた。
そこから屋敷を歩き回り、琴美さんの姿を探す。
すると女性陣の部屋が集うエリアにて、丁度部屋を出る彼女を発見した。
「少し話がしたくてね。今から時間をもらえるかな?」
「今から、ですか? でも私、用事があって……
それに矜児さん、リナちゃんとリオちゃんとお話するんじゃないんですか?」
話がしたいと誘えば、琴美さんは何か都合が悪そうに断ろうとしている。
……この分だと、もう玲矢は呼び出す話を取り付けたな。
この後にでも奴の下へ行くつもりなんだろう。そうして何も知らないまま、あの男の毒牙に掛かり……
「二人がいても出来る話だよ。そう時間はとらせないから、頼めるか?」
ここは何としてでも先に俺を優先してもらおう。
まさか頭を下げられるとは思っていなかったのか。琴美さんからは慌てた声が飛び出していた。
「あ、頭を上げてください! ……そんなに大事なお話なんですか?」
「明日になる前に伝えておきたくてね。どうしても頼めないか?」
迷っているのか目を泳がせている。しかしいまの態度が効いたようで、安易に断ろうとは考えていなさそうだ。
そうして悩む事十数秒。恐る恐るといった体で琴美さんは俺の誘いにOKを出してくれた。
断られる場合を想定していただけに、ここでスムーズに進むのは好都合だ。
ここで素直に付いてきてくれれば、玲矢達に気付かれるリスクは減る。
「あれ、 琴美ちゃん? 何で矜児さんと一緒に?」
そうして何事もなく部屋に辿り着き
扉の前には、先にリナとリオが到着していた。
「お話があるって呼ばれたの。 何の話かは聞いてないんだけど……」
「矜児さん、いくら何でも節操がないんじゃないですか……?」
まさか琴美さんも呼ぶとは考える筈もない。何のつもりだとリナの鋭い視線が俺に向けられる。
「人聞きが悪いな。疚しい目的で呼んだと思ってたのか?」
「えっ……! そ、そういう訳じゃなくて……」
だが今回は元々不安を紛らわせる為に話をする、という口実だ。異性として話す気なら、最初から一対一で呼び出している。
まさか俺相手に期待していた訳ではあるまい。
ただ念の為捕捉してみれば、リナはどうもバツが悪そうに言葉を濁している。
「……やっぱり私、お邪魔じゃないかな?」
「話が終われば戻ってもらって構わないよ。先に言った通り、そう時間はとらせないからね」
一方で琴美さんは俺達の邪魔をしたら悪いと部屋に戻ろうとしていた。
しかしそれで逃がす筈もなく、話が終われば戻ったらいいとこの場に引き留める。
それで足は止まるものの、漂うのは一体何の話をするのか?という空気だ。元からあった約束とバッティングしてまで話したい事は何なのかと。
そうなるのは承知の上で、琴美さんも内容を聞けば耳を傾けざるを得ない筈だ。
となればあとはこちらのもの。後は元から用意していたアレで…………全てを終わらせる。
「えっーー! もうみんなに噂されてるんですか!?」
開幕一番、琴美さんは俺が話した内容に驚きを顕わにしていた。
それもそうだろう。何せ自分が玲矢に告白された情報がみんなに伝わっていたのだから。
「ご、ごめん。玲矢さんと二人でいるのを見ちゃって」
「でも、誰かに言ったり、してないよ……」
リナとリオはバツが悪そうだが、二人の場合は単純に現場を目撃しただけだ。
俺も周囲に明かしておらず、今回は別に言いふらした犯人がいる。
「犯人は英二だよ。あいつは玲矢の魂胆を知ってた筈だ」
「それって皆に言いふらしてたって事ですか?」
「だとしたら、その……」
……俺が殺人犯の捏造から戻った時、英二が雪斗に音羽さんと話し込んでいるのを目撃した。
どうも琴美さんの件を噂していたようだ。
嬉々として雪斗達へ話していたところを見るに、英二から話を持ち掛けたのは明白だった。
「取り繕わなくていい。あいつに他人を慮る気持ちなんてないよ」
恐らくは音羽さんがフリーになったと広めたいんだろう。
あいつは音羽さんに気がある。この状況を利用して、自分が音羽さんを手に入れやすい状況にしたい、といったところか。
……とはいえ奴が琴美さんに本気じゃないのを知らないとは思えない。それでこんな行動に出るのは危険と思われるが……
「もしかして、英二さんと仲悪いんですか?」
……とそこまで思案していたところ、リナ達は俺を訝し気な様子で見ていた。
もしかしたら今ので英二との関係を察したのかもしれない。
迂闊だったな……彼女達にはあまりそういう面は見せないようにしてたんだが
「互いに不干渉でいる程度だよ。どちらかといえば、俺が一方的に嫌われてる」
咄嗟に言い訳を語る。とはいえ全くの嘘ではない。
俺は英二と気が合わないと分かり切っており、必要時以外は不干渉が基本だ。
が、対して英二は俺への嫌悪感を隠そうとしていなかった。
どうも昔から、俺が親父に優遇されていると思い込んでいるらしい。特に吉良連合会の跡目について、あいつは何かと俺に張り合って力を喧伝しようとしていた。
「ただ玲矢と付き合えば今回の比じゃないやっかみに遭うだろう。
下手をすれば、ある事ない事言いふらす人もいるかもしれない」
とはいえそれは今関係ない話。気を取り直して本題に移る。
琴美さんを誘き出す為の話───『玲矢と本気で付き合う気があるのか』という問いを。
「その辺り、どう考えてるのか気になってね」
「そこまでは考えてませんでした……けど、玲矢さんには考えさせてください、とは答えてて……」
これに琴美さんは悩む様子を見せる。
確かに彼女からすれば、まさか自分が告白されるとは思っていなかっただろう。
雪斗経由で繋がりがあるとはいえ、奴は音羽さんがいる。端から玲矢を男として意識出来なかったに違いない。
「でもちゃんと考えたいです……好きかどうかはまだ分からないけど、玲矢さんも真剣に考えてくれたと思うから」
それでも琴美さんは真剣に考えようとしていた。
自分を好きになってくれたという。相手の気持ちを信じて……
「ちゃんと答え、見つかるといいな」
それが無駄になると知りながら、都合のいい嘘を吐く。
「矜児さん、わざわざそれを聞きに呼び出したの〜〜?」
「玲矢の奴ときたら、音羽さんを差し置いてこんな事をするんだからな。下手な事になる前によく考えてもらおうと思ったんだよ」
「疑い、過ぎですよ。友達なんですし、ちゃんと信じてあげましょう……?」
俺の行動を揶揄ってくるリナ達の言葉も、自身の行動が如何に下劣か再認識させてくる。
「私なら大丈夫ですよ。この旅行の間に、ちゃんと答えを見つけますから」
「頑張ってね、琴美ちゃん。あたし達も応援するから」
そうとも知らず、彼女達は和やかに雑談に興じていた。
明日もまた笑い合えると疑わず。俺の差し出したジュースを飲みながら、笑顔で……
「そろそろ私は自分の……へ、やに……?」
それも、ここで終わりだ。
ジュースを飲んで数分後、三人は次第に瞼が重くなってきたらしい。
「あれ、眠く……まだ、来たばっか……り……」
彼女達が飲んだジュースは、事前に持ち込んでいた睡眠薬入りだ。
効能は抜群で、何をされても数時間は絶対に起きれない。
……どんな痛みを受けても、意識が戻る事はないだろう。
「矜児……さん……───」
「おやすみ。せめて最期は良い夢を」
最期の別れを告げ、俺は自分のトランクを漁る。
そこから取り出したのは一本のナイフ───人の心臓など、一刺しで貫ける切れ味だ。
琴美さんはこの後、玲矢に殺される。
彼女の気持ちは残酷なまでに踏み躙られるだろう。そして奴の憎悪を一身に受け、絶望に苛まれて死んでいく。
リナとリオも似たようなものだ。
順番が違うだけで、この屋敷にいる限りいずれは殺される。
琴美さんと同等……それ以上の苦しみの中で、尊厳も純情も犯されて命を落とす。
「君達の尊厳を守るには、これしか……」
リナとリオの頭上に立つ。
……心臓が早鐘を打っている。耳障りなリズムが、これから行う殺人への本音を何よりも示している。
だとしてもやってしまえば一瞬だ。
殺される前に殺せ。
どうせ犯されるなら。どうせ消えてしまうなら。
最期は俺が……奴の魔の手から、君達を────!
震える手を抑え、狙いを定める。
脳裏に浮かぶ全てを振り払う為に、その胸元へナイフを振り落とした。