ヤクザの息子でも幸せになりたい   作:野鳥

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 琴美は他作品で言うと『ひぐらしのなく頃に』の富竹みたいな立ち位置です。
 残念な事に専用ルートもない確定死亡枠であり、本番シーンも玲矢に殺される直前のかわいそうな場面しかない……〇uck


天秤は尚も揺れる

 

 俺は自分の家が大嫌いだった。

 

 人を脅し、傷つけ、奪い去り。

 それでいて誰かを踏み台にして生きる事に何の呵責もない。

 

 うちの組……吉良連合会というヤクザはそういう連中だ。

 この世界に生まれ落ちてから、俺はそんな屑共の嘲う姿を何度も見てきた。

 

 ただ、俺も最初から吉良の家を嫌悪していた訳じゃない。

 寧ろそれが素晴らしいモノと幼い頃から教育されてきたが……本当はおかしいと気付いてしまえば、全てが変わって見えた。

 

 奴らが良い思いをする度に、誰かが食い物にされて苦しんでる。

 奴らが自慢げに話す武勇は、全て他人を傷つけてきた証。

 

 世間で言う正気になってしまえば、吉良連合会はあまりにも狂った世界だったんだ。

 当然抜け出したいと願う。誰かに頼ろうとした事も一度や二度じゃない。

 

 けれど俺の背負った『ヤクザの息子』という肩書は、俺に一般社会で生きる道を悉く潰していった。

 

 友達を作ろうと思っても遠巻きにされる。

 大人を頼ろうとしても、その人が数日後には死体で挙がっていた事もある。

 挙句はある事ない事噂されて、まるで極悪人のように煙たがられた時期すらあった。

 

 残ったのは絶望だけ。

 もう吉良という呪いからは抜け出せないんだと、己の生すら諦めかけた。

 

 ……そんな時にあの男と出会ってしまったんだ。

 

 伊能玲矢────女を弄び、他者の命を弄ぶ事に悦楽を見出す悪魔。

 

 奴は吉良連合会と同じ。本当なら関わる事すら拒絶したい犯罪者でしかない。

 それでも他者を頼る道を潰されてきた俺には、奴の誘いは最後のチャンスにすら思えた。

 

 今回の短期旅行で玲矢の殺人に手を貸せば、俺は吉良連合会と本当に縁を切れる。

 

 奴は腐っても日本最大手の銀行を束ねる一族の御曹司。いくら裏の社会で顔を効かせるヤクザでも、伊能家(同盟相手)の関係者へそう簡単にアクションをかける真似は出来ない筈。

 

 だから願いを叶える為に、俺は人を殺す。

 裏社会から抜け出す為なら、どんな悪事にだって手を染めてやる。

 

 ……そう覚悟を決めてきた…………筈、だったのに────

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 振り下ろしたナイフは、肌に触れる寸前で止まった。

 

 ……いや、止めてしまったんだ。

 彼女達の顔に、視線を奪われてしまったから。

 

「なんて顔してるんだよ……」

 

 リナとリオの寝顔はすっかり緩んだものだった。

 これから殺されるとは欠片も考えていない。相手に己の全てを委ねるような力の抜け具合。

 

「俺は君達を、殺すんだぞ……ッ」

 

 意識なんてない筈なのに。

 

 俺の言葉に応える筈ないのに。

 

 息遣い一つが俺の殺意を奪っていく。

 悪意を知らない寝息が、固めた決意を砕いていく。

 

 ……違う。そもそも決意なんて出来てなかったんだ。

 

 どれだけ取り繕っても、胸の痛みは消えてくれない。

 彼女達を殺してしまえば、俺は必ず癒えない傷を背負う事になる。

 

 それでも自由になるのを諦めきれない。

 ならばいっその事、自分の手で終わらせようと……そう、思っていた……のに……────

 

 どれだけ力を込めても、それ以上は振り下ろせそうになく。

 やがてナイフを落としては、リナ達を前に立ち尽くす事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……どれだけ時間が経っただろう。

 夜も更けて、静寂に包まれた俺の部屋に一人の人物が押し入ってきた。

 

「……何の用だ? 俺の仕事は終わった筈だが?」

「単刀直入にお伝えします。琴美様の行方をご存じですか?」

 

 彼女は玲矢に仕えるメイドの『ほのか』。

 ナイジェルと同じく玲矢の共犯者で、実行犯の役割も担う殺人鬼。

 

 ……そんな彼女が何の用かと尋ねれば、どうやら琴美さんを探しているらしい。

 当然か。今日の偽装工作も、玲矢の告白も、全ては彼女を殺す為の仕込みだったんだから。

 

「一度ここに寄ったがまた出て行ったよ。それがどうかしたか?」

 

 部屋に立ち寄った事だけは伝えつつ、嘘の情報を伝える。

 するとほのかは一瞬目を見開き、すぐに眉根を寄せて俺を睨みつけてきた。

 

 ……この反応、あからさまに怪しんでるな。

 

「まだこの部屋にいるのではないですか?」

「何故そう疑う。確かもう時間的に始末はついている筈だが……まさかいないのか?」

 

 逆に問い返してみれば、ほのかは言いにくそうに視線を下げる。

 このままでは第一の殺人は失敗してしまう。そうなった場合、自分へどんな処罰が下されるか察しているのだろう。

 

「彼女は寝室におりませんでした。現在、私とナイジェル様で捜索中です」

「だからといって俺を疑うのはなんだ。さっきも言った通り、彼女はもう出て行ったぞ」

「では、そのお二人はなんでしょう?」

 

 故にこそ琴美さんの捜索にも熱が入る。

 

 今回は関係ない二人……ベッドの上に眠るリナとリオを槍玉に挙げるくらいには。

 

「貴女も話は聞いていただろう? 遅くまで話し込んでいたのが、眠気に負けてこうなったんだ」

「ですがタイミングとしては、琴美様とお二人が出くわしてもおかしくありません。

 もしも琴美様が、リナ様とリオ様のように眠っていらっしゃるのでしたら……」

 

 発想は鋭いと言える。しかし実際に琴美さんが見つからない限りは推測の域を出ない。

 

 現に部屋を見渡してみれば、それらしき影はどこにもないのは明白だった。

 

「そこまで疑うなら調べればいい。どこを調べたところで、琴美さんは出てこないぞ」

 

 納得いかないのなら探せと、俺は誘うように部屋へ通すようなジェスチャーをする。

 

 自信あり気な所作が癇に障ったのか、ほのかはすぐに部屋の捜索を開始した。

 

 クローゼットにトイレ。物陰にカーテンの裏など……

 およそ人の隠れられそうなスペースは全て確認していく。そして最後にリナとリオに掛けられた布団を捲って

 

「それで全部なら他を当たってくれ。俺は必要以上にあんた達の犯行に関わる気はない」

 

 ────それでも琴美さんの姿はどこにもなかった。

 

 納得いかないのがありありと伝わってくる。

 しかし目ぼしい場所は全て探した。見つからない以上、ここに留まる意味はないとほのかも分かっているようだ。

 

「……失礼致しました」

 

 不承不承といったのが分かる様子で、ほのかは部屋から出て行った。

 

 それからこっそりとドアの前まで近づく。

 外に気配がないのを確認し、少し経ってから廊下の様子まで覗き込む。

 

 ……完全に姿を消したらしい。気配を殺してこちらの様子を窺っている、という事もなさそうだ。

 

「はは……馬鹿だなぁ。こんな事をして……」

 

 警戒を解けば、自分のやった事に笑うしかなかった。

 

 タンスの前に立つ。そうして上置と下置の部分を取り外すと

 ────そこには毛布に包まって寝息を立てる琴美さんの姿があった。

 

 玲矢よりも先に琴美さん達を殺すと決めたのは、何も昨日今日の事じゃない。

 

 なので屋敷へ来るにあたり、俺は事前に準備を重ねていた。

 このタンスもその一つ。元からある物と同じ材質・同じ装飾の板を用意し、外見は同じで中身が空洞の物が作れるようにしていたのだ。

 

 本来こいつは死体を隠す一時的な安置所のつもりだった。

 …………こんな形で活用する気なんて、これっぽっちも無かったんだ。

 

「ここで生かしても、結局は……」

 

 こんな事をしたところで、最期は玲矢に殺されるだけだ。琴美さんの寿命を少しばかり延ばしたに過ぎない。

 

 けれどもう琴美さんを殺す気にはなれなかった。

 それが己の手を汚さないだけだと理解していても、尚…………

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 それから何時間経っただろうか。

 ほのかが来て以降、誰も来る様子はなく。静寂に包まれた夜闇の中で、琴美さんの声が部屋に木霊した。

 

「う、ううん……」

 

 睡眠薬の効果が切れたようだが、微睡からは抜けきってないらしい。

 眠そうに目を擦りながら、彼女はベッドから上体を起こした。

 

「あ、あれ……ここ、って……」

「おはよう、琴美さん」

「きょうじさん……っ、え! あ、あの……今、何時ですか……?」

 

 今の今まで寝ていたと理解した琴美さんは、血の気の引いた顔で時間を尋ねてくる。

 

「深夜の三時だ。何か困る事でもあるのか?」

「……じ、実は玲矢さんに……部屋を抜け出して、会いたいって言われてて……」

「ん、んん……なに……ど、した……の?」

 

 正直に答えれば、琴美さんは今にも泣きだしそうな顔で詳細を語ってくれた。

 

 ……やはり俺の予想通りだったか。

 玲矢の奴は先んじて琴美さんを呼び出す算段をつけていたらしい。俺はそれを結果的に邪魔した形になる。

 

 ならば奴に対してどう立ち回るか思考を巡らせようとした時、琴美さんの隣でリナが目を覚ましたようだ。

 

「……えっ? もうこんな時間……」

「おはよう、と呼ぶには早いかな。まだ眠いなら寝てても構わないよ」

「寝ててもいい、じゃないですよ……リオと3人で話そうって、約束してたのに……」

 

 リナは俺が起こさなかった事にご立腹らしい。自分達との約束はどうしたと。

 とはいえ眠らせた目的もそうだが、睡眠薬の効果もあって揺すった程度じゃ起きなかっただろう。

 

 それを正直に話す訳にもいかず、適当に釈明する。当然納得する筈もなく、リナの機嫌は悪くなる一方だった。

 

「それに琴美ちゃん、どうかしたんですか? 凄い悲しそうな顔してますけど……」

「何でも玲矢と会う約束をしてたらしい。この時間じゃとっくにあいつも寝てるだろうな」

「そ、それは玲矢さんに内緒って言われてて……!」

 

 ……リナからの視線がますます鋭くなる。

 琴美さんが約束を破る事になった。その責任、どうとるんだとでも言いたいのか。

 

 参ったな……彼女達が起きる想定なんてしていない。この後の立ち回りなんて考えている筈なかった。

 

「心配しなくても、玲矢なら笑って許してくれるだろう。

 ただ俺も正直に話すのは怖いからね。出来れば、ここを出た後迷った事にでもしないか?」

 

 なので瞬時に思いつけたのは、何とも情けない言い訳だ。

 

「うわぁ……そこで庇ってあげないんだ」

 

 それで矛を収めてくれるなら、そもそも怒ってないという話。

 最早怒りを通り越して呆れ気味な視線が痛いが、俺は琴美さんを庇う事は出来ない。

 

 ……その理由が完全に自己都合な辺り、我ながら最低だがな。

 

「流石にこんな時間まで一緒にいましたじゃ、皆からどう思われるか分からないしな。

 琴美さんも告白されて早々、他の男と寝てましたなんて噂にされたくないだろ?」

 

 彼女の対面的な事情をつくと、追及の言葉がピタリと止む。

 

 何せ既に玲矢との関係を広めた愉快犯がいるんだ。俺への悪感情もあって、今夜の事を知ればすぐに言いふらしていくだろう。

 琴美さんも同じ事を考えたらしい。

 俺を見上げるその表情は、まさに血の気の引いたという有様だった。

 

「それでも文句を言ってくるようなら流石に味方するよ。こんな暗い夜中に、女の子一人出歩かせた俺のせいだとね」

 

 すかさずフォローを入れれば、彼女はほんの少し血色を取り戻す。

 不安は消えていない。それでも任せてもいいと思える程度には、今の言葉を信じてくれたらしい。

 

「……その時はちゃんと、説明してくれますか?」

「ああ。約束しよう」

 

 投げかけられた問いにも頷き、無事に琴美さんの口止めに成功した。

 

 ただリナはそうもいかないようだ。

 俺を見つめるその目は、未だ不満いっぱいという心境を隠そうとしていない。

 

「いい加減機嫌を直してくれないか。ここにいる間に埋め合わせはするからさ」

「それじゃ足りませんよ。今夜の事、結構楽しみにしてたんですから……」

 

 一緒に時間を過ごす話は、あくまで不安を紛らわす為だった筈。

 それが事実上霧散したとてそこまで怒るか? 結果的にここまで何もないのだから、安心こそすれ不機嫌になる理由が掴めない……

 

「せめて埋め合わせは旅行から帰った後にしてください。

 ここには最初から遊びに来てるんですから、それでチャラにしようなんて甘いです!」

「それ、は……────」

 

 そこで提示された埋め合わせの条件に、俺は即答する事が出来なかった。

 

 だって彼女達には次が無い。

 たとえここで殺さなくとも、玲矢の毒牙に掛かるのは時間の問題だから。

 

 出来ない約束をしたところで、いざ死ぬ時に絶望を深めるだけじゃないのか?

 それはあまりにも酷だろう。在りもしない希望をつくる事なんて、俺には…………

 

「きゃああああああああああ!!!」

 

 しかし答えを出すよりも、リナが俺の様子を訝しむよりも早く

 屋敷中に響き渡る絶叫が場の空気を一変させた。

 

「な、なに……?」

「これ、ほのかさんの悲鳴……」

 

 これには只事ではないとリナと琴美さんも驚いているようだ。

 そして今の大声に釣られて、ここまで寝ていたリオがようやく目を覚ました。

 

「お、ねえちゃん……どうしたの?」

「どうしたの、じゃないよ! 多分、ほのかさんに何か……!」

「慌てないで。様子を見に行くなら全員で行こう」

 

 事態を把握できていないリオに、段々と怯えが見え始めたリナ達。

 

 両者を宥め、俺は共に様子を見に行くよう提案した。

 実際彼女達だけで事態を確認しに行くのは、時間帯も相まって心細いだろう。すぐに提案は受け入れられ、俺達は声の方角へと足を向ける。

 

 そうして進んでいけば、ほのかの姿はすぐに見つけられた。

 しかも傍らには雪斗がいる。彼はほのかを庇うように、彼女の前に立って何かを見据えていた。

 

「お兄ちゃん、何があったの……!」

「見るな!」

 

 俺達の存在を認めると、雪斗は必死の形相で叫びを挙げる。

 リナ達は思わず立ち止まってしまう。対して俺は敢えて制止を振り切り、その先にあるものを覗き見た。

 

「……裕明」

 

 ────それは事切れた死体。

 ナイフに胸を貫かれ、目を見開いたまま絶命した犬飼裕明の姿だった。

 

「……」

 

 未だ雪斗の影に隠れたほのかを見やる。

 相変わらず怯えた様子……しかしそれが皆を騙す演技なのだと、俺には一発で判別がついた。

 

 恐らく琴美さんの代わりに裕明を殺害したんだろう。

 玲矢の罰を受けない為に。予定通りに連続殺人を演出する為に。彼はこの屋敷で最初の犠牲者へと変わり果ててしまった。

 

 …………俺の、せいなのか。

 

 俺が琴美さんを殺せなかったから。

 俺が玲矢から獲物を奪ったばかりに、代わりに捧げられてしまったのか。

 

 全身から熱が引いていく気がした。

 覚悟していた筈なのに、目の前の現実に頭を打たれたような気がして。俺はただいなくなった友人を見つめ続けるしかなかった。

 

 

 

 

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