ヤクザの息子でも幸せになりたい   作:野鳥

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失われたモノ

 裕明の死体が発見されてすぐ、他の皆と共に玲矢が駆けつけた。

 奴は陣頭指揮を執って死体を運び出すと、周辺の調査をすると言って場を解散させた。

 

 事情を知る者からすれば体のいい証拠隠滅だ。

 しかし玲矢は疑われる事なく、遺体は一目の付かない場所に運ばれてしまった。

 

 ……裕明とは特別仲が良かった訳じゃない。

 それでも俺からしてみれば、あいつは裏社会に被れた人間にはないモノを持っていた。

 

 熱中できるだけの好きな物があり、周囲の人間と何の軋轢もない。

 それだけで俺には目が眩むような価値を持つ人だった。

 

 だから殺される謂れは無かった筈だ。

 この旅行にさえ付いてこなければ、きっと────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壊す、只壊す。

 

 形を成さないくらいに。

 何か分からないくらいに、バラバラに。

 

「……こんなものか」

 

 時刻は日が昇った頃。俺はタンスの仕掛けを処理するべく森の中にいた。

 

 偽装用の前板を破壊して茂みの中に。

 そして隠してあった引出しを背中に括り付け、屋敷へと戻る。

 

 こんな重荷で屋敷に入れば何があったと見咎められるだろう。

 だから部屋まで戻るルートは、誰にも見つからない必要がある。

 

「よ……っと!」

 

 窓の下枠に足を掛け、一思いに上へ移る。

 続いて両手を上枠に引っ掛け、力任せによじ登る。

 

 最後に窓の上枠を足場に、階層の中間にある引っ掛かりへ手を掛けて……

 

 後はその繰り返し。

 都合三階までしかない以上、俺の部屋までは時間を掛けずに登る事が出来た。

 

 そうして戻った俺はタンスを元の形に戻していく。

 

 と言っても空っぽの箱に引出しを戻すだけ。

 それだけで部屋からは琴美さんを隠した痕跡はきれいさっぱり無くなった。

 

 ……暇つぶしにもならなかったな。

 沈んだ気分を変えるのに、少しは気晴らしになるかと思ったんだが

 

「あっ……」

 

 部屋で休むにしても、どうも落ち着かない。

 なので部屋から出れば、丁度リナとリオに出くわした。

 

「矜児さん、その……」

 

 二人は何やら迷う素振りを見せている。

 それも少し待てば痺れを切らしたようで、リオが恐る恐る話しかけてきた。

 

「……落ち着かないんですか?」

「ああ、自分でも驚くくらいにな」

 

 その問いには、そう答えるしかない。

 

 いつ誰が殺されてもおかしくないと、分かっていた筈だ。

 現に俺だって二人を……リナとリオを殺そうとしただろうに。

 

「その……っ、なんて、言えばいいか……」

「無理しなくていい。二人の顔を見れば、悲しんでくれているのは分かる」

 

 ……なのに裕明の死を悲しむ権利など、ある訳がない。

 

 こうしてあいつの事を考えるのも筋違いだろう。

 死を慎む権利があるとすれば、それは彼女らのような人達だ。

 

「ごめん、なさい……」

「なにか……何か力になれる事があったら言ってくださいね。あたし達、力になりますから!」

 

 かける言葉が見つからず。

 せめて力になるからとリナとリオは声を上げてくれた。

 

 それに応えられればどれだけ良かったか。

 

 けれど俺に出来たのは曖昧に頷く事だけ。

 

 つくづく卑怯者だと自分で思う。

 それでも彼女達を直視出来ず、逃げるように踵を返して

 

「矜児……」

 

 すると今度は屋敷の入り口まで歩いたところ。

 今度は正門から中に入ってくる人物が目に入った。

 

「お前も落ち着かないのか」

「……ずっと屋敷を回っててさ。そうしないと、気持ちが沈んでしまいそうだから」

 

 その人物は雪斗だ。

 ……お前も、裕明の死を引き摺ってるのか。

 

「その中で犯人の手掛かりがないかも見てるんだ。

 昨日の今日なら、何か残ってる物があるかもしれないから」

 

 ただ彼女達と違い、ある種精力的に動いているらしい。

 犯人を捜す────まさか雪斗は、自分の手でこの事件を解決するつもりか?

 

「この屋敷に犯人が身を潜めていたら、今度は姉さんや琴美まで襲われるかもしれないんだ。なら警察が来るまで待ってる事なんて出来ない」

 

 ……見通しが甘いな。ナイジェルに危険視されたらどうする?

 

 奴が敵に回った時点で雪斗は詰む。

 仮に真相を掴めても、奴一人でどうとでも制圧できるだろう。

 

「なら仮に犯人を見つけられたとして、そいつをどうする?」

「どうする、って……」

「犯人を見つけるまでに、何人犠牲になるかも分からないんだ。

 その時には、鈴香さんや琴美さんも犠牲になってるかもしれない」

 

 そして雪斗が真相を掴むまで、玲矢が大人しくしている筈がない。

 

 それまでに、アイツは新たな殺人を行うだろう。

 有力候補は今回殺し損ねた琴美さん。或いはその姉である鈴香さんか。

 

「そうなったらお前は冷静さを保てるか? 怒りに我を忘れて、復讐に駆られないと言い切れるのか?」

 

 どちらにせよ奴は雪斗の冷静さを奪う手を打ってくる。

 

 そうなった時、彼は怒りに身を任せずにいられるのか?

 立場上敵対する身とはいえ、俺はそこが気に掛かって仕方なかった。

 

「心配してくれてるのか?」

「そんなんじゃない。ただ可能性の話をしただけだ」

「……なら、そういう事にしておくよ。

 因みに言っておけば、俺はあくまで最後は警察に任せる」

 

 そんな問いかけに、雪斗は極めて冷静に答えてくれた。

 

「俺が望むのは犯人が法の裁きを受ける事だ。それが裕明への手向けになると思うから」

 

 当たり前といえば当たり前。

 けれど感情に呑まれず正道を進もうとするその意志に、俺は一瞬言葉に詰まる。

 

「……真っ当だな。お前は」

「そうか?  当たり前の事だと思うが……」

「その当たり前が出来ない。いや、しようとしない連中もいるのさ」

 

 それは玲矢にも、俺にも無いもの。

 

 正しい方法で求める物を手に入れる────そんな当たり前が出来ていれば、こんな事件は起きていない。

 

「今回の犯人はきっとそういう奴だ。だから、自分の身を守る事を忘れるなよ」

「おい、矜児!」

 

 会話を続ける気になれなかった。

 

 目的の為に彼を生贄にする。

 一度は決意したというのに、今の会話だけで気持ちが揺らぎそうになった。

 

 これ以上話せば、余計な事を口走ってしまいそうで。

 

 だから逃げる為に無理矢理会話を終わらせる。

 呼び止める声も、聞かなかった振りをして…………

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 その日の夜、俺は灯りの消えた邸内を歩いていた。

 

 理由は玲矢がみんなに周知した事にある。

 奴は殺人事件が起こった為、迎えの都合がつくまで夜間に警備を行うと宣言したのだ。

 

 ……皆にひとまずの安心感が漂う中、俺は内心を堪えるのに必死だった。

 

 何せ玲矢の語った理由は表向きのもの。

 本当は殺人をやり易くする為、夜更けに出歩く理由付けでしかない。

 

 だがそれを疑う者は一人もいなかった。

 伊能玲矢が今日までに積み上げてきた信頼が、こいつを疑う選択肢を端から排除してしまったから。

 

「……くそっ」

 

 思わず悪態を吐く。

 俺も見回りのメンバーに選ばれたというのに、もう外面を取り繕えてない。

 

 こんな調子で最終日まで保つのか?

 我ながら取り繕うのが下手くそだと、自分で自分を呪いたくなる…… 

 

「イイ調子だ……これは最高の出来栄えになるぞ」

 

 そう自分に言い聞かせようとした時だ。

 通り掛かった部屋から妙な声が聞こえてきたのは……

 

 確かこの部屋はアニスさんのマネージャーが泊まっていた。

 もう0時は回っている筈だが、ここに仕事でも持ち込んでいるのか?

 

「今に見ていろ。もうすぐお前は……」

 

 ……どうもそんな話ではなさそうだ。

 微かに拾える声からは、誰かに対する私怨が籠っていた。

 

 音を立てないようドアをほんの少し開ける。

 

 中を覗きこめば、真岡さんはノートPCを見ているようだった。

 丁度背を向けていて、こちらの存在には気付いていない。

 

 そして彼の見つめる画面には────

 

「……っ!?」

 

 一瞬我が目を疑った。

 

 画面には映っていたのは何も纏っていない裸体。

 しかもその被写体は、見間違いじゃなければアニスさんに見えたからだ。

 

 正気か、あの男……?

 

 しかも映像のアニスさんは裸を撮られているにしては自然体に見える。

 画角も許可を取ったとは思えず、完全なプライベートを撮っているかのようだ。

 

 ─────その意味を考えようとした時、背後に気配を感じ取って振り向く。

  

 俺から五メートル程。

 暗がりで顔は隠れているものの、それが誰かすぐに察せられた。

 

「玲矢……」

 

 ドアを元に戻し、奴に近づく。

 

 玲矢も俺の様子で気付いたらしい。

 面白いものを見る目で、俺に憎たらしい笑顔を見せてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼はアニスとかいう女を憎んでいるらしくてね。

 どう恨みを晴らすか観察していたが、何やら面白い物を作っていたらしい」

 

 玲矢は場所を移動しながら、真岡ジュンの本性について語っていく。

 最初から不穏なものを感じていたが、どうやら勘は当たっていたらしい。

 

「自分の担当アイドルのAVを作るか。ろくでもない男だな……」

 

 話通りならあの映像はアニスさんのAVなんだろう。

 恐らくそれをネットにばら撒くか、或いはアニスさん本人への脅しに使うとみた。

 

 そして真岡がそういう事をする奴だと、玲矢は最初から分かっていたんだ。

 

 だからここに連れてきてもいいと考えたのか。

 最悪犯罪の証拠を見られても、女で釣れば懐柔できると踏んで……

 

「質問に答えたところで、俺も訊いていいかな?」

 

 やがて廊下の突き当りに差し掛かったところで、玲矢は足を止める。

 

「昨日の夜、あの女をどこに隠してた」

 

 そうして口を開いた奴は、昨日琴美さんがどこにいたのか探りを入れにきた。

 

 いや、正確にはもう俺が犯人だと当たりをつけている。

 真実を明かせと、奴の瞳が雄弁に語っていた。

 

「本当に迷ったとしても、俺が見つけられないのはおかしい。

 この屋敷の構造は全て覚えているんだ。何処かを彷徨っていればすぐに見つけ出せた筈」

 

 ……それでも本当の事を話してしまえば、その時点で俺の願いが叶う可能性は無くなる。

 

 故に琴美さんと口裏を合わせた理由を代わりに語る

 …………が、それで玲矢は納得してくれなかった。

 

「なのに見つからない。

 そしていなくなった直前にお前と会ってたとなれば、疑う他ないだろう。お前が僕を裏切り、あの女を匿ったんだとね」

 

 ……これは初めから、俺が琴美さんを隠したと断定しているな。

 

「あのメイドは部屋をくまなく探したぞ」

「あの愚図を騙す方法なんていくらでもある。寧ろ俺としては、お前が裏切ってない証明が欲しいな?」

「生憎、あの部屋にいなかった男には証明しようもない。

 それに第一の殺人は起こせたんだろう。順番が入れ替わっても、最後は標的を殺せればいいんじゃないのか?」

 

 俺が犯人じゃないと証明しようにも、それを示せる証拠などどこにもない。

 だからといって正直に話そうものならどうなるか……

 

 故に標的さえ殺せればいいだろう。

 そう煙に巻いて話題を変えようとする。

 

「あくまで白を切るか─────なら、次はお前も拷問に参加しろ」

 

 しかしそれがマズかった。

 要求に応じないとみた玲矢は、俺に今まで以上の隷属を求めてきた。

 

「忠誠が証明出来ない以上、当たり前の話だ。それすら出来ないなら、俺はお前を裏切り者と見做すぞ?」

 

 その要求は、俺の手で皆を傷つけろという事だ。

 

 雪斗や琴美さん。

 ……もしかしたら、リナやリオを……この、手で

 

「……俺を排除したところで、お前に先は無いだろう?」

 

 さらに追い打ちをかけるように、玲矢は耳元で囁く。

 

「俺がいなくなれば、また前のお前に逆戻りだ。

 ─────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ……それは目を背けていた事実の再確認。

 

 過去に人々から拒絶されたからこそ、俺は玲矢の手をとってしまったのだから

 

「……わかった」

 

 ─────脳裏を過る痛みから、目を逸らせなかった。

 

 応じなければ願いは叶わず。

 応じなくとも俺に明日はない。

 

 結局選択肢なんて無いんだ。

 『人間』でありたいのなら、俺は伊能玲矢を頼る他ない。

 

 だというのに心は揺れるままだ。

 

 それだけが生きる希望だったのに。

 俺はどうしたいのか、俺自身も分からないままに。刻一刻と次の事件へのタイムリミットは迫っていた。

 

 

 

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