ヤクザの息子でも幸せになりたい   作:野鳥

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今回はリオ視点。
千堂リオにとって矜児がどんな人物なのか、語ってもらいます。


幕間1 夏空の語らい

 私達は矜児さんと別れた後、言われた通りに音羽さん達と泳いでた。

 

「音羽さん、鈴香さん。向こう側まで競争しませんか?」

「私、そんなに泳ぐの上手じゃないですよ?」

「いいんです。二人と泳ぎたくて誘ってるんですから!」

「まるで口説き文句みたいね……フフッ、いいわよ?」

 

 おねえちゃんなんて、今も二人を誘って競争しようなんてはしゃいでる。

 そんな様子を、私はアニスさんと一緒にプールの端で眺めてた。

 

「あいつら、元気だな」

「うん……おねえちゃん、すっかり大丈夫そう」

 

 最初こそ矜児さんを気にして落ち込んでたけど……あの様子じゃ、もう吹っ切れたのかな?

 

 安心すると同時に、少し悲しくなる。

 私もあんな風に切り替えられたら良かったのに……

 

 私はまだ矜児さんの事が気に掛かってる。

 あの時の顔……どこか悲し気な表情は、きっと私達の反応にショックを受けてたんだ。

 

 英二さんのお話で、矜児さんを怖がってると思ったから────

 

「あれは空元気じゃないか?」

「そう、かな……そんな事、ないと思う……よ?」

「でも、リオはその調子じゃないか」

 

 そしてそんな気持ちは、顔に出ちゃってたみたいで。

 隣で一緒に浮かんでたアニスさんは、私を心配そうに覗き込んできた。

 

「そんなに気になるなら行ってきたらどうだ?」

 

 そしてプールから上がると、端の方を指差してみせる。

 

 そこにいるのは矜児さんだ。

 顔は遠くて見えない、けど……もしかしたら変わらず、沈んだ顔をしてるのかもしれない。

 

「リナなら後で話せば許してくれるだろ」

「で、でも……」

「そんな調子じゃ遊んでも楽しくないぞ。

 今だって気晴らしにやってるんだし、リオの気持ちが沈んでちゃ意味ない」

 

 確かにさっきの事を考えると、私だけ楽しもうなんて思えなくて。

 

 なら矜児さんにありのままの気持ちを伝えよう。

 迷惑がられたって、避けられたって……あんな悲しい顔にさせたままなんて、イヤだから。

 

「ありがとう、アニスさん。私……行ってきます」

「ああ。いってらっしゃい」

 

 背中を押してくれた事にお礼を言って、私は歩き出す。

 

「矜児さん」

 

 そうして隣に立てば……やっぱり、想像通りだった。

 私を見る矜児さんの顔は、どこか辛そうな気持ちを押し殺してるように感じられた。

 

「お話、しませんか?」

「……一人にしてくれと言った筈だぞ」

「あんな顔されたら……気にせずは、いられません」

 

 一人にしてほしいって言うけど、そんな事出来ない。

 

「嫌だって言われても……ここに、いますから」

 

 貴方が辛そうにしてるのに、見ない振りをするなんて……ヤダ。

 

 矜児さんの言葉を無視して、隣に座り込む。

 何も言わず、ただじっとして。

 話す気になってくれるまで、意地でもここを動かない。

 

 ……そうやって黙ったまま、どれくらい経ったのかな。

 無言の時間に根を上げたのは、矜児さんの方だった。

 

「……怖いんだろ。吉良連合会の事が」

 

 ようやく喋ってくれたのは……矜児さんの、家族の事で。

 

 あんな反応しちゃったから、否定は出来ない。

 それでも矜児さんに、暴力団のような怖さを感じた事はない。

 

「でも、矜児さんは……怖く、ないです。

 おねえちゃんだって、気持ちは同じ……です」

「俺だって吉良連合会の関係者だ。英二と同じくな」

 

 矜児さんは信じてないのか、悲しい事を口走る。

 

「嫌がらせでしかないだろうが、英二の言う事も一理はあるんだよ。

 ……俺と関わったって、危険な目に遭うだけだ」

「そんなの、わからないです。

 ……これまでそんな事、一度も起きなかったのに」

 

 起こってもない事で、自分といない方がいいって言うんだ。

 

 今日までこの人と一緒にいて、暴力団の人から危ない目に遭った事はない。

 矜児さんとの日々は穏やかで、優しくて……一緒にいるのが心地いいって思える時間が続いてた。

 

「これまでは運が良かっただけだ。近い内に、君達も……────」

「矜児さん……?」

 

 だから何をそんなに恐れてるのか、私には分からない。

 

 今もこの場から離れようとするくらい、怖いナニカを知ってるのかな?

 だとしても往ってほしくなくて、咄嗟に矜児さんの腕を掴んだ。

 

「……どうして俺に拘る」

「辛そうな顔、してるのに……放っておけない、です」

 

 このまま見送ったらダメだって、私の心が叫んでる。

 それくらい今の矜児さんは余裕が無くて……いつ折れても、おかしくない危うさがあった。

 

「昔から……悪い癖です。自分の事、悪く言ってばかり」

 

 どれだけ伝わるか、わからない。

 こんな言葉で、彼の悲しさは癒せないかもしれない。

 

「無理に話して、なんて言いません。でも自分から……独りにならないで。

 ずっと一緒にいたのに……そんなの、悲しいです」

 

 だとしても言わなきゃ、きっと伝わらないから。

 ────私にとって、どれだけ貴方が大切なのかは。

 

「……そんなに卑下してばかりだったか。俺は?」

 

 引き止める手に応えて、矜児さんはこちらに振り返ってくれる。

 ただ表情は暗いまま……それどころか、あまりに自分の言動に無自覚な事まで言い出した。

 

「そう、ですよ……何度言われても、腑に落ちない事ばっかりです」

「そうは言うけどな。俺はみんなと違って、知らない事ばかりだよ」

 

 昔からそうだ。矜児さんは、自分の自慢話をした事がない。

 自分の事を話す時は、いつも自信無さ気な態度しかとらなかった。

 

「外出は学校と家の往復がほとんど。誰かと遊びに行った経験なんて、リオ達と会う前はてんでなかった。

 ……今だってこうして遊びに来れてるのが、奇跡みたいなものなんだ」

 

 そんなに厳しい家なのかなと考えた事もある。

 

 けれどお兄さんの方は自由にやってるみたいで

 ……何が矜児さんの自信を奪ってるのか、考えても分からなかった。

 

「私だって、同じです。

 おねえちゃんみたいに、人と打ち解けられなくて……みんなと同じ話題なんて、何も分からなかったから」

 

 その分、他人には優しい人なんだ。

 

 私の時だってそう。

 中学で独りきりだった時、ずっと傍にいてくれたのは矜児さんだった。

 

「そんな私でも……おねえちゃんや矜児さんは、一緒にいてくれました。

 今は琴美ちゃんや、アニスさん……みんながいます。それでも二人が大切な気持ちは……何も変わりません」

 

 それからおねえちゃんと三人でいるようになって。

 高校に上がって友達が増えてからも、それは変わらなかった。

 

 もう二人と一緒にいるのが当たり前になってるんだ。

 大切な人達……私が無条件に甘えられる、かけがえのない傍にいてほしい人。

 

「普段と違って、こういう時は思い切りがいいな」

「だって、そうしないと……矜児さん、独りになっちゃうから」

「そうやって他人の為に心を痛められるのは、リオの良いところだ」

 

 そんな気持ちを言葉にしたら、矜児さんは何気ない様子で私を褒めてきた。

 

「そして大事な時はしっかり自分の意見を言える。それも誰かの為なら必ずだ」

「それは……矜児さんが、相手だから」

「そうかな? きっと誰が相手でも君なら同じように出来るよ」

 

 思わず否定しても、彼はそんな事ないって私に微笑みかける。

 

「リオの方こそ自分を軽く見がちだ。気付いてないだけで、君は優しくて思いやりのある娘なんだよ。

 そんな君だから琴美さんやアニスさんも友達になったんだ……だからもっと自分に自信を持っていい」

 

 ……矜児さんはいつもそうだ。私の事、凄いんだって言ってくれる。

 

「……いつもずるい、です。そんな事……言って……」

「ズルいも何も、気持ちを正直に伝えただけだよ」

 

 そんな風に思われるような事、してないのに。

 私なんて……ドジで、引っ込み思案で、おねえちゃん達にもたくさん迷惑掛けてきた。

 

 だから自慢できる事なんて、全然無い。

 それでも矜児さんが本気で言ってくれてるのが、伝わってくるから……つい頬が緩んじゃう。

 

 こんな私でも、自信を持っていいのかなって思わせてくれる。

 

「嘘だったら、俺だってこうして一緒にいやしない。

 リオのそういうところ、俺は羨ましいとすら思ってるんだよ」

 

 ただそれと同じくらい、矜児さんの言葉に恥ずかしさを覚えていた。

 だって矜児さんは誰かを褒める時……照れくさくなるような台詞を、気後れせずに言ってのけるんだ。

 

 現に今だって、絶対顔が熱くなっちゃってる。

 嬉しいような、恥ずかしいような……そんな湯気が出そうなくらいあたたかい気持ちが、私の心を満たしていた。

 

「リ〜〜オ〜〜?」

 

 でもそんな気持ちに浸れる時間は、呆気なく終わった。

 

 後ろから聞こえる底冷えするような低い声。

 思わず身体が跳ね上がっちゃって、恐る恐る振り向けば────にっこりとしてるのに目が笑ってない、おねえちゃんが仁王立ちしてた。

 

「ひゃあ!?」

「あたしに隠れて矜児さんといるなんて……抜け駆けは無しだかんね〜〜?」

 

 何でこっちに? 鈴香さん達と泳いでた筈なのに……

 

 そんな疑問を余所に、おねえちゃんは私の背後から手を回す。

 

 そして私の胸を乱暴に揉み上げだしたんだ。

 …………よりによって、矜児さんのいる前で。

 

「や、やめてよ……おねえ、ちゃん……ん、っ……ぁ……ぅ」

「ほ〜〜う? いっちょ前にえっちな声出しちゃって」

 

 おねえちゃんの手の感触がくすぐったい。

 布の上から押し込まれる感覚に、思わず出したくない声が漏れてしまう。

 

「そのくらいにしておけよ。はしたないぞ」

「あれあれ〜〜? 矜児さん、もしかして恥ずかしがってます?」

 

 また顔が熱くなる中で、矜児さんは止めに入ってくれた。

 

 けれどおねえちゃんは聞く耳を持ってくれない。

 それどころか矜児さんを誂っては、楽しそうに私の悶える様を見せつけた。

 

「そんな風に揉んでたら、こうもなるだろう……っ」

 

 これには我慢できなかったのかな。矜児さんはそっぽを向いて、私達から目を逸らしてしまう。

 

「良かったじゃんリオ。矜児さん、リオのえっちな声に興奮したってさ♪」

「うぅ……やめてって言ったのに……」

「そんな事言って、少しは嬉しいんじゃないの〜〜?」

 

 うぅ……こんな姿、見せたくないのに……。

 おねえちゃんはいつもそう。こういう時は満足するまで絶対止めてくれない。

 力尽くで振り払えないのを良いことに、私をからかって遊んでるんだ。

 

「えっ、わっ……!」

「からかうのもそこまでにしろよ」

 

 ただ力で訴えないのは、あくまで私だけの話。

 矜児さんは無理矢理おねえちゃんを引き剥がすと、そのまま抱き抱えてしまった。

 

「あ、あの……お、下ろして……」

「リオには過剰なスキンシップをする癖に、自分は嫌なのか?」

「い、嫌じゃなくて……その、恥ずかし…………っっ」

 

 ……あの反応は、恥ずかしがってるんだろうなぁ。

 

 けど私からすれば助かったし、おねえちゃんにはいい薬だ。

 人には散々やっておいて、いざ自分もやられたらあの調子なんて……ホントにズルいんだから。

 

「恥ずかしいなら尚の事、止めないと────なっ!」

「わわっ……!?」

 

 ただ矜児さんの事だ。きっとおねえちゃんが期待するような展開には、ならないんじゃないかな。

 その証拠に彼はブールの間際まで歩み寄ると、そのまま水の中におねえちゃんを放り投げた。

 

「げほ……ごほっ! な、何するんですか!?」

「セクハラなんてするからだ。

 誰も見てない場ならじゃれ合いで済むかもしれないが、男の前では止めてやれよ?」

 

 そしておねえちゃんに今回の事を淡々と説き伏せていく。

 

 怒ったり、見てて恥ずかしいからって雰囲気じゃない。

 多分純粋に、おねえちゃんの行動が危ないって心配してるんだろうな。

 

 正直私もどうかしてると思う。

 今は見知った集まりの中だけど、その……胸を揉まれるなんて。知らない相手に見られたら、どう思われるか分からないんだから……

 

「時によってはあんな事してたら、盛った男が寄ってくるぞ。

 リナも今みたいに好きでもない男に触られるのは嫌だろ?」

 

 ……ただあの言い方だと、おねえちゃんは素直に受け入れないんじゃ?

 

 予想通り、おねえちゃんは堪えるように顔を俯かせて。

 次の瞬間、水を掬って彼の顔へ勢いよく放り投げた。

 

「ぶっ!? …………おい、リナ!」

「矜児さんの堅物! 唐変木! お父さんみたいな事言わないでよ!」

 

 顔を真っ赤にしたおねえちゃんは、背を向けてみんなのいる方へ泳いで行く。

 

 もうちょっとこう……ムードのある言葉を期待したんだろう。

 私にイタズラしておいて、そんな事考えてるのは流石に怒るけども。

 

「今のは、矜児さんが悪いですよ」

「俺が? ……恋人でもないのに抱き上げたからか?」

「……そうじゃないです。もう」

 

 とはいえまともなシチュエーションだったとしても、当の矜児さんはこの調子だ。

 

 きっと最初から、おねえちゃんが欲しい言葉は貰えなかったに違いない。

 同じ女の子として少し同情する。

 ……つまり今日に至るまで、おねえちゃんの気持ちに全然気付いてもらえてないって事だから。

 

「今度はおねえちゃんに謝る番、ですね。私も一緒に行きますから」

「いや何に? 寧ろリナがリオに謝る番じゃないのか」

「それは、一旦いいですから……このままだと、おねえちゃん怒ったままです」

 

 でも、それがいつもの私達だ。

 

 おねえちゃんが私達を揶揄う。

 矜児さんがそれを諫める。

 それが拗れたら、私が仲裁に入る。

 

 そうやって今日までやってきた。

 決して順風満帆とはいかなかったけど……楽しい事も悲しい事も、全部大切な思い出だ。

 

 なのに一人で全部抱え込まないでほしい。

 何か辛い事を隠してて、そのせいで私達との関係を悩んでるなら……一緒に解決していきたい。

 

 ずっとこの先も、一緒に過ごしていたいから。

 

 矜児さん……それが私達の気持ちです。

 だから自分から独りぼっちになろうだなんて……そんなおかしな事、考えないでくださいね?

 

 

 

 

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