前世に忘れてきました。何を?人道とやらを   作:しらたまあんみつ

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原作21巻を読んで脳を焼かれたので書き始めました。


立志編
打たれた雷は浅葱色


 

 

誰かの断末魔が上がった。それにうるさいなぁと思ってしまう自分は、とうにこの世界に染まってしまったらしい。ぼんやりと少女はそんなことを思って、先ほどまでは確かに魂が宿っていたはずの骸を飛び越える。

パン、と乾いた銃声が鳴る。それとほぼ同時に、視界の端に鮮血が飛び散った。

「取ったぞー!」

 

この場の雰囲気とはあまりにも場違いな歓声に、思わず足を止める。どうやら、たった今倒れたのは敵の大将らしい。

(ああ、勝ったのか)

 

もう終わりなんだなと、握っていた刀を振る。

「あれ」

その動作によって飛び散るはずの血が、刀にこびりついたままであることに首を傾げた。見れば、すっかり乾いてしまって取れないほどに固まっている。

 

(じゃあ良いや)

からん、とどこか空虚な音と共に、使えなくなった刀を手放す。そうして、地面に倒れている足軽から適当な刀を奪った。

それに罪悪感などない。当然だ、生まれてこの方繰り返して来た動作なのだから。習慣と、そう呼んだ方がいいかもしれない。

 

「元現代人が聞いて呆れるな」

はは、と鏡の上の曇りのような虚しさを乗せて小さく笑う。殺人プラス略奪ーいや、持ち主が死んでるからノーカンか?ー前世の司法であればどんな判決が下るだろうか。生憎と、法律の類は見事に抜け落ちているため、その答えは知れないが。

 

 

 

 

 

そう、前世。ナチュラルにそんな言葉を使っているが、別に電波な訳ではない。中学生特有のあの病にかかったわけでもない。

 

 

トラックに轢かれたのか、はたまた不治の病でも患っていたのか。理由など記憶の彼方遥かではあるが、とにかく少女は一度死んでいた。

その筈だったのだが。ぱちくりと目を見開き、少女は首を傾げた。なんと血まみれで転がる女という、ホラー映画もびっくりなスプラッタな光景が広がっていたのだ。

 

(ええと、これはどういう状況だろうか)

本来ならば、「死んでいるはずなのに生きている」という驚愕すべき事実よりも、少女は目の前のことに意識を引っ張られていた。

 

それで、周囲を見回してみたのだ。殺人現場ならば証拠があるかもしれないし、もしかしたら犯人が居るかもしれないと。仇を取ろうと思ったわけでは微塵もないが、見知らぬ女性のために出来ることはそれしかないと思ったから。

 

そしたらまあ、どうだろうか。同じように血まみれの死体が山を成しているではないか。これには、倒れた女を見ても悲鳴一つあげなかった少女も驚いた。何だろうか、これは新手のドッキリだろうか。でも一般人である自分にそんなことしたって何のメリットがーと、思考が段々と逸れていったところで。

 

(あれ、私死んだんじゃなかったっけ)

やっと、頭が現実に追いついた。少女は再び、首をこてんと傾げた。じゃあここは死後の世界か夢の中なのか。それにしてはグロが多いなと、能天気に考える。話に聞いた極楽浄土は、こんな場所では無かったはずだが。

 

「に、しき…」

と。

死んでいると思っていた女が発した言葉に、少女はびくりと身を震わせた。肩をそっと叩いてみるも、力尽きたのかそれ以上の動きはなかった。それよりも、

 

(にしきって何だ…?)

女の言葉に、少女は気を取られていた。見たところ、自分に話しかけてきたようだが。少なくとも、己の名は「にしき」では無かったような…?

 

そこで、少女ははっと気づいた。

(果て、私の名は何だったろうか)

名ばかりではない。記憶がほとんど抜け落ちているのだ。まるで歯抜けの櫛のような記憶を手繰り寄せ、少女は一つの結論に辿り着いた。

 

(まさか、転生ってやつなのか)

 

 

然り。少女ーいや、(にしき)は俗にいう転生者であった。

 

 

 

 

名乗る名もなく、女が言っていた「錦」という名をとりあえず貰った少女は、独りぼっちであった。身一つでポンと見知らぬ世界に投げられたのだから、当たり前である。

そして、錦が転生した世界は、現代日本のそれとは比べものにならないほど過酷を極めていた。転生した時の光景から察せられることではあったが、戦三昧の荒れに荒れた時代。外国ではなく、日本だったのが唯一の救いというべきか。

 

それでも、錦は生きようと思った。死にたくないと思った。

 

死んだ足軽の死体からものを盗み取る日々でも。誰かが毎日死んでいる日々でも。

 

それでも、錦は生きたいと願ったのだ。

 

 

 

その願いに、微笑んだのは神なのか、それとも悪魔だったのか。どちらにせよ、錦は幸運だった。なぜなら、特別な力を持っていたから。

 

 

 

(これが使えて、本当に良かった。転生、即死じゃ意味ないもんな)

戦が終わり、兵舎ーといっても、古ぼけたテントのようなものが張ってあるだけーに座り込んだ錦は、拳を見つめた。そこには、ゆらりと湯気のような力が立ち上っている。

 

 

錦は、転生した頃からある力が使えた。血のように全身を廻っていて、でも血と違ってある程度のコントロールが効く力。

それを使えば、非力のはずの腕があら不思議、どんな巨漢でも投げ飛ばせる。ぴょんと跳べば、世界記録をゆうに超えていそうなところまで視界が高くなる。

これが転生特典とやらなのかと、密かに感動していたのだが。

 

ある日、いつもの通りに死体を漁っていて。ひょいと、何でもないかのように襟を摘まれたのだ。もちろん、錦は最大限の警戒をしていた。人売りにでも捕まったら笑い事ではないから。

 

時には、例の力も使って生き延びてきた錦を。そいつは、簡単に捕まえてみせたのだ。そうして、錦を捉えた侍は、ひどく楽しそうに笑っていた。

 

「何だぁ珍しいな、お前ガキなのに呪力使えんのか!」

こりゃ逸材だと言う侍に、錦は困惑した。

 

(え、ジュリョクって何だ)

もしやこの力のことを言うのかと尋ねてみれば、侍は鷹揚に頷いた。

「おう、呪う力と書いて呪力だ」

 

それに、錦はやっと合点がいった。嗚呼なるほど、ここは呪術廻戦の世界であったのかと。

 

呪術廻戦、前世の錦が読み込んでいた漫画だ。己は少年漫画が好きだったようで、虫食いだらけの記憶の中でも、漫画の記憶は煌々と光を放っていた。

その中でも、特に印象に残っていた漫画。

 

(…もしかして、私の人生ってハードモードではなくナイトメアモードだったのか?)

 

そう、思ってしまうほどに。呪術廻戦は生き残るには厳しい世界なのだと、錦は知っている。

 

どうせ死なないだろうとたかを括っていたような主要人物でさえ簡単に死ぬ、モブなんて考えるまでもない。しかも死に方も残酷だ、悔いのない死なんて無いし、ある日呪霊に弄ばれて殺されました、何てザラだ。

 

終わったなと悟っても、まだ錦を神だか悪魔だかは見捨てていなかった。

 

 

侍に連れられて戦に出ても、今まで死んでこなかったのだから。

(数え年だから、今10歳かな)

素人目に見ても雑な呪力操作に、術式も使ったことのない身でこれは奇跡だろう。そうだ、ギネス記録に載っても良いんじゃないだろうか。どんな記録なのかと聞かれても困るけど。

 

(でも、結局いつかは死ぬんだろな)

まあ、人間だから当然の話ではあるが。それまで、のらりくらりと生きていこう。錦は、そう思っていた。

 

 

 

 

 

だから。こんな展開、予想もしていなかった。

(何なんだよ、ふざけんな)

痛みを訴え、実際に血がどばどばと流れ出る腹を抑えながら、錦はぎゅっと唇を噛んだ。

 

 

いつものように、兵舎で休みを取っていた時だった。突然、視界を雷が走り抜けて。体を呪力で守ったはずなのに、腹には穴がぽっかりと開いていた。何が起こったか分からず、呆然と倒壊した兵舎を見ていると、土煙から誰かが出てきた。

 

そいつは、よく戦で見かけるような生首を持っていて。無造作に、放り投げた。

その意思を宿さぬ目と、錦の目がかちりとあった時、ひゅっと気道が窄まった。それは、見知った人間の顔だった。己を呪術の世界に引き込み、戦へと連れ出した侍。

 

恩を感じていたわけではない。それでも、十分とは言えないまでも飯と銭を与えてくれた。他にも、地面に目をやれば世話になった人間がゴロゴロと転がっている。

 

そうして、侍を殺した奴の姿が完全に見えた時。

 

(ああ、死んだなこれは)

 

理解した。いや、させられた。

 

そいつから感じる、圧倒的強者の気配。化け物と、そんな言葉で形容することも憚られるような。一挙手一投足ですら足元にも及ばない。年齢以上の死線を潜り抜けてきた錦でさえ、己の運命を悟ってうずくまるしか無かった。

 

 

 

そいつを、錦は知っていた。記憶の中でも、噂の中でも。そいつは、呪術廻戦という漫画の中で、仮にも一時代の最強と呼ばれた男だった。そして、戦に出始めた頃、幾度となく名を聞いた。

 

雷神、鹿紫雲一。

 

最初は違和感を抱いた。前世の知識では、そいつは死滅回游に参加していて、それでコガネに登録される名前は受肉された体のもののはずだったから。でも、すぐにそんなことどうでも良くなった。

 

名なんて関係ないのだと、鹿紫雲の華々しい戦績を聞いたら分かる。

曰く、初陣で敵を全員殺したとか。

曰く、十で織田信長に実力を認められたとか。

曰く、明智光秀の首を取ったとか。

その、数えることもできないくらいの噂話に、ただただ感心した。

 

 

 

そして今、鹿紫雲一は錦の目の前に立っていた。その姿ですら、一寸の隙とて存在しない。

「…このガキ、まだ生きてんのか」

しゃがみ込む気配がして、その低い声がより近くに聞こえた。ばちりと、電気が空気を焦がすような匂いがする。

 

(何だ、拷問でもするつもりか)

敵が喜ぶような情報は持っていないが、最低限の陣容は知っている。それとも、何の目的もなく弄ぶのか。どちらにせよ、明るい未来なぞ存在しないことは誰の目にも明らかだった。

 

死刑宣告をただ待つだけの囚人のようにぎゅっと身を縮めた錦に、鹿紫雲は、何でもないことのように言った。

「動けんなら逃げて良いぞ」

 

え、と掠れた声が漏れるのを聞き、浅葱色の髪の少年は肩をすくめた。

「俺に女、それもガキを痛めつける趣味はねぇ。まあ俺を雇った奴は別かもしれないがな。オマエも、そんな目に遭うのは嫌だろ」

なら逃げれば良い、と。

年なんてさほど変わりもしない錦に、鹿紫雲は淡々と告げたのだ。

 

 

 

 

ズザ、ズザ、と芋虫のように地を這う。地面と傷口が擦れるたび、痛みでバチバチと目の前に白い光が踊る。しかし、錦はそんなことは関係ないと言わんばかりに進んだ。

実際関係ないだろう。動かなければ死ぬという状況下では、死ぬほどの痛みなど。

 

それでも、血の流しすぎかとうとう動け無くなった錦は、力なく木にもたれかかった。

 

(どのくらい、離れただろうか)

敵が追って来れないくらい遠くを目指していたが、果たしてここは何処なのだろうか。

まあ良いかと、目を閉じる。どうせここが何処であろうと、敵に見つからなければそれで良い。

 

「や、でも死ぬかなぁ」

会敵しようがしまいが、すでに体から流れ出る血は致死量に至っているだろう。むしろここまで動けたのが凄い。もしかして、まだ神だか悪魔だかは自分に微笑みかけているのか。

 

だがしかし。ここから助かる方法など皆無に等しいだろう。今は戦国時代だ、医療など発達しているわけがない。包帯巻いて、止血して、それで助からなかったら放置というのが基本だ。

それに医療用具など何一つ持っていない。

 

「…でもやっぱり、死にたくないや」

溢れた泣き言に、思わず苦笑する。

 

今まで散々殺してきた。記憶を遡れば、大体の時間は戦場で刀を振るっている。

命乞いもされた、数えきれないくらいされた。全て無視した。

手柄のために、名前も知らない人間を刈り続けた。

 

前世では確かにあったはずの、倫理観やら良心やらが、やってはいけないと悲鳴を上げるのを、聞こえないふりをして。

 

それを、悪だと捉えなくなったのはいつからだったろうか。呪力を使って、弱者を蹂躙することを、肯定し始めたのは。呪力を使えば、非術師なんて相手にならない。なるわけがない。まず、勝負として成立しないだろう。

 

それを、殺して殺して殺して。両の手が血まみれになってもまだ、殺して。そんな自分が死ぬのは、当然の帰結というものだろう。

 

それなのに、ああ、何て滑稽なのだろうか!

 

己が死ぬとなると、今までの罪など意識から吹っ飛ばし、生きたいと考えるなど。

惨めだ、救いようもないほどに。

 

 

「…強かった。あいつ、強かったな」

ふと、そんな言葉が口をついた。

 

近づかれるまで気づかなかった、気配の殺し方。呪力操作の澱みのなさと、まるで見ることさえ出来なかった、素早さ。

 

五つ、離れているくらいだろうか。それなのに、あの強さ。

 

自分は鍛錬などやってはいないし、身につけたものは生き延びるためだけの技術だから、しょうがないと言えば、しょうがない。

 

でもなぁ、何であろうか。自分と、彼の途方もない差は。

 

「やっぱ、あれかな。私は偽物だからかな」

 

人間、死にかけると思いもよらないところに思考が進んでいくらしい。

 

鹿紫雲は、根っからのこの時代の人間だ。原作でも、人間は土塊に過ぎなかったと言っていたし。命の価値が、まるで違うのだろう。

だからこそ、躊躇いなんざ存在していなかった。人を殺すということに、

 

対して、自分は?

過ぎ去ったはずの前世とやらの、常識に囚われて。いまだに、夢に出てくるくらいなのだ。殺した連中の顔が。

つまりまあ、迷っているのである。こうやって生きて良いのか、と。

 

(そりゃ、違うか)

 

迷う奴は弱い、と前世の漫画で読んだ気がする。

 

でも、捨ててはいけないだろう。その良心とやらは、邪魔極まりないけれど。捨ててしまったら、自分が自分で無くなってしまうような。そんな感覚が付き纏ってくる。

 

「殺し」を生きる術として知っていても、積極的にやろうとはしない。

そんなスタンスで、本物の強さなぞ得られるわけがないのだ。

 

 

「…良いな」

ぴちょん、と水面に水滴が落ちるように。

 

鹿紫雲を見て、錦は思ってしまったのだ。すごい、とただそれだけを。

 

自分を拾った侍ー一般的には、恩人とカテゴライズされるはずの人物ーやら、仲間やらを殺されても。半分は摩耗してしまった神経では、そんなことは気にならない。

 

それよりも、重要なのは。魅せられた、本物の強さ。紛い物では決してない、努力と才能の成せる技。

それは、何よりも鮮明に、錦の両眼に焼き付いた。

 

(ほんと、イカれてるよ)

腹に穴が開き、死にかけているというのに。まだ、死にたくないと強く思っているのに。

自分は、全てを奪っていったあの雷に、憧れてしまったらしい。

 

 

 

 

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