前世に忘れてきました。何を?人道とやらを   作:しらたまあんみつ

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澱む水面下

 

 

「でー?なんか作戦は?」

「ない」

 

キッパリと、いっそ清々しく言った錦に、忽那は唖然とした。「嫌い」だの何だの言っておきながら、共闘を持ちかけたのは、十分な勝算が有ったからではないのか。忽那の視線に気付いたのか、錦は首を傾げた。

 

「何だ、策があるのか?それならぜひ教えてくれ」

 

違う、そういうことじゃない。忽那は頭を抱えたくなった。しかしそこは彼、持ち前のマイペースさで持ち直す。

 

「とりあえず、ボクの術式教えとくー。簡単に言えば、「犬神」かな」

「発動条件は?」

 

性急な問いに苦笑しつつ、袂から一本の毛を取り出す。

「…犬の毛?」

「そーそー。これを口にポイっと放り込めば良いの」

「私以上に近接前提の術式じゃないか…!」

 

今度は錦が頭を抱えたくなった。

 

犬神筋。噂程度にしか聞いたことはないが、相手に「犬神」と呼ばれる式神を取り憑かせ、呪い殺す一族のことだ。朝鮮への舟の中で於土岐がそう言っていたから、戦力になると思ったのに。発動条件がそれでは、本当に意味がないではないか、

 

(…いや、待てよ)

「忽那。犬神が憑いたらどれくらいの痛手になる?」

「それはさあ、やってみれば分かるよ。試してみるー?」

 

呑気な口調とは裏腹の、いやに鋭い瞳が錦を見た。それにどうも居心地が悪くなり、目をそっと逸らす。

 

「いい。一定以上の損害が加えられるっていう保証はあるんだな?」

「もっちろーん」

「良し。じゃあ私が囮になるから、お前は隙を見て「犬神」を使え」

 

忽那の術式は、確かに未知数だ。けれども、錦のよりかはダメージを与えられる可能性が高い。「変圧呪法」は、持ち主と相手の呪力出力の差で術式効果が左右されてしまう。

この呪霊は恐らくだが、錦よりも出力が高い。近づいても決定打となるか分からない変圧呪法を使うより、勝ちの目はあるだろう。

 

 

問題はーどう、そんな隙を作り出すか。呪霊の手札は既出のものでも二つ。水流をぶつけるのと、水の斬撃(らしきもの)。

川から離れると制御ができなくなることを考えると、川の水を操作しているのだろうが…いかんせん、術式の幅が非常に広い。まだまだ引き出しに技があると考えた方が良さそうだ。

 

 

「まあ、今まで散々醜態を晒してきたんだ。そろそろ仕返ししたいところだな」

もう体は温まっているのだ。準備運動なんて必要ない。

 

 

繰り出される濁流に触れる。勢いを殺しきれなかったのかボキリと音が鳴るが、この際気にしない。そのまま術式を発動すれば、跳ね返されたように水が凄まじい勢いで呪霊に向かって飛んでいく。

 

「あらゆる物体には圧力がかかっている。それを変えりゃ、こういうことも可能なんでね!」

代わりに腕はクソ痛いが。やはり、他者が操っているモノの圧力を変えるのは反動がキツイな…!

 

 

だが、当然の如く呪霊に当たる前に水流は再び錦の方へと反転した。

トン、と地面を蹴る。そうして、軽く激流の上に飛び乗った。ぴちゃ、軽い水音を立てて軽快に水面を走っていく。

 

 

「はあ!?」

その様子を見ていた忽那は目を剥いた。

「ちょっと、ほんとアイツの術式なんなの」

 

 

足を跳ねさせるたび、波紋が盛り上がり錦を支える。その軌跡を、機械のカメラか何かのように虚ろな瞳がじっと見た。

 

ドプン!!

ふいに、踏みしめたはずの水面が掻き消えた。否、水流の中に引き摺り込まれたのだ。

(まあ、黙って見てる訳ないわな)

ゴポリと泡が吐き出されるのを見ながら能天気に考える。

 

体が重い。絡みつく水に顔を顰めるが、それは拘束力を強めるだけだ。

「ーーー、ーー!」

何かが聞こえた気がしてそちらを向けば、水流の外で忽那が叫んでいる。おおよそ、「ふざけんな」とかその辺であろうか。

 

(でも大丈夫)

ぼやける視界の中で、ニッと口角を上げる。

「私は、こんなところで死なねえよ」

 

ー変圧呪法 藍

何のために、わざわざ水流に触れたと思ってる。

 

ジャバ!!

途端、水流のコントロールが一気に失われる。錦は思い切り空に投げ出されたが、目をぐるりと回して状況を確認する。

 

呪霊の眼と鼻の先、このままだと落下場所はちょうど川の中、高度はちょいと足りないが、そこはなんとかなる!

 

ヒュオオオと耳朶を風が切った。文字通りのスカイダイビングに悲鳴の代わりにハハッと笑い、足に神経を集中させる。

「変圧呪法 藍」

 

ドンッ!

凄まじい衝撃波と共に、錦は()()を蹴り上げた。体が凄まじい速度で宙に跳ね上げられる。

同時に足に走った痛みが鬱陶しいが、それを気にする余裕はない。そのまま呪霊に狙いを定め、勢いのまま突っ込んでいく。

 

「竜巻!!」

圧力を、呪力を込めた拳が衝突した。つるりと滑らかな感覚の脳天をぶち抜かんとさらに力を入れれば、呪霊の頭が僅かに下がる。

(おし、このまま少しでも下に!)

 

そう考えた瞬間、スッと頭が横へ移動した。は、と口を半開きにする暇もなく、支えを失った体は再び降下する。拳をかなりの速度で振り抜いたからか、その速度は先ほどの比ではない。

 

「やっべ」

目前に迫る、澱みの溜まったふかい淵に、錦は小さく呟いた。

 

 

(暗い)

そこは、ひどく無音な世界だった。飛び込んだ音も、泡が水面へ逃げていく音も、何一つとして聞こえない。呪霊の棲み家になっているからだろうか、そこかしこから嫌な予感がする。

 

呪霊も環境汚染に一役買っているのか?いや、むしろ汚染されているから呪霊がいるのか。

どちらにせよ、錦にとって歓迎すべきことではない。

 

そして、暗い。光の一条も差し込まず、太陽なんて存在すらしないかのような。闇なんかよりもずっと淀んだ底知れぬ暗さに、ぞっと肌が粟立つ。

 

 

その中で、黄色い双眸がちかりと光った。

(まずい!)

ほぼ脊髄反射かのような動きで、術式を発動していなければ。きっと今頃、水死体が一人水面に浮かんでいるだろう。

 

えげつない、と錦は周りで渦巻く激流を見た。

(…ん?待て、今までのより遅いな)

誤差みたいなものだが、確かにその威力は地上でのそれより落ちている。ここは呪霊のフィールドのはず、なぜそんなことが起きる?

 

(空気中と、川の中で何が違う?)

ちゃんと物理の授業受けとけばよかった、と錦は頭を掻きむしりたくなった。変圧呪法の時も思ったが、どうして呪術を学ぶのに科学が必修科目みたいになってんだよ。

 

 

もう一度よく水の流れを観察する。そうして、パチリと手を打った。

水流は、周囲の水を押し除けるようにして存在している。つまり、空気中よりも抵抗があるということ。呪霊が操っているのは呪力で精製した水ではなく、ただの川の水。例え自在に動かせたとしても、水中で発生する抵抗は無視できないらしい。

 

(さっきからロクな攻撃してこないのも、水中だと必然的に威力が落ちるからか!)

水の斬撃も、水流飛ばしも、使わないのではなく使えないのだ。

 

 

ということは。

ここ(水の中)は、呪霊にとっては不利になるのでは…?もちろん、人は息をしないと死ぬが呪霊はそうではないし、全方位を水に囲まれているという状況は変わらない。それでも、錦は暗い川で、薄らとした光を掴んだ気がした。

 

 

ゴオッ!

正面から突っ込んできた水流を両腕で防ぐ。ピキリと筋が悲鳴を上げ、軽く毒づいた。

(武器)は死ぬほどあるもんなぁ!やっぱマニュアル操作の銀鼠じゃ防ぐのにも限界がある!!)

 

であれば、こちらが削り切られる前に攻めるのみ!!

 

ー藍

水を力強く踏みしだき、呪霊の気配へと突進していく。

 

空気も水も、とてつもない圧力にすれば足場となる。気体や液体で人一人の体重を支えるのは流石に厳しいので、一瞬しか持たないが。それでも、不意をつくには最良だ。

 

 

呪霊から、幾筋もの水流が伸びた。うち何本かは逸らしきれず、肩に直撃した。痺れるような衝撃と共に肩の感覚がなくなるが、覚悟していたよりずっと弱い。

 

ダメージを一切気にせず、呪霊の懐へと迫る。

「もういっちょ、竜巻!!」

先ほどのリベンジとばかりに、若干の私怨が籠った「竜巻」。呪霊の腹目掛けて正確に放たれたそれはしかし、緩く流れた水流のクッションによって跳ね返された。けれども少なからずダメージはあったようで、黒々と瞳孔が開いた目が錦を見た。

 

 

ゆるりと、錦の周りを黒い影が覆った。それに反応する間もなく、体からギチリ、と人体からしてはいけないような音が鳴る。肌に感じたしっとり滑った鱗の感覚に、絞められているのだと悟る。

 

 

脳裏によぎるのは、肩を無残に食いちぎられた遙太。思い返せば、彼も川の中に飛び込んでいた。恐らく、呪霊の術式を看破したは良いが、本体のフィジカルに押し負けたってところだな。

(んで、私も同じ目に合わせてやろうって算段かよ)

 

陸上では手出しできない激流の集中砲火、水中では空気なしでのステゴロを強いられる。なんつークソゲー、と心中でぼやいた。

 

そろそろ肺に張り付くような息苦しさも限界を覚えている。ゴボ、と口から吐き出す空気はほとんどない。

内臓が丸ごとひしゃげていくような、骨がゆっくりと折られていくような圧迫感。その中で、錦は少し、顔を歪めた。それは、苦しさからくるものではなく。皮肉と、清々しさと、不敵さを織り交ぜたような色をしていた。

 

「おいおい、お前学習能力ないのかよ。散々見せてやったろ。私の術式を、さ」

 

ドクン!

呪霊の鱗の内側が、破裂したかのように盛り上がった。拘束が緩んだ一瞬の隙に、錦は飛び出した。足元の水を蹴り上げ、ひたすら水面へと向かう。

 

「グオオオオオオ!!」

耳をつんざくような唸り声と、呪霊が凄まじい速度で追い上げて来た。

(クソ、本気でやべえ!)

 

息が、もう。視界はとっくに狭窄し、手足から力が抜け始めている。あと少し、もう少しと手を伸ばす。そうして、光がごく僅かに見えた時。

 

しゅるり、と足に冷たいモノが巻き付いた。グン、とありえない力で引っ張られる。抵抗しようと必死になってもがくも、力の差は歴然。どんどんと体は深い川底へと引き摺り込まれていく。

 

せめて死ぬまでは足掻こうと、錦が水を虚しくかいた瞬間だった。

 

ガシッ、と力強くその手を誰かが握ったのは。それは、呪霊にも負けない力で錦を引っ張り上げる。

(誰だ…?)

霞んだ目で、水をかき分けて上へ上へと誘う手を見た。とうとう光が届く浅瀬まで来た時、恩人の姿が薄らと照らされる。

 

それは、重苦しい袴を身につけていた。見覚えのある、恰幅の良いシルエットに錦は思わず口を開く。

()()!?」

 

逃げ出したはずの彼が、なぜここに。目を白黒させる錦を安心させるように遙太は笑って、掴んでいた手を離した。途端にまた呪霊が引っ張り出すが、再び川底へと戻る前に、遙太は水中を機敏に進んでいく。

 

「柳生シン・陰流 簡易領域」

その腰間から、閃光が煌めいた。精緻に展開された簡易領域と共に、シャキンと鮮やかな音で呪霊の一部が切り取られた。

 

そのまま錦の元へと戻り、上を指す。その仕草にハッとし、錦は遙太の手を引いて水を蹴った。ドン、と鈍い衝撃に水が揺れる。その中を、懸命に泳ぐ。

 

 

「プハッ、ハアハア、」

随分と眩しく感じる光が目を灼いた。必死で新鮮な酸素を肺に取り込む。もはや息苦しく思うほどその動作を繰り返したあと、錦はブルブルっと濡れた犬のように頭を振った。

 

「錦くん、何を悠長に!逃げられたからといって安心しては…」

「大丈夫大丈夫。アイツが川から出て来たら終わりだから」

 

パシャ!!

バケツをひっくり返したかのような水が二人に降りかかる。てらてらと鱗を光らせ、怒りに燃える呪霊の眼が、目下にいる餌に向けられた。

 

「シュアアア!!」

「忽那今だ!!」

 

在らん限りの力で錦が叫ぶのと同時に、ひらりと忽那が呪霊に近づいた。

「ったくもうー、無茶するんだから」

 

そうして、ひどく軽快に呪霊の口に犬の毛を放り込んだ。トン、と忽那が地面に着地し、指を呪霊に向ける。

 

 

その時、空間を歪ませるようにして()()()()が現れた。否、ネズミのような体躯に、身体中に散らばった斑、二つに分かれた尻尾は、とても普通の犬とは思えない。

「犬、神」

遙太が震えた声で呟く。それには一切反応せず、犬神は一直線に忽那の指先ーすなわち、呪霊へと向かった。

 

頭部へと進み、ふと犬神は姿を消した。

「消えた…?」

「い、いえ。恐らくあの呪霊に憑いたのでしょう」

「そんな怖いものなのか、犬神は?」

 

明らかに寒さではないものを由来とするであろう震えに、思わず錦が問いかける。遙太は一瞬黙り、小さく答えた。

 

「あれは、式神というより、純粋な呪いそのものですから」

その視線の先を見れば、呪霊がその身を震わせていた。呪力が必要以上に放出され、瞳孔は正気を失ったように忙しなく収縮している。

 

そうして、ふっと呪霊が動きを止めた。

「グアオオオオ!!」

次の瞬間、鼓膜をぶち破るような凄まじい悲鳴を上げ、体を激しくくねらせた。バシャンと水が大量に跳ね飛び、すでに濡れ鼠な二人に水が浴びせられる。

 

そんな、明らかにおかしくなっている呪霊に近寄る影があった。

「誰が濡らせって言ったのー?」

ポタポタと雫がしたたり落ちる髪を絞り、不快さと苛立ちを混ぜたような声を出したのは忽那だった。

「もう良いよ、君は。餓死でもしとけよ。狗らしく、ね」

 

そう、ひどくのんびりとした口調で告げられた、死刑宣告のような響きを持った一言。

それに、呪霊は彫刻のごとく固まった。

 

 

ぐちゃり、と。

「…は?」

目の前の、あまりに衝撃的な光景に、錦はその一文字を漏らした。正確には、それしか言えなかったのだ。

 

ぐちゃべちゃと、耳を塞ぎたくなるような咀嚼音が聞こえる。それは、呪霊の口から発生していた。何も、遙太や錦を食っているわけではない。呪霊は、何かにせきたてられているかのように一心に、()()()()()を貪っていた。

 

その異常としか言えない行動に、錦と遙太が何も言えずに固まっている横で、呪霊は止まることなく己を食べている。いや、噛みちぎっていると言った方が正しい。

 

(まさか、犬神はここまでの行動を強制できるのか…)

零落とは訳が違う。自食行動、つまり究極のカニバリズム。生命である限り最も嫌悪感を覚えることですら、ああも容易く命令できる。

 

ふと遙太を見れば、その目は逸らされている。まあそうだよな、と自身も吐き気を覚えかけている錦は思った。

 

 

ようやく、悍ましいBGMが終わりを告げた。恐る恐る呪霊を見ると、すでに食べる箇所など頭部しか残されていない。その状態になるまで食い散らかしたのかと、錦は眉を顰める。

 

ザフッ、と聞き馴染みのある音で呪霊が消え去った。

フウ、フウ。誰のものかもわからない吐息が、静かにその場に満ちた。

 

「勝った…?」

「か、勝ちました」

「勝ったねえ」

 

三者三様に、目の前の事実を述べる。ただ、その場の空気は静まり返っており、とても勝利への高揚感などというものはない。

 

「とりあえず、上がろう。風邪引いても困るしな」

「ええ、ッ痛、」

「大丈夫かよ、つーか肩の血止まってないだろ。応急処置じゃ間に合わないな、早く戻ろう」

 

遙太を半ば抱えるようにして水をかく。先に遙太を陸に上がらせた錦に、忽那が無言で手を差し出した。それを躊躇うことなく無視し、錦もまた陸へ体を押し上げる。

 

「ねーねー、なんで無視すんのぉ?」

「うるさいな、嫌いだからっつってんだろ。共同戦線が終わったなら、わざわざ仲良しこよしする必要もない」

「えー、こうさ、戦った後の友情とかないわけぇ」

「あると思ってんならその腐った脳みそ替えてこい」

 

ギュッと力を込めて水を絞る。そこに風が吹き、錦は寒っ、と体を震わせた。

 

どさっ、と何かが倒れる音がした。そちらを見れば、遙太が力なく地面に伏している。

「…疲れたのか?」

ふと額に手をやると、明らかに平熱ではない体温に目を剥く。

「やっべ、肩の手当てもしないとだしな…とっとと戻るよ」

「はいはい」

「お前反対側持て」

「やだよ面倒くさい」

 

 

 

 

 

 

 

「さて、こんなものかな」

魑魅は手に持った呪具を積み上げた。ちらりと背後に聳える山を見上げる。側から見ればただの山だが、呪術師が見ればそうではない。

 

山全体に呪力が滲み出ているのを確認し、魑魅は顎に手を当てた。

(…想定以上の術式だ。これならば()()に支障が出ない)

「もう私はいらないかな」

 

 

魑魅は亡峠と組み、呪具処理を担当していた。もちろん、処理だけならば魑魅は必要ないが、いかんせん亡峠には知識がない。故に、魑魅が補佐という形でついている。

 

 

山の麓へと近づき、積み上げられた呪具を一つずつ投げ入れる。それぞれがゆっくりと闇に呑まれていくのを見届けて、魑魅は踵を返した。

「じゃあ、あとは頼んだよ」

 

 

 

 

山の頂上で座禅を組んでいた亡峠は、ふと違和感に顔を顰めた。

(何だ、この妙な感じは。今までの呪具にはなかった気配がする)

魑魅に声を掛けようとして、その姿が無いことに気づく。

 

「まあず、肝心な時に役に立たねえやつだな」

そうぼやいて、立ち上がろうとした時だった。ごぽり、と口から赤黒い液体が染み出した。

「あ?」

 

ハッと手をやれば、確かに生ぬるい感触がある。同時に体が力を失った。膝から地面に崩れ落ちる。

(クソ、どうなってやがる!)

なぜか指先に至るまで動かせない。ピクピクと陸に打ち上げられた魚のように亡峠は痙攣した。

 

(この感覚、覚えがある。確か前に呪詛返しを喰らった時に…。まさか、さっき「神隠し」を施した呪具の中に、呪詛返しを行うものが!?)

僅かに動く瞳を必死で動かせば、視界に嫌な光を放つ金の鈴が入る。

(あれか…!!)

とにかく、この場から離れなければ。魑魅が警告しなかったということは、あまり有名な呪具ではないのだろうが、この効力は本物だ。であれば、巫堂が近くにいるのかもしれない。

 

 

ズザ、と足音が聞こえた。なんとか目を上に動かすと、そこにはチマチョゴリを着込んだ老婆がいる。その無感動な目を見て、ひゅっと亡峠は息を呑んだ。

(おい魑魅、何をやってる!ここまで侵入されてんじゃねえか!)

 

トントンと、巫堂は無造作に亡峠に近づいた。その手に小ぶりな刀が握られていることに気づき、亡峠は怯えが全身に走るのがわかった。

 

(待て、来るな。来るなぁあああ!!!)

 

ードス、

 

 

 




感想・お気に入り登録・評価などいつもありがとうございます!
この前二日で一話書き終えて、評価ってモチベにめっちゃ繋がるんだと気づきました。それはそれとしてちょっと自分が気持ち悪いかも。二日で八千文字は作者にしては快挙。
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