前世に忘れてきました。何を?人道とやらを   作:しらたまあんみつ

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智は事を知るより難きは莫し

 

 

柄杓の中で揺れる水を、たぷりと手に注ぐ。懐から賽銭を取り出し、小さな箱の中に入れた。その場で深く二度礼をする。パンパンと手を二回叩いた。

「祓い給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え」

朗々とした祝詞を唱え、再度礼をした。そうして、遙太に向き直る。

 

食いちぎられた肩に手を当てて、許斐は肩の形をした絵馬を持った。

「この者の一日も早い平癒を、どうか叶えさせ給え」

手の中の絵馬を、明々と燃え盛る火の中に放り込む。

 

「おお、」

絵馬が焼かれ、灰になっていくのと同時に、遙太の肩に光が灯った。ゆっくりと筋繊維と血管が畝り、体を形作っていく。光が完全に消えた時、遙太の肩は元通りの姿を成していた。

 

「なるほど、確かにこれは…」

治った肩を回しながら、遙太が感嘆の声を上げる。それに許斐は満足そうに道具を片付けた。

「随分と便利な術式だな。反転術式を使ってる訳じゃないんだろ?」

「まあね。手足荒神って知らん?比較的新しか民間信仰だばってん、うちん家ん術式ば非術師どもが勝手に祀っとーと。そんおかげでうちん家ん知名度も上がりんしゃい。今では朝鮮出兵にまで呼ばるーくらいばい」

「そりゃ良かったな」

 

興味なさげに返し、錦はスタスタと歩いて行った。とりあえず許斐から離れたかったのである。すでに許斐への好感度は地に落ちている、今更治療で浮上するようなものではないし、単純に許斐と話したくない。

そういうわけで、光の速さで離れていった(逃げていった)錦の目の前に、許斐は仁王立ちした。

 

「…何だよ」

自分の前に差し出された片手を見て、錦は眉を顰めた。

「金、払いんしゃい」

 

「は?」と喉まで出かかった声を呑み込み、代わりに脳みそを整理する。確かに、無償で治してくれるなんてお優しいと思ったが、金を請求されるとは。

(や、でも正当な報酬だったら払うべきか)

 

問題があるとすれば、錦は一文なしであるということと、許斐を心の底から嫌っているということだけである。後者はまあ百万歩譲って無視してやっても良いが、前者はそうはいかない。錦と鹿紫雲は報酬によって戦に参加しているわけではないからだ。実力を鍛えるためという名目で、戦に乗っかっているのに近い。要は師弟揃って金が無い。

 

 

その寂しい懐事情を鑑みつつ、錦は首を傾げた。

「幾らだ」

「まあそうね、うちん消費した呪力、あと治しゃな君らが危なかったことば込みにして…七十五貫でどげん?」

「はあ!?」

 

涼しい顔でさらりと告げられた大金に目を剥いた。

七十五貫、現代の日本円で言えば900万から1100万である。当時の下級武士の年収の二年分の年収にも相当するそれは、端的に言って巨額である。そしてもう一度言おう、錦は一文なしだ。

 

「ちょ、ちょっと待て。高い」

「知らんばいよ払いんしゃい」

「せめてその半額にしろ。遙太、お前もそう思うよな」

 

突然話を向けられた遙太は、錦の戦闘中より鋭い目に見つめられ、びくつきながら言葉を捻り出す。

「ええ、まあ…」

「ほら、アイツだってそう言ってんぞ。そもそもそれ一人当たりの金額だろ?どれだけ儲けるつもりだよ」

 

心なしか早口の錦に、許斐はふとその視線を射抜くようなものに変えた。

「「高い」?うちに言わしぇりゃあ、これでも安うしたつもりばい」

「ハッ、金がそんなに大事か?いつ死ぬかも分からないのに、現物に執着してどうするよ」

「そげな問題やないとよ」

 

そう言って、許斐は錦と目を合わせた。

「ねえ、あんたは命は幾らやて思う?」

「それは、」

 

答えようとして、言葉に詰まる。言えない、分からない。錦はずっと、人の命の価値なぞ感じていないのだ。人を殺す、それはひどく普通のことで。価値を論じる意義も、資格も。錦は何一つ、持ち合わせてはいなかった。

 

黙り込んだ錦に何を思ったか、許斐はその両手を広げた。

「命は金では買えんよ、普通はね。やけんこそ、人は命に価値ば見出しゃん。否、見出しぇん。それにうちが具体的な値段ばつけてやっとーったい、君も少しは誠意ば見しぇりぃ」

「私の誠意が、七十五貫だと?」

「そゆこと」

許斐はニコリと笑った。

 

(一理ある、か)

例えば、「自分の言うことを聞け」だの、「自分のために戦え」だの言われるよりは、金で解決できる方が穏便なのかもしれない。いや、だとしても。

 

「お前はどうしてそこまで金を求める?」

錦は、疑問をそのまま口に出した。許斐からすれば、「命の恩」を盾にして、金よりも価値のあるものを幾らでも請求できる。錦に払う意思が無かったとしても、だ。

 

それに、許斐はうっそりと笑みを浮かべた。

「秘密♡」

上擦った語尾に鳥肌が立ち、ぞっと後ろに退がる。

「…お前の言いたいことはわかった。ただ、七十五貫は高い」

「なんや、うち相手に値切り交渉でもするつもり?」

「金が無いんだよこっちは。今払うと約束しても、返済がだいぶ後になる可能性だってある。お前も金が欲しいなら、それは嫌だろ?」

 

何とか絞り出した防衛策に、許斐は逆に嬉しそうに手を叩いた。

「じゃあ、返済期限ば定めりゃあ良かってことね!」

「待て違うそうじゃない」

「二年以内ってどげん?普通に働きゃあ貯まるやろう」

「せめて話を聞く姿勢を見せろよ」

 

まずい、このままでは本当に七十五貫払う羽目になる。治療費を払えずに首が回らなくなるーなんてごめんだ。そんなことが噂にでもなってみろ、錦のメンツはどうでも良いが鹿紫雲のメンツも潰れてしまう。それは困る、と錦は必死で解決策を探った。

 

 

(朝鮮の呪霊の情報を売るか?だが、どれだけ高く買ってもらえるか…)

ニヤニヤと笑う許斐を鬱陶しそうに睨みつつ、頭は必死で回っている。だがそんな錦を嘲笑うように、許斐は踵を返した。

 

「まだ話は終わってないだろ!」

慌てて立ち塞がった錦を、キョトンと見つめ返す。

「いや終わっとろ。額と返済期限決めたんやけんしゃ。こん後に及んでまだ交渉するつもり?」

 

(…何も言えない)

そもそも食い下がっているのは錦なのだ、許斐がこう言っている以上、錦が言えることは何も無い。

 

「ッチ、分かったよ」

「毎度あり〜」

 

楽しげに表情を緩ませた許斐をゲンナリと見送っていると、ふと彼女がスキップを止めた。

「ううん、やっぱ良かや。五十貫でどげん?」

(は!?)

唐突な宣言に錦が唖然としているうちに、許斐は今度こそ去っていった。

 

一人ぽつねんと取り残された錦は、許斐の言葉を反芻してハッと思い至る。

「あんの女、初めからこのつもりだったのか…!遊んでやがったなちくしょう!!」

今更喚いても許斐は影も形もない。錦は八つ当たりを込めて地団駄を踏むしか無かった。

 

 

 

 

「随分と吹っかけられたじゃねえか」

くつくつ笑いながら、鹿紫雲は黄昏ている錦に言った。と、錦は不貞腐れたように体育座りをした膝に顔を埋めた。

「自分できっちり払えよ」

「当たり前です、鹿紫雲サンにたかるほど面の皮は厚くないんで」

はぁ、と辛気臭さを煮詰めたようなため息を吐き出す。

 

「朝鮮の呪霊を祓ったんだろ?少しは喜んだらどうだ?」

「その喜びをさっき消えましたよ」

いつまでも引き摺っている錦を見かねて、鹿紫雲は彼女の頭をはたいた。痛ってぇとうめく弟子に腕を組む。

 

「で、強かったか?」

「零落には及ばずともですけどね。強いは強かったんですけど、まあ何と言うか異常に硬かったってのが印象に残りましたね」

「攻撃が通らなかったのか?」

「私の術式って、内部破壊が主じゃないですか。それでも、最大出力の「藍」がまるで効かなかった」

 

霊力とやらの影響でしょうかねー、と呟く。それに鹿紫雲はふと巫堂の姿を思い浮かべた。確かアレも、己の呪力特性が一切効かなかった。

そう伝えると、錦は鶯色の目を見開いた。

 

「鹿紫雲サンの攻撃が効かないって相当ですね。でも話を聞く限り、防御に全振りって訳でもなさそうだし」

「魑魅の言った通り、呪力に似た力ではあるようだが。いかんせん未知数だな」

 

うーん、と二人揃って首を傾げる。

「まあ、力の源は分からずとも殺せるし祓える。それさえ分かりゃいいんじゃねえの?」

「そうですけど、気になるじゃ無いですか。分からないままにしてたら、いつか手酷いしっぺ返しを喰らいますよ」

「そりゃ体験談か?」

 

鹿紫雲は組んだ腕を頭の後ろに持ってきた。それを何ともなしに見つつ、錦は両手の指を突き合わせる。

 

「あのー、ちょっと良いですか?相談ってほどでも無いんですけど、聞いて欲しい話があるというか…」

珍しく、ゴニョゴニョと逡巡するように言葉を吃らせる。その様子に、鹿紫雲は錦の隣に腰を下ろした。

「何だよ、言いたいことがあるならさっさと言え」

それでも数秒、言葉を探して「あー」だの「うー」だの呟き、ようやっと錦は意を決したように顔を上げた。

 

「私は一人じゃあの呪霊を祓いきれなかった。別に、それは普通のことで。それを悔しいだなんて思っちゃいませんよ」

術式の相性もあるし、と言い訳がましく続ける。

「でも、私助けられたんです。遙太っていうー名前はどうでも良いか、とにかく一度逃げたやつに。私は、アイツが逃げた時「偽物」だなって、そう思ったんです。だってそうでしょ、臆病者だとか謗るつもりはないけど、戦って心が折れて、それで逃げ出すようなやつを「本物」だなんて、認めるわけがない」

ー認めちゃ、いけない

 

 

再び、膝に顎を乗せる。その目は、いつか鹿紫雲が見たような、目の前の道を不安げに見つめる、子供の目だった。

「でも、アイツは戻ってきた。死ぬかもしれないのに、いや絶対死ぬ可能性の方が高いのに。恐怖に打ち克ったわけでもなく、逃げたくせに、心が折れてしまったはずで、それでも「死にたくない」だのとほざいて逃げたのに」

何でなんですか、とポツリと錦はつぶやいた。

「結局、アイツは偽物なのか本物なのか、それが全然分からなくて。自分が目指してるものは揺らいでいない。でも、私の基準がこれで正しいのか、」

「それは一貫していなきゃいけないことなのか?」

 

錦の一見要領を得ない独白をすっぱり鹿紫雲は断ち切った。え、と戸惑いを表面に押し出して錦は鹿紫雲を見た。

 

「なんかお前、昔も同じようなこと言ってたよな。何だっけか、「与えられる評価は正当でなければならない」だとか…いや、言ってなかったか?」

まそれは良いとして、と鹿紫雲は首の後ろをかいた。

 

「拘りすぎなんだよ、お前は。人は良くも悪くも変わる生き物だ。それに対して、絶対普遍の物差しなんざあるわけがない。仮にそんなものがあったとして、万人が納得できるもんじゃねえ」

「ッツ、でも、それじゃあ私が納得できなくて、」

「目指すもんは決まってるっつったよな」

 

鹿紫雲の、真っ直ぐな眼光に虚を突かれた。反論も、迷走した思考も、全部構わないと言わんばかりに捩じ伏せていく視線。

 

「そんなら、それで良いだろ。別に「本物」だの「偽物」だの、その基準が定まってなくても良い。目指すもんが、お前の目的地が決まってるなら、脇目も振らずに走ってけ」

「…それは、駄目でしょ。ただのズルだ、逃亡だ」

 

錦はぎゅっと手を握った。今でも、誰かの首を斬った感触が残っている。今でも、誰かの心臓を貫いた感触が残っている。

 

「私は、人を殺した。それは変えようのない事実で、私がどうしようがそこにある。今更それに思うことはないですよ。でも、私は「真偽」という、自分の信ずる基準によって人を選んだ、人の命を選択した。それなのに、」

 

握りしめた拳を、地面に叩きつける。爪が深く刺さった箇所から、血が滲み出た。

「それなのに、その基準が定まってないって、そんなのダメでしょうが!!それじゃあ、私は、私は何の信念もなく人を殺したことになる!!」

 

かつての、忘れ去ったはず(前世)の自分がそこにはいる。錦を、どこまでも暗い目で見つめている。息が苦しかった。その深淵に、引き摺り込まれているような気がして。

 

「ずぅっと、考えていたんです。あなたを見て、本物だと感じたあの日から」

 

思い描くのは、あの日己を焼き焦がした雷の、鮮烈なまでの眩しさ。それにゆるりと目を細めて、錦は続ける。

 

「私は一体何になりたいんだろうって。…いや、「鹿紫雲サンみたいになりたい」ってこと()()は心に決めてるんですけど、理想だけはあるっていうか。私はさっき、「目指すものは決まってる」ってそう言ったけど、アレ嘘です。見栄張りました。この期に及んで、そんなことも決まっていないんだって思われたく無かったから」

 

ぽつりぽつりと、思いを込めて言葉を紡ぐ。さらりと揺れた茜色の髪が、とうに暮れた夜の暗さを重苦しく吸い込んだ。

 

「今まで、色んなことがありました。でも大抵それは、私の中で「本物」と「偽物」の基準も、結構定まってきたと思ったら、また別のことに出会って揺らぎ出す。その繰り返しですよ。今も、それとおんなじです。私は結局、何も変われていな、」

「だーかーら、お前は話が長い!」

 

いきなり、鹿紫雲は錦の頭に手を当てた。そのままぐわんぐわんと左右に揺らす。同時にピキピキと鳴ってはいけない音が随所で響いた。

 

「ちょ、痛、」

「変われてねえからなんだ。揺らぐからなんだ。それはお前個人のちっぽけ極まりねえ悩みだろうが!」

 

突きつけられた現実に、ふっと錦は騒ぐのをやめた。

「解決方法は簡単だ。戦え。できるだけ色んなやつと、色んな場所でな」

「…戦ってどうなるんですか」

「誰かと話し込むより、戦った方がずっと相手を理解できる。相手の信念を、強さを、人生を。それで考えろ、自分と比べる必要はねえ。お前はどうなりたいか、どう強くなりたいか、どう生きたいか」

 

いつのまにか、鹿紫雲は錦を撫でるーというより頸髄を折りかけていた手を止めていた。鹿紫雲の浅葱色の目が、鶯色の目とかち合う。

 

「「色々あった」だぁ?まだ裳着もしてねえ小娘がよく言うぜ。お前はまだ、何も知らねえ赤子も同然なんだ。飽きるまで戦って、相手とぶつかって、そのあとで好きなだけ考えて苦しめ。今のお前には、そうする資格もねえんだよ」

「資格も、ない」

「そうだ。青二才が一丁前にウジウジ悩んでんじゃねえよ、ったく」

 

世話が焼ける、とでも言いたげな鹿紫雲を、呆然と見た。なるほど、考えるのにも資格がいるらしい。どうやら自分はそれすらも持っていなかったようだ、なんて冷静な部分が嘯く。

 

(考える前に戦え、か)

鹿紫雲サンらしいや、とふっと笑う。その表情は、困り果てながらもどこか清々しさを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「亡峠が死んだ」

太閤軍に付き添い、朝鮮軍の突破に勤しんでいる於土岐以外の呪術師が集まった定例報告会で、いの一番に魑魅はそう言った。胡乱げな視線が次々に彼に突き刺さる。

 

「えーと、死んだとはどういう状況で、でございますか?」

まず口火を切ったのは意外にも遙太。それに、何の感慨もなく魑魅は答えた。

「彼と私はある山を拠点として呪具の処理を行っていたのだけれどね、彼の術式が途切れるのを感じたんだ。それで様子を見に行ったら、彼が死体で見つかった。術式を展開した場所と同じだったことから、ほぼ動かずに殺されたと見るべきだね」

「ちょっと待って、おかしゅうばい。誰に殺しゃれたかはこん際置いといて、何で君はそれに気づかんやったと?君は知識役兼護衛じゃなかったわけ?」

 

(…確かに)

珍しく糾弾の姿勢を見せた許斐に、口には絶対出さないものの錦も同意する。追い討ちを掛けるように、忽那も舌足らずな声を上げた。

 

「それもそうだしぃ、そもそも他に言うべきことあるんじゃない?下手人の目処は立ったの?護衛対象をまざまざ殺されたんだからぁ、そのくらいはするべきでしょ」

忽那はわざとらしくコテンと首を傾げてみせる。三人の口調にも全く動じず、魑魅はただ事実を述べるかのように、人差し指を立てた。

「最初に言っておくけれど、私とて朝鮮の情報を全て得ていた訳ではないよ。けれどもその上で、亡峠ならば信用に足りると思ったから私は彼から離れたんだ。呪術師は常に人材不足、現場に要らないと感じたのにわざわざその場に留まる必要はないだろう」

 

次に、と二本目の指を立てる。

「下手人だが、恐らく私は巫堂の一人ではないかと思っている」

「それこそこじつけではないのですか?朝鮮人は言葉が通じない。幾らでも罪を押し付けられるかと」

「確かにね。ただ私が言えるのは、その場に残穢が残されていなかったということだよ。気になるならば見にいけば良いじゃないかい?」

 

(残穢がなかった、か)

確かにそれは、呪術師の犯行ではないと示すには十分な状況証拠だ。ただ、それすらもーいや、今までの議論を全てひっくり返しうる懸念事項が一つある。

それは、魑魅の皮をかぶった呪術師(羂索)は、こちらの想定など遥か上をいく存在である、ということだ。

 

羂索ならば残穢を残さずに相手を呪殺することも可能だろうし、その場を如何様にでも取り繕えるだろう。そう思わせるだけの凄みと来歴が、奴にはあるのだから。

 

 

「そろそろ話を元に戻したらどうだ?」

場が白熱してきたところで、鹿紫雲が水を差した。呆れを含んだ眼差しに、魑魅と対峙していた三人が渋々と口を閉じる。

「そもそも始まりは、亡峠の代わりに誰を入れるかって話だったろ。奴が死んだのは、確かにこちらにとって損失。だが、唯一の同行者である魑魅がこう言っている以上、俺たちが真相を知ることはまあ不可能だ」

「ならば、話を先に進めた方が良いとおっしゃるのですか?」

 

不満をありありと浮かべて遙太が問う。

「…私もそうは思いませんよ」

それに、錦も同調した。僅かに目を開き、鹿紫雲は錦の方を向く。

「亡峠がどう死んだにしろ、問題は彼を殺せるほどの何かがあったってことです。つまり、私たちをも殺しうる何かが、この地に解き放たれていることになる。それを放置することはいずれ私たちの身も危険に晒すってことですよ。無知ほど怖いものはないって思いますけどね」

 

二人からの非難の目線に、鹿紫雲は小さく眉を顰めた。その隙をついたように、すかさず忽那が手を挙げる。

「分かったよ、ならこうするのはどうー?亡峠の死を探る班を作るってのは」

「意味があるのかい?時間の無駄では?」

「どうしぇ暇やし、うちも忽那に賛成。逆に反対する意味のうなか?君は何か知られとうなかことでもあると?」

 

嫌味と共に忽那側に回った許斐に続き、遙太も無言で忽那の方へと移動した。錦もちらっと鹿紫雲を見つつも、その動きに同調する。

 

明らかに多勢に無勢な状況に、鹿紫雲と魑魅は顔を見合わせる。そうして、魑魅が仕方なさそうに肩をすくめた。

「じゃあ、最初からの班に加えて探索班も作ろう。班員は提案者の忽那、あと戦闘要員の鹿紫雲一。それで良い?」

 

全員を見渡し、忽那と鹿紫雲の表情にも反対が見られないことを確認して、魑魅は手を打った。それが解散の合図であるかのように、ふっとその場の緊張が解ける。

 

 

「私はこれで失礼するよ」

まだ仕事があるんでね、と言い捨てて魑魅は足早に去って行く。

「うちも、今日はきつかけん休もうかな」

大きく伸びをした許斐に続いて、ほとんどの術師も次々に消えて行った。残ったのは動こうとしなかった鹿紫雲だけ。

 

「…あいつ、一体何が目的だ?」

その視線の先には、誰よりも早く立ち去った魑魅がいる。彼が去り際に放った鋭い舌打ちを、正確に捉えたのは鹿紫雲だけだった。

 

 




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