前世に忘れてきました。何を?人道とやらを   作:しらたまあんみつ

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しゃらん!!

 

響き渡った鈴の音に、錦は飛び出し、忽那は後ろへと飛んだ。錦の繰り出した蹴りを難なく受け止め、それどころか老婆は片手で刀剣を振りかざした。片刃のそれをバックステップで避ければ、ピッと頬に血が走る。

 

(切れ味はまあまあ、警戒すべきは婆さんの身体能力だな)

結構速く行ったつもりなんだがな、と独りごちる。

 

「何で相手の術式も分からないのに突っ込むのさー、バカなの?」

「お前は黙れ。で、検討はついた?」

「今の一連の流れで分かるわけないじゃん」

「そうか、期待した私がバカだったな」

「バカって自分で認めてどうすんのー?…あ、もしかして自虐しゅ」

 

ヒュン!!

その瞬間、顔面目掛けて飛んできた拳を受け止めつつ、たらりと忽那は冷や汗を垂らした。見れば錦は真顔で、その目は微塵も笑っていない。

 

「…はいはい、分かりましたぁ。ボクが観察してるから、キミは一人で特攻しておいで」

「もっと言い方とかあんだろ」

 

既に何度目かも分からない舌打ちの後、錦は再び踏み込んだ。先ほどより幾分か速いそれは、老婆のガードより早く懐へ届く。ハッ、と小さく笑い、アッパーカットのように下から拳を突き上げる。

 

ゴン!!

(…は?)

 

だが、直撃したはずの顎からは、手応えなしの鈍い音がした。その上、呪力を込めたはずの拳が痺れている。

老婆の目が、じろりと錦をとらえた。

 

じゃきん、と刀剣が空を切る。パシンと白刃取りの要領でそれを受け止め、老婆の目を真正面から見返す。

(硬ってぇんだよこのババア…!これを攻略しなけりゃ攻撃も効かないってか!)

 

老婆の腕を引っ掴み、頭を振りかぶる。

ガン!!

額と額が激突し、火花が散った。錦は視界が揺れる不快感に顔を歪めたが、老婆は全くダメージを負った様子がない。

軽い脳震盪のような症状に苛つきながら、老婆から一旦距離を取る。

 

「…え、いや本当に何やってんの?」

「人体で一番硬い部分は額なんだよ覚えとけ」

「いやそれキミの持論でしょ」

 

忽那のツッコミを悉く無視して、錦は三度目の突進を行った。老婆の首目掛けて体を捻った蹴りを放とうとしー同時に、老婆の姿がかき消えた。

 

たん、と背後をとるようなその動きを錦は見逃していない。

「それが本気か?随分鈍いな」

煽るように呟いて、老婆の間合いに踏み込もうとした時、彼女が腕に抱えているものが目に映った。

(…女?)

グルグルと絶えず呻き、老婆の腕を鋭くなった爪で掻きむしる姿。「犬神」を忽那が解除していなかったのか、と納得する。

(いや、どうせ忘れてたなアイツ)

 

 

それにしても、今の行動は女を巻き込まないためのもの、なのだろう。一歩間違えたら錦の攻撃が当たるというのに、悠長なのかお優しいのか。

 

「おい婆さん。今は私と戦ってんだろ?そいつ庇ったまま私と対等にやれるとでも?」

「…보리가 시끄 럽다.(蝿どもがうるさいのう)

 

錦の言葉に眉根を寄せつつ、老婆は女を慈しむように片手を当てた。握っていた刀剣を鞘に収め、金の鈴を取り出す。そうして、しゃらん、と風を裂くように大きく振る。それに連動して、鈴が纏う光が強くなったのが分かった。

 

「忽那」

「うん。何らかの術式を発動する気かもねー」

 

念のため忽那の位置まで下がった錦に、鈴から目を離さず答える。しゃらしゃらとうるさく耳を刺激するその音は、段々と早く鋭くなっている。

 

じゃらん!!

締めを決めるように、一際大きく鳴り響いた音を最後に、老婆は鈴を振るのをやめた。が、何の変化もない。ただの威嚇か、と錦が首を傾げた時、女がぴくりと指を動かした。そのまま、びくりと引きつけでも起こしたかのようにその身を跳ねさせる。

 

「…あのババア、何してくれちゃってんの?」

「どうした」

「いやぁ、なんかさあ。ボクが何言っても聞かないんだけど、あの女」

 

あれ、と不快そうに指差した先を見て、錦は瞼を瞬かせた。

「なるほど。相手の術式を無効化する能力、ということ?」

「多分ねー。めちゃうざい」

 

不意に、女の背後の空間が歪んだ。どこかで見たことのある現象に、錦はじりりと後退する。それを嘲笑うかのように、どんどん歪みは大きくなっていき、そこから一匹の犬が、姿を現した。そうして、犬はーいや、ネズミのような体躯に斑模様を持った()()は、とても犬とは形容し難いー忽那目掛けて一直線に飛んできた。

 

「…は?」

忽那は何とかその一文字を絞り出した。ありえない、とでも言いたげにそれだけを凝視する。

「まさか、犬神?」

バッと錦は忽那を振り向くが、唖然とした彼は何も反応しなかった。

 

 

忽那に肉薄した犬神は、彼の手前でふと止まった。ふよふよと浮遊し、表情のない目で主を見つめる。そうして、じゃれつくように忽那に近づいてー

ブチッ!

 

「え、何で、」

犬神が食いちぎった肉片が勢いよく宙に浮くのを見て、錦は呆然と呟いた。筋肉や筋が最も簡単に引き裂かれる様子は、淵の呪霊と対峙した時とは対照的だ。何故なら、今犬神が一心不乱に貪っていたのは、主人であるはずの忽那だったから。

 

ハッと我に返り、錦は忽那に駆け寄る。忽那に跨る犬神に、めいっぱい力を込めて殴りつけた。

(変圧呪法 更紗)

同時に、犬神の体が跡形もなく砕け散る。忽那には何度も触れている(呪力のマーキングを済ませている)、同じ呪力を纏っている犬神なら「更紗」を使えば造作もない。

 

「おい、大丈夫か」

だらだらと血を流す忽那に、一応は心配そうに肩を貸した。よたりと立ち上がった忽那は、殺気を込めて老婆を睨みつける。

「呪詛返し、だねぇ。ボクの犬神の″呪い″をあの女から外して跳ね返させた、ってとこかなぁ」

「かなり高度なことやってんな。にしても、呪詛返しとは面倒くさいね。どれだけ攻撃したら跳ね返ってくるのか見当もつかないんじゃ、反撃の仕様もない」

やれやれ、とぼやいた錦に、忽那はフンと鼻を鳴らす。

「まさかぁ、分かってないとは言わせないよー」

「うるさい舐めんな。あの鈴だろ」

老婆の手で輝く金の鈴を見やった錦に、満足そうに忽那は頷いた。

「ボクは動けないから、一人で頑張ってねぇ」

 

 

お前も少しは働けや、という本音は胸にしまって、錦はもう一度老婆に向かって突進した。老婆の皺だらけの手を握り締める。ボキ、という鈍い音。骨が折れたのか、手から鈴がしゃらりと落ちる。すかさず錦は鈴を蹴り飛ばした。

 

それには動じず、老婆は素早く剣を鞘から抜き放つ。シュバ、と白刃が煌めいてー

 

パキン!

 

ー涼やかな音と共に、剣が砕けた。粉々に散ったそれに目を見開いた老婆。そして、その隙を見逃すような錦ではない。

 

「変圧呪法 藍」

老婆の全身に、凄まじい圧力がかかった。ブウン、という耳鳴りがするほどの圧力に、老婆は歯を食いしばった。その表情を見て、錦はケケと口角を歪める。

 

「バーカ、私が考えなしにそう何度も突っ込むとでも?」

そうして、ミシミシと音を立てて軋む老婆の体に近づいた。

「それ、痛いよな?私が今から聞くことに答えれば解放してやっても良い。こっちの呪術師を殺した奴は今どこに?」

 

淡々と聞いた錦に、老婆は不敵な笑みを浮かべた。

상당히 여유.살아나.(随分と余裕じゃな。) 주님과 같은 쓰레기가 죽기 쉽다(だが、お主らのようなクズの方が殺しやすい)

「日本語で喋れっつってんだけ、」

 

トントンと指先で苛立ったように膝を叩いた錦の横を、一陣の旋風が通り抜けた。ざあ、っと茜色の髪を揺らしたそれを呆然と見送った直後、錦は飛び出した。

 

「物理法則無視すんなよクソババア!!」

風の正体は老婆だった。圧力をものともせずに駆け出した老婆を追いかけ、錦も必死に手足を動かす。老婆の行き先を見て、ハッと目を見開いた。

 

「忽那ぁ!逃げろバカ!!」

未だ血を流し、力なく地面に座り込む忽那に、全身全霊で錦は叫んだ。だが、それは一歩遅く。忽那が動き出す前に、老婆は凄まじい速度で忽那に接近している。

 

バシャ!

老婆が振りかぶった手から、()()()が飛び散った。忽那を覆うように拡散したそれに焦りが背を駆け抜けるのを感じ、錦は拳に呪力を込める。老婆が振り返るよりもなお速く、迫るのは背後。

 

「竜巻!!」

錦の拳が、老婆を捉えた。

 

バキィ!!

骨が砕ける音と共に老婆は最も容易く吹っ飛び、近くの木に激突した。そのままずるずると地面に倒れ込む。

 

「…やっべ、殺してないよな」

恐る恐る近づくが、その老躯はピクリとも動かない。先ほどとは全く違う冷や汗をかき始めた錦に、よろよろと忽那が近づいた。

 

「まあ良いんじゃなーい?別に生け取りが目的じゃないわけだし」

「…これじゃ情報も取れないだろ」

「どうせ言葉通じないよぉ。それに、あるかも分からない情報にこだわるよりぃ、目の前の脅威を取っ払う方が先でしょー」

 

確かに、と錦も頷く。そうして、傷口から未だ血を溢れさせる忽那にギョッと目を見開いた。

 

「おいお前それ以上動くな。流石に死ぬぞ」

「だいじょーぶだいじょーぶ。それより次いこうよー、巫堂も一人じゃないんだからぁ」

「いやいやどう考えてもお前重傷だぞ。私に手負いを背負って戦えってのか?」

 

手早く出血箇所に包帯を巻き、強引に忽那の腕を自身の肩に乗せる。思ったよりも必死な様子に、忽那は皮肉っぽく片眉を上げた。

 

「良いのぉ、ボクのこと嫌い〜とか言ってなかったぁ?」

「あぁ?お前さぁ、私がんな私情で貴重な戦力を潰すとでも思ってんの?傷つくわー、私にだって呪術師としても責任感くらいありますー」

「…へえ、貴重な戦力ねぇ」

 

また生意気でも返してくるのかと思いきや、想像よりも弾んだ声に錦は顔を引き攣らせた。

「なんで今のでちょっと回復してんの、お前こそ被虐趣味じゃんキッショ」

「はあ?目ぇ腐ってんのー、ボクが…」

 

 

ストン、と。肩の重さが、消える感覚がした。ずり落ちたのか、と後ろを振り返る。

(いない…!?)

彼の、気配さえも。

 

ザク!!

 

一瞬の動揺。その隙を狙っていたかのように、錦の肩に剣が振り下ろされた。血が噴き出した肩と、忽那の失踪、そして今しがた襲ってきた犯人。その全てを瞬時に理解し、錦は校内の肉を噛み締めた。

 

血を剣からザッと払い、ニヤリと腹の立つ顔で錦を見下ろしていたのは、錦が気を失わせたはずの老婆だった。

「…なぁるほど。初めから図ってやがったな」

 

呪詛返しを行い、忽那に致命傷を負わせた上で消す。初めから、それがこの老婆の狙いだったのだ。

(とりあえず、忽那は手負いだ。このババアは無視して、アイツ探すか)

 

忽那を消したのはあの()()()の効力によるものだろう。老婆の術式は見た限りでは二つ、「呪詛返し」と「消失」。だがどちらにもわかりやすいモーションがある、気をつけていれば喰らうことはない。

 

そうあたりをつけて、錦はトンと爪先を地面に打ちつけた。

ドン!!

力強く踏みしめ、老婆の背後の木へと飛び移る。周囲を探るが、忽那の気配を感じ取れず舌を打った。

 

ギシ、ギシ。

不意に足元が揺れ、錦はあわてて枝に捕まった。下を覗けば、老婆が剣を幹に打ち付けている。

「刃こぼれするだけだろバカか」

吐き捨て、構わずに次の木へと移ろうとした瞬間、再度大きく木が揺れた。バリバリと悲鳴のような音と共に、大木がゆっくりと折れていく。

 

(っこの、脳筋がよ!!)

心中で叫び、咄嗟に木を老婆に向かって蹴り返す。だがそれより早く、老婆は錦の眼前に迫っていた。

 

「変圧呪法 銀ね、」

術式の発動。その反応はワンテンポ遅い。

術式範囲内への全方位圧力がかかる直前、錦の視界を()()()がバサリと覆った。

 

「ッツ、クソが!!」

置き土産のように叫んだ錦が最後に見たのは、不気味に笑う老婆の萎びた顔だった。

 

 

 

 

「痛っつ、」

どさりと忽那は地面に投げだされた。辺りを見渡せば、見覚えなんてかけらも無い木、木、木。

「あの粉、転移系かぁ」

だっる、と呟いて錦の姿を探すが、当然どこにも居ない。放置してきた傷がずきんと痛むのを感じ、顔を顰めた。

(早く本営に戻らないきゃ)

最悪一人でも良い、自分が死なないことが先決。そう思った時、何故だが脳裏に錦の顔が浮かんだ。

ー「私にだって呪術師としても責任感くらいありますー」

 

軽く、けれども真剣に放たれたその言葉が、今は酷く胸を突き刺した。

「…別に、傷が痛いからだし。どうせこのまま居たって邪魔だし」

 

言い訳がましくそう言って、忽那が足を進めたその時だった。

 

「良かった、あのまま死んでいなくて」

失血死の場合どうなるかは分からないしね、とどこか楽しそうに声が響いたのは。

 

 

しげしげと忽那の顔を覗き込んだ人影は、遙太のそれとは違う袴をゆるりと身につけていた。何より目立つのは、その額に走るー()()()()()()()。見覚えのあるそれに、忽那はぎりりと歯を食いしばった。

「魑、魅」

「意外かい?最も、君は気づいていると思ったけどね。それとも裏切られたとでも思っている?」

「まさかぁ、キミに仲間意識なんて持ってるわけないでしょー」

 

逃げられないな、とぼんやりと思った。魑魅の全てを知っているわけではない。けれども、魑魅が黒幕だと察した今、のんびり本営に帰れると思っているわけもない。

ハハ、と乾いた笑いが漏れる。こんな遠いところまで来て、得られたものが死だなんて笑えない。

 

…いや、違う。

「んで、目的はー?」

「目的?何の?」

「とぼけないでよー。亡峠を、許斐を殺したのはキミの指示でしょ?一体何がしたくて、こんなことやってんのさぁ」

 

意外なほどしっかりと目線をとらえた忽那に、魑魅はすっと目を細めた。

「君がそんなことを気にするとは。別に、今から死ぬんだから聞いても意味ないと思うよ」

「そうだ、ねぇ。でもさ気になるじゃん?冥土の土産と思ってよぉ、どうせすぐ殺すつもりでしょう?」

「察しが良くて助かるよ」

 

 

ドサッ!

一拍おいて、重いものが落ちてくる音がした。振り向けば、先ほどの老婆が剣を構えている。傷口を押さえつつも戦闘態勢に入った忽那に、老婆も足を動かした。と、魑魅が制止するように手を出す。

 

나쁘지만 조금 기다려. (悪いけどちょっと待ってて)바로 끝나니까.(すぐ終わるから)

「…가능한 한 빨리.(出来るだけ早く、な)

 

忽那に朝鮮の言葉は分からない。ただ、渋々剣を仕舞った老婆を見て、魑魅の裏切りを確信した。

 

「そもそも、朝鮮出兵への呪術師の参加は、キミが強く推したんでしょー?その時点でぇ、何かあると疑うのが普通じゃなーい」

「確かに、そこは私のツメが甘かったかもね。あそこまで私の存在が広まるとは思っていなかったよ。全く、御三家の名が泣く」

「今の御三家が、情報統制できるほど力を持ってるって思ったキミが悪いよ、十割ね」

 

憎々しげに忽那は魑魅を睨んだ。それを素知らぬふりで無視して、魑魅は本題を話し始める。

 

「別に、大した目的は無いよ。ただ、太閤に乗っかった方が質の良い呪術師が集まりやすい。それにこの環境だ、誰が死のうと本国の連中は気にしない」

「…ボクらを殺す為に、ここまで大掛かりなことするー、普通?」

()()?それはちょっと違うかな。どちらかというと、君たちが死ぬことによる副産品目当てだからね」

 

さて、と魑魅は裾を翻した。それにゆっくりと老婆が近づいてくる。

「佳宵錦が戻ってくるとまずいんでね。とっとと死んでもらうよ」

 

ジャキン、と剣が首に突きつけられる。もう抵抗する気力もない忽那は、あっさりと地面に押し倒された。

 

 

(特に悔いもないし、まぁ良いや)

死の間際でさえ、そうとしか思えない自分は、なんて異常なのか。死を特段恐れたことはない。幼い頃から、人間というものがどれだけ容易く死ぬものなのか、その身をもって知っているから。

 

ー「化け物が、「犬神」の子だぞ!!」

ー「うちに近づかないでおくれよ、どっかへお行き!」

ー「あんな奴、のたれ死んでしまえば良いのにね」

 

走馬灯のなり損ないのようなものが、脳裏を駆け巡る。投げられた石の痛みや罵声の主まで蘇り、不快感に顔を顰めた。もしこれが走馬灯というのなら、もう少し良い思い出を用意してもらいたいものだ。

 

(…いや、そんなのないか)

フッ、と自嘲するように笑う。異国の地で、好きでもないやつに利用されるために死ぬ。それは、酷く惨めな死に方なのかもしれない。でも、幸せなんて、未練なんてあるはずもない自分の人生には、案外相応しい幕のように思えた。

 

 

きらり、と月光を剣が反射した。無防備な首目掛けて、真っ直ぐに振り下ろされる。

 

 

それでも。最後に頭を過ったのは、友達になりたいと唯一思った、自分とはまるで正反対な。夕焼け色の髪と、鶯の瞳を持った少女の顔だった。

 

 

 

 

 

じゃっばん、と大きく波が船板を叩く。曇天を丸ごと写したようなその色に、こちらの気分まで鬱屈としてきそうだった。

「シケた面してんな。アイツらが死んで、そんなに悲しいか?」

「…鹿紫雲サン」

「昨日一緒に飯食ったやつが死ぬのはいつものこと。そうだろ?」

 

場違いに明るい声に、もしや慰めにでも来たのかと瞬きする。

「別に、傷ついちゃいませんよ。そんな繊細な心なんざ持ち合わせていません」

「じゃあんな顔すんなよ。こっちまで暗くなる。終わったこと引きずっても何にもならないって知ってんだろ」

「ですよねー」

 

すん、と鼻を啜る。その音にギョッとして錦を見れば、目端が僅かに赤くなっていた。

「…泣いてんのか?」

「乙女の涙は指摘しない方が良いんですよ」

 

つーか別に泣いてないし、と乱暴に目を擦る。

「潮風が沁みたんです」

「あっそ」

 

下手くそな誤魔化しに、会話がふと途切れる。ばしゃん、と揺れた水面を見て、錦はポツリと呟いた。

「でも、悔しいなって。私は何もできなかった。呪霊一匹祓ってそれで終わりですよ?情けないでしょ」

「そうか?俺はそこまでの活躍をお前に期待してるわけじゃなかったがな」

「酷くないすか?」

 

鹿紫雲は軽く笑って空を見上げた。それは水面と同じく曇り切っているようで、わずかな切れ間から日光がのぞいている。

 

 

「筑後に行く」

「…は?」

「お前借金あんだろ。許斐は死んだが、まあ実家に返せば良いだろ」

「え、あの、ちょっと」

「筑後には伴天連(バテレン)も多い。良い刺激になるんじゃないのか?」

「いや理由は聞いてなくて」

 

何で、と蚊の鳴くような声で言った。

「せっかく行った朝鮮で、何もできなかったのに。これ以上他の場所に行ったって、意味ないですよ!」

「…だから俺は、初めから期待してなかったって言ったろ。別に成果なんていらねえ、お前の糧になればそれで良い。違うか?お前はガキなんだから、ちったあ俺に頼れよ」

 

そう言って船のヘリにもたれかかった鹿紫雲に、錦はポカンと口を開けた。

「…分かりました。行けば良いんでしょう行けば」

「そーいうこと」

 

面倒くさそうな、けれども先ほどよりずっと明るい表情に、鹿紫雲はカラッと笑い声を上げたのだった。

 

 

 




ということで、今話で朝鮮出兵編は終わり、次話から次の章ですね。前回は木曜日に投稿しましたが、あれは作者のミスです、すみません。けど木曜の方がUAの伸び率すごかったのはなんでだろう。皆さん木曜の方が見てるのかな…。
投稿予定日に変わりはなく、引き続き金曜日に投稿する予定です。

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