前世に忘れてきました。何を?人道とやらを   作:しらたまあんみつ

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滅びのラッパ

 

領域を展開した相手に対抗するには、どうすれば良いか。

一、領域対策。もっとも堅実かつ実用的だが、この場合(ラスト・ミサ)においては発動不可のため除外。

ニ、耐える。落花の情や、もしくは自力を用いて。まず相手の領域内に立ち入った時点で詰んでいるので、ほぼ無駄に近しいが、領域が解けた後を狙うのであれば有用。だがしかし、これも悔罪典礼(ラスト・ミサ)の特殊効果がわからないため除外。

 

ーでは、どうするか?

 

三、相手を倒すこと。前述した通り、領域=詰みに近いので最悪の一手である。が、相手を上回る実力があるならば一考の余地あり。

 

 

 

「あーくそ、うぜぇ!!」

頭の中で延々と流れるノイズに顔を顰めれば、凄まじい轟音が轟いた。血が混ざったような雹が塊になって落ちてくる。

「変圧呪法 銀鼠」

バリン!と澄んだ音を立てて砕けるが、天井からは絶え間なく雹やら何やらが降り注いでくるのだ、舌打ちの一つでもかましたくなる。

 

 

「鹿紫雲サン、マジでどうします?」

「領域対策はまだ潰されてっからな。…特攻仕掛けてもいいが、その前にアレ片付けねえとな」

アレ、と指さされたのは天井付近で待っている式神のようなもの。背中からは純白の羽が生え、丸々と太った体型ーと、ここまでだと天使か何かか?と思うが、現実は非情だ。その体には所狭しと眼が並べられ、それぞれが別の方向を睨みつけている。おまけに愛らしいはずの顔には毒々しい牙が威嚇するように覗いていた。

 

「天使」が、手に持ったラッパを口に当てた。

「やべ、次来るぞ」

「分かってますよそのくらい」

蝋燭の光を金のラッパが反射する。ぐるぐると、ラッパのベルを渦巻くようにして呪力が流れる。

 

パッパラパーン!!パパパッパッパパー!!

それは、勝利を告げるファンファーレではない。ラッパ本来の軽快な音色とは真反対の、耳を刺すように鋭い音と共に呪力が解放された。

 

瞬間、天井を割るように巨大な火の玉が落ちてきた。

「…また火かよ、バリエーションなさすぎだろ!!」

もはや八つ当たりのように叫び、ばきりと引っこ抜いたベンチを盾にやり過ごす。そして一瞬で燃え尽きたベンチに文句を垂れつつ、軽やかに飛んで炎を避けた。

 

「お前バカかよ、なんで火に木で対抗しようとしてんだ」

「だって腐っても領域内のものでしょうが。てことは呪力で構成されてる。じゃあ焼けない…って普通は考えません?」

「アホか、呪力由来だとしても普通は木の性質持ってるに決まってんだろ」

 

残念なものを見るような目で錦を見た鹿紫雲に完封され、不貞腐れた錦はピエトロに目を向ける。ピエトロは未だ聖母のような笑みを携え、不敵にロザリオに触れていた。彼の足元には体の中心を通る線で綺麗に二分され、とうに干からびた元参加者の死体ーいや、抜け殻が散乱している。だが、ピエトロの周囲には「天使」が5体、未だ不規則に飛んでいた。

 

「全っ然油断してくれませんね」

「ああ、「天使」がいるからと気を緩ませる気は無さそうだな。これじゃ隙をついて襲うってことも難しいか。…「天使」の弱点でも見つけられりゃ良いんだが」

 

如意はとっくに投げ捨て、忌々しそうに「天使」を睨む鹿紫雲。それに、錦はほんの数分前の光景を必死で脳内に呼び起こした。

 

 

 

錦たちに堂々と宣戦布告したあと、ピエトロは跪いて自らの罪状を告白していた他の参加者に手を差し伸べた。

曰く、「あなたはすでに救われた。あなたはその信仰によって、神の国に召されるだろう」と。涙でも流してそうなその声色に、参加者が嬉しそうにピエトロを見た瞬間、異変が起こった。参加者がビクビクと痙攣し、まるで殻を割ったかのように、()()()が参加者の中から出てきたのだ。

 

脱皮してすぐは肉塊に目と牙を幼児が付け足したような不恰好極まりないモノだったが、錦たちがピエトロに攻撃を仕掛けようとしているうちに、ソレは形を段々と定めていった。そうして翼を生やし、「天使」を模した姿へと変化した時、ソレはおもむろにラッパを取り出した。

 

一瞬の静寂。領域の中の音が吸収されてしまったかのように、世界から音が消え去ったような沈黙を破るようにして、ラッパは吹き鳴らされた。地響きのような重低音と、心臓を押し潰すが如き大音量。

 

流石の錦たちも足を止めかけた時、空から降ってきたのだ。大量の、人の頭より大きな雹が。

 

 

 

そして場面は冒頭に戻るーのだが、とても攻略のヒントなど得られたものじゃない記憶に、錦はちょっと、いやかなりムカついた。正直ラッパの印象が強すぎて何も有用なことを覚えていない。

 

悠々と空を舞う「天使」を睨みつけんとして、天井を見上げる。

(…あっ)

そこに描かれた宗教画に、錦はかちりとピースがハマった気がした。

 

 

「鹿紫雲サン!」

「なんだ!」

「上!見てください!!」

雹やら火の玉やらに負けないような大声で叫ばれ、鹿紫雲も上に顔を向ける。

「…絵?」

「はい。あそこには七人の天使がラッパーいや、南蛮の楽器持ってますよね?その足元には業火に焼かれる罪人たち。今の状況と合致してませんか?」

「確かに。じゃあこの領域は、あの絵を模したものだってか?」

 

錦は大きく頷く。

(多分あれ、ヨハネの黙示録だよな?)

前世の記憶を片っ端から引き摺り出して、錦はようやく聖書の一部分であることを理解した。もちろん錦はクリスチャンでもなんでもないので、詳しい知識など一ミリもないが、それでも無知よりはマシだ。

 

唸れ私の記憶、とこめかみに手を当てる。

 

 

「なあ」

「はい!?」

ひっきりなしに堕ちてくる星形の火を手で叩き落として、鹿紫雲がピエトロを見た。

「なんでアイツは、「天使」に狙われねえんだ?」

「そりゃ、自分の術式だからじゃないすか?自分の領域で自分が傷付いたらただのバカでしょ」

「…まあ、そうだがな」

考え込むように真上の「天使」と天井画を睨んだ。

 

「じゃあ、アイツはどうやってこの領域を維持してる?」

「え?」

「考えてもみろ、この領域は「領域対策の不発」、「罪悪感の増加」、「天使への変化」と「火などによる攻撃」を備えてる。普通四つも効果を付与できんのか?何らかの縛りがあるってのがまず疑える」

(…確かに)

 

錦が今まで直接経験した領域は零落のものだけだが、ここまで多種多様な攻撃は行ってこなかった。精神攻撃に物理攻撃、一個人の術式がそこまで強力だとは思い難い。

 

「縛りっていうと…攻撃対象の上限人数とかか?礼拝に来てる奴らが妙に少なかったしな」

「それもですが…やっぱりアレが手がかりなんじゃないですか?」

アレ、と指さしたのは天井画。

 

「教会の宗教画ってのはいわゆる「大事な場面」を描いてることが多いですしね。ましてやここはピエトロの心象風景が映し出されてる訳だから、アイツの思想とか術式が現れてるってことです」

「…宗教画?お前、基督教に興味でもあったのかよ」

「いえ気にしないでください」

 

あっぶねえ、と冷や汗を掻く。転生の概念がある世界だし、「実は未来から来ました」とか言っても別に頭を疑われることは無さそうだが、いかんせん羂索の存在がある。計画に不都合だと思われて消されたら元も子もない。

 

もう一度宗教画をじっくりと観察する。よく見れば、天使たちの上には白髪の老人ー神だろうか?ーがいて、それに従うかのような人間が数人。

(…人間?)

焼かれてるのが罪人ということは、あの人間は信者的な存在なのかもしれない。

 

(そっか、幾ら神でも人間皆殺し!って訳じゃないよね)

ノアの方舟でもそうだったが、ちゃんと神のルールを遵守している人間は生き残れる…というのがキリスト教のはずだ。錦の勝手なイメージだが。

 

 

改めて、目線を領域の中へ。あの宗教画とこの状況がリンクしていると考えると、「天使」はあのラッパ持ってる式神、「罪人」は錦たち。

 

「じゃあ神は…?」

ピエトロのさっきの独白から察するに、自分を「神」だなんて宣うようなことはしないだろう。では、「この領域のシステム」を「神」に見立てているってのが妥当か。

「問題はピエトロだな」

格好を見るに、「神父」を模しているのだろうが、あの絵には神父なんていない。多分「信者」枠?「信者」たちと「罪人」では何が違う?

 

 

「…そういうことか!!」

ハッと顔を上げ、鹿紫雲の元へと錦は走る。

「印ですよ、印!!」

「はぁ?」

脈絡なく叫んだ錦に、鹿紫雲は眉を顰めた。それに構わず、興奮気味に天井画を指す。

 

指先には、神に向かって跪く「信者」たち。その額には、ヘブライ語で文字が刻まれている。

「多分、神…っていうか、この領域はあの印の有無で攻撃するかしないかを決めてるんじゃないですか?まず前提として、この領域には「術者も含めて攻撃対象とする」という縛りがあって、でもそれだとピエトロも痛手を負う。だから、何らかの「印」を身につけることで自身への攻撃が行われないようにしてる」

「…一理あるな」

よく見抜いた、とどことなく嬉しそうに言う。

 

「だがそれだと何の解決にもならねえだろ。そもそも印ってのが何かも分からねえしな」

「ここからは仮説のさらに仮説ですが、あのロザリオだと思います」

ピエトロの首元で揺れる十字架を見つめて錦は呟く。

「私たちを迎え入れたときも、礼拝を始めたときも。片時も外してませんよね?」

「つまり、アレを奪い取れば勝機があるってことか」

 

ですね、と錦は頷くも、その顔にはまだ不安がある。

「でも、ピエトロへの攻撃が禁止されてたら…」

「それはない。領域対策系を初手で潰してきたのが良い証拠だろ。素手じゃ敵わねえから、初めに領域対策を使えなくしておいて、まだカラクリがあるんじゃないかと錯覚させるってのが狙いだろ。そもそも攻撃を避けれてるし、「奪い取る」って行為がどう見做されるかは不透明だがな」

 

ま、それだけ分かれば十分だろ、と鹿紫雲は軽く足踏みした。その細められた目は、真っ直ぐにピエトロを見ている。

 

「俺のほうが速い。お前はアイツと「天使」の気ぃ引いてろ」

「了解」

 

ドン!!

 

地面が、大きく揺れた。同時に、錦が凄まじい勢いでピエトロに突っ込んでいく。

「これだから脳筋は。自ら焼かれにきたのですか?」

「天使」のラッパが錦へと向かう。火の玉が、空気を切り裂いて降り注ぐ。ジュワ、と肉の焼ける匂い。足を一切止めずに一直線に突っ走る錦ピエトロが眉根を下げたとき、彼の背後に影が迫った。

 

「バカはお前だろ」

短く呟いたのは、鹿紫雲一。

(…速い!)

その初撃をかろうじて躱すが、彼の指先が首筋に触れた。ハッ、とそこを抑えるが、ダメージを喰らった様子はない。

 

「おいおい、そこで安堵すんなよ。だからお前は三流なんだ」

ピリ、と鹿紫雲の指に電気が走る。

「は…?」

それに、ロザリオが吸い寄せられた。あっという間にピエトロから外れ、鹿紫雲の手におさまったそれを呆然と見て、ピエトロは悲鳴をあげた。

 

「返せ、この、異教徒が!!!」

「上」

口角を釣り上げて、鹿紫雲は天井を指す。

「天使がお前を待ってるぜ」

 

ドォン!!

ピエトロ目掛けて、火の玉が直撃した。一瞬の間をおいて、教会の壁にヒビが入る。白い大理石が砕け、蝋燭が溶け落ちる。天井画が、勢いよく割れる。「天使」が耳障りな悲鳴を上げて、次々に地へと堕ちていく。

 

領域が、崩壊した。

 

 

 

 

「さて、と。自分の攻撃味わった気分はどうだ?」

パラパラと結界のカケラが降り頻る中で、ピエトロは全身に火傷を負って倒れていた。

(ありゃ再起不能だな)

満身創痍なその姿に、鹿紫雲は無造作に近づいた。近くに落ちていた如意を拾い、あったあったと嬉しそうに掴む。

 

「鹿紫雲サン!」

「おー、怪我は?」

「特にないです。強いて言うなら火傷が痛いです!」

「よし元気だな」

 

黒焦げのピエトロを見て、錦は同じく火傷まみれの腕を組んだ。

「仮説があってたみたいで良かったです。…にしても随分わかりずらい領域でしたね」

「ああ。コイツも縛りだの何だのを考えるのは大変だったろうな。俺たちに負けて、それも水泡に帰したわけだが」

「で、太閤に差し出すんですか、コイツ?」

 

「…それは、やめてください」

そのとき、掠れた声が二人の会話に混じった。警戒するように跳びさすった二人に、声の主は苦笑する。

「安心したまえ、私にもう大した力は残っていない…。ただ、太閤に、引き渡すのだけは、」

「私たちがお前の言葉を聞くとでも?」

 

ピエトロは、哀しそうに笑った。

「そうですね。敗者である私の言うことなど、あなた達は興味がないかもしれない。けれども、私たちを弾圧したあのクズに頭を下げるなどごめんだ。…どうせなら、ここで殺してください」

(…は?)

殉教できるなら本望です、とどこか嬉しそうなピエトロに、錦はプチンと何かが切れた気がした。

 

バシ!!

そのままズカズカと歩み寄り、這いつくばっているピエトロの頬に裏拳をかます。

「…まだ、殴りたりませんか」

「そういうことじゃねえよ。お前の言い草がムカついたんだ」

 

ピエトロの胸ぐらを掴み、顔を思い切り引き寄せる。

「死にたいなら自分で勝手に死ね。自分の生死を他人に委ねさせんな!!簡単に生を諦めたからお前は弱いんだよ」

早口で言って、最後に吐き捨てた。

「お前は生きて、せいぜい苦しめ」

 

 

 

 

 

「…すいませんでした」

「何でお前が謝るんだよ」

鹿紫雲は鼻を鳴らして、どこか不満そうな錦を見る。

「私の勝手な行動で、ピエトロを逃したので」

「ああ、それに関しては俺も同意見だから問題ねえよ。金はじっくり貯めりゃ良いしな。適当な首級の呪詛師でも狩るか?」

「そんな都合よく居ますかね」

「心配しなくても湧いてくる」

 

ざく、と足元の土を踏みしめた。天草の異国の風を運んでくるような街並みとは大違いの山奥だが、やはりこちらの方が性に合っている。

 

 

「…三人、ですかね」

「ああ」

短く言葉を交わすと同時に、ぎりりと音が聞こえた。

 

ドンッ!

素早くしゃがんだ二人の頭上を弓が切り裂き、ちょうど真正面の木に突き刺さった。メキ、と鈍い音で木が真っ二つに裂けていく。

 

「わぁお」

「破壊力はまあまあ、か」

次いで曲がりくねりながら錦を狙った矢をいとも容易く掴み取り、ばきりと折る。

(ホーミング機能もつくのね)

「矢と弓の術式ですかね」

「赤血操術みたいなもんか」

 

矢をつがえてこちらを狙う一人、木の影に隠れている一人、上空からこちらを伺う一人。

それらに向かって、良いカモだと言わんばかりの笑みで笑う。

「…一人当たり数十貫か」

 

 

 

 

「ったく、期待はずれもいいとこだ」

足元に転がった三人の呪詛師を見て鹿紫雲はぼやいた。右から順に瞬殺、瞬殺、ちょっと苦戦である。ちなみに前者二人は鹿紫雲が、後者は遠距離攻撃が可能な錦がやった。

 

まさに電光石火の早業を見た錦が苦笑する。

「ま、野良術師がそこまで強かったら吃驚ですよ」

「そーだな」

二人を担いで鹿紫雲も頷く。

「田中だか何だかが筑後を治めてたはずだ。太閤の飼い犬だから換金してくれるだろ」

「換金…」

言い方、と錦は顔を引き攣らせる。

 

「許斐って筑前の出でしたよね?」

「確かな。そこそこ有名な家だったはずだ。ここら一帯の正規の呪術師は大体そこの系譜だな」

へえ、と相槌を打つ。アイツ結構すごかったんだな、とどうにも釈然としない気持ちだが。

 

筑前かあ、と知ってる地名を何となく並べて、あっと声をあげた。

「やっぱ太宰府行きたいなあ」

「あ?」

「なんかご利益ありそうだし。天満大自在天神ですよ?鹿紫雲サンの戦勝にも関与してくれそう」

「さっきまで「神」と戦ってた奴の台詞かよ」

「完全な神頼みじゃないから良いんです。験担ぎですよ験担ぎ」

 

良いじゃないですかー、と珍しくごねる弟子に瞬きする。そうして、ふっと笑った。

「…まあ、良いか。稀代の呪術師の社なら俺も興味がある」

「やった!」

観光だー、と万歳しながら口角を緩ませる。

 

「おい、遊びに行くんじゃねえからな」

「分かってますよ。でもたまには戦闘以外のこともしたいんで」

 

「太宰府まで行くとなると、だいぶ歩くぞ」

「大丈夫ですよ今急にやる気出ました」

「…ほんっとお前は何なんだ」

 

 

 




キリスト教の解釈は作者が頭を絞って書きました。そこまで詳しいわけではないので間違ってるかもしれませんが、悪しからず。

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