前世に忘れてきました。何を?人道とやらを 作:しらたまあんみつ
「どうかお願いします、
切実な叫びに、錦と鹿紫雲は顔を見合わせた。
日ノ本、讃岐。九州を出た錦たちは、中国を抜けて、どうせならばと四国に立ち寄った。伊予、土佐、阿波、そして最後にこの讃岐。決してうどんが食べたかったとかではない、決して。
さあ、本州に帰るかということで、二人はある村に立ち寄った。播磨へ渡る舟を貸してもらうためである。怯えられはしないかと危惧していた錦だが、意外にも二人は歓迎された。特に鹿紫雲が。
「…罠ですかね」
「さぁな。ま、歓待してくれるに越したことはないだろ」
首を傾げる錦とは対照的に、鹿紫雲は悠々と酒を飲んでいた。ちなみに錦は前世基準だと未成年のため酒は口にしていない。単純に酔って醜態を晒したくなかったのである。
が、宴が進むにつれ、段々と雲行きが怪しくなっていった。初めはニコニコと笑っていた村長が、こそこそ村人と話し始めたり、時折試すような視線を向けてきたりしているのだ。表面上、賑やかにその場は盛り上がっている。だが、そんな空気に付き合うのもいい加減うんざりだった。
「言いたい事があるなら、はっきり言えよ」
冷たく、その一言が落ちる。村人たちは一斉に口を閉じ、鹿紫雲は観察するように彼らを眺めていた。
誰もが目を落とす中で、口を開いたのは村長だった。
「実は、お二人の力量を見込んで、頼みたいことがあるんや」
「頼み?」
盃を手の中でくるくると回していた鹿紫雲が問う。手をぎゅっと握って、村長は頷いた。
「鬼、退治してくれんか!?」
(…鬼ィ?)
錦の頭に、ぽんと角を生やした赤ら顔が浮かぶ。呪霊以外に鬼まで居んのかよこの世界。
「鬼の形をした、呪霊ってこと…?」
「だろうな」
「襲われたりしてんのか?」
「そう、なんや」
村長は訥々と語り始めた。讃岐本土からさほど遠くないところに、女木島という島がある。昔からそこには「鬼」がいて、夜な夜な村人を殺したり、娘たちを攫ったりしているのだと。
これを聞いて、さらに錦の頭にはハテナが増えた。
「なんでこいつら、非術師なのに呪霊の「鬼」を認識してるんですか」
「さあな。「鬼」の話で俺たちを釣るつもりなんじゃねえの」
「まさか、そなん!滅相もない!」
わしらは困っとるんや、と村人は必死の形相で続けた。
「わしの娘は連れ去られて、何年も帰っとらん!」
「この前は隠しとった財宝まで盗られた!」
騒ぎ立てる村人たちに、錦は首を傾げた。
「呪霊より人の仕業じゃねぇの?呪霊が財宝取ってどうすんだよ」
「そりゃ違う!わしらは確かに見た」
ーー頭に角が生え、牙を剥き出し、金棒を携えた恐ろしい赤鬼を。
幻覚だろ、と一蹴したのは鹿紫雲だった。
「どーせただの盗人だ」
「…やけど!」
なおも食い下がる村人に、錦が手を上げた。
「飯も散々食ったし、ここは行ってみましょうよ。盗人だったら財宝を奪い返せばよし、呪霊だったら狩ればよし。どうせ瀬戸内を渡るんです、そのまま舟を借りればいいじゃないですか」
「なんでそんなに積極的なんだよお前」
裏でもあんのか、と鹿紫雲が目を細める。錦はにっこりと微笑んだ。頭にあるのは、かの有名な昔話。
「ただし!」
びくりと村人が肩を揺らす。
「一つ条件がある」
「…なんでしょう」
恐る恐る聞いた村長に、錦は一本指をピンと立てた。
「きびだんごを用意しろ」
「……はぁ?」
ざぁん、と波が舟に打ち寄せる。舳先に立っていた鹿紫雲は、ぐでんと縁にもたれかかる錦を呆れたように見た。
「いつまでそうしてんだよ、お前は」
「…だって」
悲痛そうに、手元の袋を開ける。中には、団子(普通)が入っていた。
「それの何が駄目なんだよ」
団子は団子だろ、と言ってのける鹿紫雲に、錦はくわっと目を見開いた。
「ただの団子じゃ意味ないんですよ!!」
「…お、おう」
若干引き気味の鹿紫雲だが、そんなこと錦は知ったこっちゃない。舟底に座り込み、団子(普通)を憎らしげにつついている。普段の「鹿紫雲サン鹿紫雲サン!」と師を慕う姿とはかけ離れた姿に、鹿紫雲は瞬きした。
結論から言おう、きびだんごという概念はまだ存在しなかったのだ。きびだんごのことをいくら説明しても、村人は首を傾げるばかり。意気揚々と差し出されたのは、米をついて作られた団子だった。ちげぇよこれじゃねえよと言うも、作り方が分からないんだから仕方ない。そもそもここ吉備じゃなくて讃岐だし。
「猿もいないし雉もいないし…」
はぁ、と錦は膝に顔を埋める。
「お前道中犬に団子食わせようとしてなかったか」
「くそ、やっぱり団子(普通)じゃダメだったのか…」
「当たり前だろ、喉詰めるじゃねえか」
「だからそういう問題じゃなくてですね」
犬にも懐かれない呪術師、佳宵錦。ちなみに鹿紫雲には普通に近寄ってた。なんでだよそっちの方が近寄りがたいだろ、とは涙を流す錦の談である。
「なんで落ち込んでんのか知らねえが、そろそろ着くぞ」
「…はい」
のろのろと起き上がった錦に、はあと鹿紫雲は息を吐いた。
「あのなぁ、もう少し緊張感持てよ。今までの情報からするに、呪霊じゃなくて呪詛師の可能性もある。やり方はお粗末だがな」
ピンと錦の背筋が伸びる。正面には、ゴツゴツとした島が見えてきた。
「気ィ抜くなよ」
「はい!」
目指すは鬼ヶ島。猿犬雉はおらずとも、師弟揃えば百人力。鬼が出るか蛇が出るか、戦国の鬼退治が、今始まる。
思ったよりも、「山」という感じの島である。鬼がいそうかと言われれば、まあ大半の人が首を傾げるであろう。
「確か、洞穴にいるとか言ってましたよね」
「ああ。いかにもありそうな話だな、全く」
「鹿紫雲サンもあまり信じてはいないんですね」
「どう考えても怪しいからな。洞穴に行ったら呪詛師がいるのがオチだろ」
俺たちに恨みを持った奴がな、と鹿紫雲が鼻を鳴らす。
「っスよねー」
「なんでちょっと残念そうなんだよ」
軽口を交えながらも、二人は件の洞穴へと辿り着いた。闇を吐き出すようにぽっかりと空いたそれは、えもいわれぬ不気味さを醸し出していた。
こくり、と錦が無意識に唾を呑む。
「…鬼はいなくても、他の呪霊がいそうですね」
ああ、と鹿紫雲も小さく笑う。
二人は、ゆっくりとその中へ踏み出した。足音はほとんどなく、張り詰めた空気が漂う。襲いかかられたら、いつでも反応できるようにーー
「ッツ!」
錦は、本能的に横へと飛んだ。
ごきり。
次の瞬間、錦の残像を掴むように、巨大な手が現れていた。赤く染まり、ごつごつとした骨が浮かぶその手は、まさに。
「鬼…?」
掠れた声でつぶやいた錦に反応してか、手は一気に彼女へと向かう。
「変圧呪法 銀鼠」
半径五メートル。錦の縄張りに入り込んだ鬼の手は、いとも容易く叩き落とされた。バッと振り向くも、闇からはただ手だけが生えている。
「どうだ?」
くつりと喉を鳴らして鹿紫雲が問えば、錦は不快そうに顔を顰めた。
「見りゃ分かるでしょうが」
「ああ、ほんっと子供騙しだな」
半ば感心したように言って、圧力で潰された鬼の手を拾い上げる。
「紙と…こりゃなんだ、土か?」
「と、木ですね」
張りぼての手から、木の枝が真っ直ぐに伸びている。
「いやあ、まさかこうなるとは…」
「だな。こりゃ十中八九ただの盗人だな」
「一応、呪詛師の仕込みって可能性もありますけど、どうします?」
はぁ、と鹿紫雲は首の後ろを掻いた。
「ま、ここまで来たしな」
「正体だけ確かめますか」
ぴちゃんと、天井から水滴が落ちる。
錦は顔を顰めた。あまり距離を進んでいないのに、なぜか息苦しさを感じ始めたのだ。時折ずきりと頭に痛みも走る。
「…鹿紫雲サン」
「ああ」
隣の鹿紫雲も、たまに咳き込んでいるのだ。なんらかのガスでも充満しているのか。
「空気が、ゲホ、悪いんでしょうかね」
「だろうな。ったく、なんでこんなとこに拠点なんざ構えたのか」
「とっとと倒して帰りましょう」
だな、と珍しく顔色の悪い鹿紫雲が頷く。
木の枝は、まっすぐに洞穴の奥へと伸びていた。それを辿っていると、不意に、奥からがちゃんと音がした。錦が構える。鹿紫雲が如意に手を伸ばす。
「誰だ!」
錦のよく通る声が、洞穴の中にうわんうわんと反響する。反応があれば、即仕留める。
そう思っていた二人だが、返ってきたのはあまりにも予期せぬ声だった。
「助、けてくれぇ…」
弱々しい、男の声。そのほかにも、呻き声が聞こえてくる。
「…あぁ?」
「罠…にしちゃあ、お粗末か」
鹿紫雲すらも困惑気味だ。
「えっ…どうします?」
「…とりあえず、話聞きだすか」
戸惑いのまま歩を進めると、まもなく声の主が見えてきた。手足を投げ出し、喉は枯れ、疲れ果てたように転がる姿で。
(ほんっとに倒れてんじゃん)
一体鬼はどこへやら。
鹿紫雲たちを見ると、男はパッと顔を輝かせた。
「あ、ありがとう!あんたら…村から来てくれたんやな!?奥にもみんな倒れとるんだ、そいつらから運び出したってくれ」
「待て待て待て」
錦は思わず半目になった。どういう状況なんだ、これは。
「そもそも誰だお前ら。さっきの鬼もどきを作った連中か?」
錦の言葉に、男は目を見開いた。一瞬で警戒の色を宿し、動かないはずの体でずりずりと床を這う。
「みんな、逃げろ!こいつらは、村の連中の差し金やない!」
途端に、うめき声がパタリと消える。
「きゃあああ!」
「おい、早うしろ!」
「待って、子供が!!」
代わりに聞こえたのは、悲鳴。男女問わず、ばたばたと洞穴の奥へと駆けていく。声が遠くに聞こえるようになったところで、転がっていた男はキッと錦たちを睨んだ。
「ここを、通りたいのなら…!俺を倒してから、行けや!」
ゲホ、と咳き込みながら。男は毅然として、仲間を守らんと立ちはだかる。
ただし。錦たちは、この状況を何一つ理解していない。
(…どういう状況ですか?)
(知るか俺に聞くな)
目線で会話しあう、明らかに何も分かっていなさそうな師弟に、男は一人瞬きする。
「え、もしかして…報復に来たんちゃんか?」
「報復?」
目を細めた鹿紫雲に、男は安堵したように大きく息を吐いた。
「なんや、やっぱり村から来たんやないか。先に言いや」
「確かに村から来たけど、私たちは「鬼」が居るとしか説明されてない」
「そうなのか?多分、村長が俺らを助けるために差し向けたんや思うが」
なお不思議そうな顔の錦に、男はぽつりぽつりと話し始めた。
「俺たちの村は、元々盗賊や落ち武者に悩まされとったんだ。やけん村長が、そいつらを追い出すために考案したのが、「鬼」だ」
なるほど、と鹿紫雲が頷く。
「「鬼」がいると知らしめることで、賊を追い払うってことか」
「そうや。やけど、そう上手うはいかなんだ。「鬼」が本物かどうか確かめようとする連中が現れたんや」
「あ、さっきの「報復」ってそういうこと?」
ああ、と男はため息をついた。
「ビビらしたはええが、「どうせ偽物じゃろ」と言うモンが多うなってきてな。「鬼」に扮した村人が襲われることも起きた」
「んで、この島に逃げてきたってわけか」
(そこは分かったけどさ)
錦は眉を顰めた。
「なんでこんな空気が澱んでるとこに逃げたのさ。もうちょっと良い場所あったろ?」
錦の問いに、男はぎゅっと拳を握った。がたがたと震えて、それでも顔を上げる。
「それは…」
その場の空気が静まり返る。男が、口を開こうとした時だった。
グシャッ!!
なんの前触れもなく、男が岩壁に叩きつけられた。
「おい、おっさん!」
慌てて駆け寄れば、まだ微かに息をしている。隣で、鹿紫雲が皮肉げに笑った。
「良かったなあ、錦」
男を蹴り飛ばしたナニカは、巨大だった。洞穴の天井にゆうに届く巨躯、筋骨隆々な四肢、血を浴びたように赤い全身、そしてー額に生えた角。
「まともな鬼退治ができそうだ」
「ですね」
立ちはだかる二人に、鬼は鋭い牙を剥き出しにして笑った。風のような息が、倒れていた男を吹き飛ばす。それを軽々と受け止めて、鹿紫雲は如意を構えた。
雷が、閃いた。
凄まじい速度で、鬼の首が吹き飛ぶ。
「お見事」
一薙ぎで鬼の首を取った鹿紫雲に、パチパチと称賛を送る。だが、トンと着地した鹿紫雲の表情は硬い。
「弱すぎる」
「そこらの呪霊なんてそんなもんですよ」
犬も猿も雉も要りませんよ、と肩をすくめる。
「なんでお前は動物にこだわるんだ」
「様式美だからに決まってるでしょうが」
「そうか。…そうか?」
鹿紫雲が首を捻ったところで、転がっていた男がゆっくりと起きあがった。ザフッと消えていく鬼を見て、ポロポロと涙を流し始める。ぎょっと己を見ている錦たちを気にもとめず、洞穴の奥へ叫ぶ。
「鬼が、鬼が死んだぞおお!!!」
「で?一体どういうことだったんだ」
ちゃんと説明しろよ、と鹿紫雲は凄む。錦も座り込み、男をじっと見た。
鬼を倒してから、洞穴の奥からはわらわらと人が出てきた。どいつもこいつも喜びを満面に浮かべて、鹿紫雲と錦を褒め称える。呪霊を祓っただけなのに、なぜここまで喜ばれるのか、と二人が疑問に思ったところで、最初の男が言ったのだ。
「もうちょっと手伝うてくれたら、真相を教える」、と。
そういうわけで二人は、奥で倒れている村人を運ぶのに駆り出され、ようやっと腰を落ち着けたのだ。
ざざん、と波がうねっている。洞穴からはとうに抜け出し、海岸沿いで、村人たちは思い思いに過ごしていた。その真ん中で、鹿紫雲と錦が男に詰め寄っている。
すでに男は腹を括っていたのか、簡潔にまとめて説明した。
曰く、さっき説明した報復のせいで、「鬼」の役だった村人たちは、この島に逃げざるを得なかった。しかしこの島には、本物の「鬼」がいたのだ。そこで逃げ惑い、鬼が寄りつかない洞穴に逃げたところ、なぜか空気が澱んでおり、何人もが犠牲になった。日に日に鬼が近づいてくる中、島に逃げた村人たちは讃岐の村に救援を要請したのだ。
「そこでたまたま村に立ち寄った私たちを利用したってことか」
済まない、と男は頭を下げた。
「村を守るには、これしか方法は無かったんや」
沈黙が落ちる。その中で、鹿紫雲はふと洞穴を見た。騒動があっても、何事もなかったように、ぽっかりと口を開けている。
「いずれにしろ、あれにはもう近づかないほうがいい」
「…そりゃ、あれだけ空気が澱んどるんやけん、近づくわけないじゃろ」
「呪物だよ」
錦がポツリとつぶやいた。
「あんたらを助ける時、興味があったから最奥まで行ってみたんだ」
そしたら、あったんだよ。
「ご大層に鎮座する、一束の髪がね」
その静かな言葉に、びくりと男は肩を揺らした。鹿紫雲が後を引き継いで、男を見る。
「おおかた、村の言い伝えかなんかで知ってたんだろ?だから、お前らは洞穴に逃げた。が、呪物そのものの封印が解けかけ、洞穴の中は瘴気で満ちていた。それで病にかかる連中が大量に出たんだろ」
自業自得だ、と鹿紫雲は突き放す。
「呪いは利用するもんじゃねえ。誰かの怨念も呪霊も、人に害しか及ぼさない。触らぬ神に祟りなしってやつだ」
「…でも!そうせな、俺らの村は」
「「鬼」の真似事なんて面倒な真似をしなくても、砦を作るとか、武器を買うとかやりようはある」
錦は腕を組んだ。
「自分たちの村なんだろ?なら、自分たちの手で守れよ」
ありがとう、と村人たちが海岸で叫んでいる。その中に、あの男の姿を見つけ、錦は腰に手を当てた。
「ちゃんと村長に伝えてくれると良いけど」
「ま、あんだけ脅したなら少しは効果があるんじゃねえのか」
波に揺られる舟上で、鹿紫雲はどうでも良さそうに前を向く。
「今は従っても、時が経ったらどうなるか分かりませんよ」
「そこまで俺らが面倒見る必要はねえよ」
「そうですけど。呪霊だった「鬼」が見えていたのも、あの島が呪物の影響を受けていたからでしょ」
封印の仕直しとかやった方が良いのに、と錦はぼやく。
「んなもん、今の世でやっても無駄だ。どうせすぐに解ける」
「…そっか」
平和になればどうにかなる、なんて考えが浮かぶたび、今は戦国の世なのだと思い知らされる。それは、誰にとってもろくでもない現実なのだ。
(一種の呪いだよ、全く)
「でも」
「あ?」
「平和な世が来たら、ちゃんと封印できると良いですね」
「来ねえよ、んなもん」
大体、と鹿紫雲が鼻を鳴らす。
「つまんねえだろ、そんな世の中」
ーこの人にとっては、そうでもないらしいが。
そう思って、錦は小さく笑った。
「そうですね」
これにて、戦国の鬼退治ーー終幕。
作者の自我が出過ぎていたらすみません。
明日も更新します!
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