前世に忘れてきました。何を?人道とやらを   作:しらたまあんみつ

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邂逅とはかくてある

 

 

「…お前も、その程度か」

そう、鹿紫雲一は小さく息を吐き出した。視線の先には、男が血を流している。顔にはありありと恐怖が浮かべられており、体はガタガタと震えてしまっている。

「見、見逃してくれ!頼む、拙者には妻子が…」

「知るか」

男は一層怯えたように顔を引き攣らせた。

 

トン、と男の肩に一見なんの変哲もない棒ー如意を乗せる。

「侍だろ?誉れがどうとか言って死ぬんじゃねぇのか」

喜べ、と鹿紫雲は薄く笑う。

「望み通りにしてやるよ」

「やめっ」

 

男の言葉が、最後まで紡がれることはなかった。バリ、と雷のように光った如意を肩に担ぎ、倒れた男に一瞥だけくれて、鹿紫雲は目を逸らした。

「勝負に負けたら死ぬのは当たり前。命乞いする前に、少しでも勝てる可能性でも考えとけ」

 

束の間、訪れた静寂。戦場というものに付属する、あの一種の喧騒とは似ても似つかぬそれに、鹿紫雲は少し、目を細めた。そうして、

「で、お前はいつまで着いてくるつもりなんだ」

 

積み上げられた死体の一つに声をかけた。正確には、その影に隠れた少女に。まさか露見しているとは思っていなかったのだろう、少女ー錦はびくりと肩を震わせる。

(…終わった、人生終了したかも)

 

 

 

 

 

何故、錦はあたかも犯人を尾行していた刑事のようなことになっているのか。それは数日前、いや一年ほど前まで遡らねばならない。土蜘蛛を倒したあと、錦はある家の門戸を叩いた。

 

陸奥には、伊達家に代々仕える呪術師の家系がある。その名を石流家(いしごおりけ)、という。その噂を聞いた時、錦の頭に浮かんだのは死滅回游プレイヤーの一人である石流龍。いや関係ないだろうなと思いつつ、しかし鹿紫雲という例もあるのだ、将来あのレベルの術師を生み出す家という可能性は捨てきれない。

何より、辺境の戦いに参加するよりは術師の名家に挑んだ方が良いだろう、と思ったのだ。ま、要は飽きていただけだが。

 

 

だが。ものの見事に門前払いを喰らったのだ。門番の言い分としては、一に敵という可能性があること、ニにそこまで名を上げていないこと、三に子供であることがあるらしい。どうやら、錦は実年齢より若くーいや、幼く見えるようで。前世の頃なら大喜びしたかもしれないが、今はマイナスにしかならない。

そこで強行突破でもすればよかったのだがーというか最近はそればかり考えているーその時の錦はえらく節度を持っていたのか。そのまますごすごと引き下がったのである。

 

 

そうして、はたと思いついた事があった。

(それなら、手柄をいっぱい上げれば良いんじゃないか)

そうすれば自動的に名も上がる。つまり石流家にも挑めるかもしれないし、できなくても名前に釣られて適当な呪術師が寄ってくるだろう。

ということで、錦はこの一年間出れる限りの戦に顔を出したのだ。

 

 

 

 

天正18年(1590年)、秋。陸奥では葛西大崎一揆、とのちに呼ばれる一揆が起こっていた。数々の城を占拠した一揆勢に対し、豊臣秀吉の配下である浅野氏は蒲生氏と伊達氏に鎮圧を命じる。しかし、蒲生氏と伊達氏による攻撃の直前、一揆勢を煽動したのは伊達氏であるとの情報が流れた。これに対し、蒲生氏は籠城して伊達氏及び一揆勢に備える。片や、伊達氏も独自の動きを展開していた。

 

 

(へぇ、伊達は一応一揆を抑えるために動くのか。どうせパフォーマンスだろうけど)

一揆勢に押さえられている城に攻め込み、囚われの領主一家を解放すると聞き、錦はひゅうと口笛を吹いた。

 

錦にとっては、伊達が勝とうが一揆勢が勝とうがどうでも良い。ただ、満足がいくような人材がいれば、それで十分。

そんな、どこか投げやりな期待を伴って、伊達の陣営に向かった。名は上がっていなくとも、一年戦っていれば顔くらいは覚えられる。そうやって、やけに人が少ないことを不思議に思いつつ、いつも通りに兵舎に向かった時。

 

 

そこには、浅葱色の髪を括った青年が佇んでいた。いるだけでピリリと空気が引き締まるような、強烈なまでの存在感を放つ青年を、錦はよく覚えていた。…いや、片時も忘れたことなんてなかった。

 

「…なんで、」

掠れたように出たそれは、何より錦の本心だった。

 

感じる圧も、その姿も、気配も。何一つ、焼きついた記憶と変わっていない。むしろ、あの日よりずっと強くなったような。

ああ、どうして。どうして、あなたがここにいる?

 

「鹿紫雲、一」

ぽとりと溢れた言葉が、聞こえていなかったはずはない。それでも、錦がひたすらに憧れた呪術師は。ちらりとも、錦を視界に入れようとはしなかった。

 

 

 

 

出撃命令とともに兵舎を飛び出した鹿紫雲を追ったことに合理的な理由はない。けれども、そうしない理由もなかった。

手柄を上げたいのなら、真っ先に攻略先の城に向かうはず。だのに、鹿紫雲は城に目もくれず一揆勢に突っ込んでいった。

 

それを追いかけるのは、ひどく簡単なことだった。列のように続く、死体をなぞっていけばいいだけなのだから。

(…すごい、やっぱりあの人はすごい)

錦はそんな、陳腐な感想しか抱かなかった。

 

その姿を見れば、人は異様に感じるだろう。淡々と人を殺す青年に、ヒーローを見るかのような目を向ける少女。そうして、その周りでは殺し合いをする人々。

そこには、倫理も、道徳も、善も悪も存在しない。ただただ、人間という生物の醜さが発露されるだけの場所だった。

 

 

 

 

 

 

鹿紫雲は困惑していた。伊達の陣営にいた時から、ずっと視てきていた存在に。

最初は、自分を殺して名を上げようとする馬鹿か命知らずかと思ったが、一向に近づいてくる気配がない。そのうち諦めるだろうとも思ったが、退散するでもなく、ひたすらに着いてきている。

 

戦が始まる時に目をつけていた呪術師を殺し終え、鹿紫雲はふと、尾行者はどんな面をしているのか気になった。気まぐれと、そういった類いのものでしかない声かけに、尾行者は案外あっさりと顔を見せた。

 

死体の影からそっと出てきたそれに、鹿紫雲は一つ瞬きをした。それは、自分よりも幼い少女だった。そんな存在でさえ戦に出ているという事実に、世も末だなと思う。

 

「何の用だ」

「…いや、特に用があるわけでは、」

「とぼけんな。出陣の時から尾けてきてたろ」

 

言い逃れができないと悟ったのか、少女は気まずそうに下を向いた。さて、どう答える。武勲のためか、誰かに命じられたのか。

 

けれど、少女から発せられたのは、予想なんて遥か彼方にかっ飛ばす回答だった。

 

「あの、どうやったら貴方みたいに強くなれますか!!」

(…は?)

 

知るかよと反射的に言いかけ、それでも何とか飲み込んだのは。少女の目と、かちりと合ってしまったから。きらきらと、星のような瞳がこちらを見ていた。目が輝く、なんてのはただの比喩ではなかった。少女を見れば、嫌でもそんなことが分かる。

それは、まるで秋の夜空を一枚の絵にしたようで。透明な鶯色の天に、無数の光が散っていた。

 

その眼差しに、鹿紫雲は何だか関わるのが馬鹿らしくなった。だってそうだろう、この少女はイカれている。何処の誰が、人殺しにこんな目を向けるのだ?例え、世の中が戦で溢れていたとしても。例え、そこらの農民でさえ人を簡単に殺しているとしても。

 

 

だから、鹿紫雲はくるりと振り向いた。そのまま、スタスタと死体を踏み越えていく。

「え、あの、ちょっと待って…って、早!」

慌てたようについてくる少女に、はぁ、とわざとらしくため息をついた。

「帰れ。お前と話すことなんざない」

 

 

 

 

(しくった、完っ全にしくった)

鹿紫雲の冷たい声に、錦は頭を抱えた。いっそ自分を思い切り殴りたい気分だ、そんなことをすればただの異常者だろうけど。

 

まず第一声から失敗しているのだ。何だ「用はない」って。もっとマシな返し方あったろ。その上、テンパって自分でもよくわからないことを言ってしまったし。初対面であれは酷い、どんな人間でも引くに決まっている。

 

 

明らかに撒こうとしているのが分かる速度で歩く鹿紫雲を必死に追いかける。せめてこの最悪なファーストインプレッションを少しでも変えなければ帰れない。いや変えられなくても、鹿紫雲の戦闘をもう少し見ていたい。

彼にとっては邪魔でしかないかも知れないけど、それくらいの我儘は許されてもいいだろう。

 

だって、だって。漸く、会えたのだから!錦は、ザクザクと進む鹿紫雲の背中を見て、久々に口角が上がるのを感じた。

この、吐き気がするような灰色の世界でも、彼がいる場所だけは。何故だかうつくしく色づいて見える。その光景を少しでも目に焼き付けたくて、錦はじっと鹿紫雲を凝視した。

 

ふと、鹿紫雲が足を止める。

「帰れっつったよな」

「見てるだけでも駄目ですか」

「…お前が、俺の戦い方を売らない保証が何処にある?これ以上着いてくんなら、」

 

 

ドン!!

 

 

その時、鹿紫雲と錦の間に何かが轟音と共に落ちてきた。パラパラと降ってくる小石を腕で防ぎつつ、呆然とそちらを見る。ゆっくりと晴れた土煙から姿を現したのは、人影。…いや、人の形をしたナニカ(呪霊)

 

「ご機嫌よろしゅう、人間ども」

それは、どこぞの落武者のような造形をしていた。バラバラになったものを無理矢理継ぎ接いだ印象を受ける鎧に、前立てが折れた兜。そして、最も目を引くのはーくり抜かれた虚ろな眼窩。鎧の隙間からは、ポタポタと血が絶え間なく流れている。

 

 

ヒュン、と錦の横を風が通り抜けていった。次の瞬間に、呪霊の首に如意を切りつけているのは鹿紫雲だった。

(速い…!)

あの一瞬で、殺す判断と移動を同時に行ったというのか!?

 

「へえ、やるな」

驚嘆は、鹿紫雲の意外そうな声によって断ち切られる。見れば、如意はギリギリのところでナニカ(呪霊)の刀と鍔迫り合いをしていた。

(アイツも、当然のようにあの速度に反応を…)

ごくり、と錦は小さく唾を呑む。

 

 

「まあまあそう殺気立つでない、鹿紫雲一よ。貴様には借りがあるが、それを返すのは後でじっくりやってやる」

「借り?どっかで会ったか?」

「覚えておらぬのも仕方あるまい。儂は変わり果てたからのう。とりあえず名でも名乗ろうか、儂は零落(れいらく)だ」

 

ガキンッと弾き返され、鹿紫雲は地面に降り立った。

「知らない名だな。で、何をしにきた?」

「ふふ、死んでもらおうと思うてな」

 

そう、軽く言われた言葉に、周りが殺気で満ちるのを感じる。ちり、と皮膚が僅かに総毛立つ。鹿紫雲が再び如意を構えた。

 

今まで黙っていた周りの足軽や、雇われの術師たちが一斉に騒ぎ出す。

「おいおい、何言ってんだジジイ。さっきから黙って聞いてりゃ、調子に乗ってくれんじゃないの」

「そうだ、俺らは泣く子も黙る伊達の家臣だぜ!?」

 

(調子に乗ってるのはお前らだろうが…!)

錦は口内の肉を噛み締めた。零落は、ヤバい。そうだ、雰囲気だけでそれが分かる。アレは、明らかにあっち側のモノ。

 

 

「ひいふうみい、五十はおるのう」

周囲の一人一人を指差しながら、零落は頬を緩め、手を動かした。

「多くて結構。すまんが、儂らの供物となれよ」

 

瞬間、零落から夥しい呪力が発せられた。それはゆるりと地を這い、周囲を覆う。

(…来る!)

錦はバッと構えた。

 

 

「領域展開 傀儡征野(かいらいせいや)

 

 

世界が、塗り変わった。

 

 

 

 

 

「ここは…」

先ほどとあまり変わらない風景に錦は瞬きをした。違う点といえば、転がっているのは死体ではなく、呪力を纏った鎧人形ー式神である、ということ。そして、この空間全体に禍々しい呪力が満ちているということ。

 

何にせよ、ここは領域内。どんな必中効果が飛んでくるか分からない、油断は即ち死…!

 

「ようこそ、儂の領域へ」

零落はニタリと笑った。

 

その不気味さに、錦だけでなく周りの足軽も後ずさる。そうしていないのは、立つことすら出来ずに青ざめている呪術師と、悠々と準備運動をしている鹿紫雲くらいだ。

 

各々の様相を呈している人間たちを気にしたそぶりもなく、零落は言葉を続ける。

「ここでの規則を説明しようか。簡単故、貴様らの詰まっていない脳みそでも理解できよう。()()()()、それだけじゃ」

 

シン、とその場が静まり返る。その冷たい空気を無理矢理変えるように、一人の術師が叫んだ。

「…ああ?領域が展開できるからって、偉そうに!どうせ俺たちも殺せないような領域だろ!?」

「元気が良いのう、まあ実験台にでもなってもらおうか。…黙れ」

「誰が、」

 

言い切る前に、その術師は突然胸を押さえた。そのまま、地面をのたうち回る。うが、と苦しそうに悲鳴をあげ、ぶくぶくと口から泡が吹き出る。幾秒か経った後、唐突に術師は動きを止めた。

 

 

「見たかの、今のが「傀儡征野」の必中効果。()の命令に反発したもの()は、例外なく死ぬ。苦しんで、な」

 

今度こそ、重苦しい静寂が降りた。だが、先ほどとは違い殆どのものの顔に絶望と恐怖が滲み出ている。

 

「さて、分かったところで本題に入ろうか。儂の命令はただ一つ」

 

零落は一旦息を吸い、そうして大音声でがなった。

「殺し合え、愚かな人間どもよ!!」

 

同時に、地面に転がっていた鎧人形が一挙に立ち上がった。

 

それを警戒しつつ、錦は息を吐いた。

(なるほど、この領域は日車寛見の「誅伏賜死」と同じく、必中のみの領域か!ある意味必殺ではあるが、それを発動するために「命令違反」というプロセスを踏まなければならない)

 

つまり、「傀儡征野」は「零落への服従」というルールを強制させる領域…!想定よりも厄介な効果に舌打ちするが、領域対策をしなくても良いという点では良いのかもしれない。

 

 

シャキン、と斬りかかられ、錦は難なくかわした上で襲撃者である足軽の腕を掴み、新たに襲ってきた丸刈り術師の盾にする。胴体を袈裟懸けにされた足軽を投げ捨て、頼りないなぁと呟いた。

 

「えげつねぇな、自分で避けろよ」

呆れたように言った丸刈りに、錦は肩をすくめてみせる。

「極力動きたくないんでね。使えるものは使っといた方が良いだろ?」

「そりゃ正論だ」

 

投げられた刀を首を傾げて避ける。

「どうせ死ぬんなら、派手に殺して死ぬぜ俺は」

「どうも台詞が三下くさいな。生きるのを諦める前にまずは足掻いてみなよ。その程度の覚悟で、呪術師名乗んな」

 

キンッ!

何かに操られているかのように、先ほどの刀が向きを変えて飛んでくる。それを指で挟んで止め、お返しと言わんばかりに投げ返した。

 

(そういう感じね)

元通りに丸刈りの鞘に納まった刀を錦はふうんと見る。そうして、次の攻撃に備えようとしたところで、丸刈りの心臓あたりに如意が突き刺さった。

 

 

「ったく、どいつもこいつも零落の言う通りになりやがって」

そう、ぼやいて丸刈りの体から如意を抜き放った鹿紫雲に、錦は更に腰を低く落とした。戦闘態勢を隠そうともしない錦に、鹿紫雲は面倒くさそうに目を向ける。

 

「別にお前を殺そうってんじゃねぇ。お前なんざ戦る価値もないしな」

(地味に傷つくこと言うじゃん)

はは、と錦はついやる気のない声を漏らした。

 

「むしろその逆だ。お前、強くなりたいんだよな?」

何を当たり前のことを、と言おうとして、錦ははっと息を詰める。鹿紫雲の目は、思ったよりも真剣な色をしていた。睨んでいる、とそういった方が近いようなそれに、錦も顔を引き締める。

 

「強くなりたいのなら、アイツ祓ってこい」

アイツ、と指さされた方には、零落が白けた笑みを浮かべている。

 

(…アレを?私に死ねってか!?)

「お前の力を見せてみろって言ってんだよ。…祓えたら俺の弟子にしてやっても良い」

 

拍子抜けするくらい簡単に言ってのけた鹿紫雲に、錦は再度彼の顔を見た。やはり、その表情にからかいだとか、そんなものは一切ない。ただ、こちらを見定めるような、値踏みするような。

 

「…分かった。二言はないよね?」

「ああ、もちろん。何なら縛りを結んでも良い」

 

そんなのいいよ、と錦は挑戦的に笑った。

 

「俄然やる気出てきたから」

 

 

 




鹿紫雲の台詞回しって難しいですね…。

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