【TS】潰れそうで潰れない訳ありの喫茶店でバイトしたい!   作:ひぶうさぎ

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見切り発車


第一話 まずはバックボーンから

 男の夢としてよく挙げられる、『喫茶店でやる気のない店主をして可愛いバイトの女の子に叱られたい』っていう夢があるよな? 

 

 確かに、俺もこんなことを考えていた時期があった。

 でも、冷静に考えて素人が喫茶店を開いてまともに採算を取れるわけがないし、そもそも可愛いバイトの女の子なんて来るはずがない。

 

 なんなら、勤めていた会社がブラックすぎて開業資金すら一欠片も貯まる気がしなかった。

 だから、()()の俺は泣く泣くその夢を諦めたんだ。

 

 

 

 だが。

 334連勤によって意識を失った俺は、気づいたら見覚えのない路地裏に寝っ転がっていた。

 

 一瞬、飲みすぎたのかと思ったが、会社にいたのに酒を飲むはずがない。

 なんなら、ビルとビルの隙間を使って超次元バトルをしてる奴らが俺の真上にいる。

 

 その時、俺のフル回転した脳内が閃いた。

 これ、もしかして異能とかがある世界に転生したんじゃね? と。

 

 だって上の奴ら、「必殺!」とか叫びながら瞬間移動して戦ってるんだから。

 

 正直、困惑とかよりも先にこれはチャンスだという気持ちが勝っている。

 

 素人が喫茶店なんか開けないというのは、それがなんの変哲もない世界だからだ。

 この、絶対に裏で暗躍している組織がいるような世界だったら、生き方次第で俺の前世の夢が叶うかもしれない。

 

 そうして、俺は寝っ転がっていた体を起こして喫茶店店主への道を一歩進もうして……。

 上半身が異様に重く歩きづらいことに気づいた。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 自分の口から、自分のものとは思えないほど可愛らしい声が出る。

 それは、とても成人済みの男性の声なんかではなく、まるで年端のない少女のような……。

 

 少女のような? 

 

 そんな中、戸惑う俺に酔っ払いのおっさんが、心配するように少し離れたところから声をかけてくる。

 

 

 

「そこの嬢ちゃん! そんなシャツ一枚で突っ立ってどうしたんだ?」

 

「……それ、俺に言ってる?」

 

「当たり前だろ! 嬢ちゃん以外にシャツ一枚で突っ立ってる女なんかここにはいねぇよ」

 

 

 

 おいおい、俺の夢がせっかく叶えられると思ったばかりなんだが? 

 けれど、少なくとも、酔っ払いのおっさんから見た俺は『嬢ちゃん』らしい。

 

 じ、じゃあ、『漢』の夢である喫茶店店主の夢を俺が叶えることは……。

 

 

 

「出来ないってことかよ……!」

 

「お、おい嬢ちゃんどうしたんだ!? そんな急にうずくまって」

 

 

 

 酔っ払いのおっさんが俺に駆け寄ってくるが、そんなこと全く気にならない。

 ……やっぱり嘘、ちょっと酒臭い。

 

 いや、それはともかく、俺はもうショックで頭の中がいっぱいだ。

 なんでなんだよ、なんでよりにもよってTS転生なんだ。

 

 俺の望む喫茶店店主は渋めの『漢』じゃないといけねぇのに! 

 

 少女の姿じゃ歴戦の訳アリ店主になんてどう頑張ったってなれるはずがない。

 それこそ、喫茶店の可愛いバイトの女の子にしか……。

 

 いや、待て。

 そうか、喫茶店店主になれなくたってそれがあるじゃないか。

 

 

 

「おっさん! 俺って可愛い!?」

 

「き、急だな……まあ、少なくとも平均よりかは上なんじゃねえか?」

 

「てことは可愛いってことだよな!」

 

「まあ、そういうことになるが……」

 

 

 

 ヨシ、まずは第一関門突破だ。

 実際どれくらいの可愛さなのかは分からないが、少なくとも可愛いのなら俺の望んでいる通りなんだから。

 

 となると、第二関門はバックボーンか……。

 

 大抵、秘密があるのは店主だけじゃなくてバイトの女の子にも闇深いエピソードだったり、店主と対立する組織のスパイだったりするから、俺もそういう過去を作りたい。

 

 ……ん、ちょっと待てよ? 

 このおっさん、よく見ると腕時計だったり所々すげぇ金持ちっぽそうだな。

 

 しかも、お人よしっぽい言葉で全く気にしていなかったが、おっさんの目は記念すべき334連勤の朝を迎えた時の鏡に映っていた俺と同じような狂気を孕んでいる。

 

 これは……何かしらの組織のボスだったりするんじゃないか? 

 

 

 

「なあ、おっさん。都合のいい、自分の命令だけを聞くスパイみたいな駒を探してたりしないか?」

 

「なんだよ嬢ちゃん、俺はただの一般市民だぜ?」

 

「いや、おっさんは俺と同じ(社畜)仲間だ。俺の勘がそう言ってる」

 

「へぇ、俺にカマをかける気か、ただのガキじゃないみたいだな。……いいだろう、ついてこい」

 

 

 

 これは確変入ったわ。

 あんなに飄々としてたおっさんの雰囲気が一気に重苦しくなってるし。

 

 どんな組織なのかは分からないが、雰囲気からして()の組織だってことはほぼ確実だろう。

 

 まだ組織の名前も概要も知らないっていうのに楽しみで仕方がない。

 

 んじゃ、とりあえずおっさんについていくとしますか。

 

 

 

「そういや、なんでお前シャツ一枚なんだ?」

 

「知らん、気づいたらここで寝てた」

 

「えぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、俺はおっさんに連れてこられた組織でしばらく世話になることになった。

 その辺に放り出されるかと思ったが、まさかの部屋付きVIP対応だ。

 

 やったぜ。

 

 皆おっさんに頭を下げまくってたからやっぱりボスなんじゃないかと思ったが、どうやらおっさんはナンバー2らしい。

 

 とは言っても、一応会ったボスにおっさんほどの威圧感は無かったし、担ぎ上げられてるだけな気がする。

 俺の予想としては、おっさんのヘイト管理ってとこじゃねえかな。

 

 おそらく、この組織にも権力争いはあるだろう。

 そして、いくら有能でも家柄やら何やらだけを重要視する奴らはごまんといる。

 

 だから──っと、おっさんが部屋に入ってきてることに気づいてなかった。

 

 

 

「ああ、すまねぇ、考え事の最中だったか?」

 

「いや、別に大したことじゃないから良い」

 

「そうか。じゃあ嬢ちゃんに組織のことを色々教えねえと行けないからよ、一旦利き手出せ」

 

「はいよっッッ!?」

 

 

 

 おいおい、このおっさんノータイムで焼印を押し付けてきたんだが。

 怖すぎだろ、流石にそれは聞いてないって。

 

 ただ、これで手袋でも付ければ余計怪しさが増すし結果オーライか……? 

 

 いやでもやっぱり痛いもんは痛い。

 何か一言くらいかけてからして欲しかった。

 

 

 

「お、流石に痛覚はちゃんとしてるんだな。……そんな睨むなって、これは組織の一員ってことを示すための印だ。いつもは魔法で隠せるように入れるんだが、嬢ちゃんは俺専属なんだろ?」

 

「ちなみに、分かっちゃいるがこの印を街中で見せたら?」

 

「良くて死刑、悪くて死ぬまで拷問三昧ってところだろうな。まあ、嬢ちゃんにそんな重要な情報を渡すわけないが」

 

「で、そんな死ぬまでここで飼われる俺はこれからどうしたら良いんだ?」

 

「理解が早くて助かる。まず、嬢ちゃんは俺達に敵対する組織のやつを暗殺してほしい。でも嬢ちゃんの面が良いとはいえ、喋ればボロが出るから潜入はさせない。一般人に扮してターゲットが嬢ちゃんの無害そうな顔を見て油断したその瞬間に殺せ」

 

 

 

 なるほどな、大体俺がすることについては理解した。

 それにしても、俺ってそんなに無害そうな顔をしてるのか……。

 

 鏡をまだ見てないから、まだ自分の顔をちゃんと理解してねぇんだよな。

 まあおっさんが顔の良さを作戦のうちとするくらいだから普通に良い方なんだろうけど。

 

 ただ、これだと俺が失敗して捕まったら手の印がバレておっさん達への目が厳しくなると思うんだが。

 わざわざ敵地へ行かせるのに、この右手の印はつける必要ないんじゃねえか? 

 

 

 

「お、なんか腑に落ちないことでもあったか?」

 

「ああ、俺が失敗した時この手の印はどうするんだ? おっさん達の組織の仕業って分かったら困るだろ」

 

「いやいや、それが大事なんだよ。嬢ちゃんに狙ってもらうのは自分の居場所を明かさない引きこもり達だ。失敗したとしても『お前達の居場所はバレてるぞ』って伝えるのには丁度良い」

 

「で、俺は何の情報も握ってない訳だから別に拷問されようが何されようが問題ないって訳か」

 

「察しがいいな。ただ、今俺がリストを作ってる十何人かを殺し終えたら、一旦奴隷扱いからは卒業させてやる予定だから期待してろよ」

 

 

 

 おっさんにとっての俺は、突然舞い込んできた使い捨て用の駒って訳だ。

 ただ、俺を解放するという選択肢を残しているってことは、少しは俺に期待しているはずだ。

 

 少なくとも、現状興味は確実に持たれている。

 まあ、おっさんの言い方からして、「おもしれー女」としてだろうが。

 

 俺の評価をそこから手放したくない人材にするには、まずは俺がおっさんから与えられる任務を確実にこなす必要がある。

 

 で、おっさんの()()を聞き出すことができるまでの人材になったら、俺が処分される可能性は限りなくゼロだ。

 

 というわけで、早速一人目のターゲットを教えてもらうとしようか。

 

 

 

「嬢ちゃんはやる気が凄まじいな、普通こういう時は怯えたり命乞いをするもんだろうのに」

 

「でも俺がそれをしたらおっさんは俺への評価を下げるだろ?」

 

「まあ、それはそうだな。後、今からせめて一人称くらいは『私』にしておけよ」

 

「ん〜それだけだとロールプレイが上手く出来ない気がするから、『私』に名前をつけてくれよ」

 

「嬢ちゃんが私って言う時の雰囲気が表の社会人っぽくて気持ちわりぃ。が、名前は確かに必要か……じゃ、『ミツ』なんてのはどうだ?」

 

「意味は一欠片もなさそうだけど……まあ語呂はそこまで悪くないね」

 

 

 

 マジでテキトーにつけた名前っぽいが、名前があるだけで『役』への入り込みやすさは格段に変わる。

 

 せっかくの2度目の人生だ。

 喫茶店でバイトをすることができるまで死ぬ訳には行かない。

 

 よし、もうここからターゲットを殺して戻ってくるまではロールプレイだ。

 まずは俺が駒の中でも使()()()()っていうことを証明しねえとな。

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 ──想像以上だ。

 俺らのテリトリーで喧嘩している奴らがいるって聞いて気まぐれに入った路地裏だが、まさかこんなにも収穫があるとは思っていなかった。

 

 嬢ちゃん、『ミツ』は与えた仕事を完璧に、いや、それ以上の働きを見せた。

 

 確かにミツに仕事の内容を説明している時に手の印はそれだけで脅しになるとはいったさ。

 だからって、普通ターゲットの死体にその印を彫るか? 

 

 出会った時の服装からしてただの親を亡くした孤児だと思っていたが、こんな掘り出し物を一目で見抜けなかったなんて俺の目も曇ったもんだな。

 もしかしたら他の組織に渡っていたと思うと肝が冷える。

 

 ただ。

 とはいえ簡単にはお前を『駒』から昇格させるわけには行かない。

 

 だから、俺にもっと『お前』を見せつけてくれ。

 お前が使えるってことをもっと俺に見せてくれ。

 

 ここ最近は抗争もなくて毎日が退屈だったんだが、こりゃしばらく退屈しそうにねえな。

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