【TS】潰れそうで潰れない訳ありの喫茶店でバイトしたい! 作:ひぶうさぎ
治安が途轍もなく悪いことで有名な都市、東京。
だが、ここ最近は裏社会で悪目立ちしていた人間達が次々と暗殺されたことで普段よりかはマシになっているらしい。
スリは当たり前、強盗も普通にいる状態の何がマシなのか教えてほしいが、とにかくこの状態はマシらしい。
そして、暗殺された人間には二つの特徴があり、一つは裏社会で覇権を握りかけている、ある組織と敵対していたこと。
もう一つは、殺された死体には必ず
実行犯の所属する組織を嫌でも理解した裏社会の人間は、皆いつ自分がターゲットになるのかと怯えている。
……まあ、全部俺がやったんですけどね。
今日も絶賛、おっさんに命令されてターゲットを一人殺してきたばかりだよ。
おっさんは裏社会は情報が回るのが早いとは言っていたけど、最近ターゲットの警備固すぎないか?
なんで一人の人間にボディーガードが20人以上もいるんだよ、逆に目立つだろ。
「おお、ミツ! お前やるじゃねえか! あそこの組織は元々警備が固くて攻めあぐねてたんだよ」
「……おい、おっさん!」
「どうしたんだ? 今日もいつも通り上手くいったじゃねえか」
「何が上手くいった、だよ。おかしいだろ! 何人ボディーガードがいたと思ってんだ! わざわざ全員に印彫るのマジで大変だったんだよ!」
「すまんすま……え、気にする所本当にそこでいいのか?」
「そうだよ。おっさんが言っただろ、組織の印を彫ったのは効果的だったって」
組織の所に帰るなり、おっさんに溜まりに溜まった不満をこれでもかとぶつける。
大体なんでおっさんは俺をこんなに駆り出すんだよ、俺が使えるっていうことは散々示したはずなのに。
別にボディーガードの人数がめちゃくちゃ多かったのはそこまで気にしてない。
だって、処理にそこまで苦労しなかったんだから。
この異能を誰もが持つ世界で、転生者である俺にも異能はもちろんあった。
それは、相手の一番の弱点を感知することが出来る、というもの。
ちなみに、性的な意味での弱点もついでに知れる。
マジでいらねぇ。
ともかく、俺はその異能を頼りにおっさんから貰ったナイフを相手の弱点に突くなり斬るなりすれば良いだけ。
しかも、幸運なことに体のスペックもそこそこ高いようで、思った通りに動いてくれるから暗殺自体はとてもやりやすい。
けれど、さすがにいちいち印を彫るのは重労働なのだ。
最近は手慣れてきて一人に彫る分だったら多少簡略化してちょちょいと終わらせられるようになったが、流石に十何人も一気に彫るっていうのは話が違う。
「いや、別にな? 俺は絶対印を彫れとは言ってねえし彫らなくたっていいんだぞ?」
「けれど、それだとおっさん達の組織の仕業だって分からせられねぇじゃん」
「いやいや、ミツ、お前ここに来てから何人殺した?」
「覚えてない」
「正解は37人だ。護衛が33人、ターゲットが4人だな。これだけ殺せば脅しとしてはもう十分だ。これからは印を彫らずとも裏社会の人間が死ぬたびに俺達に殺されたんじゃないかって疑心暗鬼にさせることが出来る」
おっさんは、俺がもうわざわざ印を彫らなくてもいいということを丁寧に説明する。
けれど、彫れって言ったのおっさんだよな?
一番最初の暗殺の時脅しのために仮で彫ったって言ったら手を叩いて大はしゃぎしてたじゃねぇか。
それは良いな、思いつかなかった、って。
なのに後出しでやっぱり中止っていうのはずるくねえか?
いや、別におっさんに逆らう気持ちは毛頭ないからな。
異能を自覚しておっさんを見てみたのに何処にも弱点がなかったんだから、そんなヤバい人を敵に回そうとは絶対に思わない、ていうか
「……そんなに露骨に不機嫌になるなって。まあお前の人畜無害そうな顔じゃ怒ったって大して怒っているように見えないがな」
「これからはなるべくボディーガードが少なさそうなターゲットにしてくれよ?」
「とは言ってもな……もう裏社会にはお前の情報が出回ってるんだよ。流石にどんな人物かはミツが目撃者がいないように殺してるから漏れてないが、これから印を彫るためにその場に居座るのは危険だ」
「なんだ、俺は駒じゃなかったのかよ」
「分かってるくせに皆まで言わせるな。お前は『使える』。駒であることには変わりないが、無闇に使い潰せる人材じゃ無くなってきているんだよ」
分かっちゃいるが、俺のおっさんからの扱いは相変わらず『駒』だ。
ただ、間違いなく俺はおっさんに『使える』とは判断されているらしい。
俺の夢のために、俺はそのうちおっさんの元を離れなければいけないのは確実。
だから、組織を離れた時に粛清されないだけの実力とおっさんからの信頼を今のうちに手に入れなければならない。
それにしても、もう使い潰しがきかない人材ってところまで評価されているのか。
このおっさんがいくら俺のことを「おもしれー女」として気にしているとはいえ、まだ拾われてから一週間も経ってねえんだけどな。
だからといって仕事を振られなくなったら、それは結局アピールの機会がなくなってマズいからとりあえず仕事だけは振って欲しい。
「じゃあ、次の俺の仕事はどうなるんだ?」
「裏社会は一旦休みだ。ここまで警戒されたらいくらミツの異能が暗殺に適していてもキツイだろう」
「じゃあしばらく俺の仕事はないってことか……?」
「いや、安心しろ。丁度気に入らない表の人間がいるんだ。表のやつのくせに裏に取り入ろうとする、な」
「……予想するぜ、腐敗した政治家ってところだろ」
「大正解だ、じゃあよろしく頼む」
よかった、まだ俺には仕事がある。
仕事がある限り、俺はおっさんにアピールし続けられるからな。
勿論、仕事を好んでしたいっていう訳じゃない。
前世で散々働いたっていうのにまた働きっぱなしなんてごめんだよ。
……まあ、働いていないと少し落ち着かないっていうのは認めざるを得ないけれど。
◆◆◆
さて、ターゲットが会食をしているレストランの近くまで来たところで今日の標的の情報を確認しよう。
名前は
これと言った政策を掲げているわけでもないこの世界では典型的な二世議員だ。
だが、野心が強く、表社会の規律を裏にまで持ち込み裏を牛耳ろうとしている。
うーん。
政治家なら首を突っ込んじゃいけない案件くらい理解しそうなものだけど……裏と表があるこの社会で表の人間が裏に手を出そうとするのは早計としか言いようがない。
しかも交渉もせずに無理矢理っていうのは悪手中の悪手だろう。
おっさんは敵対さえしなければ温厚だが、自分のテリトリーを踏み躙ろうとする輩には容赦がない。
コイツへ下された判決は十分理解の範疇だ。
……お、そうこうしているうちにターゲットがノコノコとレストランから出てきた。
護衛はいないみたいだけど……隣にいる男の弱点が、見えない。
弱点が見えないのはおっさん以外では初めてだ、これは油断できないぞ。
「ユウリくん、私の計画を聞いてどう思った? やはり悪くないと思わんかね?」
「しかし、『裏』には私共も把握していない勢力が多数存在しており……」
「そんなもの、私の権力でいくらでも握り潰せるだろう。君は何故そんなに消極的なんだ」
蒲生の隣を歩く男がつけているのは、治安維持部隊のバッジ。
表の異能犯罪を取り締まる警察の完全互換だ。
なるべくなら目撃者を消したい……けれど、この相手はちょっと今の俺にはまだ荷が重い。
ていうか、めっちゃ顔渋くて責任感も強そうで良いな。
喫茶店とかやってたら映えそうだ。
……もしかして、ここで蒲生だけ殺して俺を逃したら、めっちゃ後悔するんじゃね?
よし決めた。
蒲生だけやって、さっさと逃げよう。
ロールプレイ、決めてくぜ。
「こんばんは、月が綺麗ですね……あ、でも別に貴方のことは好きじゃないですよ」
「こんな夜中に少女が一人で外を出歩くっていうのは感心しないな」
「え、ダメなんですか。私蒲生さんに用があったんですけど」
まずはちょっくらお話をば。
流石に顔を見せびらかすわけには行かないからフードを被っているのだけれど、それでも蒲生は俺を少女と認識したようだ。
何がとは言わないが、実は俺はそこそこ大きい。
俺の着ているパーカー越しでも性別を判断出来るくらいには目立っているらしい。
ただ、それが功を奏したのか蒲生は全く俺のことを警戒していない。
治安維持部隊のユウリと呼ばれていた男も警戒こそすれど、俺が暗殺者だとは思っていないのか若干気が抜けている。
やるなら、今だッ!?
……チッ、思っていた以上に反応が良い。
「流石、治安維持部隊。良い反応速度だね」
「確かに油断させるのが上手かったが、死臭は誤魔化せない。その手の焼印、裏の大組織のだな?」
「なっ、お前っ!? 暗殺者だったのか!? ハ、ハハハ! だとしたら、ユウリくんがいる時に私を狙ったのは大失敗だったな! さあ、情報を吐け!」
俺は、ナイフを持つ右手首を完全に拘束されてしまった。
勿論、動かそうとしてもびくともしない。
だが、依然として蒲生の弱点を俺の異能は示している。
つまり……。
「蒲生さん! 下がっててください!」
「そうだね、ここなら届くよ」
「グッ!? 投げ……ナイフ……?」
ここからでも致命傷を負わせられるっていうこと。
拘束をされていない方の手で予備のナイフを投げるだけで、この通りだ。
さぁ、ユウリ。
お前はこの場面、俺の始末を優先するのか蒲生を優先するのか、どっちなんだ?
「蒲生さんは手遅れ……なら先にお前をッ!」
「助けなくていいの? あんなに貴方のことを求めている顔なのに」
「ああ! それよりお前をここで逃す方が危険だと俺の勘がそう言ってる!」
あれ、思ったよりも迷わずに俺を狙ってくるんだな。
弱点目掛けて正確に投げたから蒲生が手遅れっていうのは本当だけど。
流石にもう少し迷って欲しかった。
……あ、ていうかこれ右手首折られるわ。
いてぇ……相手が少女だって分かってるだろうのにこれは酷い。
「骨を折ったのに顔一つ歪めないか……恐ろしいやつだ。いや、だからこそお前の息の根はここで絶対に止める」
「ふーん、そっか。じゃあ、ここら辺で逃げさせてもらうね」
「逃げさせるわけッ!? お前、自分の腕を……?」
「うん、その右手は私から貴方へのプレゼント」
今の状態じゃ右手があるだけ損だしな。
おっさんから最悪腕切って逃げる用の切れ味がめちゃくちゃ良いやつ貰っておいてよかった。
言い忘れていたけど、ここは『表』。
そこそこ顔が売れてる蒲生が苦悶の表情で倒れてるのを見て、ギャラリーも集まってくる頃合いだ。
これ以上の長居は俺にとってリスクしかない。
ので、この辺で退散させてもらうぜ。
けれど、何も言わずにっていうのは、それじゃあ相手のトラウマになることができないよな?
「蒲生を見捨てて私を優先したのに、殺しきれないんだ?」
「くっ……」
「本当に私を優先するなら右手を掴んだその瞬間にやっておけばよかったのに……じゃあ、またどこかで会おうね」
「待て!」
「待つわけないじゃん」
これくらい煽っておけばそのうちトラウマの一つにはなれるだろう。
その後喫茶店を開いてくれたら万々歳だ。
さーて、逃走逃走。
ユウリは青い顔をして動けてないし、流石に普通の警察には捕まらない。
ただ、色々と尾行はされてるから、直で組織の元に帰るのはリスクが大きいだろう。
一人一人振り切ってくしかないけど……面倒くさいな。
でも、ユウリと対面した時の方がよっぽど面倒くさかったしなんとかなるか。
一言二言しか喋るつもりなかったのに思ったより会話しちゃったな。
主人公が子供っぽくなって忠誠心が上がってるのは気のせいじゃないです
次回の初めはユウリ視点