【TS】潰れそうで潰れない訳ありの喫茶店でバイトしたい! 作:ひぶうさぎ
今話はミツ視点から
ユウリとの久しぶりの再会は、どうやらバッドコミュニケーションから始めてしまったらしい。
確かにあの時はトラウマにしてやろうと散々煽ったけれども。
バイトしにきただけなんだからいいじゃん、別に。
……いや、ちょっと待て、一旦冷静に考えてみよう。
俺は蒲生を殺した後、辞めてくれねぇかな〜なんて思いながら煽ったわけじゃん。
で、実際その言葉が響いたのかはともかく目の前のユウリは仕事を辞めて、気分転換とかとして喫茶店を開いたわけじゃん。
あれ、これあっち視点から見たら俺ってとんでもない畜生なんじゃね?
道理でわざわざ得物持ち出して俺に向けてる訳だよ。
あっちと俺じゃシンプルに対人経験の差で負けかねないんだけど、どうしよう。
……あ、良いこと考えた。
「だから私はバイトしにきただけなんですって。別にバイト代は出さなくて良いですから」
「ダメだ、お前は雇わない。それに何だその喋り方は、あの時とは似ても似つかないじゃないか」
「これは私なりの誠意ですよ。あの時の喋り方が良いんでしたら全然戻しますけど。あと、私はここで働けるまでしばらく帰れないんです」
ここは一旦、心苦しいがおっさんを犠牲にするとしよう。
まあ裏社会を支配しかけてるおっさんの好感度なんて元々お察しだから大丈夫だろう。
俺はわざと、大袈裟に肩をすくめるような仕草をする。
勿論、ユウリの前で切り落とした右腕は動かさずに。
そうすれば、ほら。
観察眼が優れている彼は簡単に食いついてくれた。
「その右腕、どうして生えてるのかは知らないが動かせはしないようだな」
「そうですね、今貴方と戦ったら間違いなく負ける自信があります」
「俺は今ここでお前をやったっていいが、抵抗するか?」
「いいえ、好きにしてください。けど、私はあくまで『駒』で情報は何も持ってませんので悪しからず」
その上、俺が自分のことを『駒』と言ってしまえば、同情してなんとかこの場は殺さないでくれるはず。
同情されなかったらこのまま死ぬだけだけど、そもそもここで同情しない人間は一人守れなかっただけで責任をとって辞めることはしない。
だから、多分俺は賭けに勝つ。
大事なのは、ここで抵抗する素振りを一欠片も見せないことだ。
ほんの少しでも抵抗する意思があるとされたら、多分俺は彼の持つ刀で葬られる。
ちなみに実際のおっさんは俺がユウリの喫茶店に行くと言ったらめっちゃ反対した。
最終的には俺が何故喫茶店を開いたのか、とかまで含めて監視するって言ったら凄く不満な顔ではあったけど、一応納得してくれた。
さて、話は元に戻してこのカミングアウトをユウリはどう受け取ってくれるか……ッッッッとお!?
そんなノーモーションで首筋に刃を突きつけられるのは聞いてないって。
大丈夫かな、絶対に一瞬恐怖の表情を見せちゃった気がするんだけど、死ぬのは怖くないって言ってたのにこれは怪しまれるかもしれない。
「……何だよ、好きにしろとか言っておいて死ぬのは怖いのかよ……」
「どうぞ、このままやってくださっても構いませんよ?」
「……分かった、お前を雇う。給料も出す」
「良いのですか? 私なんかを店に置いておいて。店の中に私のターゲットがいたらまた誰かを殺すかもしれませんよ?」
「そしたら、その時は俺がお前を殺す。今度こそ、躊躇はしない」
「分かりました、じゃあこれからよろしくお願いしますね」
よ、よっしゃ! よっしゃあ!
なんとかバイトの地位を手に入れたぞ!
この世界に転生してきてからまだ一ヶ月強。
後はこの喫茶店が潰れそうな客足なのに中々潰れないっていうタイミングであのセリフを言うだけだ。
ただ、こんなに上手くいって本当に大丈夫なのか?
いや、まあ焼印を直接手の甲に押し付けられたり、片腕無くしたり、それを再生させるために激痛中の激痛を味わったりして本当に順調とは言い難いけども。
ちなみに、右手の焼印は改めて押され直された。
ついでに左手と背中にも。
今回の焼印には異能が使われているらしくて、そこに傷が出来ても焼印はそのままの形で復活するらしい。
これで、いよいよ本格的に俺は組織から逃げられない。
それでも、もう何年もかかると思っていた目標がもうすぐそこにあるっていうのは素直に嬉しい。
「そんな風に笑うんだな」
「え、見ないでくださいよ。ちょっと恥ずかしいです」
「そうは言われてもな、向かい合っている以上俺は君のことを見ざるを得ない。目の前に立っているというのに目を逸らすっていうのも失礼だろ?」
「それはそうですけど……」
そんなに見つめられたらどう反応していいか分からないだろ。
俺は別にそういう趣味はないけれど、顔の良い男に見つめられたら惚れずともやっぱりちょっとは照れるって。
ていうか、おっさんの好感度を犠牲にする作戦こんなに上手く行くのか。
ほんのさっきまでユウリの目にあった敵意は、もうすっかりなくなって、完全に哀れみとかそういう感情のものに変わっている。
でも、冷静に考えてみると少女を組織から離れられないようにして人を殺させるおっさんは普通にアウトだよな。
この世界なら普通に同じようなことはごまんとありそうなものけど。
それでも『表』の人間からしたら非人道的なことには変わりがないのか。
多分俺が『裏』の常識に適応したのが早すぎただけなんだよな。
だって普通はあの時、気まぐれで俺を殺せるかもしれないおっさんに声なんかかけるわけない。
「後、君の名前を教えてくれないか? いくらここに客が来ないとは言っても、名前で呼べないのはやっぱり困るからな」
「じゃあ、『ミツ』って呼んでください。秘密の密ですよ」
「偽名か」
「当たり前です、一体どこに本名をそう簡単に明かす裏社会の人間がいるんですか……」
そういえば、今ユウリに聞かれて気づいたけれど、俺の本名って何なんだろう。
ミツっていうのはおっさんからつけられた明らかな偽名な訳じゃん。
偽名というよりコードネームとかの方が近い気もするけど、少なくとも本名でないことは確かだろう。
そもそも、『ミツ』っていう少女は元々この世界にいたのか?
俺は路地裏で寝っ転がっていたあの日。
あの時は転生した上に体も変わってしまったんだと俺は理解した。
けれど、何かしらの理由で意識を失っていた、または死んでいた少女に俺っていう『意識』が入っただけの可能性もないとは言い切れない。
戸籍を調べたりしたらそれがどうなのか分かったりするんだろうか。
裏社会で生きてる人間に戸籍が存在するかは怪しいけど。
うーん、まあこんなこと考えたって仕方がないか。
憑依だろうとなんだろうと『俺』が転生したっていう事実は変わらないんだから。
「大丈夫か。そんな急に難しい顔をして」
「いえ、ちょっと本名について考えていて」
「まさか、ないのか? 本当の名前が」
「もしかしたらあるとは思うんですが、私組織に拾われるまでの記憶がないんですよね」
「……すまん」
「何で謝るんですか。別に貴方が謝る必要はないでしょう」
……とか思ってたら、いつのまにかユウリの顔色がめちゃくちゃ悪くなってた。
ええ、俺のこのムーブそんなに刺さったの……。
もしかして治安維持部隊の時、いちいち殺す相手のバックボーンとか考えながら動いてたりしたのか?
っていうくらい気にしすぎだと思うんだけど。
人としてはマジで尊敬するけど、なんか色々と甘い気がする。
でも、たまたま俺の時躊躇しただけで、殺そうとしてくる相手には容赦ないんでしょ。
なんか、歪だな。
おっさんから聞いた話だとたった一人で表で急成長していた異能犯罪組織を壊滅させたりしてたらしいけど、今俺の目の前にいるお人よしが出来るとはとてもじゃないが思えない。
いや、戦闘能力的には可能なんだろうけどな?
なんて言うか、マインドの問題?
「……じゃあバイト、今からやるか? 別にいつからでも良いし、今日は一旦帰っても……」
「帰る家無いんですよね」
「だよな、じゃあ今からちょっと色々手伝ってくれ。それで、暫くここに泊まっていけ」
「ありがとうございます。改めて、これからよろしくお願いしますね」
まあ俺は喫茶店で働けるなら何でもいいけどな。
俺の予想だと、ユウリは絶対コーヒーとかを淹れるのが下手なはず。
前世で、会社の中に本格的なコーヒーを振る舞いまくった俺の実力を見せてやるよ。
◇◇◇
結局、俺は暗殺者の少女、ミツを喫茶店で雇うことにした。
何でなんだろうな、絶対ここで仕留めるって初めは思っていたのに、彼女の口から自らの境遇を聞いただけでそんな気がさっぱり失せてしまった。
俺の悪い癖だ。
嘘か本当かも分からない話だとしても一度同情してしまうと、もうその人間に危害を加えることが出来ない。
それでも俺に敵対する意思があるなら割り切って反撃できるのに、ミツからは戦意を全く感じられなかった。
本当に、やりにくい。
一応、嘘か本当かで言えば、ミツの
彼女の右手の焼印からは、何かしらの異能の気配を感じた。
あの時には感じなかったから、きっと、改めて押されたものだと思う。
後、異能の気配を感じたのは左手と、背中。
正直、彼女を縛る組織に対して憤りを抱いた。
確かに、彼女は稀有な暗殺の才能の持ち主だろう。
でも、だからって背中にまで傷をつける必要はないだろう。
それを知った後、俺は組織に対してどんな感情を持っているか聞いた。
だが、それに対する彼女の返答は……。
「まあ、私が望んで入った道ですから別になんとも思ってないですね。反抗しようとしても勝てませんし」
と、今の現状を半ば諦めたようなものだった。
分かっている、組織の判断は正しい。
何なら、組織へ縛る枷としては他のケースより圧倒的にマシな方だ。
それでも、俺はまだ『子供』の彼女が今のままで良いと感じている状況を正しいはずがないと思う。
多分、彼女は現状を変えることを望んでいない。
だから、俺のこの憤りは絶対に無駄だし、変に行動するのは逆に彼女のためにならないだろう。
だが、いつか、いつの日か。
彼女を取り巻く環境を、彼女自身が変えたいと願ったならば、俺はその願いを助けることだけはしてやりたい。
「ユウリ、さん? コーヒー淹れてみたんですけど、どうですか?」
「ん、ああ、ありがとう……ってめちゃくちゃ美味いな、このコーヒー。俺が淹れたものとは大違いだ」
「そうですか、それなら良かったです。ユウリさんが、なんか怖い顔をしていたので助けになれたらなって思って」
しまった。
助けようだなんて偉そうに考えていたのに、逆に彼女に心配をかけてしまっていた。
本末転倒じゃないか、助けようと思っている相手に逆に助けられてしまうなんて。
……彼女が淹れたこのコーヒーは、優しい味がする。
俺の淹れた苦すぎて、とてもじゃないが美味しいとは言えないコーヒーとは大違いだ。
そうだな、変に先のことを考えてたって仕方がないか。
今はただ、彼女がこのように笑っていられればそれで良い。
じゃあとりあえず、まずは彼女に美味いコーヒーの淹れ方でも聞くとしよう。
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