【TS】潰れそうで潰れない訳ありの喫茶店でバイトしたい! 作:ひぶうさぎ
改めて誤字報告感謝です。
そんなわけで、俺はユウリの喫茶店で働くことになった。
……なったのだけど、人が思っていた以上に来ない。
来るとしても、2時間に一人、しかも大抵ユウリの知り合い。
一応、半日に一度くらいは新規の客が来るけれど、ユウリ特製コーヒーの絶妙な不味さにせいで直ぐに帰ってしまう。
とは言っても、癖になる味ではあるから、あり得ないほどの苦ささえなんとかすれば結構良い線行くんじゃないかと思っている。
別にコーヒーくらい俺が提供したって良いが、俺のはただ美味いだけでまた飲みたいと思うようなものじゃないからな。
しばらくはうちの店主の成長待ちだ。
「人、全然来ませんね……」
「そういうもんだよ。何事も気長に待つのが一番良いよ」
「……暗殺と同じようにですか?」
「洒落にならない自虐ネタだ。やっぱり君はもう少し自分を大切にした方が良い」
まあ、とは言え客の相手をする時間が短いということは必然的にユウリと話す機会も増えるわけで。
この数日間で、彼の口からは大分砕けた言葉を引き出せるようになってきた。
改めて、喋ってるといかにユウリが人間として出来てるか分かるんだよな。
話している中で、凄く話題に気を遣ってるんだという事が伝わってくるし
本当に彼が悪いかはともかく自分で悪いと感じたら直ぐに謝る。
本当に、本当に人としてあまりにも聖人なのだ。
勿論、ついこないだまで命の取り合いを常日頃からしてきた異能犯罪を取り締まる機関にいた人間の思考としてはあまりにも甘すぎるのだけど。
話は元に戻して、最後に客が来てからもう少しで3時間。
流石にそろそろ新しい客が来るだろうか。
お、逆物欲センサーなのか、ちょうど新しい客が来た。
「いらっしゃいませ」
「す、すみません! めちゃくちゃ凄い人がいるっていう喫茶店はここですか!?」
「すみません、質問の意味がよく分からないのですが……」
「……僕、強くなりたくて! 僕のことを鍛えて欲しいんです!」
入ってきたのは、黒髪で中学生くらいの男の子。
ここが普通の喫茶店だったら、何言ってんだこの子、と思われるが、あいにくここは普通の喫茶店ではない。
どうやら、この男の子は断片的にこの喫茶店には強い人がいるというのを知っているようだ。
これから、覚悟を決めようとする目をしているし。
これは、なんか事情を抱えてそうな子だな……。
「君、そのことは誰から聞いた?」
「お父さんからです。ここには知り合いがいるから、もし俺になんかあったらここに行けって」
「もし、答えたくなかったら答えなくても良いんだが、お父さんの名前を教えてくれるか?」
「お父さんの名前は
「ッ!? 真也さんに何かあったのか!?」
「……一昨日、危険な任務があるって出かけて、昨日から連絡が取れないんです。連絡が取れなくなったりするのはいつものことだし大丈夫だと思ってたんですけど、お父さんが出かける前意味深にここのことを話してて……」
どうやら、男の子、誠くんのお父さんはユウリと知り合いだったみたいだ。
ユウリがかなり心配する様子をしてるのを見るに、そこそこ仲が良かっただろう。
ということは、さん付けで呼んでいるし多分治安維持部隊の上司だとか、そういう関係なんじゃないか?
ただの上司だったらいくらユウリでも取り乱しかけないだろうし、上司っていうか恩師? だと思う。
まあ、どちらにせよこの件で俺が出る幕はないかな……。
俺、右手左手おまけに背中にまで焼印押されてるし、見られたら終わりだもん。
後、ユウリ曰くおっさんに押された焼印から異能の気配がするらしくて、勘が鋭い人には怪しまれかねないんだと。
本当に弱くしか感じないらしいし、異能を感じ取れる人間はごくごく少数らしいけど、それでも一撃必殺型の俺にとっては大きなデバフだ。
本当に何してるんだよおっさん……。
「僕はお父さんが今どうしてるのかも分からないです……けど、いつもあんなに頼りになるお父さんがわざわざ連絡が取れなかった時まで考えているのは普通の状況じゃないと思うんです」
「そうか」
「だから、僕を強くしてくれませんか!?」
「……申し訳ないが、それは出来ない。真也さんの子供なら分かっていると思うが、俺達は異能を使って戦う。そして、異能というのは一度発動させてしまったら、その瞬間に普通の暮らしができなくなる。それは、真也さんもお母さんも望んでないはずだ」
「じ、じゃあ、貴方の隣にいる人はどうなんですか!? その人には教えたんですよね!?」
……なんか、急に俺に話が飛んできたんだけど。
何なら誠くんのヘイトが完全に俺に向かってる気がするんだけど。
ていうか、異能を自覚した人間は普通の生活送れないっていうのは知らなかった。
異能を全員が持ってるはずの世界なのに『表』で異能を使ってる人間が全くと言っていいほどいなくて不思議だったんだよな。
全員持って
で、自覚したら自覚したで『裏』に連れて行かれたり治安維持部隊にスカウトされたりするのか。
問題の誠くんのヘイトは……ユウリの時と同じ感じで軽減させよう。
「私はユウリさんに戦い方は特に教わっていません。自分で勝手に覚えました」
「え、流石にそれは嘘、ですよね……?」
「……俺からも言っておく。彼女の言っていることは嘘じゃない、本当だ」
「私から一つ言えるとしたら、本当に強くなりたいなら師事を仰ぐよりも先に実戦に出た方が良いと思いますよ。少なくとも私はそうやって戦い方を覚えました」
「……ごめんなさい……」
あれ、あれれ?
軽く訳ありですよって伝えようとしただけなのに誠くんの顔の青ざめ方が尋常じゃないんだけど!?
そんな人の地雷を踏み抜いちゃったみたいな顔しなくても……。
そこまで深刻な話にするつもりはなかったのに、これはやらかしてしまったかもしれない。
しかも誠くんだけじゃなくてユウリにもダメージ入ってる!?
ええ……確かにユウリは俺のこと気にしてくれてるけど、俺軽く過去を語っただけじゃん……。
「……すみません、ユウリさん、で良いんですよね。僕が間違ってました。ご迷惑をかけてしまって本当にごめんなさい」
「別に迷惑だとは思ってない。俺だって急に肉親と連絡が取れなくなったら心配するし、最後にあった時に変なことを言い残してたりしたら尚更だろう。鍛えることは出来ないが、君がただに客としてならいつでも歓迎するし、サービスもする」
「ッ! ありがとうございます……」
なんとか、話自体は上手くまとまったみたいだ。
いや、二人とも顔が暗くて本当に上手くまとまったと言って良いのか怪しいけども。
でも来た時には今にも暴走しそうな雰囲気のあった誠くんが落ち着いてはいるからとりあえずよしとしよう。
俺はそんなにおっさんのことも嫌ってないし、そんな重く捉えられても困るんだけどなぁ。
……とか思ってたら、ユウリが俺に方を向いて何かを頼みたさそうにしていた。
「ミツ、途中まで誠くんを送っていってやれるか?」
「任せてください」
まあ、お父さんが行方不明になりかけてるってわかってるのに一人で帰させるわけにはいかないからな。
この場合は、多少俺が焼印のせいで異能の気配を襲撃者とかに察知されたとしても逆に牽制に出来る。
まさかおっさんはこんな場合も想定して、俺に異能つきの焼印を……?
……そんなわけないよな、普通に組織のものだとより示せるようにしただけなんだよな。
それじゃあ、誠くんの護衛をきちんと完遂させますか。
◇◇◇
思い返せば、ここ最近のお父さんの様子はずっとおかしかった。
何か、大変な事件でもあったんだろうか、ご飯を食べている時だって、急にぼーっとしたりして、なんだか上の空だったりすることが増えていた。
初めはお父さんも歳かなって思っていたけど、どうやら違うみたい。
お父さんはもうそろそろで50歳だしあるかないかで言えばあると思ったんだけど……。
ともかく、そんな様子があまりにもお父さんらしくなかったから、ある日、調子が悪いのか直接聞いてみた。
勿論、何があったのかって踏み込むことはせずに。
すると、よっぽど弱っていたのか、お父さんは普段なら絶対に見せない弱音を僕に吐いたのだ。
「ははは、それ、お母さんにも言われたよ。まさか誠にも言われちゃうなんてなぁ」
「そりゃそうでしょ。だって明らかにおかしいもん」
「そうか……。誠、急だけどお父さんが信頼してる部下の人が辞めるのを止められなかったって言ったらどうする?」
「うーん、本当に急で答えづらいけどその人が辞めるって固い意志を持ってたなら仕方ないんじゃない……?」
今思えば、この辞めた人っていうのはユウリさんのことだったんだろう。
今日会った限りでは凄く優しそうな人に見えたし、責任感も強そうだった。
多分、ちょっと失敗してしまった事があったんじゃないか。
そこまで考えて、僕は帰り道についてきてくれた人の方を見る。
ミツさん、僕より一つか二つくらい上だと思うユウリさんにお店で働いていた人だ。
僕が急に顔を向けたからか、きょとんとした顔をするミツさん。
大人びているその顔は、喋っていなければ人形かと思ってしまうほど整っている。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもないです」
「そうですか、何かあったらいつでも言ってくださいね」
確実に、彼女には人に言えない過去がある。
そしておそらく、ユウリさんはそれを知った上でミツさんを雇っている。
僕に、師事を仰ぐくらいだったら実践をすれば良いと言った彼女の言葉には確かな実感がこもっていた。
実際に、その後自分はそうだったと言っていたし。
あれを聞いて、大した覚悟も決まっていないのに異能の世界へ飛び込もうとした自分がどれだけ愚かだったのか思い知った。
そして、ユウリさんに鍛えてもらえないとわかった時にミツさんに当たってしまった僕も心の弱さも。
お父さん、無事でいてくれると良いんだけどな……。
「ッ危ない!」
えっ?
ミツさんに突き飛ばされたのか、僕は地面を転がっている。
何が起きた?
咄嗟にミツさんの方を向くと、ナイフを持った男がミツさんへ……って一撃!?
僕が「危ない」と叫ぶ間もなく、ミツさんは男を殺していた。
もしかして、この人の狙いは僕?
……命が狙われているというのに、僕の思考はいつになく冷静だった。
それを自覚した途端、
いや、正確には動いている、けど、それでもとてもゆっくりとしか動いていない。
まるで、思考が引き延ばされているかのような……。
もしかして、これが『異能』?
その時、ミツさんへ近づく人影が何人も見えた。
「ミツさん! 後ろ!」
「分かってるよ」
「……女の方は多少腕が立つようだが、ガキごとやっちまえ!」
ミツさんは、見えていないはずなのに近づいてくる男達を次々に殺していく。
僕はゆっくりと動く世界の中で必死にミツさんの死角にいる人影を教えていくが、これは役に立っているのだろうか。
それは分からない……けど、今の僕にできることはこれしかない。
僕はミツさんの『目』になるんだ。
途中で、分が悪いと悟った男達が僕の方を狙ってくるが、そこもミツさんがカバーしてくれる。
……そして、気づいた頃には、ミツさんは返り血をほとんど浴びずに僕達を襲ってきた男達を全員殺し終えていた。
「大丈夫?」
「……はい、ミツさんのおかげで」
「私のほうこそ、敵の位置を教えてくれてありがとう」
ミツさんが、僕の方を向く。
返り血をほとんど浴びていないミツさんだけど、顔に一滴血がついている。
その、ミツさんの顔を見て。
どうしてだか、僕は綺麗だな、なんてイマイチ現状を理解しきれてない頭で考えてしまっていた。
もしかしなくても少年の癖は歪んだ
★かわいそう──