【TS】潰れそうで潰れない訳ありの喫茶店でバイトしたい! 作:ひぶうさぎ
低評価には慣れていますが流石に評価0には真顔にならざるを得ませんでした
結局、誠くんはしばらくユウリの喫茶店で預かることになった。
お母さんとは連絡が取れたらしいが、誠くんが襲われたという話を聞いてしばらく家には帰らないことにしたそうだ。
ユウリは電話越しに「誠を頼んだよ」と誠くんのお母さんから言われていた。
命が狙われているかもしれない時に自分の子供を任せられるって相当信頼されてるんだな、と思った。
となると誠くんにも俺みたいに仕事を手伝ってもらうか、という話になってくるのだけれど。
誠くんはまだ中学生で、事情を知らない普通の客が来た時に働いている誠くんを見かけられたら色々とまずい。
いや、まあユウリの知り合い以外の客なんて一日に二桁も来ないんだけどな?
ともかく、そんな事情もあって誠くんは人が見えるところでは働いていない。
ただ、一応、本人が居させてもらってるのに何もしないのは忍びないからってちょっとした飲み物の提供とかは手伝っている。
「ミツさんが客が呪われてるほどに来ないって言ってた通り本当に誰も来ませんね」
「立地が悪いのもあるんじゃないですか? ユウリさんが秘密基地っぽくていいだろって言ってるくらいですし」
「確かに、ここに来るのはちょっと大変でした」
「やっぱり、そういうことなんじゃないですか?」
今はユウリに言われて取っている休憩時間。
常時休憩みたいな人の入り具合だっていうツッコミは勿論NGだ。
俺も店のことは完全にユウリに任せて、喫茶店の二階の住むスペースで誠くんとのんびり話をしている。
どうやら、誠くんもここに客が全くと言っていいほど来ないことを不思議に思っていたらしい。
そう、いくらなんでもここの人の入りの悪さは異常なのだ。
新しく始めた喫茶店っていうのは全部こうなのかな。
まず、誠くんに言った通りここは立地が悪い。
決して近くの駅から遠いという訳ではないのだけれど、裏道をいくつも通る必要がある。
これが人が来ない理由の一つであることは間違いない。
けど、これはユウリが言っている通り逆に秘密基地っぽかったりして一度来たらまた来たいとは十分に思える良さがある。
やっぱり、ユウリのコーヒーが不味いのがいけないのかな。
「誠くんは、ユウリさんのコーヒーのことはどう思ってる?」
「えっ、ユウリさんのコーヒーですか? ……ううんと、なんというか、ユウリさんにしか出せない唯一無二の味だと思いますけど」
「それ、ユウリさんの前では言わない方がいいよ。フォローしてるようだけどそれを意訳したら普通に不味いってことだから」
「いやいや! 別に美味しくないとは言ってないですよ!? 癖があって味で好きな人は好きだと思いますよ!」
「……でも誠くんにはハマらなかったでしょ」
「そ、それは否定できないですけど……」
試しに誠くんにも聞いてみたけど、やっぱり誠くんも気に入らなかったみたいだ。
そうなんだよな、苦いのはともかく癖があり過ぎるんだよ。
あれがうまく癖に
少なくともそんなポテンシャルは持ち合わせてる癖の強さではある。
俺が淹れる癖のない、いわばハマる要素がないコーヒーと違ってユウリのには個性がある。
だから早く才能を開花させて欲しいんだけど……当分先になりそうなんだよな。
あ、そういえば誠くんに俺のコーヒーの感想聞いたことなかったな。
聞いてみよ。
「ミツさんのコーヒーかぁ……ユウリさんのやつ以上に言葉にしづらいんですよね」
「え、美味しくないってこと?」
「ッ違いますって! 優しい味がしてめちゃくちゃ美味しいんですけど……本当になんて言えばいいんだろう。癖がなさ過ぎるっていうか、ミツさん《自身》の個性が見えないっていうか……すみません、言葉にできないです」
「いや、いいよ。私のコーヒーについては私が一番分かってるから」
誠くん、いくらなんでも指摘が的確すぎない!?
俺がいつも思ってることをそれ以上の言葉で言ってくれたんだけど。
それにしても、俺自身の個性か。
確かに、会社で振る舞ってて癖がなくなることを意識しちゃってたから本当にその時に癖を無くしきっちゃったんだよな。
それから癖を戻すにはユウリ以上に大変な気がする。
ユウリは癖を
俺の初めの頃のコーヒーってどんなんだったっけな……。
めちゃくちゃ癖が強いのができて自分で淹れたはずなのにむせそうになった思い出があるような、ないような。
……ユウリとほぼほぼ変わらないじゃん。
偉そうに考えてる割には俺も似たようなもんだったか。
「すみません」
「いや、私が気づいてなかったことも言ってくれたしありがたかったよ。私の個性か……」
「……あ、そろそろ休憩終わりですね」
「本当だ、私は先に戻るね。誠くんは……まあどうせこのお店じゃやることもないし後からでもいいよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて少し遅れてから戻りますね。ほんとすみません、コーヒー如きで個性なんて言葉出しちゃって」
「いいよ、気にしてないから」
そうして、俺は二階に誠くんを残して一階の喫茶店があるスペースに出る。
そこでは、ユウリがコーヒーを美味くしようと何度も淹れていた。
あんなに沢山作ってもここじゃ提供出来る分の方が少ないのに。
でも、逆になるべくいいものを届けようっていう意思は良い。
問題は、それを思いつきで喫茶店を開く前からやって欲しかったところだけど。
治安維持部隊って結構金貰えるんだろうしな〜、別に最悪客がこなくても良いと思ってたんだろう。
俺が降りてきたことにも気づかないほど、ユウリはコーヒーを淹れることに集中している。
まさかだけど、俺らの話聞かれてたとかそんな事ないよな?
本来は聞こえるはずないけど、この世界には異能ってやつがあるからな……マジで聞かれてたのかもしれない。
「ユウリさん、休憩終わりました……ユウリさーん?」
「……なあミツ、コーヒーの癖っていうのはどうやったら無くせるもんなんだ? 軽く何杯か作ってみたんだが自分じゃさっぱり違いが分からない」
「私達の会話、聞いてたんですか?」
「ああ、誠くんの近くの情報は拾っておいた方がいいよなって異能を発動させていたら聞こえてきた」
「すみません……」
ユウリ、俺はすでにユウリのコーヒーについて苦言を呈したことがあったからいいけど、流石に誠くんからも美味しくないって言われたのは響いたんだろうな……。
いや、何度でも言うけど俺は癖があって嫌いじゃないんだ。
あくまでも、その癖があまりにも強い事が問題だって言ってるだけで。
ていうか、今さらっと言われたから気にしなかったけど、今ユウリ異能を使ってたって言ったよな?
普通じゃ聞けるはずのない場所の会話を聞けるっていうことは……やっぱり何かしらの探知系なんだろうか。
言い方からして、多分会話だけじゃなくてどんなことをしていたのかも見えていたような気がするし。
結構強めの異能っぽいな……。
まあおっさんが警戒するほどの実力者が持っている異能が弱いわけないんだけど。
……と、そんなことを思っていると、誠くんが上の階から降りてきた。
それと同じくして、珍しく新しい客がやってくる。
ガタイが良くて、いかにも戦いが得意そうな大男だ。
流石にこの人はユウリの知り合いだろう。
こんなガタイの良さでユウリの知り合いじゃなかったら逆に怖い。
……あれ? 横のユウリも誠くんも幽霊が出たみたいな顔をしてるんだけど……。
「お父……さん?」
「真也さん……?」
「よお、久しぶりだな」
え、ええええ!?
この人、誠くんのお父さん!?
誠くん、そこまで体格良くないし、お父さんももう少し細そうな人を想像してたんだけど。
こんなにムキムキな人だったのか……。
◇◇◇
その仕事が入り込んできた時、俺は本気で死を覚悟した。
ユウリの退職を止める事が出来ず、妻にも息子にも心配されてしまうほど上の空な事が多くなってしまっていた俺でも流石にこれには目が覚めた。
その仕事内容は、最近急成長している『裏』の組織を調査しろというもの。
上層部曰く、『裏』の組織にしては穏便だし、さほど難しくないらしい……が。
冗談じゃない、つい最近ユウリがその組織の暗殺者と会敵して蒲生を殺されたばかりじゃないか。
ユウリを出し抜いてターゲットを殺せるほどの暗殺者がいる組織に手は出したくない。
しかも、一、二年前にあそこの組織は上が変わって、ここ最近じゃあそこに敵対していた『裏』の組織は軒並みボスを殺されたっていうじゃねえか。
俺はすぐさまそこに詮索を入れるなんて冗談じゃないと抗議したが、それは簡単に突っぱねられた。
この治安維持部隊という仕事をしている以上、死ぬことに対する恐怖は殆どない……が。
せめて、息子が大学生になるまでは見届けたかったな。
……そうして、俺は死んでくる覚悟を決めたつもりだった。
「……行ってくる」
「そんな死地に行くような顔で出ていかないでよ。今回の仕事が難しいのはわかってるけど、それでもいつもみたいな傲慢そうな顔で行って」
「ははは、そんなに酷い顔をしてんのか。……分かった、生きて帰ってくるよ」
「そう、その殴りたくなるような笑顔が貴方の取り柄なんだから」
「ひでぇ言い草だな」
しかし、本格的な調査に乗り出すために家を出たその日。
妻に生きて帰ってくると伝えてしまった事で、俺は死ねなくなった。
今まで、妻との約束は一度も破ったことがないんだ。
死ぬ時が一番最初になるだなんて、それは後味が悪すぎる。
だから、細心の注意を払ったはずなのにいとも簡単に組織に動向を捕捉されて命を狙われることになった時も、俺は諦めなかった。
ただ、組織のNo.2だというあの男。
あいつはやばかった、俺が限界を超えて異能を発動させ続けているっていうのにあいつは傷ひとつ負わねぇんだから。
あいつに負けた俺は、地下牢にぶち込まれる。
その時は、流石に生きて帰るという約束を果たせないかもと思った。
だが、あいつの気まぐれで俺は助かった。
「……どうして、俺を助けた。恩を売るつもりなのか」
「俺たちとしても『表』で警察より強い権力を握ってる組織とは迂闊に敵対したくない。それだけだ」
「嘘だろ、それ」
「ああ、だからなんだ。俺はお前を助けてやると言ってるんだよ、素直にそのことに感謝しろ」
どうして俺が生かされたのかは分からない。
だが、あの男は俺を殺さなかった。
なんなら今思えば、戦っていた時ですらアイツは俺に殺意を向けていなかった。
そもそも、この仕事は初めからおかしかったんだ。
いつもなら多少は考慮される俺の意向は全て無視されたし、『裏』の大組織の調査っていうのに人員は俺一人だけ。
だから、生かされた時、本部に帰るのはマズイと思った。
ただの直感に過ぎないが、こういう時の勘はよく当たる。
その時、頭に思い浮かんだのがユウリの喫茶店だ。
ユウリから貰った喫茶店の地図を捨てないでおいて本当に良かった。
なんでこんなに裏路地を通らなくちゃいけないんだ。
そして、たどり着いた喫茶店にはユウリ、知らない嬢ちゃん、誠がいた。
嬢ちゃんの佇まいが明らかに素人のそれじゃないから警戒こそしたが、ユウリが警戒を向けていないからひとまず味方だと結論づける。
そして、俺は嬢ちゃん以外の唖然としている二人にこう言ってやった。
「よお、久しぶりだな」
次で誠くんの話は一旦おしまい