【TS】潰れそうで潰れない訳ありの喫茶店でバイトしたい! 作:ひぶうさぎ
皆さんおっさんのこと好きですね
ついさっき入ってきたこの大男は、どうやら誠くんのお父さんである真也さんだったらしい。
一応、異能発動させて弱点見とくか……。
……何でユウリとかに引き続いて弱点がないんだよ。
弱点さえ見えればそこに攻撃入れるだけで勝てるんだけどな。
ってやべ、真也さんに能力使ったのバレたっぽい。
めちゃくちゃ睨まれちゃった。
「なあ、ユウリ。俺の話をする前に一旦この嬢ちゃんについて聞かせてもらっていいか?」
「ミツ、のことですか」
「ユウリさんが説明するより私がこれ見せた方が早いですよね。どうぞ、見てください」
「何だこりゃって……嬢ちゃん、あそこの組織の人間か」
「構成員というよりかは駒ですけどね。行ってこいと言われてしまったのでここにいます」
マズイ、真也さんの俺への警戒心がマックスになっている。
次の瞬間には殴られているかもしれないってくらい空気が張り詰める。
あっちは今武器を持ってないけど、俺はナイフをいくつか持ってるからワンチャン……いけるか?
やっぱりちょっと事情を説明するだけで同情してくれたユウリっておかしいって。
普通の反応ってやっぱりこんな感じなんだよ。
俺はこの時点で戦いになることも予想していた……が。
この一触即発の空気を止めたのは誠くんだった。
「お父さん! ミツさんは僕ことを助けてくれたんだよ。この前このユウリさんの店に来た帰りに僕を狙ってきた人達がいるんだけど、その人達を全員倒してくれたんだ!」
「だが、そこの嬢ちゃんの自作自演って線も大いにあり得るぞ」
「そんなことない! この何日かでミツさんと二人っきりになることがあったけど、ミツさんが僕を殺そうとしている人の仲間だったらその時に殺されてる! だけど、ミツさんは僕と話すだけで何もしなかったよ」
「……そうか、そこまで言うなら、ひとまずはやめておこう」
俺は今まで治安維持部隊はユウリしか見たことなかったけれど、多分普通は全員こういう疑い深さを持っているんだろう。
まあ俺も怪しい人間が近くにいて、
誠くんは優しいから、自分の命の恩人を疑うわけがないだろう。
……あ、勿論今回誠くんを襲った男達はおっさんの組織の人間じゃないぞ?
うちの組織の暗殺者には何人か会った事があるけど、あんな真っ黒の、いかにも暗殺者ですって名乗ってるような服を着てるやつはいなかったからな。
実際俺だって、普通のどこにでもいる少女に扮してターゲットに近づいてきたし。
「別に疑うっていうなら今この場でやってくれたって構いませんけれども」
「嘘つけ嬢ちゃん、俺が戦おうとしたら即座にその隠してるナイフで応戦してくるだろ」
「あれ、バレてましたか」
「そりゃそこまで敵意をばら撒かれたらな。あと、嬢ちゃんは俺に自分の実力を過小評価してもらいたいみたいだが、俺は嬢ちゃんのことを『知っている』。初めは正体に気づけなかったが、その手の焼印を見たのと喋っているうちに気づいたよ」
そして、どうやら真也さんは俺のことを知っているらしい。
まあ、ユウリと戦った時に散々その場に残ってユウリを煽り続けたからな。
あえて蒲生が危機感を感じないはずの人通りが多いところを選んだし、目撃者も監視カメラでの情報もそこそこあるだろう。
せっかく油断してもらうためにあえて敵意を隠さないで真也さんに向けてたんだけど。
俺の敵意も隠せない下手くそな暗殺者っていう演技は全く意味がなかったようだ。
「誠も異能を発現させたみたいだから喋っちまうけど、俺の今回の仕事は嬢ちゃんの組織に探りを入れる事。そこの暗殺者についてはあらかた事前に調べてるんだよ」
「……へえ、よく殺されませんでしたね。うちの組織、探りを入れてくるところには基本倍以上で返すんですけど」
「ああ、知ってる。組織のNo.2と名乗る奴にボコボコにされて捕まってたよ。だが、何故か解放された」
「じゃあうちにとって貴方を殺すメリットよりデメリットの方が大きかったんでしょう。よかったですね」
ていうか、おっさん何やってんの。
誠くんと知り合いになった今としては殺さないでくれてありがとうだけど、おっさんが捕まえた相手を拷問も何もせずに解放っていうのは珍しいどころの騒ぎじゃない。
なのに真也さんを解放したってことは、デメリットが相当大きいものだったか……おっさんの操り人形のはずのボスが何故か自我を出してきた、とかなのか?
いや、後者はあり得ないか。
あのボスにおっさんがしようとしてることを止める度胸なんてないし、組織の中の勢力もおっさんの方が多いだろうし。
じゃああり得るのは前者なんだが……治安維持部隊と敵対することに加えて、それ以上デメリットがあるっていう事だよな。
治安維持部隊の人間を今まで殺したかどうかは知らないが、敵対は今の時点ですでにしているようなものだし。
「真也さん、ちょっと待ってください。あそこの組織に探りを入れるって何ですか? 上層部はあそこがどれだけ噛み付いてくるか知らないんですか?」
「ああ、そうだよ。俺がやめた方がいいって進言しても全部無視された」
「おかしくないですか? 普通そういう死ぬかもしれない役割って俺みたいな若造だと思いますし」
「そう、この仕事は本当にきな臭いんだよ。だから、俺は本部に戻るよりも先にここに来た。今俺が戻ったら何か難癖をつけられそうな予感がピンピンしてるんだ」
……と、思っていたら、どうやら真也さんが任された組織に探りを入れるっていう仕事はどうやら何かしらの裏があるらしい。
となると、おっさんが真也さんを殺さなかった理由も少しは分かるような気がしなくもない。
おっさんの情報網ははっきり言って異常だ。
ごく稀にターゲットの護衛の人数が正気じゃないほどに膨れ上がってることに気づかなかったりしたが基本的には起こったばかりの情報を掴んでいたりするほどおかしい。
情報網が広い、とかじゃ済まされない情報伝達の速さをしてるからな、あれ。
ともかく、それでおっさんが今回来る治安維持部隊の人間に渡された仕事が裏がありそうだとすれば、厄介ごとに巻き込まれたくないおっさんは殺すっていう選択肢を取る事はまずないはずだ。
そもそもおっさんがわざわざ現場に出る事自体あんまりない。
おっさんはおっさんだから忘れかける事が多いけど、あれでも『裏』を後少しで掌握する大組織のNo.2。
しかもボスはおっさんに逆らえない操り人形だから実質No.1だしな。
「……そういや、真也さん。奥さんに生きてること伝えたんですか?」
「いや、俺からの連絡を監視されてるとかの可能性が怖くてまだ出来てない」
「はあ、考えすぎですよ。用心することに越した事は無いですが、本当に真也さんのことを心配してたんですからね?」
「だが、俺からの連絡であいつに危害が加わる可能性を考えたら……」
「はいはい、俺から連絡しておきますね。『話したい事があるから来て欲しい』って。真也さんはあの人の戦闘能力を舐めすぎなんですよ。あの人、サポートのはずなのに近接戦ほぼ負けませんからね?」
真也さんは、無事生きて帰って来れたというのにまだ奥さんに連絡してなかったらしい。
ええ……俺なら真っ先に連絡すべき相手だと思うんだけどな。
しかも、この前ユウリが話していた通り敵意を察知する異能を持ってるんでしょ?
それでいて、ユウリが近接も強いって話すほどだったらそんなに心配しすぎることはないだろうのに。
仲が良いんだろうなっていうことは今の会話からすでに伝わっているけど。
そういや、これで誠くん一家は久しぶりに家族全員揃うことになるのか。
俺と喋っている時も時々誠くん寂しそうな顔をしてたもんな。
良かったね。
◆◆◆
そうして、無事誠くんのお母さんも何事もなく喫茶店につき、家族一同が久しぶりに揃うという感動的な再会が目の前で繰り広げられる……はずだったのだが……。
「生きてたんだったら連絡の一つくらいしやがれ!」
「いやいや、昨日の昨日まで捕まってたのにどうやって連絡しろって……」
「何で初めに頼るのがユウリなんだよ! 私の優先順位は後輩よりも下なのか? ええ?」
「いや、それは、まあユウリの方が頼り甲斐が」
「そこはどう考えても否定するところだろ!」
このように、真也さんが奥さんに思いっきり詰め寄られている。
確かに、この気迫があったら近接負けなさそうだよな。
もうちょいお淑やかな清楚系かな、なんて思っていたけれど、誠くんの両親の外見予想はどっちも正解の真逆を言ってしまった。
まあ、この人に関しては入ってきた時はまだ清楚っぽかったけど。
真也さんを見るなり一気に詰め寄ってきて、今みたいな感じになってしまった。
真也さん、尻に敷かれてるタイプなのか。
奥さんよりも圧倒的に背丈もガタイもある真也さんがこうも叱られているっていうのは、ちょっと、いやちょっとどころじゃない違和感がある。
流石にこの光景には誠くんもドン引き……あれ?
「誠くん、大丈夫? お父さんがお母さんにボコボコにされてるわけだけど」
「いつも家ではこんな感じなので大丈夫です。むしろ、この光景を見てると逆に懐かしさを感じるくらいで……待ってくださいミツさん、そんな目を向けないでください!?」
「あれがいつものことってちょっとおかしいよ……」
「それでもうちではあれが普通なんですって……」
ドン引きかと思われていた誠くんは、むしろこの光景を見て喜んでいる節さえあった。
何で自分の父親が母親の尻に敷かれてるのを見て喜んでいるのかは理解できないが、とにかく彼は嬉しそうな顔をしていた。
……そういえば、この前俺が誠くんの異能を知るために殺気を向けた時、誠くん意外と悪くないなって顔してたよな。
よく見れば、真也さんも奥さんにめちゃくちゃビビり散らしてはいるものの、あの時の誠くんと同じでこれも悪くないみたいな目をしている。
こりゃ夫婦仲が良いわけだ。
下手したら言い過ぎかもしれない奥さんの言葉を真也さんは全て気持ちよく受け取れる訳なんだから。
需要と供給が完全一致している。
それにしても親子って、やっぱりそういう趣味まで似るんだな……。
いや、別に俺は人それぞれ違う趣味があって良いと思うけどな。
「あの、紗良さん。うちのバイトもちょっと引いちゃってるのでその辺で……」
「おお、ユウリ。ごめんごめん、久しぶりの再会で嬉しくて家と同じようなノリで対応しちまった」
「あと真也さん、あなたが一番今引かれてますよ」
「えっ、そんなはずは……あるみたいだな」
「お金払わなくていいんで、一旦うちのコーヒー飲んで落ち着きましょう。俺のは不味いんでもしあれだったらバイトのミツが入れた方を飲んでください」
そして、ユウリが見事にその場を収める。
何度もこの夫婦のいちゃいちゃを止めてきたんだろうな……やけに手慣れていた。
一旦自分が淹れたコーヒーを出すみたいだが、最近は不味いと言われ慣れてしまったのか、いつのまにか予防線として俺を使うようになっている。
まあ、別に俺も人に淹れるのは嫌いじゃないから良いけどな。
もう少し自分のコーヒーにも自信を持って欲しい。
「おいユウリ! 何だこのコーヒー苦すぎだろ! でも私は嫌いじゃないぜ」
「ええ、本当ですか!? 今まで散々不味いって酷評しか受けてなかったですけど」
「まあ、私が癖の強いコーヒが好きなだけっていうのもあるが、この癖の強さはハマれる何かがあるぞ」
「じゃあ俺も……ってにっが!? 何があったらこのコーヒー豆でここまで苦く出来るんだよ!?」
「お父さん、僕もミツさんに教えてもらってやってみたんだけど、どう?」
「おお! これは美味い! 誠、いつのまにかこんなの出来るようになったんだ!」
お、でも誠くんのお母さん、紗良さんはユウリのコーヒーを気に入ってくれたらしい。
でも真也さんは一瞬でギブアップしたな……。
俺がコーヒーの淹れ方を教えた誠くんも見事に真也さんの口に合うものを作れたようだ。
この喫茶店が賑やかなのが初めてだっていうのもあるかもしれないけど、ここまで賑やかだと、一歩離れたところにいる俺も楽しくなってくる。
真也さんの趣味はともかく、こんな家族がいる毎日はきっと楽しいものだろう。
……誠くん、家族が無事で本当に良かったな。
真也さんのタイプ→自分を強く叱ってくれる人
誠くんのタイプ→普段は優しいけどふとした瞬間に冷たい目で見てくる人