僕の父さんは弁護士だった。快活な人でご近所さんからも好かれてたし仕事仲間からの評判も良く何より顔が良かった。眉目秀麗という言葉は父さんのためにあるんじゃないかな。母さんは当時売れっ子の女優だった。物心ついたときから演技に熱中し人生の大半の時間をつぎ込んでいた。父さんと結婚する前はララライって劇団の看板役者だったってよく自慢してた。美しい女性を現す熟語はいくつもあるけれど傾国傾城が一番母さんに合うと思う。そんな両親が僕は愛していたし、二人みたいになりたいって本気で思っていた。僕のことを見ていてほしかった。けどそんな幻想は塵芥の如く無に帰した。
『父さん...?母さん...?』
中学一年生の梅雨の時期。相手側の飲酒運転による交通事故だった。犯人の男は彼女にフラれたショックでヤケ酒をしていたそうだ。母も父も著名人だったためこの事故はニュースで大々的に報じられしばらく世間はその話題で持ちきりだった。
『景虎...強く...生きるのよ...!』
これは呪いか。それとも罰か。母が最期に放った言葉が七年ほどたった今も耳から離れない。神様というのが本当にいるのなら僕は迷わず銃口を向けるだろう。父さんも母さんも何も悪事を働いていないのに、お金では取り返せないのになぜ命を奪われねばならないのか。憎い。くだらぬ理由で両親の命を奪ったあの男が。自分たちの親族が亡くなったというのに遺産の相続ばかり口にする人間以下の猿どもが。悪鬼外道でも何でもない両親を奪っていったこの世界の運命が。あの日生き残ってしまった自分自身が。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
「...ハッ!?うぅ...父さん...母さん...。」
背中をじわりと冷や汗が流れ落ちる。僕、観音坂景虎は時々こうしてあの日の夢にうなされる。あれから7年。僕は父さんの親友だった苺プロという芸能事務所の社長の斎藤壱護さんと副社長であり奥様のミヤコさんの提案によって斎藤家に養子として迎え入れられ、彼らと共に事務所の居住スペースで暮らしている。
「まだ午前二時かあ。」
養子にならないかという話を壱護さん達が持ちかけてくれたのは両親の葬式が終わってすぐだった。祖父母は僕が小学校を卒業するころには両方とも亡くなっていたし親戚たちは将来的に僕が受け継ぐことになる観音坂家の遺産の恩恵をどうやって受けるかということしか考えていなかったからあまり近寄りたくなかったのでこちらのほうが信用できると思ったしあの事件のあと僕は家族を喪ったショックから精神病の類を複数発症したので支えるよと言ってくれる人がいるのは何よりありがたかったから了承した。
「頭痛い...。」
斎藤夫妻は優しいとか暖かいとかいう言葉で言い表せないほどに慈愛と優しさに満ち溢れた太陽みたいな人たちだ。自分たちも大変なはずなのにこんな精神不安定な人間を引き取って支えてくれて。そこには下心のしの字も無くて。純粋な愛情をもって僕を育ててくれた。彼らの周りの人々もとっても優しくて。皆のおかげで今の僕がある。
「二郎食べたい...」
ぐうという音を部屋に鳴り響かせながら僕はまた眠りについた。
四時間ほど後に僕はもう一度目が覚めた。壱護さんもミヤコさんもまだ起きていないみたいなので味噌汁とあとはテキトーに朝ごはんの準備をしておこう。
「おお景虎。おはよう。」
「おはよう景虎。課題とかもあるでしょうに、ありがとうね。」
「壱護さん、ミヤコさん、おはよ。いいんだよ。二人とも最近忙しそうだし。」
数分ほどして味噌汁を作ってるお鍋にいつもより少し多めに入れていると斎藤夫妻が起きてきた。いつもは朝ごはんがミヤコさん、夜ご飯を僕が用意しているのだけど二人の仕事が忙しい時は僕が両方作ってる。味付けを出来るだけ二人の好みに合わせたらすごく喜んでくれたの嬉しかったな。よし、ベーコンエッグもいい焼き加減。
『いただきます。』
「おおそうだ景虎。お前今日バイト、来れそうか?」
「え?そうだな、今日は13時くらいに大学が終わるから...お昼ご飯を食べたあとで良ければ。」
「そうかぁ。マジでありがとな景虎。俺ぁ今日一日中相手企業でうちの所属のYoutuberの案件の相談だからミヤコだけじゃ捌ききれそうになくてな。」
苺プロは他の事務所と比べるとまだ小さい方なので人材が足りていない。だから僕は高校生の頃からバイトと銘打って週に3回ほど事務作業を手伝っている。幸い趣味でパソコン作業は慣れていたから大体はそつなくこなせたし何より二人が笑顔になるのが僕の心を癒してくれた。
「そうね。来てくれるのはありがたいけど...。無理のないようにしてね?私たちもあなたが倒れるところはもう見たくないから...。」
「う、うん。それはもう...この失った左目に誓って気を付けるよ...。アハハ...。」
あの事件が起きて斎藤家の養子になってから一年ぐらいたったころ、僕はこの苦しさを紛らわせるため、いや。忘れるために悪霊に取り憑かれたかのように勉強に打ち込んだ。壱護さん達からの心配の声も振り切って。内なる自分の限界も見ないようにして。気が付いたら僕の成績はそれまで一位だった生徒会長の女の子に大差をつけて学年一位になっていた。だけどこれが良くなかった。
『ねえ観音坂くん。あなた何をしたの?』
『...え?何って『とぼけないで!!!』うわっ!?』
僕は元々勉強に精を出すタイプではなかったので彼女のプライドを逆なでしてしまい彼女を中心とした女子のグループによるいじめの標的になった。皆が見てる目の前で羽交い絞めにされながらテニスラケットでお腹を殴られたり机を蹴り飛ばされたり読んでる本を破られたり。ミヤコさん達にも伝えて教師陣にも当然訴えたけれどまともに取り合ってくれず、ただ無常に時が過ぎていくとともに心と体を擦り減らし、それに反比例するようにいじめがエスカレートしていった。そして...
『観音坂ぁ...!!アタシあんた見てるとイライラするんだよ!!元々何のとりえもない、どうしようもない馬鹿だったのに!教室の隅っこで本読んでる陰キャだったのにこのアタシの経歴に傷と泥つけやがって!!この人間以下のネズミが!!その生意気な目切り裂いてやる!!』
その後のことは気を失ったのかよく覚えていないけれど、主犯の生徒会長の子にとうとう僕はカッターで左目を切り裂かれ、失明した。そしてそうなってしまったとき僕の心は抵抗する気が湧かないほどボロボロだった。
『景虎...!!景虎...!!』
『トラくん!!!ダメ!!あっちに行かないで!!』
『トラ兄!!トラ兄!!お願い起きて!トラ兄!!』
次に気が付いたときは病院のベッドの上だった。僕は眼帯を常に装着して暮らすことになり起きてから一週間はまともに喋ることすらできず、時々やってくる医師と斎藤夫妻を含めた苺プロ関係者の話に力なく頷くだけだった。
「アハハじゃないわよ。あの時はアイやルビーも倒れかけたのよ?あなたは一人じゃないことを、忘れないで。」
「そうだな。景虎、お前は義景に似て器用だし直虎に似て底抜けにいい奴だ。そんなお前を慕う人間はきっと、お前が思っている以上に多い。それを肝に銘じておくんだぞ。...ったく、朝から二人して説教臭いこと言っちまったな。悪かった。この話はこれで終わりだ!今日もそれぞれのやることやるぞ!」
余談だけど、僕をいじめた奴らはそれぞれの親御さんが莫大な罰金を支払った後全国各地に転校していった。ついでに隠蔽しようとした教師たちも例外なく罷免された。
読んでくださりありがとうございました。続きは...景虎が朝ごはんと一緒に食べました。