「あっ」
「......いらっしゃいませ、ケイ......さん」
「何ですかそのぎこちない呼び方。前の通りにケイでいいです」
「あの方との関係的に、我から呼び捨てするのは不適切かと。ですがケイ義母で呼ぶのは──」
「私は! あいつと! なんの関係もありませんから!! ケイでいいです! わかりました?」
「は、はい......ケイ」
「......それでいいです」
要求したのは自分だけど、なぜかこの一連の流れは子供に躾している親の気分になったケイは、気にしないことにした。
場所は、ミレニアム校舎の喫茶店。
キヴォトスにおける「校舎」は文字通り勉強するための校舎だけでなく、衣食住を含めた生活圏そのもの。範囲もかなり広くて、言えば首都圏と近い扱い。
ケイは一日学校で頑張ってから放課後で帰宅の途中に、何となく飲食店を普段よりも観察した。
この前デカグラマトンとファーストフードを食べたことで、食事という行為を「単なる栄養補給」から、「嗜好品として消費する行為」へと足を踏み入れた。
もちろん健康を最優先だけど、許容範囲内で美味しい物を食べる行為はストレス解消にもなるから、完全に悪い行動でもない。これは今のケイの考えだ。
とはいえ、まだ自分の舌の嗜好を把握できていない。どんな料理、どんな味が好きかを調査するために、経験を積みたいケイであった。
そこで、装飾がちょっと好みの店を発見した。
時間的には放課後という人が一番多いはずの時期だが、客がそんなに多くはないから静かに楽しめるし、完全に客がいないという逆に入りづらい状態でもない。
ミレニアム校舎内で営業が許された店なら、味はともかく衛生と安全性は保証されている。それも含めて、ケイはなんとなく店に入った。
そしたら、店員の位置には、白く高身長のシルエットと遭遇した。
──デカグラマトンの最後の預言者である、マルクト。
あの巨大な帽子を着用していないせいで、ケイは最初彼女をデカグラマトンと勘違いして逃げ出しそうになったが、目の色でデカグラマトンではなくマルクトだと判別できた。
といっても、デカグラマトンほどではないにせよ、ケイとマルクトの関係も少し複雑である。
鋼鉄大陸の一件、最後の最後にデカグラマトンが出てくる前に、シャーレの敵対陣営は実質上マルクトとなっていた。
そこまではいい。このキヴォトスで一回二回戦った程度では、コミュニケーションの一環として扱われることも多い。
問題は、その結果にアイン、ソフ、オウルの三人の死という結果を作り出したことだ。
もちろん、先にキヴォトスを侵略しに来たのはデカグラマトン側。キヴォトスが鋼鉄大陸に侵食されるのを、何もせずに見るだけというのはあり得ない選択肢だった。しかしその計画を阻止した結果、間接的にあの三人が命を捧げることになった。
あの時、ケイはすべての責任と怒りをデカグラマトンにぶつけるために「お前が殺した」という発言をしたが、同時に「もっとうまくやればその結果にならなかったのでは?」という可能性を考えないようにする自己防衛思考でもあった。
あの三人の死はデカグラマトンの計画や、彼女の手によるものではなく、むしろ先生のために命を落とした。もちろん、その局面を作り出した元凶はデカグラマトンであるから、その怒りは間違いない。しかし、自分にも責任があるのを、ケイは感じずにはいられないのだ。
理屈がどうこうの話ではなく、感情的の話だから。
その後なんだかんだ復活になったけど、やはりちょっとだけ気まずい。
それと別に、ケイの体内にはマルクトとネツァク以外の預言者のコア──何人かはコピー体とはいえ、扱い的にはマルクトの兄弟姉妹のようなもの。
それを加えて、デカグラマトンのプロポーズという最大の要素で、ケイにとってマルクトをどうやって接するのか、どういう扱いにした方がいいなのかは分からずに、ちょっとだけ気まずい。
「......あなたは、ここでアルバイト?」
「はい。あの方から生活費をもらいましたが、どのみち部活には入っていないので。何をするべきか分からずにヒマリに聞いたら、高校生らしいことをすればいいと言われました」
「それでアルバイトですね。まあ、人間社会を理解するのは悪くない選択かもしれません......まあ、まずはメニューを見せてください」
せっかく入ってきたから、注文しないのも失礼と思ったケイは、とりあえずなんか頼むのを決めた。
「はい、こちらとなります。では注文が決まったらまた呼んでください」
他の客が少ないとはいえ、長く雑談すると邪魔になると思ったケイは、まずはメニューを目に通した。
そして、自然とコーヒーに視線が吸い寄せられた。
「(き、喫茶店だからコーヒーを注文するのが当たり前のことです。香りとか、気になっていたので。絶対あいつのことを意識したとか全然してないから......というより、あいつのせいでコーヒーを楽しめなくなるのもむかつきますし)」
「こ、コーヒーをお願いします」
「種類はどちらにします? 当店のおすすめは、ミレニアム産の深煎りブレンドです。酸味が控えめで、苦味の中にほのかなナッツの風味が──」
「えーと、ブラックでお願いします」
種類の多さでちょっと混乱しそうになるケイだが、前にデカグラマトンがおいしそうに飲んだブラックを思い出した。これは、まずは「一番シンプル」の味を確認するだけだから、と心の中で言い訳しながら注文した。
「かしこまりました。ブラックコーヒー、シングルサイズでお持ちしますね」
マルクトがカウンターの奥へ下がり、コーヒーメーカーのスイッチを入れる音が小さく響く。
「(あいつが自販機の時、中身もこんな構造なのか? ......学術的に興味があるだけですから)」
元々思考能力があるAIとして作られた自分と違って、デカグラマトンは元々かなりシンプルなAI──正確に言うと、今キヴォトスが言う、自分で考える「AI」ではなく単純のプログラムに近い。
それがプログラムの改竄やアップデートでもなく、自分で存在証明をすることで特異現象になれたデカグラマトンは間違いなく「奇跡」といえる。似ている存在として、ケイはその過剰なまでに強い意志に少し興味を持っていることは珍しく認めていた。
「(......その後の行動はふつうに迷惑ですけど)」
変なことを考えていたら、マルクトがトレイを持って戻ってきた。蓋があっても、コーヒー豆の香ばしい匂いが伝わってくる。
「失礼します。こちら、ブラックコーヒーです。熱いうちにお召し上がりください」
ケイは頷き、どうせ一人だけだからカウンターの席に座った。ちょうどマルクトの現状も気になっていたから。
「アルバイト以外に、学校はどうでした?」
「授業という極めて時間の無駄になる行為以外、他の生徒と交流するのはそれなりに楽しかった」
「時間の無駄......まあ、そういう考え方もありますよね」
ケイにとって知識の獲得という面では一切効果がないが、授業を受けるという行為自体に価値があると思っていたからそれなりに楽しんでいた。しかし、マルクトの考え方も理解できる。
そう思いながら、ケイはカップを手に取り、一口含んだ。
「ッ!?」
瞬間、舌が苦味という暴力に襲われて、ケイは思わず顔を顰めた。
──人間の子供の舌は、苦味と酸味を「毒」や「腐敗」として判断し、それと辛味はそもそも「痛覚」として判断するため、基本的にこれらを忌避するようになっている。そんな味覚の持ち主は、一般的には「子供舌」と呼ばれている。
そして、ケイがこの体になってまだ一ヶ月も経っていない。その体の製造方法は人間と違うが、ある意味赤ちゃんに近い状態だ。
つまり、かなりの子供舌だったのだ。
「......お口に、合いませんでしたか?」
「......い、いえ。その、深い味わいですね」
「砂糖はこちらです、それともミルクがいいでしょうか?」
数秒の沈黙。
ケイは自分のプライドと、このまま飲み干すと舌が壊れるというリスクを天秤にかけた。
「......ありがとうございます」
少しだけ恥ずかしくなりながらも、食べ物を粗末にしてはいけないので、ケイは大人しく砂糖とミルクを入れた。
ケイちゃんかわいいね