自販機がケイにメロメロになった場合   作:十文字マトン

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13 コーヒー

 真っ黒だった液体は、今やキャラメル色にまで薄まっていた。ケイは一口飲むと、苦味は完全に消えていないが、優しい甘さと香りが口に充満した。

 

「ふぅ。これなら何とかなります」

 

「甘くした方がお口に合うようでしたら、次からは別のメニューをお勧めします。キャラメルラテや、ミルク多めのブレンドなど......」

 

「...その時はよろしくお願いします」

 

 すでにブラックが飲めないという事実がマルクトに見られた以上、無理に背伸びする必要もなくなってる。

 

 といっても、元から無理にしてる訳ではなく、シンプルに自分の体の味覚が詳しくないだけなので、認める自体はそこまで苦ではなかった。

 

「そういえば、マルクトのクラスにも、あいつが講師として授業をした?」

 

「あいつ、とは誰の事ですか?」

 

「それはもちろん。で、デカグラマトンです」

 

 不機嫌そうに、しかしどこか落ち着かない様子で尋ねるケイに対し、マルクトは淡々と頷いた。

 

 今日、ケイのクラスにはデカグラマトンの授業はなかった。そのことに対して、ケイは半分僥倖半分残念な気持ちになった。

 

 僥倖は、朝にあんな夢を見たから、本人も前では挙動不審になってデカグラマトンになんか察されたら困る。

 

 残念は、せっかく選んだ服が、試着室ではなく本当に着こなした姿を見たかった、という、ほんの少しだけの本音。

 

「別に、あいつがどんな格好をしているかなんて興味はありませんが、私が選んだ服が『講師として』の妥当性を確認したかっただけですから」

 

「服......そういえば、今日あの方は先週と違う装束をされていました。それはケイが選んでいたのですね?」

 

「あっ」

 

 ケイは自分が口を滑らしたことに気づき、慌てて口を押さえたが、すでに遅かった。

 

「先週より、みんながあの方に対しての熱量が三割上昇しています。さすがケイ、服装に関してかなり詳しいようです」

 

 からかいなどの言葉を構えていたのに、マルクトの声は素直な称賛そのものだった。

 

 マルクトに褒められることは、見た目も含めてデカグラマトンに褒められたことと似てる感覚をしたケイは、思わず耳が熱くなってきた。

 

「あ、ありがとうございます。でも、服を選んだのが私だということは、絶対に他言無用ですよ」

 

「? その理由は?」

 

「そ、その......学校では、あいつと仲がいいと思われたくないので......別に、本当に特別の関係とか持ってないですけどね? 誤解されたら困るというか、なんというか」

 

「その感情は少し理解できます」

 

「え?」

 

 マルクトから意外な言葉が出てきて、むしろケイがちょっとびっくりした。

 

「先週だけでも我からあの方の連絡方法を聞き出そうとしてるクラスメイトが多数存在していますが、今週では似たようなスーツを用意して我に着せようとしてる生徒もいました」

 

「......それは災難でした」

 

 デカグラマトンとマルクトの見た目がそもそもほぼ同じ──正確に言うと、マルクトとして降臨するつもりだから全く同じであった。

 

 学校ではデカグラマトンが髪型を変えているとはいえ、遠目には区別がつきにくい。熱狂する生徒たちがマルクトにどんな対応をするかは、簡単に想像できる。

 

 その点では、自分が勝手にダメージを受けるケイと違って、マルクトこそが一番の被害者かもしれない。

 

「特に、今日の服装では気絶しかけた人が出現した」

 

「き、気絶!? あ、あいつの見た目は確か悪くはないですか、いくら何でも気絶はないでしょう。夢で出てくるならともかく......ハッ! 何を言ってるの私! 忘れてください!!」

 

「???」

 

「そ、それより気絶って?」

 

 かなり無理矢理の話題転換だが、マルクトは何も言わずに先ほどの話を続けた。

 

「ええ、授業が終わったら、『マジ無理~』と言いながら床に倒れ込む動きをしたクラスメイトが三人ほど。実際は意識を失うことはなかったようですが」

 

「それはまあ、人間がよくやる誇張表現というものなので、あんまり気にしなくていいです」

 

「そうでしょうか。ですが、我から見ても、本日のあの方は先週よりもかっこよく見えたことは否定できません」

 

「......あっ」

 

 ここで、ケイはようやく自分のミスに気づいた。

 

 ケイは当初、「スーツ姿のデカグラマトンは女子高生への破壊力が強すぎる」という建前でコーディネートを引き受けた。威圧感を減らして、ただの「講師」に近づけるはずだった。

 

 しかし、選んだ服はどれも、デカグラマトンのスタイルと容姿を最大限に活かしたものばかり。スーツよりずっと自然で、むしろ「一番魅力的に見える」という効果を達成していた。

 

 つまり、完全に逆効果。

 

 前はただ見た目の暴力なのに、今度はテクニカル的な攻め方をしてきた教授の前、心が奪われた生徒は数しらず。

 

 その事実を認識したケイは、自分のやらかしに頭を抱えた。

 

「(私の前以外にかっこよくしてどうするのですかーー!)」

 

 試着してるときからこの結果を予見できたはずだが、責任感と自分の趣味で全く考えてなかったケイは嘆く。

 

「(今すぐもっと素朴な服を着せるのは......でも、明日は私のクラスにも来るから、私が見れてないのは損しているだけです!)」

 

「(なら、私のクラスに来る日以外に素朴な服装をさせる...? いや、それはそれで『このクラスにだけ気合を入れてる』ことを誰かに察されたらーー!)」

 

 最初から素直に「自分と出掛ける時用の服装」で選べば、そんな悩みはなかったが。そんな言葉が言えるはずもなく、そもそもそんな考えに至らなかったケイは、複雑な思考の渦に飲み込まれた。

 


 

「......今日はその、楽しかったのです。でも、私と会えたことはあいつ......デカグラマトンには言わないでください」

 

「? 客のプライバシーを大事にしていますので、ご心配には及びません」

 

「そ、そうですね」

 

 知られたくないような、知られたいような気持だったが、マルクトのはっきりした保証で逆にどう返事するのかわからなくなった。

 

「......そういえば、これはまだ言ってませんでした」

 

「? はい、なんでしょうか?」

 

「アイン、ソフ、オウルのことを代わりに怒ってくれるの、ありがとうございます。我はあの時、どういう感情を示すのかわからなかったのですが、自分の大事な人がいなくなることに、怒ってくれる人がいるのは、少しだけ嬉しかったです」

 

「そ、それはどうも......」

 

「ですから、みんなが戻ってきたので、あんまりあの方のことを恨まないでください」

 

「......べ、別に、もうあいつのことを恨んでいません」

 

「そうですか? では、あの方のプロポーズを受け入れるのですか?」

 

「それは恨みと関係ないです!!!!」

 

 食い気味に否定するケイ。しかし、マルクトは不思議そうに首を傾げた。

 

「そうか。我からしたら、愛されることは幸せなことです。アリスが我と友達になりたいのを知ったとき嬉しかったように、ケイもあの方に愛されるのは嬉しいと思っていたが......そうでもないようです」

 

「いいですかマルクト。この世界では、好意を言いながらも自分の欲望を満たすために接近してくる人もいるから。す、好きって言うやつにも無条件で信じないでください。誰しもアリスのように優しいわけではありませんから」

 

「人間はそういうのもいるのか。教えてくれてありがとうございます。ですが、あの方がケイに対しての感情は本物だと、私が保証します」

 

「分かっているから。あいつの気持ちは十二分に伝えてきてるから、その点には疑っていません。でもその......私だって、アリス以外の人に愛されるの慣れてないので......」

 

 最初こそいきなりプロポーズという非常識極まりないことをされたが、その後のデカグラマトンの努力や、自分を尊重しようとする姿勢はケイにもちゃんと分かっていた。

 

 でも一番の問題は、やはりケイ自身が「好き」や「愛情」をどう処理していいのか、まだわかっていないことだった。

 

「なるほど、あなたも大変ですね」

 

「そっちの生みの親のせいですけどね」

 

「では、どんな選択をしても、我と、我の妹達とお友達になったように。あの方ともいい関係を築くのを祈ります」

 

「ま、まあ。もう一度キヴォトスを侵略するとか困りますから」

 

 ケイは「いい関係」をわざと別の意味に解釈したが、マルクトは特に指摘せず、静かに微笑んだ。




やきもちケイは健康に良いとされてる
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